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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
蛇落の褥
23/153

-蛇落の褥- 5-2

 長い廊下、白い壁、ほの暗ぐらい電灯。


 何処から流れて来るのか、消毒のアルコールの香り。


 そんな陰鬱(いんうつ)な雰囲気の廊下で、恭一郎とアヤメは長椅子に並んで座っていた。



「なぁ」



 突然声を掛けられ、アヤメはビクリと体を震わせると、座っている椅子から落ちそうになった。


 挙動不審な態度に、恭一郎は眉根を寄せる。



「・・・捕って食わないから、そんなにビビるな」



「す、すみません・・・」



「アンタ、夢彦の女か?」



「ち、っちがいます!!・・・出版社の者で、宝条アヤメと申します。昨日は、弟がお世話になりました」



「あぁ・・・アンタ、アイツと姉弟(きょうだい)なのか」



 そう言うと、恭一郎はアヤメの肩辺りをジッと見つめた。


 アヤメが、いぶかし気に自分の肩を一瞥(いちべつ)すると、恭一郎は苦笑いを浮かべる。



「・・・なんですの?」



「悪い。どうも、初対面の相手をジッと見る癖があってな」



「・・・あまり、良い癖ではありませんわね」



「自分でも、そう思う」



 恭一郎は自嘲(じちょう)するように口元を吊り上げると、目の前の病室の扉に視線を戻した。


 そして、視線は扉に向けたまま、落ち着いた声音でアヤメに話し掛ける。



「ココまで案内してもらって、助かった」



「―――」



「ありがとう」



「いえ・・・当然ですから」



 アヤメは、戸惑った顔で恭一郎の横顔を見つめ続けた。


 そして、東雲の話から、勝手に自分で、恭一郎を恐ろしい人物だと思い込んでいたことを自覚する。


 不安げに扉を凝視する恭一郎を見ながら、実際に会ってみないと相手の事は分からないものだと、アヤメは、しみじみと思った。



「姉さん!」



 すると、廊下の向こうから、幹久と東雲(しののめ)が足早に駆け寄って来た。


 アヤメが立ち上がって二人を迎えると、恭一郎も座ったまま視線を向ける。



「夢彦さん、どうなったの!?」



「今、先生に病室でみていただいてます」



 すると、示し合わせたかのように、目の前の病室の扉が開き、中から壮年の医者が出て来た。


 先程よりも人が増えた為か、一瞬、目を丸くする。



「先生、夢彦さんの容体(ようだい)はいかがでしょうか!?」



「キミ達は、彼の親類かね?」



「いえ、違いますけど・・・・先生、まさか・・・」



「栄養失調から来る貧血だったよ」



 その場にいる全員が、唖然(あぜん)とした。


 にわかには信じがたく、アヤメはためらいながら問いただす。



「あの・・・胸を押さえて、苦しがっていたんですけれど」



「あぁ、貧血から来る動悸(どうき)だ」



「手が、血まみれだったんですけれど・・・」



「長い間、不摂生(せっせい)な生活をしてたみたいだからね。苦しくて何処か引っかいた時に、爪がもろくなってたから割れてしまったんじゃないかな。()き手の方は、血豆が執筆中に(つぶ)れたみたいだが」



「・・・え?」



「ただ、今回はコレくらいで済んで良かったが・・・彼、ちょっと気を付けてあげないと、本当に危ないよ」



「えっと・・・どういうことですか?」



「彼に、直接聞いた方がいい」



 そう言うと、医者は息をついて、長い廊下を歩いて行った。


 惨状を目の当たりにしたアヤメと恭一郎は、お互いに顔を見合わせる。


 安堵と怒りがない交ぜになったような二人の顔に、幹久は、ただならぬ不安を感じたのであった。

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