-蛇落の褥- 5-2
長い廊下、白い壁、ほの暗ぐらい電灯。
何処から流れて来るのか、消毒のアルコールの香り。
そんな陰鬱な雰囲気の廊下で、恭一郎とアヤメは長椅子に並んで座っていた。
「なぁ」
突然声を掛けられ、アヤメはビクリと体を震わせると、座っている椅子から落ちそうになった。
挙動不審な態度に、恭一郎は眉根を寄せる。
「・・・捕って食わないから、そんなにビビるな」
「す、すみません・・・」
「アンタ、夢彦の女か?」
「ち、っちがいます!!・・・出版社の者で、宝条アヤメと申します。昨日は、弟がお世話になりました」
「あぁ・・・アンタ、アイツと姉弟なのか」
そう言うと、恭一郎はアヤメの肩辺りをジッと見つめた。
アヤメが、いぶかし気に自分の肩を一瞥すると、恭一郎は苦笑いを浮かべる。
「・・・なんですの?」
「悪い。どうも、初対面の相手をジッと見る癖があってな」
「・・・あまり、良い癖ではありませんわね」
「自分でも、そう思う」
恭一郎は自嘲するように口元を吊り上げると、目の前の病室の扉に視線を戻した。
そして、視線は扉に向けたまま、落ち着いた声音でアヤメに話し掛ける。
「ココまで案内してもらって、助かった」
「―――」
「ありがとう」
「いえ・・・当然ですから」
アヤメは、戸惑った顔で恭一郎の横顔を見つめ続けた。
そして、東雲の話から、勝手に自分で、恭一郎を恐ろしい人物だと思い込んでいたことを自覚する。
不安げに扉を凝視する恭一郎を見ながら、実際に会ってみないと相手の事は分からないものだと、アヤメは、しみじみと思った。
「姉さん!」
すると、廊下の向こうから、幹久と東雲が足早に駆け寄って来た。
アヤメが立ち上がって二人を迎えると、恭一郎も座ったまま視線を向ける。
「夢彦さん、どうなったの!?」
「今、先生に病室でみていただいてます」
すると、示し合わせたかのように、目の前の病室の扉が開き、中から壮年の医者が出て来た。
先程よりも人が増えた為か、一瞬、目を丸くする。
「先生、夢彦さんの容体はいかがでしょうか!?」
「キミ達は、彼の親類かね?」
「いえ、違いますけど・・・・先生、まさか・・・」
「栄養失調から来る貧血だったよ」
その場にいる全員が、唖然とした。
にわかには信じがたく、アヤメはためらいながら問いただす。
「あの・・・胸を押さえて、苦しがっていたんですけれど」
「あぁ、貧血から来る動悸だ」
「手が、血まみれだったんですけれど・・・」
「長い間、不摂生な生活をしてたみたいだからね。苦しくて何処か引っかいた時に、爪がもろくなってたから割れてしまったんじゃないかな。利き手の方は、血豆が執筆中に潰れたみたいだが」
「・・・え?」
「ただ、今回はコレくらいで済んで良かったが・・・彼、ちょっと気を付けてあげないと、本当に危ないよ」
「えっと・・・どういうことですか?」
「彼に、直接聞いた方がいい」
そう言うと、医者は息をついて、長い廊下を歩いて行った。
惨状を目の当たりにしたアヤメと恭一郎は、お互いに顔を見合わせる。
安堵と怒りがない交ぜになったような二人の顔に、幹久は、ただならぬ不安を感じたのであった。




