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■第十六夜:巡礼者の道を


         ※


「巡礼者の道、という名は我が父:スカルベリが人類圏を離反し夜魔の國へと辿り着く道程と、その物語がなかば神格化されていく過程が造り上げたものだ。ガイゼルロンの民をしてこの道は、長く実在を証明できぬ神話的存在であった」


 遠い目をしてシオンは語った。

 この道──巡礼者の道と呼ばれる人類圏と夜魔の國とを繋ぐ石畳の街道のことを。


「実際この目で見るまでは、わたしも心の底からは信じてはいなかった。我が父ながら──スカルベリ──あの男は話を盛るクセがあったしな」

「でも道は実在した。しかもアガンティリス後期の様式美で。つまりスカルベリがこの道を作ったんじゃない。彼が人類圏を、九英雄ザ・ナインを離反して夜魔の大公となるよりずっと前から、この道はここにあったんだ」

「左様。きっとかつてはそなたの言うように、アガンティリス式のもっと気負いのない、どこにでもあるような名で呼ばれていたのであろう。世界が暗闇に呑まれ、魔の十一氏族が《そうするちから》によって生み出され、統一王朝が崩壊した暗黒時代の到来までは、な」


 一行を先導するカタチでシオンが行く。

 アシュレは最後尾を守りながら、話に相づちを打った。

 ちなみに間に挟まれた若年組の三人は、結局シオンからの拳骨を頭部に食らい、涙目・膨れっ面で行軍に加わった。


「ひどいよシオンねえ。めちゃくちゃ痛かったよ、コブになってるもん。なにが年下の娘たちに手を挙げられるか、だよ。本気の本気だったじゃん……」

「だよね、本気で痛かった。ゴチンって音がしてお星さまが散ったもん……これ髪の毛の下で青あざになっちゃってるよ絶対」

「い、痛かったですわ。エステルはホントに夜のご奉仕とかわかりませんのに……」

「やかましいわ、小娘どもッ! その程度で済んで良かったと思え! いまさら追い返しても面倒なことになるのが目に見えておるので仕方なく連れていくのだッ! それでもついてくるというのだから──覚悟せよッ!?」


 文字通り夜魔の巣窟、しかもその本場へ貴様らは行くのだからな!?


 ギロリ、と振り向いたシオンが三人に念を押した。

 声こそ押し殺されているが、その視線だけで気の弱い者は死ぬのではないかという迫力が、今日の彼女にはある。

 妹たちの身を案じ、本気で怒っているのだ。


「取り返しがつかぬ、というのは今回のことなのに……」


 不機嫌げに頭を巡らせて、夜魔の姫は歩みを再開した。

 脅えた三名がアシュレに抱きついたからだ。


「そなたら……ここから先へ進むのであれば本当に後戻りできぬぞ。そうなってしまったら、もう二度と元には戻れなくなるのだから覚悟せよ……」


 ブツブツ独りごとを言いながら歩いていく。

 あまりの激昂に夜魔の姫は耳まで真っ赤だ。


 その不機嫌さに圧されながらも、ここで挫けてはならじとばかりに妹たちがソロソロとあとをついて行く。

 空気を変えたくて、その頭越しにアシュレは夜魔の姫に水を向けた。


「さっきの話だけれど、こんなに立派な街道がイシュガル山脈の地下を通っているなんてホントに知らなかった。ボクらエクストラム法王庁の聖騎士パラディンの教本にもない。本物の秘密の抜け穴なんだね」

「人類圏ではイシュガル山脈以北が夜魔の國となったとき、その所在を示す口伝が絶えたのだろう。入口へと続く道が湖に沈んだのもあるしな。それよりなにより行って戻ってきた者がいないのだから、伝える者もおらんさ」

「文献は……禁書になったか焚書に処されたか」

「恐らくは後者であろう」

「どうしてそう思うの?」

「夜魔は人類に恐れられる魔の十一氏族のなかでも、真っ先にその名を挙げられる存在だ。それはなぜかわかるか、アシュレ?」

「質問に質問が返ってきた。でもそれはなかなか面白い問いだね。そうだなあ……」

「それ、わたし、わかります!」


 と手を挙げたのは真騎士の妹:キルシュだった。

 アシュレの前で出来るところを見せたくて仕方がないのだ。


 いやべつにそなたらに質問したのではないのだが。

 シオンはジト目で闖入者である少女を睨んだ。

 が、怒鳴る気力はもうないらしい。

 諦めた様子で指名する。


「ではエステル、答えてみよ」

「はい! それは恐いから!」

 

 頭痛がするのか、ちがう、とこめかみを押さえシオンが首を横に振った。


「魅力的だから、だろ?」


 代わりに答えたアシュレに、びっと夜魔の姫は指で答えた。


「さすがだアシュレ。やはりそなたはわかっているな」

「ボクら人類圏にも夜魔の闇の魅力について語る本はたくさんある。ほとんど禁書だから、ボクみたいな聖騎士パラディンか資格を持つ高位聖職者、あるいは聖遺物監理課職員でもないかぎり閲覧できないけれど、庶民の間でも夜魔の物語はよく語られる。ポピュラーなお伽話だよ」


 そう言えば初めてきみの姿を見たのも、そんな禁書のなかの一冊でだったな。

 回想してアシュレはシオンに視線を向けた。

 胸のどこかが狭くなるように痛む。


「えー、そうかなー。そんなに魅力的かなー?」

「ですわー。魅力的っていうだけなら、わたくしたち真騎士のほうがずっと魅力的だし、騎士さまを気持ちよくして差し上げられると思いますの。しかも溢れる光のパワーですわ!」


 だが、そんなアシュレの甘く切ない回想に、ふたりの小鳥がまたまたくちばしを突っこんだ。

 アシュレは子育ての大変さと思春期女子特有の扱いの難しさを同時に味わう。


「やかましいぞ、そこの二羽!」

「あ、いまシオンさま、嫉妬からわたしたちを鳥扱いしましたわ!」

「自分はコウモリのクセに!」

「やめてやめて、話が進まないから!」


 慌てて仲裁に入ったアシュレに三人の視線が突き立った。

 ちなみにどうしていいかわからずオロオロしているのは珍しくスノウだ。

 半分夜魔だからか、乱れ飛ぶ罵倒の応酬が、部分的にそれぞれ刺さるらしい?


「騎士さまはどちらを魅力的に思われますの? 夜魔とわたくしたち真騎士の乙女と。どちらがよりいっそうお好みですか?」

「ですです。聞きたいです、いまここでハッキリと」


 なので積極的に詰め寄ってくるのは、小鳥と揶揄されたふたりだ。

 いや……なんだか先頭でそっぽを向いて腕組みしているシオンの目が……目だけがチラチラこちらを盗み見ている気がする。


「いやっ、ボクは、」


 どちらも、と言いかけたアシュレはすんでのところで気がついた。

 ダメだ、これだいつもボクがスケコマシとか言われる原因は。

 慌てて出かかった言葉を呑み込み、訂正する。


「うん、やっぱりボクはシオンだと思う。種がどうこうとかいうのではなく……シオンみたいなコがいたら惑わされてしまうのは仕方がないんじゃないかな。つまり……夜魔に」


 すううう、と眼前で真騎士の妹ふたりが目をむいて息を吸い込み、カラダを膨らませた。

 怒ったときのネコか、嫉妬に狂うトリそっくりだ。

 その背後に立っていたシオンが「そうであろうそうであろう」と無言で何度も首肯する。


「さすがである、アシュレ。やはりそなたはわかっているな」

「でもボクが恋をしたのは、シオン、キミが夜魔だからじゃないからね?」

「わたしだから、と言ってくれるのであろう? 嘘でもうれしいぞ。だがわたしこそは真祖:スカルベリをして夜魔の血の最上と言わしめた者。これほど夜魔の血筋を色濃く投影した女は、この世にふたりはおらぬ。そなたが恋をしたのはその夜魔の血の最上が生み出した美なのだ」


 つまり、


「わたしの姿や立ち振る舞いを愛しいと感じてくれるのであれば、それは夜魔の血筋に魅力を見出してくれているのと同じ」


 まあそれはそれとして、と声を潜める。

 微かに恥じらうように頬と耳朶を染めて。

 

「そなたからの告白は素直に受け取っておこうか」


 途端に機嫌を直し、シオンは微笑んだ。

 なお中立地帯にいたスノウは、しきりに手櫛で頭髪を梳いている。


 アシュレと出逢ってからこれまでの数ヶ月、騎士を目指していたスノウは、それまで短く切りそろえてきた黒髪をそれ以上切るのを止め、密かに整えるだけに方針転換していたのである。

 そしてアシュレの告白を直に聞くにつけ「やっぱ髪伸ばそう」と心のなかで決意を新たにする。


 たしかにシオンとスノウは黙って並んでいると、姉妹にしか見えないほどに似ていた。

 なるほど髪を伸ばして眉を調えたら瓜ふたつになれるかも。


 でもだからといって、それはどうよ?


 そんなスノウを尻目に話を継いだのはアシュレだった。

 直前の話題、人類が夜魔に惹かれてしまう理由について、考えを述べる。


「けれどもそれはボクがきみ個人=シンザフィルの美しさを、その心根まで知るからであって──人間の多くが──実際には見たこともない夜魔に惹かれる最大の要因は、やっぱり永遠に等しいその命と老いとも病とも無縁のカラダ、そしてなにより吸血による眷族への転成能力があるだろうね」


 外見の話ではなくて。


 少女たちの脱線に惑わされることなく本質に斬り込んでくるアシュレに、夜魔の姫は我が意を得たりと頷いた。



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