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■第三七夜:陽光をともに




「消毒? なんだ? キサマら、街の城壁をあそこまで破壊しておいて、いまさらなにを言っている?!」

「そんなこと言っっちゃってえええ、さっきまで準備してたのなんだあ? ねえそこの全裸マッパのおねーさん、準備してたんでしょう? アレだよアレ。聖瓶:ハールートのお水をザバーってやつ」


 つまりは聖水プレイ?


「ってコレ、言っちゃってよかったのかしらあああああん、大丈夫? 掲載できる? イズマぶるっちゃう!」


 なんのかんのとイズマとのつきあいが長くなってきたノーマンは、またかとばかりに眉根を寄せただけだったが、トラーオとジゼルのふたりはそうではない。

 キリキリと眉を吊り上げると、怒鳴った。

 ほとんどふたり同時に。


「な、なにが聖水プレイだッ!」

「この不埒者! 不信心者! 土蜘蛛!」

「あっれえええ、聖水プレイってそんなに不味かったあああん? ちょっとちょっとおふたりとも、なーにを想像しちゃったのかなあああ?」


 明らかに下世話な笑顔満載でふたりの周りをぐるぐると回るイズマの首根っこを、このままでは勝機を逃すとばかりにノーマンがひっつかまえた。


「そこまでにしておけ、イズマ」

「だってさあああ、いまのはもったいつけた坊やとおねーさんが悪いんじゃん」


 デスヨネー、と挑発的に絡んでくるイズマに、ジゼルは不機嫌を隠すこともなく言い放った。


「なるほど、いまなら一網打尽にできるとそういうのだな。もちろんこちらとて、汚濁の洗浄にためらうことなどない。ただ貴様の、土蜘蛛の仕切りというのが気に入らん」

「あれま。せっかく助けに来たのにこの言い草だよ。あのね、たったいま協定が調印されたんです。知ってるでしょ? アレデスヨ、アレ! だいたいウチに持ってきたのおねーさんでしょ、法王さまの親書」


 あすこに書かれていた共闘の調印条件が細かく詰められて、たったいまそのサインがされたところナンデスヨ!

 そんなことも知らないのか情弱ぅ、とあくまで挑発をやめないイズマを憎々しげに睨むと、ジゼルはさきほども見せたあの意識を飛ばす顔になった。

 一瞬、無防備になる裸身を守るように、トラーオがあらためて間に立ちふさがる。


「アレ、なにこのガード。ゾーンディフェンス的な? いまおねーさん、すっごくいい顔してるんだから、ちょっとくらい見てもいーじゃん」

「駄目に決まっているだろうが、この薄バカッ! 下郎めッ!」

「それほんとにウスバカゲロウに失礼だとおもうわー」


 ジゼルがトランスしていたのは、ものの数秒だった。

 遠い場所との会話から帰還したその顔にあるのは、ひとことで言えば複雑な感情だった。


「確認を取りました」

「どやっ、ホントだったでしょうが?」

「…………」


 調子に乗って念押ししてくるイズマに、不承不承という感じでジゼルは頷く。


「たしかに、キサマの言う通りだった」

「よしっ、ではっ、いってみましょう!」


 促されジゼルは胡散臭いものを見るような、うろんなものを見るような、そういう顔でイズマを一瞥し、それから腕を振り上げた。

 イプセムの街を睥睨して、打ち壊された城壁から溢れ出す屍人鬼グールどもを薙ぎ払う。


 振り下ろされるその指先に同調して、聖別されし瀑布が崖の上に列を成した屍人鬼グールたちを一瞬で薙ぎ払っていく。


 だが、その場にいた男たちは、濁流と化した聖水の流れが敵を掃滅するより一瞬早く、黒衣の騎士たちがイプセムの街から飛び出して来るのを、見逃さなかった。


「さて、ようやく本番というわけだ」

「好き放題しくれちゃってえええ。姫には悪いけど、コイツは容赦はしてられないねえ」

「オマエたちの力を借りるまでもない。姿を現したのなら、奴らはオレの獲物だ」

「まーたまた、無理すんなってチビッコが。いま飛び出してきたのはどんなに低く見積もっても男爵級、うっかりすると侯爵クラスが混じってるかもって世界だ。協力し合わねえと、やべーのはボクちんたちだぜ?」

「わ、たしも参戦させてもらおう。土蜘蛛と戦列をともにするとは思わなかったが……民草を救う戦いに遅れを取ったとあってはブレジナント家の名折れだ」


 苦痛を克服し立ち上がってきたのは聖騎士パラディン:レオノールだ。

 ヒューッ、とイズマが口笛を吹く。


「おっとお、さっすがアシュレくんをして『人格者』と評価させた男だねえ、ブレジナント卿」

「我が名を?」

「あいあい、アシュレくん在籍時のものだけれど四騎士さんたちと聖騎士パラディン、あと聖堂騎士団の各隊長さんの姓名・気質は事細かく聞かせてもらってますヨー。なんたって大事な戦力だ。使い方を間違って勝てる相手じゃねーからね、今回ばかりは」


 ほんじゃま握手、と。

 差し出されたイズマの手を、おずおずという様子でだが聖騎士パラディン:レオノールは握りしめた。

 あるいは“聖泉の使徒”よりはよほど血の通った話ができる相手と、イズマを見込んだのかもしれない。


「じゃ友好を結べたところで、もう一発行ってみましょうネ? ノーマンの旦那、頼むぜ?」

「承知ッ!」


 イズマの声を受け、ノーマンが突出する。

 予想だにしない動きに聖堂騎士団の面々は、声もない。

 そしてそれは夜魔の騎士たちも同じだった。


 自分たちの計画を台無しにした下等種たちを襲撃すべく、低く垂れ込めた雪雲の下を踊る影となって跳躍してきた夜魔の騎士たちは、彼らを無視してイプセムへと単騎で迫る宗教騎士団の男の動きに翻弄された。


 軌道を変え、その突進を阻み人類の鼻っ柱をへし折る。

 そう思い上がってノーマンへと詰め寄った彼らの思惑は三度、覆される。


 ゔぁさり、と音を立て舞い降りた巨大な翼が浄滅の焔爪:アーマーンを展開、疾風迅雷ライトニング・ストリームによる超加速を生かして跳躍したノーマンをその背に乗せ、天へと舞い上がったからだ。


「なにッ?!」

「なにごとッ?!」


 思わず驚愕に叫んだ夜魔の騎士たちを尻目に、ノーマンとそれを掴んだ存在──かつて自分を愛した真騎士の乙女:ラッテガルトの肉体と心を素材として土蜘蛛王:イズマガルドが建造した屍騎士:グルシャ・イーラ。


 その翼がノーマンを空へと導いたのだ。

 

「なんだ、戦線……離脱?」

「逃げるのか」

「だーかーらー、もう一発行くって言ったじゃねーっすか。ジゼルちゃん、準備はいーかい?」

「準備?」

「あれっ、ここまで前振りしといてわかんないの、ボクちんたちがなにするのか?」


 心底呆れたという表情を見せたイズマに、言葉を失ったジゼルは口を開いたまま凝視することしかできない。


「あーもー、レンズレンズ、レンズですよ。水を操るの得意ナンデショ? 空気中の水分をぜんぶレンズ状に集約させてくださいよ」


 ぐんぐん上昇して見えなくなるノーマンを見上げながら、イズマが喚いた。

 わけもわからぬまま、ジゼルはいわれた通りに、する。

 あとでそのことに気がついて怒り狂うのだが、それはまだもうすこし先のお話だ。


「おっしゃ、来る! いくぞいくぞみんな対閃光防御──ッ!」


 すちゃっとどこからとり出したのか、ススで真っ黒にした眼鏡をかけたイズマが叫んだ。

 なお聖堂騎士団の面々は迫り来る夜魔の騎士たちを迎え撃つのでそれどころではない。


 そして、そのときがきた。


 カッ、と天から光が──イダレイア半島が誇る豊かな太陽の光が大地を照らした。

 しかもそれはどんどんと範囲を広げていく。

 

 ノーマンが雪雲を、浄滅の焔爪:アーマーンでもって消滅させていっていたのだ。

 さらにそれがジゼルの生み出した水のレンズによって四方八方に拡散、集約され光量を倍増させる。


 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──────ッ!!


 光に焼かれ、屍人鬼グールどもが、迫り来る夜魔の騎士たちが次々と燃え上がり、炭化していく!


「こんな、こんな」

「どーよ見たかい、この威力! やっぱ本物のお日さまに勝てるヤツなんていやしねーわけよ。そして相手が天候を操って、こっちの邪魔してるっていうのなら消せばいいのさ物理的に! 物理最強ってのはそういう意味!」

「まさか、キサマここまでわかっていて城壁を破壊したのか。自分たちの思惑を潰された夜魔の騎士たちが打って出ることまで計算して……」

「そりゃそーでしょ、街のなかにいる間にこれを使っても、肝心の夜魔の騎士たちは逃げちまうに決まってんだ。夜を待てばいいだけの話になる。別の街に逃げられたら元の木阿弥だ。そりゃ街ごと全滅させちゃう手もなかあないですけど、でもそれじゃあボクちんたちが、だれのために・・・・・・戦っているのかっていう錦の御旗が怪しくなる。それに夜魔どもに襲われるたびに街ごと滅ぼしてたんじゃあ、たいへんな殺戮、大虐殺ですよ。それはやめたいよね、というね? ああこりゃボクちんの言葉じゃなくって我らが総大将:アシュレくんの考えなんですけどね。うん、甘ちゃんだけど、悪くないんじゃないかってボクちんは思うんですヨ」


 それでまあこういう、手の込んだ策を?

 呆然とする聖堂騎士団の面々を前に、土蜘蛛王はウインクひとつ、耳まで裂けるような笑いを披露した。


「で、まだ終わりじゃあない。ここまでコケにされても出てこなかったヤツがいる。あの街をあんなにした張本人ですよ。たぶん、伯爵か侯爵くらいのね。そいつをぶっちめにいきましょうヨ」


 顔を見合わせる聖堂騎士団の聖騎士パラディンたちの肩を叩いてイズマは促した。

 上空から作戦を成功させたノーマンと屍騎士:グルシャ・イーラが、彼らを先導するようにイプセムを指向する。


 気が違ったタコみたいに手足をメチャクチャに動かして走り出したイズマに、彼らも続く。

 

 死者数・負傷者数の統計としては人類史上極めて悲惨な結果となるこの戦いだが、そのなかにあってこの戦線は数少ない、人類側の快勝で終るものとなる。


 もっともこのとき、エクストラム本国へと王手チェックメイトをかけるスカルベリの一手が進行していることを、彼らはまだ知らない。







2023年1月10日追記

ここまで燦然のソウルスピナをお読みくださりありがとうございます!

今夜も更新を予定していたのですが、場面構成を少々手直しさせて頂きたく思い、一時延期をさせてもらうことにしました。


健康診断や毎年恒例の私事もあり、一月中に再開させてもらえたら嬉しいなあ、というぐらいの心持ちで進めさせてもらおうと思います。


それでは今後もソウルスピナを楽しんで頂けたら、嬉しいです。

本年もどうぞよろしく!


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