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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
媼主の速贄
113/153

-媼主の速贄- 3

 『(かがみ) 診療所』―――恭一郎の住む村で、唯一の診療所である。


 そして、親友である夢彦の実家でもあり、夢彦の兄夫婦が、後を継いで営んでいた。


 その診察室の丸椅子に、恭一郎は、うな垂れるように座っている。



「もう、ほんっとうに、(きょう)()ぃは仕方ないんだから」



「まったくだ。定期的に来いと言ってるのに、コチラの意向を無視して、このザマか」



真誠(まこと)()ぃ、もっと言ってあげて。この人、言っても全然分からないんだから」



「言っても無駄なら、言うだけ無駄だ。コチラの時間のロスになる」



「そうよ!こんな付き添いしてる間に、どれだけ農作業が出来るか」



 二人に(はさ)まれ、グチグチと(ののし)られ続ける恭一郎は、だったら家に帰りたいと、心の中でつぶやいた。


 男の方は、『(かがみ) 真誠(まこと)』――夢彦の実の兄であり、診療所の現医院長であった。


 銀縁眼鏡が知性的であったが、いささか言葉づかいが荒々しい。


 苦手ではないものの、怒ると感情的になる夢彦に対し、真誠は理路(りろ)整然(せいぜん)(さと)しながらも罵って来る。


 こういう場面においては、夢彦よりも精神的にキツい人柄であった。



 そして、もう一人の女性は『大西(おおにし) 小鈴(こすず)』である。


 この辺り一帯の地主の家に(とつ)いだ、恭一郎の実の妹であった。


 村でも評判の可愛らしい顔をしているが、現在、大西家を実質仕切っている奥方である。


 その計算高さと愛想で人心を掌握(しょうあく)し、役所の人間ですら顔色をうかがうほどの権力者だった。



 この村の二つの権威に、ココまで文句を言われたら、他の村人なら住みにくくてたまらない。


 そんな二人に囲まれる原因となったのは、あの(あか)空蝉(うつせみ)の仕業であった。


 どうやら『(うつろ)』は、小鈴の『鬼』に恭一郎の体調の事を伝えたらしく、その影響で、なんとなく胸騒ぎがすると言って、小鈴は恭一郎の元にやって来たのである。


 そして、寝てれば治るという恭一郎の意見を頭ごなしに否定し、半なかば引きずるように、診療所に連行したのだった。




 ・・・高熱があるのは認めるが、何でこんなに怒られるんだ




 恭一郎が()に落ちない顔をしていると、真誠は目を細めて、恭一郎を見すえた。



「恭一郎・・・お前は、いつになった自分の限界が分かるんだ?見てみろ、このカルテの分厚さ!お前、自分が病弱だって分かってないだろ!?」



「え・・・そうだったの、真誠兄ぃ」



「半分以上は就学前だけどな。昔、よく肺炎を引き起こして入院してた」



「え~・・・記憶にないなぁ」



「小鈴が生まれる前だし、就学中は小さかったから覚えてないんだろ」



「でも、運動も得意だし、畑の手伝いとか、毎日欠かさずしてたよ」



「厄介な事に、普段は人一倍元気なんだよ・・・だから、診察料はいらないから、定期的に顔出せって話になってたんだ」



「夢兄ぃは毎日来てたけど、そんなに診療所にお世話になってたっけ・・・?」



「就学以降に受診数が減ったのは、妹たちの面倒を理由に来なかっただけじゃないか?」



 二人の冷たい視線を受けて、恭一郎は溜息をついた。


 余計に具合が悪くなりそうだった。



(いま)だに不思議に思うよ・・・なんで、お前が徴兵(ちょうへい)検査に受かったのか」



「それは、書類改ざんしたんじゃない?今でこそ巨男(きょおとこ)だけど、当時の身長じゃ受からないもの」



「だろうな・・・病歴も、兵事(へいじ)係が消したのかもしれない」



 すると、二人は大きな溜息をついた。


 同時に、双方から肩を叩かれ、恭一郎は緊張する。



「大変だったな・・・恭一郎」



「お疲れ様・・・恭兄ぃ」



 今度は逆にねぎらわれて、恭一郎は、ますます居心地の悪さを感じた。


 本当に、家に帰りたい。


 それしか頭に浮かばなくなった。



「はぁ~・・・しかしなぁ、せっかく来てもらっても、うちも薬が不足してる状態で・・・甘藷(かんしょ)でも食って寝てろしか言えないんだよなぁ」



「せめてオカズに、村の人に川魚でも取ってもらおっか?」



「恭一郎は、魚が苦手だろ。下手に吐かれたら、体力を消耗する」



「じゃあ、本当に帰って、芋粥(いもがゆ)でも食べて寝るしかないね」



「帰らずに、入院してもいいぞ」



 恭一郎は、しばらく沈黙していたが、首を横に振り、礼を言って席を立った。


 しかし、診察室の扉に手を掛けたところで、ガクリと(ひざ)を折る。



「っちょ、恭兄ぃ!!」



「・・・ぉお、おいっ!!大丈夫か!?」



 息も絶え絶えにドアノブにしがみつく恭一郎を、真誠は支え起こそうと駆け寄った。


 しかし、恭一郎の二メートル近い長身と、日頃の農作業で(つちか)われた頑強(がんきょう)な体つきのせいで、逆に一緒に転倒しそうになる。



「小鈴!誰か連れて来てくれ!!」



「えぇ!?みんな徴兵(ちょうへい)されちゃってて、年寄しかいないよぉ~!」



「もう、(ジイ)さん達でイイから連れて来てくれ!俺たちだけじゃ絶対持ち上がらない」



 この頃、義勇兵役(ぎゆうへいえき)法が公布され、国民の大半が兵卒(へいそつ)として徴兵されていた。


 男子は十五から六十歳まで、女子も十七から四十歳までの国民が、兵役の義務を()っていたのである。


 その為、ほとんどの都市や農村部には、年老いた老人や病人、妊婦、子供といった、か弱い者しか残っていなかった。



「う~ん・・・分かった!とりあえず、足腰シッカリしてそうな人を選んで、頼んでみる!」



 そう言うと、小鈴は目にも留まらぬ速さで駆け出して行った。


 このフットワークの良さも、村のリーダーとしての器を感じさせると、真誠は高く評価する。



「と、いうワケだ。お前が限界まで我慢すると、村のギックリ腰患者が増えかねないから困る」



「すみ・・・ません・・・・・・」



「出来のイイ妹に恵まれて良かったな、恭一郎」



 恭一郎は沈黙し、わずかに首を縦に振った。


 真誠は口元をほころばせながらも、その広い背中に大きく溜息をついたのだった。


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