-空蝉の宴- 6-9
狭苦しい路地の迷宮に、獣の叫び声がこだましている。
慌ただしい足音が、不協和音の如く入り混じって、不穏な空気を演出していた。
「あぁ、もうっ!本当にどうにかならんのか!!」
「アッハッハッハ、楽しいな!!」
「何が楽しいものか!コチラに来て、こんなに逃げ回るとは思わなかったぞ!」
『遁甲』していた小童とカエデであったが、白狐の『遁甲破り』にあい、その姿をさらすことになった。
まるでアリの巣のような小路地を、まるで猫に追われるネズミのように駆けまわっている。
夢彦の体を傷付けるワケにもいかず、ひたすら走り回るしかなかった。
「あの犬飼という奴は、本当に大丈夫なのか!?」
「さぁ」
「なんだ、その曖昧な答えは・・・」
「本来、犬飼は『鬼』を全く認識できない。『鬼喰らい』でもない、無力な人間だ」
「何ぃ!?」
「だが、人並み外れた六感の持ち主だ。『鬼喰らい』とは、別の意味で才がある」
突如、悲哀のこもった咆哮が響き渡る。
高圧的な波動で、肌が痺れるほどであった。
―― どうして・・・どうして逃げるのだッ!!
大気が振動し、激しい耳鳴りを誘発した。
小童は片耳を抑えつつ、錫杖を振り上げる。
一瞬、大気の鳴動が止み、白狐は怯むように脚を止めた。
―― 独りに・・・独りにしないでたもう!!
中天を見上げて吠える声は、息が出来ぬほどに切ない。
再び襲ってきた大気の震えに、小童とカエデは両耳を抑えた。
「アイツ・・・・・・もはや誰を相手にしておるか、分かっておらんようだな!」
小童が忌々し気に錫杖を振り上げると、『黒天』が急に飛び掛かり、錫杖ごと小童を引き倒した。
頭を抑えながら起き上がると、小童は口元を歪ませ、『黒天』を睨みつける。
しかし、『黒天』は憶することなく、威嚇するように短く鳴いた。
「そうは言っても、防戦一方では、どうにもならんであろうが!」
そう言うと、小童は再び錫杖を振り上げようと構えた。
そんな小童に、『黒天』は唸り声を上げて、おもいきり左手首に噛みつく。
「――・・・痛っ!」
小童が小さくうめくと、同時に怒気を含んだ咆哮が路地に響き渡った。
白狐は全身の毛を逆立て、青白い炎を烈火のごとく燃えたぎらせる。
『黒天』が配管を伝って横道へと逃げ込むと、小童とカエデには目もくれず、白狐は凄まじい勢いで追い掛けて行った。
「あの狐は、随分とお前に執心のようだな」
「気色悪い言い方をするな・・・」
「ハハッ!!心配でついて来てるお前も、なかなかの執心ぶりだと思うが?」
小童は焦燥の色を浮かべた。
その様子に、カエデは薄氷の笑みを浮かべる。
「随分と上手く、あの狐を騙しおおせたな。取り憑かせた『鬼』の分身のフリをするなど、なかなか出来るモノではない」
「・・・どうして、俺が分身でなく、本体だと気が付いた?」
「『無害化』しそこなった『瘴気』を、寄り集めている時点で、薄々そう思ってはいたが、確信を得たのは、先程の幻術だな」
「力のある『鬼』なら、分身でも幻術くらい使える奴はおる」
「あれは、単純な幻術ではない―――『神隠し』だ」
「―――」
「生身の人間に『遁甲』を掛ける高位幻術など、分身如きに出来る芸当ではない」
「―――・・ぬぅ」
「犬飼を助ける為とはいえ、手の内を見せすぎたな」
カエデがケタケタと笑いだすと、小童は口をへの字にして唸った。
そんな小童に背を向けると、カエデは二匹の消えた路地へと歩み出す。
「自分の気持ちは、言える時に言っておいた方が良いぞ」
「むむぅ・・・」
「伝えたい時には、相手が、この世にいないとも限らんからな」
カエデは、涼やかな笑みを、背中越しに小童へと向けた。
そして、無駄のない足取りで、二匹を追って駆けて行く。
小童は、どこか寂し気な背中を、しばし見送った。
「・・・分かっておるわ」
小童は、ポツリと独りつぶやいた。
そしてカエデたちの入った道へは行かず、身をひるがえして霞のように姿を消すのであった。




