-空蝉の宴- 6-7
獣の咆哮が、路地裏にこだましている。
カエデと小童は、夢彦の『鬼』の気配を探りながら、身を隠していた。
夢彦の身の安全の為には、とにかく、見つからないのが得策であったからだ。
既に犬飼は、自宅にいる夢彦の元へ向かっている。
ただ、それでは、犬飼がいなくなった事がバレやすくなるため、『黒天』が、この場に残っていた。
小童は不機嫌そうな面持ちで、路地裏の闇を睨みつけている。
そんな様子を見て、カエデは楽し気に話し掛けた。
「気にするな。犬飼は『死鬼喰み』の事に精通しておらぬのだ、仕方がない」
「ふん」
「そう拗ねるな。抱き締めたくなるだろう」
小童は、口元を引きつらせると後ずさった。
そんな小童の反応に、カエデは可笑しそうに笑い声を上げる。
「アッハッハッハッハ、意外と初心だな」
「俺の生みの親も・・・ココまで底抜けに明るかったら、苦労せぬのに」
「私は、明るいワケではない。気がふれておるのだ」
ケタケタと笑い始めるカエデを、小童は呆れた眼差しで見つめた。
しかし、カエデは急に薄氷の笑みを浮かべると、遠くの闇へ視線を投げ掛ける。
「私は三歳の頃に、『死鬼喰み』として目覚めたらしい」
「―――」
「らしいというのは、物心ついた時には、『鬼』を殺して自分の『死鬼』に食わせていたからだ。それが、当たり前だと思っていた」
「うらやましい・・・」
「五歳の時には『裏御前』様の元で、言われるがままに『鬼』を殺してきた・・・その『裏御前』様に、自分の『死鬼』を狩られながらな」
「――!?」
「だが、それは『死鬼喰み』として生まれたからには避けられぬ。当然の対処だと、私は理解している」
小童が唇を噛んで、小さくうめいた。
カエデは含み笑いをすると、涼やかな瞳を向ける。
「ただな・・・私の弟子は、どうにも、それを受け入れられないらしい」
「弟子?」
「『死鬼喰み』の私でも、想ってくれる者はおるのだ」
カエデは口元をほころばせた。
いとおしい者を見るような顔付きであった。
「この世は、独りではいられぬようだな」
「―――」
「それだけだ。話に付き合わせてすまない」
「お前、あの男と俺を謀る気か・・・」
「まさか。さっきも犬飼に言ったが、本当に恩を売って敵対するのを避けたかっただけだ。なぁ、『黒天』?」
カエデが上機嫌に微笑むと、『黒天』はキッと短く鳴いた。
『黒天』は同意しているかのように、凛とした瞳をカエデに向ける。
そんな『黒天』の頭を、カエデは屈み込んで優しくなでた。
「まぁ・・・犬飼の世話好きが、少々うつったような気もするがな」
そう言うと、カエデは『黒天』の両脇を持って抱き上げ、額と額をすり寄せた。
『黒天』は明らかに嫌がっている様子で、キッと短く叫ぶと、身をよじってカエデに蹴りを入れようとしている。
それが余計に可愛いらしく、カエデは『黒天』を抱き直すと、胴の辺りに腕を絡め、首筋を頬ずりし始めた。
『黒天』の威嚇する鳴き声が、悲痛な声音に変わり、最初は苦笑いを浮かべて見守っていた小童も、口元を引きつらせて後ずさる。
「・・・おい、女」
「なんだ?」
「『鬼』の見た目は、あてにならんと分かっておるか?」
「あぁ、十分承知している」
「見た目は小動物でも、生身の人間に対してやるのと、意味は変わらないぞ・・・」
「心配するな。私は気に入った相手には、生身の人間にも同じ事をする」
「痴女か、貴様・・・」
「お前の事も気に入っておるのだが、抱き締めて良いか?」
小童はカエデに背を向け、指先で頬をかくと、大きく溜息をついた。
そして、自分の生みの親が、ここまで破綻した人格でない事に感謝するのであった。




