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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
蛇落の褥
24/153

-蛇落の褥- 5-3

 アヤメを先頭に四人が病室に入ると、夢彦は寝台で横になっていた。


 顔色は悪いが、症状は落ち着いている。


 アヤメは、後ろの三人を制すると、深くひと呼吸し、夢彦の側まで歩み寄った。



「あの・・・夢彦さん?」



「あ、アヤメさん・・・恭一郎に、幹久君も」



「今、先生から、栄養失調から来る貧血だとうかがったのですが?」



 ドスのきいた声で、アヤメは夢彦に問いただした。


 夢彦はアヤメから視線をそらし、苦笑いを浮かべる。


 しかし、アヤメが、けん制するように(にら)みつけると、本当に困ったような顔に変わった。



「ちゃんとお仕事をされて、お金を稼いでいらっしゃるのに、どうして栄養失調なんかになるのですか」



「どうも、書くのに集中し過ぎて・・・食べそびれる事が多くてね」



「・・・最後に食べたのは、いつなのかしら?」



「いつだったかなぁ」



「その発言自体、おかしいんですのよ?」



「・・・ええっと・・・あぁ、四日前の昼に、大家さんにもらったせんべいを三枚食べた」



「・・・はい?」



「多分・・・それ以来、食べてない・・・それ以前は、思い出せぬ」



 アヤメは、横にあった丸椅子を手に取ると、高く振りかざした。


 夢彦は目元を引きつらせ、焦燥の色を浮かべる。


 さすがに見かねて、慌てて幹久は止めに入った。



「姉さん!落ち着いて!!」



「離しなさい!幹久!!」



「気持ちは分かるけど、本当に死んじゃうよっ!!」



「この人は・・・一度くらい昏睡(こんすい)状態にならないと分かりません!」



「昏睡状態から回復出来なかったら、どうするんだよ!?」



「もう一度叩きつけて、目を覚まさせますわ!!」



「そんな無茶苦茶なっ!!」



 そんな幹久とアヤメの攻防を見ながら、恭一郎は楽しそうな笑みを浮かべた。


 幹久の視線に気が付くと、更に口元を吊り上げる。



「俺の事なら、気にしないでやってくれ」



「やってくれじゃなくて、止めて下さい!!」



「俺も、彼女の意見に同感だ」



 悪童のような笑みに、幹久は眉間にシワを寄せた。


 ますます恭一郎の人格が掴めず、困惑する。



「なんて・・・そんな蛮行(ばんこう)、するワケありませんわ」



 急に、アヤメは丸椅子を幹久に預けた。


 そして、夢彦に向き直り、真っ直ぐに見つめる。





「自分を大切にしないという事は、アナタを想う人を傷付ける事と同じです」





 夢彦は、完全に委縮していて、上目づかいでアヤメを見つめた。


 聞こえるか聞こえないかという程の小さな声で、短く返事がこぼれ落ちる。





「ココにいる皆の事を想うなら、御自愛下さいませ」





 今にも泣きそうな顔の夢彦を見て、幹久は非常にいたたまれなくなった。


 しかし、アヤメは全ての感情を押し殺したような、無機質な表情で夢彦を見つめ続ける。


 そんな姉の表情に、幹久は息を呑んだ。




 本気で怒っている時の顔だ。




 この顔するのは、誰かを本気で想っている時であると、幹久は知っていた。


 その事に夢彦が気が付いてくれないかと、幹久は切に願う。



「・・・っ!?」



 突然、幹久の横に恭一郎が来て、持っていた丸椅子に、そっと手を添えた。


 下ろすようにめくばせされ、幹久はハッとして静かにうなずく。


 音を立てないように床に下ろすと、恭一郎はかすかに口元をほころばせ、夢彦に視線を向けた。


 その悠然とした様子に何故か安堵(あんど)し、幹久も夢彦に視線を戻す。




「みんな・・・」




 夢彦は、その場にいる全員の顔を見渡すと、傷だらけの手を握り締めた。


 そして、苦心した表情を、花がほころぶような笑顔に変える。




「ありがとう・・・」




 すみませんでも、申し訳ないでもない。


 夢彦から投げかけられた言葉に、幹久は自分の方が、救われた気がしたのだった。


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