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CRIMSON-クリムゾン-  作者: 朔竜
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     紅い夜の夢_02

「――さん…っ」


母は刀を握り締め、震える声で愛しい人の名前を呟いた。

自分の夫を残してきた罪悪感と不安が、彼女の足に絡み付いて離れない。

母親の心は、目前の闇に呑まれるように黒く、黒く沈んでいく。

いっそ、逃げるのを諦めてしまおうか。


自由を、諦めてしまおうか…。


「おかあさん…」


響が不安げに母親の服を握り、その大きな琥珀色の瞳でまっすぐに母の顔を見つめる。


「…響…」


そうだ…、今響を守れるのは自分しかいないのだ。

諦めてしまえば、この子に未来はない。


泣いてなんか、いられない。


溢れ出そうになる涙をぐっとこらえ、目前に広がる暗闇を睨み付けた。

約束の場所であの人を待とう、今自分にできるのは、我が子を守る事と、あの人を信じる事だ。


「大丈夫よ、さぁ、行きましょう」


母親は響と手をつないで目印である紅い布の巻かれた木を探す。

幸い月明かりで葉っぱまで見えるほど明るく、紅い布が探しやすくなっていた。

未だ不安そうな表情を見せる響に、母は気丈な笑顔を見せ、宥めるように頭を撫でた。


「…もうすぐだからね響…きっと自由になれる、あの人もすぐ追いつくわ」


「うん、お父さん、きっとあいつらをやっつけて来るよね」


響も健気に笑う母を励ますように、しっかりと手を握り直す。


皆で一緒に自由になるんだ。


そう心に誓ったその時、木々が少し開けた場所に、月明かりに照らされた一本の枯れた木の枝に結ばれた赤い布が、夜風に吹かれてはためいているのが見えた。


「あれは…!」


母親がそれを確認しようとした瞬間、後ろで枝を踏む音がした。


「!…誰…?!」


咄嗟に怯える響を後ろに庇い、音のした方を向く。

茂みの中に一つの影。

父親の言っていた手引きの者か、あるいは…。


「出てきなさい、貴方は誰!?」


母親は鞘から刀を抜き、影に切っ先を向ける。

そこから出てきたのは…。



「…っ!あなた…!」


そこにいたのは、返り血か、自分の血かはわからないが、全身をべっとりと紅く染めた父親が、ぼんやりと虚空を見つめて佇んでいた。

母は刀を捨て、父親に駆け寄った。

響も父親の無事な姿に安堵する。


父さんは悪い奴らをやっつけてきたんだ!

父さんはやっぱり強い!


そんな高揚感が体の中にあふれるのを感じながら、響も遅れて父親の元に駆け寄ろうと足を踏み出した。

母は父親の胸に飛び込み、血が付くのもお構いなしに抱きしめた。


「ああ!ああ!よかった!無事だったのねあな」


「――――。」


「…え…?」



父親がなにかを呟いた途端、耳慣れない生々しい音が、脊髄に、脳に響く。

母親は視線を胸元に向けると、父親の腕が、自分の心臓を貫いている事に気付いた。

背中から突き出る腕から、母親の赤い赤い命が滴る。

それは母の服を赤黒く染め上げ、地面に溜まっていく。


その残酷な光景は、今まさに駆け寄らんとしていた響の目にも、しっかりと映った。


「ど…して…」


疑問を投げ掛けると共に母親の目から涙があふれる。

喉の奥からせりあがる血液が、彼女の口から滝のように零れ落ちた。


父親の目はうつろにそれを見つめる。


何の感情もなく、無機質に。


しかし母親にはそれが、別の様に見えていたのか、震える手で力なく、父親の頬に触れた。


「…そっか…そうだね、ごめん、ね…、あなた…」


…もう、疲れたね…。



そう呟いた母の目から光が失せ、手がだらりと落ちる。


左手にはめていたシルバーの指輪が血で濡れた指から抜け、二人の足元にできた紅い湖に沈む。


それは、母の絶命を物語っていた。

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