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灰色帝都の紅い死鬼  作者: 平田やすひろ
螺鈿の葬列
108/153

-螺鈿の葬列- 22

 雪が降っている。



 はらり



 はらり



 それだけであった。



 それ以外に、音と言えるものは聞こえてこない。



 そこに、生きてるものは何一つない。



 そこに、動くものは何一つない。



 雪が降っている。



 それだけであった。



 降り積もった雪は、曇天のもとで灰色にきらめいている。


 色鮮やかだった景色を、容赦(ようしゃ)なく色あせさせていく。



 それだけであった。




 ――ただ、それだけ・・・




 散華の遺体は、警察が持って行ってしまった。


 『裏御前(うらごぜん)』の事を考えると、遺体が帰って来るかは不確かである。



 水谷は立ち入り禁止のロープをくぐり、辺りを見回した。


 真っ黒に焼け焦げた工房は、いびつな造形物のようである。


 水谷は自分の寝室だった辺りを中心に、私物が焼き残っていないか探した。




 ・・・なんもないな




 すると、東の空から、冬の(あかつき)がぼんやりと厚い雲の向こうに昇って来た。


 桜の古木が水墨画のように、黒々とした姿を(おぼろ)に浮き上がらせる。


 桜は、家屋側の半分が、痛々しく焼け焦げていた。


 水谷は近寄ると、焼けた部分に手を添える。



「熱かったね・・・」



 急に(のど)の内側が引きつり、目頭が熱くなった。


 うな垂れて歯を食いしばり、なんとか涙を押しとどめる。


 こぼれそうな嗚咽(おえつ)をこらえていると、水谷は自分の足元に、わずかな違和感を覚えた。




 ・・・変わってる?




 ココは、いつも水谷が、桜を見上げて立っている場所であった。


 そのせいで、雑草が少なくなっていたのだが、まるで何処からか持って来たかのように、草が(おお)い茂っている。


 ジッと見てみると、丁寧ではあるが、人が植えたように土が散っていた。


 水谷は突き動かされるように、その部分を掘り返す。




「イタッ・・・」




 堅く土を固めており、素手では難しそうであった。


 焼け焦げた家の木片と石を拾ってくると、水谷は無我夢中で土をかく。


 しばし掘り進めると、(ひざ)ぐらいの深さで、桐の箱が顔を出した。




 なんだろう・・・




 水谷は、雪で手をぬぐって、(ふた)に手を掛けた。


 見ると、中には小さな桐の箱と、筒状に丸めた紙が入っている。


 小さな箱を手に取って蓋を開けると、水谷は息が止まる思いがした。



 万年筆であった。



 金色の桜の中を踊る、黒い狐が描かれている。


 背景に、細かい螺鈿(らでん)星屑(ほしくず)のように散りばめられており、黒い狐の姿を浮かび上がらせていた。


 小さな筆の中に、広大な夜空が、何処までも続いているかのようである。




「すごい・・・」




 水谷の中のドス黒く煮えたぎった何かが、スッとどこかに消えて行った。


 嬉しいとか、悲しいとか、そんな主観的な感情など、些末(さまつ)な事にさえ思えてくる。


 しばらく魅入っていたが、水谷は急に、この万年筆をどうするべきか困窮(こんきゅう)した。


 そもそも、今回の事は、元はといえば自分の迂闊(うかつ)さから起こった事である。


 『シキ』を『無害化』した作品であることは確かだが、散華に自害させる切っ掛けを作った張本人がもらうなど、厚顔無恥(こうがんむち)も、はなはだしい。




 (ねえ)さんに相談しよう・・・




 水谷は小さな箱の蓋を閉めると、外箱に万年筆を戻した。


 そして、残りの筒状の紙に、そっと手を掛ける。




 大きさ的には手紙みたいだけど・・・




 習字に使う半紙の大きさみたいだが、それよりは厚手の和紙であった。


 水谷は(ひも)を解いて、()れないように慎重に開く。


 刹那(せつな)、水谷の瞳から、はらりと涙がこぼれ落ちた。



「・・・っ・・・・・・さん・・・・・・げ・・さ・・・っ」



 水谷は、声を上げて泣くのをこらえながら、手早く紙を元に戻した。


 桐の箱を胸に(いだ)くと、泥沼状態の坂道を、ひたすら駆け降りる。


 そして、わずかに(とど)まってる夜の残滓(ざんし)とともに、その場から逃げるように姿を消したのだった。

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