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■第十九夜:血の結界


         ※


 夜魔の姫の言葉通り、アシュレたち戦隊の眼前にそびえ立つ巨大なアーチ門は、その内側に大規模な隊商キャラバンが身体を伸ばして休めるほどのスペースを隠し持っていた。


「先ほども言ったが、かつてこの道は人類圏と封都:ノストフェラティウムとを繋いでいた街道である。だからこの門も、その当時の都市の境界線・関所として使われていたものが基礎となっている」


 夜魔たちによって付け加えられた退廃的な装飾群の、さらにその下に隠されていたものを指し示しながらシオンは言った。

 たしかにそこには微かな継ぎ目があり、説明を受けたあとであれば材質や様式に違いがあることが理解できる。


「いま門の向こうに見やる封都:ノストフェラティウムも、もともとは我ら夜魔の一族が打ち立てたものではない。統一王朝:アガンティリス時代の地下都市のひとつであり、当時はまったく別の名前を持っていた」


 巨大なアーチをぐるり見渡し、最後に足下に視線を落として、シオンは踵を鳴らしてみせた。


「そして我らがいま踏みしめるこの道もまた同じく、人類の統一王朝:アガンティリスの叡知が生み出したもの。この道は人類の統一王朝が長きに渡り人々の往来を阻んできた天然の要害:イシュガル山脈の地下を貫き、辺境世界と文明圏とを安全に繋げた証であり、この都市こそはその途上に栄えた中継地点だったのだ」


 ゆえにこの門は、その偉業を後世に末長く讚え伝えるためのモニュメントでもあったであろう。

 だがそれも、いまはむかし。


「《ねがい》のままに世界観を改変する大災厄=《ブルーム・タイド》がすべてを変えた。かつて栄華を誇った統一王朝、その偉業の象徴であったこの門も、暗黒時代の到来とともに都市まちの新たな主となった夜魔の手によって増改築を施された」


 そしてさらに時は流れ、


「いまや封都:ノストフェラティウムと外界とを隔てる結界の一部に成り果ててしまっている」

「封都、と名がつくからには、いずれの手段によってかで、なかにいるものを封じているのだとは思っていたけれど……門そのものが結界なんだね」


 シオンの口にした結界という単語に、アシュレは水蛇の姫:マーヤの言葉を思い出していた。

 水蛇の姫は、街路や建築物に結界のかなめを割り振る技について、ヒトの騎士に説いてくれたものだ。


 彼女たち蛇の巫女は特にその技を用いて、他種族から自分たちの神域や神殿を守り抜いてきたのだと。


 もちろん法王庁:エクストラムの最精鋭:聖騎士パラディンであったアシュレにしても、そのような概念が初耳だったわけではない。


 夜魔をはじめとした魔の十一氏族の侵攻を防ぐには、聖騎士パラディンたちだけではなく人類の叡知すべてを振り絞り、方策を練らねばならない。

 それはほかならぬアシュレ自身の常からの思いであったし、実際に軍事力に拠らない他の防衛手段をエクストラム法王庁の職員は日夜研究していた。


 なにしろ人類圏の軍隊と違い、魔の十一氏族の侵攻方法は多岐に渡る。

 これを防ぐには直接的な戦力を投じるだけでは片手落ちだったのだ。


 特に超常的な方法で掘や城壁を越えてくる存在からの防衛手段の研究は、急務であった。

 結界もそのひとつ。 


 たとえば街道や街の門扉そのものが魔をはじき返したり、その侵入を感知するものであれば、これほど守りやすいことはない。

 実際に暗黒時代=統一王朝:アガンティリスの末期には、そのような技術がいくつも生み出され、建築物に組み込まれてきた。


 だがその技術も多くが長い年月の流れのなかで失われた。


 特に人類圏では恒久的な設備として再現することも、また修繕することも極めて難しいものとなって久しい。

 各地で発掘も研究も進められてはいるが、統一王朝の遺産にほぼすべてを頼っているのが現状だ。


「エクストラム周辺の街道も、かつてはそんな役割を持つ巨大な結界路だったっていう話だよ。“教授”──ラーンベルト枢機卿が熱心に研究してたな」

「ああ、魔の十一氏族を退けるアガンティリスの結界だな。実際にエクストラム周辺のそれは、一部にしてもいまだ機能している。あれはお伽話ではない。事実だよ」


 あっさりとシオンが認める。

 アシュレは納得の表情で返した。


「やっぱりそうなのか。実はボクもラーン先生の言っていることは正しいと感じることが多かった。人里離れた荒野から街道に出ただけで安全だと思えるあの気持ちは、錯覚じゃあなかったんだな」


 幼心に聞かされた数々のお伽話が甦る。

 うむ、と夜魔の姫も頷いた。


「もっともそれも統一王朝の瓦解と運命をともにした。風雪にさらされ補修する者もなく、道は荒れ果て傷んで草地に呑まれた。そのせいでいまや見る影もなく寸断され穴だらけになって破れ弱まってしまっているが、街道に出ただけで安堵を感じるというアシュレの感性は正しい。たしかにアガンティリスの結界は、切れ切れになりながらもいまだに効力を発揮しているのだよ」


 エクストラムに向かう途中で、わたしもすこしばかり手を焼いた。

 懐かしい想い出を語るようにシオンが呟いた。

 間髪入れず、アシュレは問う。


「じゃあこの門も同じくアガンティリスの遺産であり結界ってことか」


 異形の像たちが逆さ立ちにぶら下がる天井を見上げながら、戦隊は慎重に歩を進める。

 夜魔の騎士を模したのであろう、その手に捧げられた石剣がまさか落ちてはこないだろうかと訝しむ様子で。


 そんなヒトの騎士に、夜魔の姫はかぶりを振って答えたものだ。


「いいや、それは違う。言ったであろう? この都市は暗黒時代の最初期、つまり魔の十一氏族の誕生とともに夜魔のものとなったのだと。それ以来ずっと夜魔の所領だ。もっともそのあとで当の夜魔たちさえもが、名だけを神話に残しその実在を忘れ去ろうとしたわけだが……。この意味がそなたならわかるだろう?」

「なるほどそうか、たしかにそれまでは魔の十一氏族などいなかったのだものな。《ブルーム・タイド》以前は、夜魔もただの人間だったのだから」


 とすれば、だ。


「人間相手に魔よけの結界は不要……いやそもそもの効果がない。それなのにここにはいま、厳然と結界が張られている。つまり、これは」

「…………」


 話しかけるアシュレに夜魔の姫は答えなかった。

 無言で先を促す。

 沈黙に背中を押されるように、ヒトの騎士は仮説を披露した。


「この門を結界のかなめに仕立て直したのは、ほかならぬ夜魔の氏族そのもの。そういうことになる」


 そして夜魔たちが、その結界をもって封じようとしたのは────。


「ほかならぬ自分たち自身の末路。眠らない悪夢と化してしまった夜魔の成れの果て。それを封じるための結界がこれ、ということなんだね?」

「そうだアシュレ、その理解で正しい。この結界は過去に囚われ夜魔ですらなくなってしまった者どもを、決して外界に逃さぬためのものなのだ」

「それも特別に強力な、か」

「そう極めて」


 封じ込めるための結界も、


「封じられている者どもともにも、な」


 アシュレは改めて、この場に満ちる結界の《ちから》を肌で感じた。

 なるほど、ぞくりぞくりと悪寒にも似て足下から這い登ってくる気配こそは、結界の放つ強力な《ちから》そのものでもあり、同時にまたその先に封じられているモノの凶悪さの証明でもあるわけだ。

 

 そういうことか、とアシュレは言った。


「夜魔たちは、それほどまでに眠らない悪夢たちを恐れているってことなんだな。魔の十一氏族のなかでも極めて強力な存在であるはずの夜魔きみたちが、なりふり構わず結界を敷いて封じた揚げ句に、自分たちの都ごと廃棄して忘れ去ろうとした……」


 その恐れの質が、いまならボクにもわかる気がする。

 結界から漏れ出でる邪悪の気配をひしひしと感じながら、アシュレは都を捨てるときの夜魔たちのありさまを思い描きながら歩いた。

 足を止めたのは数秒もしてからだ。


「でも、ここまでの話でひとつだけわからないことがあるんだ、シオン。どうして夜魔は──きみたちは眠らない悪夢になってしまうんだい? そしてどうして、そこまで眠らない悪夢を恐れるんだ? その理由を知りたい」

「アシュレそなた、実はもうほとんど気がついているのではないのか。これまでの話のなかで、すでに目星をつけているのではないか? 眠らない悪夢が生まれるその理由について、そしてなぜ我ら夜魔が眠らない悪夢をこれほどまでに恐れるのかについてまでも」


 もうすでにわかっているのではないか?

 強く教えを乞うヒトの騎士に、シオンは問いで返した。


 質問に質問で返すことの無礼について、夜魔の大公の娘であるシオンはよく知っていたはずだ。

 それでもなおそうせざるを得なかったのは、彼女をしてその無礼を働かせるだけのものがアシュレの問いには含まれていたのということであろう。


 夜魔の姫からの指摘に「ああ」とアシュレは認めた。


 確かに、と。

 それはここまでの道程で語られた話の端々から、確かに思い至っていたことではあったのだ。


 そこにいまのやり取り。

 アシュレの推理でほとんど正解だ、とシオンは言ったわけだ。


「じゃあやっぱり、はきみたち夜魔が持つ他種族との決定的な差に、それは起因しているんだね」

「そうだ。それは我らが夜魔が持つ他種族との決定的な差にある」


 夜魔の姫の言葉に確証を得たアシュレはもう一度、今度は深く頷いた。


「記憶、ということか。完全記憶とその暴走がその原因。そして夜魔たちが眠らない悪夢を恐れる理由もそこにある」

「しかり。記憶なのだよ問題は、アシュレダウ」


 夜魔の姫はヒトの騎士の推理力を褒めると、後の解説を引き受けた。


「人類から見る夜魔の本質、その真の危険性は不死性への誘惑にあるという話をしたな? 夜魔が提示する永遠生こそが最も危険なものであると。だがそれはあくまで、人類側から夜魔を見たときの話に過ぎない」


 夜魔側からの視点から言わせてもらえば、それらはまるきり我らの本質ではない。

 

「種としての夜魔の最大の特徴は吸血のさがでも不老不死でも、でたらめな身体再建能力でもない。種全体の特徴として、一度見聞きしたことを決して忘れられぬ完璧な記憶力を持つこと、いや……この世に生を受けた瞬間からその記憶の牢獄に収監されていることこそが、我らの種としての最大の特徴なのだ」


 永劫の記憶の虜囚。

 それこそが夜魔の本質だ、とシオンは言った。

 さらに重要な事実を突きつける。


「実はその永劫の記憶こそが、夜魔の不死性や身体再建能力の源なのだ」


 戦隊はいつしか隊商のための休憩用スペースへと導びかれていた。






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