■第二一夜:境界線に立つ少女
いたずらな運命の采配により、いまや希代の魔導書と融合してしまってはいるものの、スノウはもとももとは人間の母と夜魔の騎士の間に生まれた半夜魔である。
さらにこれこそはアシュレとシオン、そしてスノウ本人しか知り得ぬことであるが──その夜魔の騎士、つまりスノウの父親とは“庭園”にその肉体も心をも喰われてしまった男、トラントリムの僭主にして高位夜魔:ユガディール・マズナブであったのだ。
だからスノウの血には、シオンに勝るとも劣らない古き夜魔の資質とともに、“庭園”に保存されていた正体不明の因子が折り込まれてしまっている。
“庭園”の因子。
それは三人の妻を失い、絶望に喰われた男が、そのがらんどうの胸の内に宿して持ち帰った《夢》の断片。
現実には存在し得ない、本来は“庭園”の上でだけ存在できるはずの幻想の種子。
血肉を持った肉体を介すことなく虚構の上で組まれた、あり得ないはずの血統。
机上の空論によって維持される血筋。
荒唐無稽な奇跡を可能にする──するかも知れない──触媒としての。
あえてそれを偽りの希望と呼ぼう。
その架空の血の器=偽りの希望をこの世界に受肉させるためだけに契られ産み落とされた“理想郷”の私生児。
それがスノウ──スノウメルテの正体だった。
あるいは魔導書・ビブロ・ヴァレリが融合先にスノウを選定したのは、偶然ではなかったのかもしれない。
人類の暗部を記録し続ける魔導書と、スノウの血に潜む幻想種の因子はあまりにも親和性が高かったのだ。
スノウの内側にどのような種類の本性が巣くっているのかについて、夜魔の姫:シオンですら「計りかねる」と答えるしかなかった。
古き濃き夜魔の血と“庭園”の因子が交じり合ったとき、現実としてどのような変異が起こるものか。
それは血液の専門家である“叛逆のいばら姫”にさえ、予測できるものではなかったのだ。
ゆえにアシュレとシオンは、この件に関して箝口令を敷いた。
現時点でこの事実を知り得ているのはアシュレとシオン、当人であるスノウだけだから、機密自体を保つことはそう難しいことではなかった。
自らの血筋に関する事柄に対し、スノウが無知を装えばいいだけのこと。
父であるユガディールを指して「名前も知らぬ夜魔の騎士さま」と、従来の通り呼べばいいだけのことだった。
もちろんアシュレたちには、そのような状態を持続させるつもりはまるでなかった。
機を見て信頼できる少人数を選り抜き、段階的に情報を共有し、根回しを進めるつもりであった。
そうやって穏便に事態を推移させる腹積もりでいたのだ。
要らぬ混乱を戦隊に持ち込ませないという意味で、この判断は的確だったはずだ。
だが結果として、アシュレたちは事件から三月以上たったいまもなお、依然として箝口令を維持し続けるしかなかった。
問題は自らの内を流れる血に対し、スノウが直視を避けて来てしまったことだ。
もちろん彼女が努力を怠っていたわけではない。
むしろ逆だった。
幾度も調べ、学び、克服しようとは試みてはいたのだ。
事実、ヘリアティウムの地下図書館において行われた戦いの最中、スノウは魔導書:ビブロ・ヴァレリの暗い誘惑への反抗に成功していた。
だからこそアシュレたちはあの戦いに勝つことが出来た。
ゆえにアシュレもシオンも、その時点で心の傷の克服に、スノウが成功したものだと思っていた。
いやスノウ自身でさえ、そう思い込んでいたのだ。
だがその後に起きた空中庭園での一連の事件──バラの神殿からの帰還後、改めて自らの血筋の秘密と正対しようと試みたとき、一度は魔導書:ビブロ・ヴァレリの誘惑を跳ねのけたあの勇気が二度とは持てずにいる現実を、スノウは思い知らされるハメになる。
アシュレとシオンにひとり毅然と申し出て、密かに己の出自と血筋の真実を学び対決すべく、意を決して魔導書形態を発現させたところまでは良かった。
けれどもその直後、スノウは己の出自や血統に関する頁が黒塗りにされ、厳重に封を施されているのを発見してしまった。
まるで頁と頁とを血糊で張り合わせてしまったかのように、その部分だけが読むことも開くこともできなくされてしまっていたのだ。
頁と頁は癒着した傷口のように肉を持ち、その内側に秘めたる事実を公開することを固くないに拒んだのである。
しかも問題は、それだけに止まらなかった。
挫けず懸命に魔導書としての《ちから》を振るい、血糊がごとき封を破ろうと試みたスノウは予期せぬ、そして想像を絶する抵抗に遭い、これを諦めざるを得なくなる。
肉体が拒絶反応を起こし、手酷く何度も吐いた。
鼻腔と喉を焼く胃液の痛み、異臭に、なぜどうしてと泣きながらのたうち回った。
胃の腑がひっくり返り、臓器そのものが口から逆流しそうになる感覚に襲われ、全身の痙攣と激しい頭痛、さらに原因不明の高熱に悩まされた。
そして、唐突に理解した。
あのとき自分が魔導書:ビブロ・ヴァレリの強制力を跳ね除け、自らの血統を直視してなお誘惑に打ち勝つことができたのは、自分の心の《ちから》によるものではない。
あれはシオンを通じて注がれていたアシュレの《魂》のもたらす精神の高揚があったればこそだったのだと。
あのとき「自分の血筋がたとえどのようなものであれ、それを直視し受け止めて見せる」という心のありようで居てくれたのは、実際には自分ではなかった。
そうあってくれたのはアシュレとシオンの方であって、スノウにそれができたのは、流れ込んできたふたりの心に感化され、まるで自分自身もその高みに達したと錯覚していたから、というだけのことだったのだ。
気高いヒトと話していると、まるで自分もそうなったかのように思い違いしてしまう、あの錯覚のように。
そう思い至ると、こんどは自らの血筋について学び運命と正対しようと考えるだけで、全身の血が逆流するような感覚に四肢が萎え、立ち上がれなくなった。
さらに無理を己に強いると、こんどは激しい吐き気と頭痛に加え、震えが止められなくなった。
アシュレとシオンがこの話題についてこれまで口の端にさえ乗せず、戦隊への情報共有も含め、事実を直視することに対し無理強いを避けてきたのも、ここに理由があった。
スノウの《意志》ではなく無意識と肉体が、現実を認めることを拒んでいたのだ。
ある意味でそれはスノウと融合した魔導書が禁書であり続けることを保持しようとする働きだったとも言えるが、彼女にとっては己が血と肉とがいかに呪われしものであるのかを再確認させる恥ずべき、そして忌むべき反応だった。
かつてのスノウにとって、父から受け継いだ夜魔の血統は忌避すべきものではなく、むしろ誇るべきものだったはずだ。
トラントリム時代のスノウが信じていた夜魔の存在とは、わずかな血潮だけを報酬とし、その引き換えに民衆のために命を賭けて戦う、憧れるべき理想の騎士としての種族だった。
だからスノウは他の人類圏に暮らす人々が抱くような夜魔への恐怖や嫌悪感といった悪感情、あるいは敵愾心というものを持ったことがない。
それはあの日、憧れだった夜魔の騎士や下位夜魔と化した民衆と戦うアシュレたちの姿を見た後でも変わらなかった。
トラントリムを襲ったあの惨禍は、夜魔の血統そのものに問題があったのではなく、ましてやユガディールの掲げた理想のせいでもなく、ただただこの残酷な世界をなんとか理想郷に近づけようとした人々の想いをねじ曲げ、いびつな解釈で実現してしまう《ねがい》と、それを可能にする仕組みのせいなのだと理解していた。
けれどもいまや、その血統と夜魔への憧憬とがスノウを苦しめていた。
どんなに目を逸らそうと、いまスノウの肌の下を流れる夜魔の血は、その怪物性とともに彼女のなかに息づいている。
それどころかその血はシオンが危険視したように、“庭園”から持ち帰られた因子との結合によって、予測不能の突然変異を起こしている可能性が極めて高い。
夜魔の血に潜む怪物性と“庭園”に溜め込まれていた《ねがい》の産物が組み合わさったとき、そこにどのような存在が現れ出でるものなのか。
考えるだに恐ろしいとは、まさにこのことだった。
血は、スノウ自身がどんなに無自覚であろうとしても、確実に彼女の性を怪物に近づけていく。
スノウの肉体が成熟に向かうにつれ、女性としての徴をごまかしようもなくあらわにするように。
ときに暴れ馬のごとく荒々しく、強引に、抵抗を許さないで。
あるいは、と己が血筋に脅え震えるスノウを前に、シオンは思う。
スノウという娘の発揮する破天荒なまでの突進力、アシュレへと集約していく行動力、そして彼からの歓心を買うためであれば手段を選ばず発揮される爆発的な才能の閃きこそは、夜魔が高貴なる血の薫りに対して見せる執着であり、同時にまた“庭園”の因子を播種された者どもが、強く恐れながらも渇望してやまない《魂》へ指向性に起因しているのかもしれない、と。
たとえば、いまやアシュレたち戦隊の拠点となった空中庭園:イスラ・ヒューペリアの最深部、竜たちの聖域に座していた《御方》の遺骸=死せる《偽神》が見せたあの妄執のように。
そして、いまからシオンが語るあれこれは、スノウが留保し続けてきた己の血に対する無自覚の糖衣を引きむしり、目を逸らし続けてきた真実を無理やり突きつけることにほかならなかった。
そのときスノウの心が無事でいられるものか。
否、必ず深く傷つくであろう。
だがそれでも、シオンは私情を挟まず、事実を列挙すべきだと判断した。
“庭園”の件はともかく、ここで夜魔の血筋の真実についてすら触れずのままいては、これから先、封都:ノストフェラティウムに足を踏み入れたとき直面するであろう現実に到底、耐えられようはずがない。
だから「自分の父である夜魔の騎士、つまりユガディールもまた、その身の内におぞましい本性を隠し持っていたのか」というスノウの問いかけに、シオンは強く肯定の意を表した。
そうだ、と言葉すくなく、しかし誤解を許さぬ強い口調で。
まずは夜魔という種族の本性を学んでもらう、と応じて。
いたずらな運命の采配により、いまや希代の魔導書と融合してしまってはいるものの、スノウはもともとは人間の母と夜魔の騎士の間に生まれた半夜魔である。
さらにこれこそはアシュレとシオン、そしてスノウ本人しか知り得ぬことであるが──その夜魔の騎士、つまりスノウの父親とは“庭園”にその肉体も心をも喰われてしまった男、トラントリムの僭主にして高位夜魔:ユガディール・マズナブであったのだ。
だからスノウの血には、シオンに勝るとも劣らない古き夜魔の資質とともに、“庭園”に保存されていた正体不明の因子が折り込まれてしまっている。
“庭園”の因子。
それは三人の妻を失い、絶望に喰われた男が、そのがらんどうの胸の内に宿して持ち帰った《夢》の断片。
現実には存在し得ない、本来は“庭園”の上でだけ存在できるはずの幻想の種子。
血肉を持った肉体を介すことなく虚構の上で組まれた、あり得ないはずの血統。
机上の空論によって維持される血筋。
荒唐無稽な奇跡を可能にする──するかも知れない──触媒としての。
あえてそれを偽りの希望と呼ぼう。
その架空の血の器=偽りの希望をこの世界に受肉させるためだけに契られ産み落とされた“理想郷”の私生児。
それがスノウ──スノウメルテの正体だった。
あるいは魔導書・ビブロ・ヴァレリが融合先にスノウを選定したのは、偶然ではなかったのかもしれない。
人類の暗部を記録し続ける魔導書と、スノウの血に潜む幻想種の因子はあまりにも親和性が高かったのだ。
スノウの内側にどのような種類の本性が巣くっているのかについて、夜魔の姫:シオンですら「計りかねる」と答えるしかなかった。
古き濃き夜魔の血と“庭園”の因子が交じり合ったとき、現実としてどのような変異が起こるものか。
それは血液の専門家である“叛逆のいばら姫”にさえ、予測できるものではなかったのだ。
ゆえにアシュレとシオンは、この件に関して箝口令を敷いた。
現時点でこの事実を知り得ているのはアシュレとシオン、当人であるスノウだけだから、機密自体を保つことはそう難しいことではなかった。
自らの血筋に関する事柄に対し、スノウが無知を装えばいいだけのこと。
父であるユガディールを指して「名前も知らぬ夜魔の騎士さま」と、従来の通り呼べばいいだけのことだった。
もちろんアシュレたちには、そのような状態を持続させるつもりはまるでなかった。
機を見て信頼できる少人数を選り抜き、段階的に情報を共有し、根回しを進めるつもりであった。
そうやって穏便に事態を推移させる腹積もりでいたのだ。
要らぬ混乱を戦隊に持ち込ませないという意味で、この判断は的確だったはずだ。
だが結果として、アシュレたちは事件から三月以上たったいまもなお、依然として箝口令を維持し続けるしかなかった。
問題は自らの内を流れる血に対し、スノウが直視を避けて来てしまったことだ。
もちろん彼女が努力を怠っていたわけではない。
むしろ逆だった。
幾度も調べ、学び、克服しようとは試みてはいたのだ。
事実、ヘリアティウムの地下図書館において行われた戦いの最中、スノウは魔導書:ビブロ・ヴァレリの暗い誘惑への反抗に成功していた。
だからこそアシュレたちはあの戦いに勝つことが出来た。
ゆえにアシュレもシオンも、その時点で心の傷の克服に、スノウが成功したものだと思っていた。
いやスノウ自身でさえ、そう思い込んでいたのだ。
だがその後に起きた空中庭園での一連の事件──バラの神殿からの帰還後、改めて自らの血筋の秘密と正対しようと試みたとき、一度は魔導書:ビブロ・ヴァレリの誘惑を跳ねのけたあの勇気が二度とは持てずにいる現実を、スノウは思い知らされるハメになる。
アシュレとシオンにひとり毅然と申し出て、密かに己の出自と血筋の真実を学び対決すべく、意を決して魔導書形態を発現させたところまでは良かった。
けれどもその直後、スノウは己の出自や血統に関する頁が黒塗りにされ、厳重に封を施されているのを発見してしまった。
まるで頁と頁とを血糊で張り合わせてしまったかのように、その部分だけが読むことも開くこともできなくされてしまっていたのだ。
頁と頁は癒着した傷口のように肉を持ち、その内側に秘めたる事実を公開することを固くなに拒んだのである。
しかも問題は、それだけに止まらなかった。
挫けず懸命に魔導書としての《ちから》を振るい、血糊がごとき封を破ろうと試みたスノウは予期せぬ、そして想像を絶する抵抗に遭い、これを諦めざるを得なくなる。
肉体が拒絶反応を起こし、手酷く何度も吐いた。
鼻腔と喉を焼く胃液の痛み、異臭に、なぜどうしてと泣きながらのたうち回った。
胃の腑がひっくり返り、臓器そのものが口から逆流しそうになる感覚に襲われ、全身の痙攣と激しい頭痛、さらに原因不明の高熱に悩まされた。
そして、唐突に理解した。
あのとき自分が魔導書:ビブロ・ヴァレリの強制力を跳ね除け、自らの血統を直視してなお誘惑に打ち勝つことができたのは、自分の心の《ちから》によるものではない。
あれはシオンを通じて注がれていたアシュレの《魂》のもたらす精神の高揚があったればこそだったのだと。
あのとき「自分の血筋がたとえどのようなものであれ、それを直視し受け止めて見せる」という心のありようで居てくれたのは、実際には自分ではなかった。
そうあってくれたのはアシュレとシオンの方であって、スノウにそれができたのは、流れ込んできたふたりの心に感化され、まるで自分自身もその高みに達したと錯覚していたから、というだけのことだったのだ。
気高いヒトと話していると、まるで自分もそうなったかのように思い違いしてしまう、あの錯覚のように。
そう思い至ると、こんどは自らの血筋について学び運命と正対しようと考えるだけで、全身の血が逆流するような感覚に四肢が萎え、立ち上がれなくなった。
さらに無理を己に強いると、こんどは激しい吐き気と頭痛に加え、震えが止められなくなった。
アシュレとシオンがこの話題についてこれまで口の端にさえ乗せず、戦隊への情報共有も含め、事実を直視することに対し無理強いを避けてきたのも、ここに理由があった。
スノウの《意志》ではなく無意識と肉体が、現実を認めることを拒んでいたのだ。
ある意味でそれはスノウと融合した魔導書が禁書であり続けることを保持しようとする働きだったとも言えるが、彼女にとっては己が血と肉とがいかに呪われしものであるのかを再確認させる恥ずべき、そして忌むべき反応だった。
かつてのスノウにとって、父から受け継いだ夜魔の血統は忌避すべきものではなく、むしろ誇るべきものだったはずだ。
トラントリム時代のスノウが信じていた夜魔の存在とは、わずかな血潮だけを報酬とし、その引き換えに民衆のために命を賭けて戦う、憧れるべき理想の騎士としての種族だった。
だからスノウは他の人類圏に暮らす人々が抱くような夜魔への恐怖や嫌悪感といった悪感情、あるいは敵愾心というものを持ったことがない。
それはあの日、憧れだった夜魔の騎士や下位夜魔と化した民衆と戦うアシュレたちの姿を見た後でも変わらなかった。
トラントリムを襲ったあの惨禍は、夜魔の血統そのものに問題があったのではなく、ましてやユガディールの掲げた理想のせいでもなく、ただただこの残酷な世界をなんとか理想郷に近づけようとした人々の想いをねじ曲げ、いびつな解釈で実現してしまう《ねがい》と、それを可能にする仕組みのせいなのだと理解していた。
けれどもいまや、その血統と夜魔への憧憬とがスノウを苦しめていた。
どんなに目を逸らそうと、いまスノウの肌の下を流れる夜魔の血は、その怪物性とともに彼女のなかに息づいている。
それどころかその血はシオンが危険視したように、“庭園”から持ち帰られた因子との結合によって、予測不能の突然変異を起こしている可能性が極めて高い。
夜魔の血に潜む怪物性と“庭園”に溜め込まれていた《ねがい》の産物が組み合わさったとき、そこにどのような存在が現れ出でるものなのか。
考えるだに恐ろしいとは、まさにこのことだった。
血は、スノウ自身がどんなに無自覚であろうとしても、確実に彼女の性を怪物に近づけていく。
スノウの肉体が成熟に向かうにつれ、女性としての徴をごまかしようもなくあらわにするように。
ときに暴れ馬のごとく荒々しく、強引に、抵抗を許さないで。
あるいは、と己が血筋に脅え震えるスノウを前に、シオンは思う。
スノウという娘の発揮する破天荒なまでの突進力、アシュレへと集約していく行動力、そして彼からの歓心を買うためであれば手段を選ばず発揮される爆発的な才能の閃きこそは、夜魔が高貴なる血の薫りに対して見せる執着であり、同時にまた“庭園”の因子を播種された者どもが、強く恐れながらも渇望してやまない《魂》へ指向性に起因しているのかもしれない、と。
たとえば、いまやアシュレたち戦隊の拠点となった空中庭園:イスラ・ヒューペリアの最深部、竜たちの聖域に座していた《御方》の遺骸=死せる《偽神》が見せたあの妄執のように。
そして、いまからシオンが語るあれこれは、スノウが留保し続けてきた己の血に対する無自覚の糖衣を引きむしり、目を逸らし続けてきた真実を無理やり突きつけることにほかならなかった。
そのときスノウの心が無事でいられるものか。
否、必ず深く傷つくであろう。
だがそれでも、シオンは私情を挟まず、事実を列挙すべきだと判断した。
“庭園”の件はともかく、ここで夜魔の血筋の真実についてすら触れずのままいては、これから先、封都:ノストフェラティウムに足を踏み入れたとき直面するであろう現実に到底、耐えられようはずがない。
だから「自分の父である夜魔の騎士、つまりユガディールもまた、その身の内におぞましい本性を隠し持っていたのか」というスノウの問いかけに、シオンは強く肯定の意を表した。
そうだ、と言葉すくなく、しかし誤解を許さぬ強い口調で。
まずは夜魔という種族の本性を学んでもらう、と応じて。




