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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
蛇落の褥
34/153

-蛇落の褥- 7-1

挿絵(By みてみん)




 荒れ果てた()(でら)境内(けいだい)には、曼殊沙華(まんじゅしゃげ)が血の海のように咲き乱れている。


 やんわりと吹く(よど)んだ風が、幹久の(ほほ)を誘うように()でた。





 ――こっち





 ()いずる音が、ずっずず・・と近づいて来た。


 陶磁器のように白い肌と、色を抜いたような白い髪が、(あで)やかに闇に浮かぶ。




「・・・!?」




 幹久と双子のように顔が同じ青年であった。


 よく見ると、後ろ手に真っ黒な縄で締め上げられている。


 首には仏僧が使う長い数珠が巻き付いており、動くたびに小石をすり合わせるような小さな音が鳴った。


 金糸を織り込んだ(はん)袈裟(けさ)が、わずかな光にきらめき、青年の瞳に妖艶(ようえん)な光を(うつ)している。


 その背徳的なあり様に、幹久は背筋が寒くなった。





 ――きたね





 ・・・来たよ





 肩に掛けた刀袋(かたなぶくろ)を下ろし、幹久は日本刀を取り出した。


 (つか)に手を掛け、鯉口(こいくち)を切る。


 すらりと淀みなく抜き放たれた刀身の切っ先を、青年の縄にあてがい、スッと引き抜くように断ち切った。





 ―――キィイイイイイイ!!





 すると、急に黒い縄が、耳をつんざくような金切り声を上げた。


 慌てて逃げようとする『ソレ』を、青年は寝ころんだまま、目にも留まらぬ速さで掴つかみ取る。




 黒い蛇であった。




 青年は黒蛇を握り締めると、荒れ果てた地面に、有らん限りの力で、何度も何度も打ち付ける。


 黒蛇がグッタリとうな垂れると、無邪気な子供のように声を上げて笑い出し、しまいには、黒蛇の頭と尻尾をつまみ上げ、得意げに幹久へと見せびらかした。


 そんな寝っ転がった暴君に、幹久が苦笑いを向けると、青年は満足そうな様子で、幹久に微笑み掛ける。


 そして、黒蛇を(ふところ)にしまい込み、甘えるような声を上げて幹久に両手を伸ばした。





 ――おこして





 高圧的で好戦的な眼差しが、急に蜜のように甘くとろけた。


 あらゆる暴挙を許させる、危うい何かをにじませている青年に、幹久は半ば呆れ顔で手を差し伸べる。


 すると、幹久のドス黒い(かすみ)のような手を、青年は嬉しそうに掴んだ。


 数珠をジャラリと鳴らしながら起き上がると、身なりを整え、懐を探って何かを取り出す。





 ――かえす





 青年の(てのひら)には、子供の手が乗せられていた。


 それを見た幹久は、思わず日本刀を取り落とす。




「僕の手・・・」




 幹久が霞のような手を伸ばすと、子供の手は鈍い音を立てながら大きくなった。


 まるで、何かの生き物のようにうごめくと、幹久の手首に繋がる。


 確かめるように指を動かすと、幹久は目頭に熱いものを感じた。




 ――うれしい?




「うれしい」




 ――たのしい?




「たのしい」




 ――くるしい?




「くるしい」




 ――オソロイ




「おそろい」




 青年が、幹久の手を強く握り締めると、幹久も、青年の手を強く握り締めた。


 ひどく(なつ)かしい感触に、幹久は泣きそうになる。


 触れたくても出来なかった人たちの顔が、幹久の脳裏に次々と浮かんだ。


 そんな幹久の心境を読み取ったらしく、青年は急に手を離すと、満面の笑みで懐を探る。




 ――コレ




 青年は、細いしなやかな両手を取り出すと、幹久の掌に渡してきた。


 幹久が驚愕して取り落としそうになると、青年は楽しそうにクスクスと笑う。



 ・・・いや、たしかに皆の手を取りたいとは思ったけど、これじゃ文字通りだ



 幹久は、ブラックジョークをぶつけて来たのかと思ったが、青年はキラキラと瞳を輝かせ、褒めて欲しそうに笑い掛けて来た。


 真心を込めた危うい善意に、さすがの幹久も目元を引きつらせる。




「ダメだよ」




 感情を押し殺した無機質な一言に、青年はシュン・・・となった。


 幹久が受け取った手を突き返すと、今にも泣きそうになりながら中天へと掲げる。


 すると、両手は少し浮き上がり、霞のように消え失せた。




「よかった・・・」




 幹久は安堵(あんど)すると、青年の方に視線を戻した。


 しょげていた顔が、嘘のように屈託(くったく)なく笑っている。


 その変わりようがおかしく、幹久もつられるように笑った。




 ――イコウ




「何処に?」




 ――テ ヲ キリ二




 青年は日本刀を拾い上げると、幹久に差し出した。


 幹久が控えめに微笑んで受け取ると、青年は嬉しそうに瞳を輝かせる。


 そして、幹久の手を引いて、境内から常闇(とこやみ)の森へと駆け出したのだった。

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