-蛇落の褥- 5-3
アヤメを先頭に四人が病室に入ると、夢彦は寝台で横になっていた。
顔色は悪いが、症状は落ち着いている。
アヤメは、後ろの三人を制すると、深くひと呼吸し、夢彦の側まで歩み寄った。
「あの・・・夢彦さん?」
「あ、アヤメさん・・・恭一郎に、幹久君も」
「今、先生から、栄養失調から来る貧血だとうかがったのですが?」
ドスのきいた声で、アヤメは夢彦に問いただした。
夢彦はアヤメから視線をそらし、苦笑いを浮かべる。
しかし、アヤメが、けん制するように睨みつけると、本当に困ったような顔に変わった。
「ちゃんとお仕事をされて、お金を稼いでいらっしゃるのに、どうして栄養失調なんかになるのですか」
「どうも、書くのに集中し過ぎて・・・食べそびれる事が多くてね」
「・・・最後に食べたのは、いつなのかしら?」
「いつだったかなぁ」
「その発言自体、おかしいんですのよ?」
「・・・ええっと・・・あぁ、四日前の昼に、大家さんにもらったせんべいを三枚食べた」
「・・・はい?」
「多分・・・それ以来、食べてない・・・それ以前は、思い出せぬ」
アヤメは、横にあった丸椅子を手に取ると、高く振りかざした。
夢彦は目元を引きつらせ、焦燥の色を浮かべる。
さすがに見かねて、慌てて幹久は止めに入った。
「姉さん!落ち着いて!!」
「離しなさい!幹久!!」
「気持ちは分かるけど、本当に死んじゃうよっ!!」
「この人は・・・一度くらい昏睡状態にならないと分かりません!」
「昏睡状態から回復出来なかったら、どうするんだよ!?」
「もう一度叩きつけて、目を覚まさせますわ!!」
「そんな無茶苦茶なっ!!」
そんな幹久とアヤメの攻防を見ながら、恭一郎は楽しそうな笑みを浮かべた。
幹久の視線に気が付くと、更に口元を吊り上げる。
「俺の事なら、気にしないでやってくれ」
「やってくれじゃなくて、止めて下さい!!」
「俺も、彼女の意見に同感だ」
悪童のような笑みに、幹久は眉間にシワを寄せた。
ますます恭一郎の人格が掴めず、困惑する。
「なんて・・・そんな蛮行、するワケありませんわ」
急に、アヤメは丸椅子を幹久に預けた。
そして、夢彦に向き直り、真っ直ぐに見つめる。
「自分を大切にしないという事は、アナタを想う人を傷付ける事と同じです」
夢彦は、完全に委縮していて、上目づかいでアヤメを見つめた。
聞こえるか聞こえないかという程の小さな声で、短く返事がこぼれ落ちる。
「ココにいる皆の事を想うなら、御自愛下さいませ」
今にも泣きそうな顔の夢彦を見て、幹久は非常にいたたまれなくなった。
しかし、アヤメは全ての感情を押し殺したような、無機質な表情で夢彦を見つめ続ける。
そんな姉の表情に、幹久は息を呑んだ。
本気で怒っている時の顔だ。
この顔するのは、誰かを本気で想っている時であると、幹久は知っていた。
その事に夢彦が気が付いてくれないかと、幹久は切に願う。
「・・・っ!?」
突然、幹久の横に恭一郎が来て、持っていた丸椅子に、そっと手を添えた。
下ろすようにめくばせされ、幹久はハッとして静かにうなずく。
音を立てないように床に下ろすと、恭一郎はかすかに口元をほころばせ、夢彦に視線を向けた。
その悠然とした様子に何故か安堵し、幹久も夢彦に視線を戻す。
「みんな・・・」
夢彦は、その場にいる全員の顔を見渡すと、傷だらけの手を握り締めた。
そして、苦心した表情を、花がほころぶような笑顔に変える。
「ありがとう・・・」
すみませんでも、申し訳ないでもない。
夢彦から投げかけられた言葉に、幹久は自分の方が、救われた気がしたのだった。




