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■第二九夜:ふたりの責務




「やめよスノウ。これはアシュレのせいではない。彼に非はない。そしてこやつら・・・・にも悪意はない」

「なにいってんのねえッ、こんなにこんなになってて大丈夫な訳ないじゃない!」


 比喩ではなく実際にいばらていとなったシオンの全身を、手で示してスノウは叫んだ。


「案ずるな。この《フォーカス》:ジャグリ・ジャグラどもは、ただわたしの未熟さが気に入らんだけなのだ。アシュレの《魂》の伝導体としての未完成さが許せないだけなのだ。それが絶え間ない改変にこやつらを駆り立てているのだよ。義務感にも似た執拗さを持ってな」

「《魂》の伝導体? 未完成さ? 義務感?」


 わからないわからないよ、と首を振るスノウにシオンは微笑んで見せた。

 だがその弱々しい笑みは、妹にはいよいよ姉が余裕を失っていっているようにしか見えない。


 シオンはそんなスノウに、ときおり襲い来る狂おしい感覚に耐えながら説明を続けた。


「わたしがジャグリ・ジャグラを介してアシュレから《魂のちから》を借り受けることができるのは、そなたは知っているな?」

「それは、まあ、うん」


 曖昧に頷くスノウの隣りで、真騎士の妹たちがシオンとアシュレを交互に何度も見た。

 そうなの? という驚愕を伴うやりとりが交される。

 戦隊として過ごした日々の積み重ねの差が、ここにはある。

 夜魔の姫は構わず続けた。


「しかしその伝導効率は、いまだ最高ではない。いまのわたしでは《魂のちから》を本当の意味で発揮できないのだ。アシュレからジャグリ・ジャグラを介して供給される《魂のちから》が、わたしの各部に伝導されていくなかで大幅に減衰してしまっている。それ実際なのだよ」


 己自身の未熟さを妹に伝達するように、自らの肉体を指でなぞりながらシオンは言った。

 そのあいだにもジャグリ・ジャグラたちは容赦のない潜航と急浮上を繰り返し、夜魔の姫の全身を責め嬲る。

 “叛逆のいばら姫”の唇から漏れ出る苦悶のうめきは、残忍な官能に彩られていた。


「だが、それはアシュレやジャグリ・ジャグラのせいではない。すべてはわたし自身の未熟が故。わたしの伝導経路の未完成さが妨げになっているのだ。《魂》の伝導を受けたあと、アシュレだけではなく、わたしがひどく疲弊するのはだからなのだ。いや……《魂》発現のたび、わたしを使うたび、アシュレの見せる極度の消耗の何割かは、確実にわたしが……あくっ……足を、足を引っ張っている。自分のことだからよくわかるのだ」


 苦悶の表情を浮かべながら、しかし潔く己の未熟さを認める姉の姿に、夜魔の妹はわけがわからないままに、激しく反論した。


「そんなそんな──ねえが足を引っ張ってるってそんなこと! ううん、もしそれがホントだったとしても、だよ! だからって無理やりしかも休みなく改変するとかって、そんなの許せるわけないよ! だいたいねえが未熟とかそんなの、なんで《フォーカス》のジャグリ・ジャグラが決めるわけ?! それにこれとさっきまでの話と、なんの関係があるっていうのッ?!」


 それとこれとどういう繋がりが──封都:ノストフェラティウムと眠らない悪夢の話はどうなったの?!

 感情のままにスノウが抗議を繰り返した。


 だが対照的に、シオンの言葉はいっそ穏やかだった。


「スノウ、ありがとう。でもよいのだ。そしてこれは封都:ノストフェラティウム攻略と無関係な話ではない。むしろ極めて密接な話をわたしはいましているのだ」


 同時にこれは、わたしの責務オブリージュでもある。


「たしかにアシュレとわたしの間にある伝達経路、その太さの齟齬、わたしと《魂》の間にあるズレを解消すべく、ジャグリ・ジャグラどもは日夜わたしを改変し続けている。文字通り昼夜の別なく、感じ方を変え、わたしの肉体と精神の間にある道を拡張し続けている。それは人体改造と言うしかないのも事実だ。しかしそれで良いのだ。これで正しい。いやこれが正しい、のだよ」

「そんなそんなの……ねえ……」


 器物による同意なき改変を受け入れる姉の姿は、スノウにはあまりに衝撃だった。


「よく聞くがよい妹たちよ。いま我が身に起きていること、これはもうどうしようもない。止められないことなのだ。だから良いのだ。それにこれが封都:ノストフェラティウムを潜り抜けるための秘策であることも間違いない」


 その秘策、いまから説明してやろうほどに。

 諭すシオンに「わかりたくない」という顔でスノウが首を振る。

 真騎士の妹たちの反応も似たようなものだった。


 当然だとアシュレは思う。

 アシュレとシオンのふたりでさえ、ここまで認めるには時間がかかったのだ。

 年下のそれも年頃を迎えつつある娘たちが、簡単に受け入れられるようなものではない。


 だからこそ、ここから先の説明を受け継ぐのは自分の務めだとアシュレは感じた。


 ジャグリ・ジャグラの主として、なによりシオンという夜魔の姫の所有者として責任の所在を明らかにしなければならない。

 思い至ったときには、もう立ち上がっている。


 聞いてくれ、と呼びかけた。


「みんな聞いてくれ。ジャグリ・ジャグラによる改変を止める方策についてだけれど、じつはもう幾度もボクとシオンは試みてきたんだ。これまでもずっと。キミたちの知らないところで」

「アシュレさま?」

「騎士さま?」


 立ち上がった騎士に自然と妹たちの視線が集まった。

 アシュレはゆっくりと訴えかけるように語った。


「たしかに《スピンドル》や《魂》を伝達することで、ボク自身がジャグリ・ジャグラの挙動を一時的に制御することはできる。それは当初からわかっていたことだ。だけど試技を重ねるなかで、それは結果としてより激しくより容赦なく、シオンに改変を強制することになるんだとわかったんだ」


 より激しくより容赦なく。

 アシュレがそう釈明したとき、妹たちが口元に手を当てて息を呑むのがわかった。


「つまるところジャグリ・ジャグラに《スピンドル》や《魂》、つまり《意志のちから》の類いを伝導させるということは、より手酷くボク自身の想いをシオンにぶつけることになるのだと、これまでの検証のなかで判明した。ボクが自分の《意志》でジャグリ・ジャグラを操作するってことは、つまりそのあともっと手酷い要求をシオンに突きつけることなんだ」


 なぜならそれはシオンの肉体が持つ伝達経路と、そこに流れ込む《魂》のエネルギーの差を明らかにすることだから。

 ショックを隠せない様子の妹たちを真顔で見つめ、アシュレは続けた。


「ジャグリ・ジャグラは《意志》や《魂》を直接伝達する《フォーカス》であって、伝達しない・・・・・でいることを選ぶことはできない。すこしずつ互いの間にある齟齬を解消していく自動的で継続的な改変か、ボク自身の《意志》をぶつけてしまう性急な書き換えかのいずれかしか採るべき道はない」

 

 これが事実なんだ。

 淡々とアシュレは告げた。

 彼女たちの前で深刻になり過ぎることも、同時に英雄的に振る舞いすぎることもまた、自らの行いを偽ることだからだ。


 冷静な説明に「そんなそんな」と妹たちの口から異口同音に非難とも取れる声が漏れる。


 アシュレは深く息をつく。

 彼女たちの感じ方、考え方は間違っていない。

 認める。

 だからこそ告げた。


「でもたったひとつ、ハッキリとわかっていることがある」


 槍衾にされたシオンの姿を目の当たりにして、動揺から立ち直れない妹たちにアシュレが請け負えることはひとつしかなかった。


「これはすべてボクの責任だ。だからボクはシオンとともにある。最期のそのときまでその責務を果たす。そしてその責めを受け続けているシオンが、これこそが封都:ノストフェラティウム攻略の鍵と言い切ったんだ。それを信じる」


 一度言葉を切って、続けた。


「キミたちがジャグリ・ジャグラを含めてボクらの関係性に憤るのは当然だと思う。だけどいまは議論のときでも、謝罪のときでもない。いまさらボクたちが過ちを認めたところでなにも変わらないし、変えられない。本当に未来を変えたいのであれば、自分にできることを尽くすしかない。そしてボクらはそうする。それしかないからね」


 そして、


「シオンが、“叛逆のいばら姫”が必要だと言うのであれば、ボクは容赦なく彼女を蹂躙するだろう。《魂》の伝達経路を強制的に、一気に拡張して──《魂》の駆動体とする。ためらいや戸惑いがないかと言ったら嘘になるけれど……その怖れに負けて行いを止めてしまったら、これまでの全てがそれこそ嘘になってしまう」


 その覚悟を持っていまここに、ボクらは立っている。

 断言するヒトの騎士に、言葉を失って妹たちは立ち尽くした。

 なぜか、うなだれて。


 シオンの受けている仕打ちに対し自分たちが抗議の声を上げる……その行いの奥底にあった別種の感情を、アシュレの宣言に射貫かれたと感じたからだ。

 眼前で侵攻する一方的な肉体改変に対してではなく、なにか別のことに自分たちは憤っていた。


 そう──アシュレとシオンの間にあるものと、自分たちとの差を見せつけられたことに。


 自分たちの愛する男が、自らの行いを非人間的だと自覚しながらも、その《意志》を持って究極的な完成を求める相手は“叛逆のいばら姫”:シオンだけ。

 そして、その非人道的とも言える要求に完璧に応えることができるのも、また同じ。 


 結果としてそこまで行くことのできない自分たちは、蚊帳の外に留め置かれる。


 それはシオンと同じようには決して自分たちは愛してもらえないのだという残酷な事実として、三人の少女たちには伝わってしまっていた。

 複雑な乙女心を抱いていたのは、スノウだけではなかったのだ。


 もっともそのことを、彼女たちからひた向きな愛を捧げられる本人であるところのアシュレが理解するのは、まだずっと先の話だ。


 ただひとり、夜魔の姫だけが面と向かって愛の告白を受けたように頬を染めて応じた。

 アシュレ、と語りかける。

 妹たちに言い聞かせるように、はばかることなく。

 

「苦しくないか、と問われたら苦しさはあるのだぞ? なにしろ己の未熟を責められ続けているわけだからな。いやそれだけではなく……口に出してはならぬ種類の官能を憶えてしまっている自分がいること、そう感じてしまうカラダになってしまっていることも認めなくてはならない」


 罪を認めるように、シオンはバラ色に染まった頬を両手の平で包み込む。


「とても申し訳なくて、恥ずかしい。ただその間中、つまりこれまでずっと、まるでそなたに強く求められ続けているように心は高揚しっぱなしだし、こういう言い方をするとおかしくなったのかと思われてしまうかもなのだが、誇らしくさえもあるのだ。宝冠:アステラスなしでは正気を保っているのが難しいほどに、そなたの心が、想いが、信頼が伝わって──」


 ずっと「きみでなければダメだ」と言われているようで。

 全身を十三本の槍によって縫い止められた姿勢のままシオンは告げた。


 その表情にアシュレは見惚れた。

 慈愛で満たされた夜魔の姫の尊顔。

 それなのに、呼吸は荒く肉体は絶え間ない改変に震えて。


 予期せず贈られた告白に、アシュレは面映ゆいような、それでいて救われたような気持ちを味わった。


 一方、妹たちはアシュレとシオンふたりの間にある結びつきの強さに、完全に圧倒されていた。

 畏怖に打たれる、という言葉の本当の意味を身を持って理解させられ、恥辱にも似た感情にうなだれ萎れている自分たちの姿に、さらに追い討ちを喰らう。

 

 このとき妹たちはハッキリと知ったのだ。

 自分たちが上げた抗議の声のその奥底にあったものの正体を。


 それは紛れもなく嫉妬だった。

 

「でも、でもじゃあ、これが眠らない悪夢との戦いでどんな意味を持ってくるっていうのねえ?」

「です、わ。こんな、こんなことがどういう……意味を?」


 理解から来る衝撃に震える声で、そう問うのが彼女らには精一杯だった。

 対する夜魔の姫は、ヒトの騎士にさらなる説明を要請しようとした。


 そして、倒れる。

 瞳が焦点を、光を失う。

 膝から崩れ落ちる。


 ジャグリ・ジャグラが加える改変が、その要求が、夜魔の姫をして限界に至らせたのだ。


 もちろんそのときにはすでにアシュレは駆け出していて、シオンが頽れるより早く抱き止めていた。

 





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