-螺鈿の葬列- 22
雪が降っている。
はらり
はらり
それだけであった。
それ以外に、音と言えるものは聞こえてこない。
そこに、生きてるものは何一つない。
そこに、動くものは何一つない。
雪が降っている。
それだけであった。
降り積もった雪は、曇天のもとで灰色にきらめいている。
色鮮やかだった景色を、容赦なく色あせさせていく。
それだけであった。
――ただ、それだけ・・・
散華の遺体は、警察が持って行ってしまった。
『裏御前』の事を考えると、遺体が帰って来るかは不確かである。
水谷は立ち入り禁止のロープをくぐり、辺りを見回した。
真っ黒に焼け焦げた工房は、いびつな造形物のようである。
水谷は自分の寝室だった辺りを中心に、私物が焼き残っていないか探した。
・・・なんもないな
すると、東の空から、冬の暁がぼんやりと厚い雲の向こうに昇って来た。
桜の古木が水墨画のように、黒々とした姿を朧に浮き上がらせる。
桜は、家屋側の半分が、痛々しく焼け焦げていた。
水谷は近寄ると、焼けた部分に手を添える。
「熱かったね・・・」
急に喉の内側が引きつり、目頭が熱くなった。
うな垂れて歯を食いしばり、なんとか涙を押しとどめる。
こぼれそうな嗚咽をこらえていると、水谷は自分の足元に、わずかな違和感を覚えた。
・・・変わってる?
ココは、いつも水谷が、桜を見上げて立っている場所であった。
そのせいで、雑草が少なくなっていたのだが、まるで何処からか持って来たかのように、草が覆い茂っている。
ジッと見てみると、丁寧ではあるが、人が植えたように土が散っていた。
水谷は突き動かされるように、その部分を掘り返す。
「イタッ・・・」
堅く土を固めており、素手では難しそうであった。
焼け焦げた家の木片と石を拾ってくると、水谷は無我夢中で土をかく。
しばし掘り進めると、膝ぐらいの深さで、桐の箱が顔を出した。
なんだろう・・・
水谷は、雪で手をぬぐって、蓋に手を掛けた。
見ると、中には小さな桐の箱と、筒状に丸めた紙が入っている。
小さな箱を手に取って蓋を開けると、水谷は息が止まる思いがした。
万年筆であった。
金色の桜の中を踊る、黒い狐が描かれている。
背景に、細かい螺鈿が星屑のように散りばめられており、黒い狐の姿を浮かび上がらせていた。
小さな筆の中に、広大な夜空が、何処までも続いているかのようである。
「すごい・・・」
水谷の中のドス黒く煮えたぎった何かが、スッとどこかに消えて行った。
嬉しいとか、悲しいとか、そんな主観的な感情など、些末な事にさえ思えてくる。
しばらく魅入っていたが、水谷は急に、この万年筆をどうするべきか困窮した。
そもそも、今回の事は、元はといえば自分の迂闊さから起こった事である。
『シキ』を『無害化』した作品であることは確かだが、散華に自害させる切っ掛けを作った張本人がもらうなど、厚顔無恥も、はなはだしい。
姐さんに相談しよう・・・
水谷は小さな箱の蓋を閉めると、外箱に万年筆を戻した。
そして、残りの筒状の紙に、そっと手を掛ける。
大きさ的には手紙みたいだけど・・・
習字に使う半紙の大きさみたいだが、それよりは厚手の和紙であった。
水谷は紐を解いて、濡れないように慎重に開く。
刹那、水谷の瞳から、はらりと涙がこぼれ落ちた。
「・・・っ・・・・・・さん・・・・・・げ・・さ・・・っ」
水谷は、声を上げて泣くのをこらえながら、手早く紙を元に戻した。
桐の箱を胸に抱くと、泥沼状態の坂道を、ひたすら駆け降りる。
そして、わずかに留まってる夜の残滓とともに、その場から逃げるように姿を消したのだった。




