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■第四四夜:夜の血は目覚める



「だが、どうやらそなたらはまだわたしの言うことの意味を、芯を食っては理解してはいないようだ」


 びくりっ、と妹たちが背筋を跳ね上げる。


 恐れ慄き震えてはいても、妹たちの瞳の奥にまだ反抗の意志があることを、このときシオンは見抜いた。

 それはアシュレとともにあるためであればどんな困難であろうとも踏み越えて見せる、という彼女たちの気高さとも言うことはできた。

 が、それは単純にこれから待ち受ける現実の厳しさを知らぬがゆえ、そんなふうに思っていられるだけのことだ。


 ここでその想いをへし折らねばならぬ。

 甘い幻想は砕いてしまわねばならぬ。


 夜魔の姫はそう覚悟したらしかった。

 すうっ、とその口調に冷えた刃のごときものが滑り込むのを妹たちは感じた。


「これら道具がどれほどの働きを持って獲物たる犠牲者を貶めるのか、そなたらは知らぬ。わたしでさえ……ほんの一端しか知り得ぬ。しかし知ったときにはもはや手遅れだ。なぜならこれらは一度でも組みついたが最後、主が真の死を迎えるか、その《ちから》を超える新たなる持ち主による再征服を持ってでしか、取り外せぬ枷となるのだから」


 つまり試みることを、これらは許さぬ。

 ここから先は、試してみてやはり止しておくことはできぬ類いの挑戦なのだ。


 崖を跳び越えるかそれともやめておくかは、跳び出す前にしか決められない。

 ひとたび跳躍に転じたら、後戻りは許されぬ。


「これらの前にあるのは完全な屈服か、それとも避けて遠ざけ関わり合いをやめるかの二択だけ。間はない。なぜならこれは本当は同族──つまり夜魔の心をへし折り、我が物とするためのものだからだ」


 そうやってを成すために──という囁きは、夜魔の姫の口中でだけ言葉にされた。

 シオンが夜魔の血統を好きになれない理由、種として最大の秘事がこれだった。


 忸怩じくじたる想いを断ち切るように、“叛逆のいばら姫”の口調はふたたび苛烈さを増していく。


「ゆえにこれらの使用はまったく勧められない。なぜなら、これらは夜魔でない者にはいっそう苛烈に作用することであろうから」


 それはいったい、と問いかける三組の視線がシオンに突き刺さる。

 半夜魔であるスノウ、そしてキルシュとエステルの真騎士の妹ふたりのものだ。

 もちろんその理由も語ろう、とシオンは視線で応じた。

 アシュレにはここもまでの説明で、すでに察しがついている。


「これまで話してきた通り、夜魔の肉体はその心を完璧にへし折られぬ限り再建できる。魔性の治具:ジャグリ・ジャグラのように直接「感じかたの根本を弄る」ような例外はあるものの、もうすこし即物的なモノ=記章インシグニアによる肉の変異は癒すことができる」


 だが、


「そなたらはそうではない。これら魔具と呼ぶべき道具の数々が引き起こす肉体の改変は、これらが取り外されたからといって、もはや復元など叶わぬ類いのものばかり。玩具に堕ちたる箇所は死ぬまでそのままか、より悪化するか──この場合は後者の方がより正確な表現となろう。こやつら記章インシグニアどもには、ジャグリ・ジャグラのように操作する者の独創性を表現する機能はない。単機能で単純、担当した箇所を徹底的に責め立て、己の役割通りに貶めることだけしかできぬ。が、それだけに執拗で徹底的で後戻りを許さぬ残酷さを持ち合わせるというわけだ」


 そうやって起きた肉体の変化は、恥辱の記憶を日々新たなものとし、永劫にそなたらを苛むであろう。


「わたしであればたとえ復元不可能な姿にされても、このジャグリ・ジャグラとアシュレのある限り理想の姿に戻してもらえるが」


 これを不幸中の幸い、いいや災い転じてなんとやら、と言うのか。

 胸乳に手を当て、肩をそびやかしたシオンは言った。

 実際には高度差はほぼないハズだが、勝ち誇るように妹たちを見下ろし睥睨へいげいしては宣告する。


「それでも試す──ここから先の道程を我らとともに来る、というのであればもはや止めだてはすまい」

 

 有無を言わせぬシオンの言葉に、ごくり、と妹たちは一斉に唾を呑み込んだ。


 互いが顔を見合わせる。

 まだ完全に折れてはいない意志がそれぞれの瞳にあることを、それぞれが確認した。

 お互いの無知で無謀な決心に、うん、と頷き合う。


 それでも──と反論を選び取る。


 だが妹たちの喉元まで出かかった返答を見てとって、先んじたのは夜魔の姫だった。

 よろしい、と首肯ひとつ、妹たちの主張を認めて言った。


「よろしい。どうやらそなたらは、ここまで情理を尽くし訴えてもわからぬと見える。ただただそなたらを追い返したい一心でわたしが嘘を、あるいは誇張を口にしていると考えている……そうだな?」


 であれば、と左手を包む聖なる籠手:ハンズ・オブ・グローリーの留め金に手をかけた。


「であれば、わたしに残された方策はただひとつ。これらを埋められた者がどうなるのか、その目に焼きつけさせるだけだ。見るが良い。そしてその後、決めよ。こちらに来るのか、来ないのか。そこで即決せよ。できない者は置いていく。船に戻り、救出を待て。飲料水も食料も数日の待機にはなんの問題もないほどあるはずだ。連絡は我らがつけておこうほどに」


 言いながらシオンは籠手を外し、自らの衣類を引きむしるように脱ぎ捨てた。

 がらりごつん、とハンズ・オブ・グローリーが床の石材に音を立てて転がる。

 そのあまりに荒っぽい調子に、思わず腰を浮かせたのはスノウだった。


「なにを、シオンねえッ?!」

「ここまで言われてわからんのか、スノウ? 実践して見せてやろうというのだ。それにこれはわたしにとっても必須の手順ゆえな。わたしが──たとえわたしの《ねがい》がアシュレを夜魔の血筋から手放すまいと抗っても、主であるアシュレがわたしの心を事前にへし折ってさえいてくれれば逆らえない。主をヒトの子に戻すしかあるまい。さすれば彼は、アシュレは夜魔へと堕ちずに済むであろう」


 代わりにわたしがアシュレの玩具へと堕ちるだけで。

 わたしという純血の夜魔に「わからせる」にはそれしかないことを、ほかならぬわたしはよく知っている。


 だから、


「してくれる、な?」


 狂熱を帯びた瞳でシオンが言った。

 言葉を向けるのはもちろん、アシュレただひとりに対して。

 布地に透けてうかがえる輝くような裸身を包むのは、すでに肌着の類いばかり。

 

「そなたの玩具に……ほんとうに心からの────」


 この申し出を前にして、それでもやはりアシュレは躊躇ちゅうちょしたと思う。

 それはヒトとして、騎士として当然の心の有り様。

 いかに必要性を説かれたとて、愛する姫を己が玩具に貶める騎士などいない。


 事実、アシュレはシオンの申し出を拒むつもりだった。


 しかし、夜魔の姫はアシュレに、人倫の側に留まることを許さなかった。

 ほかに方法がないことを、なによりも時間が残されていないことを、彼女だけは心の底から理解していたのだ。


 方策はこれしかない。

 議論などしていては、すべてが手遅れになる。


 見開かれたシオンの瞳は、血の色に染まっていた。


 次の瞬間、ぎりごぎり、という鈍い音をアシュレは口中に聞いた。

 それは自らの犬歯が、あり得ないほどに長く鋭く伸びる音。


 そう、シオンがアシュレのなかを流れる夜の血に命じたのだ。

 

 汝、我らが主たれ────と。








ここまで燦然のソウルスピナをお読みくださりありがとうございます。

えーっと、フツーはこういうの書かないワケなんですけれども……


明日の分の更新からちょっとかなりドキツイ描写が増えて参ります。


もちろん掲載媒体の規約遵守が我が信条ですので、そのへんは抜かりないかと思うのですが、

ちょっとそういう描写が苦手な方は、どうか十分ご注意くださいませ。


暴力的というかなんというか、ハイ。

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