30話、魔界の転生者は悪党が混ざってた。
翌日。
アランデールの世界と統合を終えた俺達は、事前に決めていた持ち場に分かれた。
シルとプレスコットは、人界の始まりの町ノースブリッジの教会に待機。
俺とニア、アランデール、上村さんと信者の皆さんは、魔界にある王都トロイの王宮に待機。
連絡はタブレットのビデオチャットを利用する事にしたが、転生してきた冒険者に見られたら困るので、魔術の書や石板に偽装した。
旧世界で、エッチなビデオを隠すとき、タイトル覧にアニメの名前を書く偽装技を参考にした。
「シルちゃん聞こえるかな?」
「ユビーさん、こちらは問題ありません」
シルちゃんとこは、妖精に変身したプレスコットが神官を演じて、魔法の鏡に女神シダーミルを映し転生してきた冒険者に助けを求める事にした。
直接女神様が降臨するのは、さすがにまずいので鏡を使って演出する。
この世界を宣伝する2分程度のPVも、この2人が登場。プレスコットは昨日追加撮影した。
彼女は転生ルームで案内嬢もしているので、身バレ防止の意味で妖精に変身。内容は、魔界軍によって破壊された町を写した後、シダーミルと妖精姿のプレスコットが登場。魔王の残酷性を訴え、幼い女神様と見目麗しい妖精が冒険者に助けを求める。
これを見た正義感の強い冒険者は彼女達を無視できないはず。メインターゲットは男性冒険者だ。
当初は冒険者が目標人口に達するまで1人も死なないようにするプランだった。
以前も説明しているが、これはとても時間がかかり変更されたルールの下では、ここが他に吸収されてしまう恐れがあったため、急きょ変更したのだ。
転生リストの告知文についても変更を加え、以前は単に【現世】だけであったが、【酷世界】シダーミルに変更。
アピールは、(2万年の眠りから目覚めた魔王ユビキタスが世界を征服しようとしています。女神シダーミルはあなたの助けを必要としてます。)
転生特典は、(今なら前世界で使っている武器を1点と記憶、ステータスも引き継げます。)
通常、転生時の特典はスキルか記憶のどちらか1つを引き継げるが、シルの世界は下位ランクなのと合併特例で3つまで可能になっている。
そして、PVや特典を目当てに転生してきた冒険者を、ニアが中心となった魔界軍が圧倒的な力でぶっ倒す。
命が尽きた彼らは転生ルームに戻り、他の冒険者に「【酷世界】シダーミルの魔界軍はヤバいぞ」と話題になる。
これを繰り返せば勇者やその仲間、または魔族に興味を持つ者も転生してくるはずだ。
そうなると、最初は人口増加が鈍くても、ある時点から一気に増えるだろう。
「シルちゃん了解、転生リスト用の告知分を更新してもいいよ」
「分かりました」
◇ ◇ ◇
更新翌日。
俺達は昨夜トロイの王宮に泊まった。プレスコットは転生ルームの仕事があるため天界に戻っている。
5人と2匹が揃ったところでミーティングを始めたかったのだが…。
「ユビー殿、転生者の報告をしたいのですが、それよりライム殿の娘さんが…」
ライムの娘が母と同じ大きさに成長していた。
俺の細胞を使っているせいか、肌の色はライムより人に近く、顔つきもどことなく俺に似ている。
娘は頭も良いらしく、昨夜シルが言葉を教えたところ普通に会話が出来るようになった。ライムより上達が早い。
「おはようパパ」
「ユビユビ、オハヨ!チュッチュシヨ」
「ライム、それは禁止だ!」
「チッ、ツマラナイノ」
ライムは油断するとすぐに睦み合ってくる。これ以上子供が増えるのは正直勘弁してほしい。
そう言えばライムも俺の事パパという時があるが、娘のイムもパパと呼んでくる。
万一、街中でライムが俺やシルのことをパパやママと呼び、イムがライムの事をママと呼んだとする。それを聞いた周囲の人達はどんな視線を俺に送ってくるだろうか?
しかもシルは見た目が10歳程度だ。俺は間違いなく鬼畜野郎の烙印を押され町を追放されるだろう。
これに関しては今夜家族会議を開いた方がよさそうだ。
「ユビー、名前はつけたのか」俺とライム・イムの挨拶を見ていたニアが聞いてきた。
「イムだ。おはようイム」
母親のライムは、スライムからスを抜いただけの手抜きネーミングだったが、今回はライムからラを抜いてイムにしてみた。
念のためシルに相談したら「可愛いです」と言われたのでイムに決定。その名づけ方で次の子が出来たらムになるけど、それじゃあまりにもシンプルすぎるのでハナにしようと思う。
ムを横から見ると人の鼻に見えなくもないからだ。ネーミングセンスのスキルがあるとしたら、俺とシルは間違いなくFランクだろう。
「それでは小生から提案です。今朝はイムさんの身体測定から始めるのはいかがでしょうか?」
間髪入れず横から来た足が上村さんの後頭部にヒットし、彼は吹き飛び壁に激突した。
首が曲がったまま起き上った上村さんは、両手で頭部を持ち「ゴキッ」っと音を鳴らし、歪みを調整すると口を開いた。
「アランデール様、なんて事を…」
「朝の運動よ。さっさと転生者数の報告しなさい」
昨日もパンチ喰らってたな…。
それよりも転生者数を早く知りたい。内容次第で今後の戦略を変更する必要があるからだ。
「では報告します。魔界に転生した者は30名、人界は75名となっています。ノースブリッジに遣わしている同胞によりますと、人界に転生した者は全てギルドで冒険者登録を行い、町の周辺でモンスターを狩ったりして体を慣らしているようです」
うーん、正直人数が少ないな。転生後の動きは順調といっていいだろう。
前世界のステータスや記憶も引き継いでるだろうから、早い者は今日あたりバイオスまで来るかもしれない。
「魔界に転生した30名ですが、こちらは魔族用の冒険者ギルドに登録した者は18名。彼らは王都郊外のダンジョンで人界側の転生者と同様、体を慣らしているようです」
「上村さん、残りの人たちは?」
「それが…、一部の者は路地裏のエリアに行き幾つかのお店を牛耳ったり、町のNPC相手に詐欺行為を働く者もおります」
NPC相手に詐欺ってどうやるんだ?繁華街の一部を牛耳るとか、悪党ばかりじゃないか…。
「王都の治安悪化防止のため、腕に覚えのある仲間に街中を巡回させるようにします」
「いっその事、悪人ばかり集めたらどうだろうか?」
「しかし、転生リストのアピール部分に悪人募集とは書けませんよ」
確かに女神が助けてくださいと言ってるのに悪人募集とは書けない。
「上村さんとこの同胞ネットワークを使って、他の世界にいる悪人や魔族に、ここの噂を流してはどうだろう?」
「ユビー殿、転生者を観察して分かったのですが、魔族=悪人ではないようです。彼らの中にも騎士はいましたし、街中で困っている人に手を差し伸べている者もいました。まぁ悪人の割合は多いのは事実ですが…」
そうだった。俺はついつい魔族は悪い者と考えてしまう癖がある。そう言えばダークナイトっていたな。となると、オンラインゲームで例えたら対人戦が好きな奴らを集めればいいか。
悪vs善という分かりやすい形にしたかったが、魔族vs人族に軌道修正も考えておこう。
ここ数日、考えが二転三転しているが、これで落ち着くかな。
「各世界の魔族で、好戦的な人たちに噂を流すのはどうかな?」
「それなら良いと思います」
「私も賛成だな。昔を思い出してみたが確かに全てが悪人ではない」
今まで聞き手側だったニアが賛成し、シルやアランデールも頷いているので反対意見はなさそうだ。
王都の悪人は、治安に悪影響を及ぼす様になれば取り締まるとしよう。
次に問題なのは、人界に転生した冒険者をいつ頃から倒し始めるかだ。
今日からニアとバイオスに行って様子を見よう。
「上村さん、仲間への連絡をお願いします。俺とニアはバイオスへ行き人界の冒険者の動きを見てきます。留守中はアランデール様と一緒に王都の管理をお願いします」
「承知ですよ、ユビー殿」
「パパ!イムも行く」
「わかった、イムも一緒な…」
「ユビーさん、私は?」
「ユビユビ、ワタシモイキタイ」
「シルちゃんは、ライムを連れてノースブリッジで待機してて欲しい。プレスコットが合流したら、新たに転生してきた冒険者に助けを求めてくれ」
「ライム、ママトイク?」
「そうだ」と言って、俺はライムの頭を撫でた。
「わかりました。でもなんだか騙すみたいでちょっと気がすすみません…」
シルちゃんにはちょっと厳しい仕事だったかな。悪魔と変わらないアランデールなら喜んでやりそうだが、あいつだど趣旨が変わって来るしな。それとも、俺が人界に行って魔王ニアを倒す方が良かったかな?
まあ、今となっては変更は難しいので頑張ってもらうしかない。
「シルちゃん、目標が達成されるまでの辛抱だよ。それと彼らは戦う事が好きな人たちなんだ。のんびり平和に暮らしたい人は、ここに転生してくる事はないよ」
「そうですか…」
シルが目指してた世界とはかなり異なってしまったけど、目標さえクリアすれば平和な世界に変更しよう。
俺達は各自の持ち場へ移動することにした。




