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■第七夜:議論と採択


         ※


「それではエクストラム法王庁の──ヴェルジネス一世からの救援要請に対し、直接的軍事介入を行う決定を、ここで採択します」

「応ッ!」


 アシュレの宣言に戦隊全員が応じた。

 討議そのものは極めて速やかに進行し、結論が下された。

 圧倒的賛成多数に対し、反対はわずかに二票。


 アテルイと蛇の姫:マーヤによるものだけだった。

 採決の前にアシュレはふたりから反対の理由を十分に聞いた。


 アテルイからは報酬や戦後の立場に関する契約の詳細が無い点が指摘された。


 たしかに法王:ヴェルジネス一世の手紙には明確な報酬に関する記述がほとんどない。

 ただことが成った暁には、アシュレたち戦隊を「人類圏の守護者」に任じたいという一文があるのみだ。

 報償は望みのままに、とだけ。

 

 望みのままなどという約束が守られた試しはない、というのがアテルイの指摘であり、それはもっともな話だった。

 そんな条件は子供向けのお伽話フェアリーテイルのなかだけのことだ。

 またもうすこし自分たちを高く売りつけるべきである、という点についてもアテルイは譲らなかった。


 具体的な戦術としては、わざと夜魔の騎士たちに旧国境、すなわちイグナーシュ王国との境にまで攻め入らせ、法王庁が十分に代価を約束し、相応の前金を支払ったところで駆けつけるべきだと。


 ここで言う代価や前金とは、アシュレたちの戦費や取り分のことだけではない。

 命の代償──つまり法王庁側の戦力のことでもあり、具体的には聖騎士パラディンや兵士たちの命のことだ。

 どんなに汚いと罵られても最後に命を賭けるのは我々であり、その際に消耗が我が戦隊にだけ偏っていては相手の思うつぼである、という主張であった。


 これについても、もっともだとアシュレは受け取った。

 報酬に関しては参陣を決定した段階でヴェルジネス一世本人に確認し、公文章をにて確約を取ることとした。


 ただし、介入時期に関しては可能な限り早く、出来得る限りエクストラムから距離のある段階で、という部分だけは譲らなかった。


 これは猶予を与えれば与えるほど、軍勢が膨れ上がり強化されていってしまう夜魔たちの特性に理由があった。

 アシュレたち戦隊が己の価値や互いの損耗率を気にするあまり介入のタイミングを失うと、もはやどう足掻いても状況がひっくり返せなくなる可能性が極めて高い。


 なるほど人類同士の戦いであればアテルイの言葉はまことに正論であったが、相手が夜魔であるという一点だけでアシュレはこの意見を退けるしかなかった。


 同じ人類同士の戦争に特化してきたオズマドラ帝国の旅団副司令と、魔の十一氏族を始めとする人外のものたちとの暗闘を繰り広げてきた聖騎士パラディンの見解の相違でもこれはある。


 もちろん「こちらを高く売りつける手段」と「損耗を我が戦隊だけが引き受けない戦術」については詳細に詰めよう、とアシュレは確約した。


 さてもうひとりの反対者・蛇の姫:マーヤの懸念はもうすこし深刻だった。


 蛇の姫はもっと根源的に法王庁という組織そのものを疑っていたのだ。

 曰く、アシュレたち戦隊が空中庭園を離れた隙に襲撃があるのではないか、という疑念だ。


「過去、エクストラム法王庁という組織が、どのような手段で姫たち蛇の巫女の領域を侵犯してきたのか考えてみれば、当然の懸念ではないか?」


 まっすぐに自分を見つめて言うマーヤに、アシュレは唸るしかなかった。


 蛇の巫女たちの領土への侵犯。

 そのひとことがひどくこたえた。

 昔の自分だったら、感じなかった種類の痛み。


 アシュレはこれまで自分が、人類圏の視点からしか物事を見ていなかったのだと、痛烈に思い知らされた。

 法王庁から離反し、聖騎士パラディンの称号をかなぐり捨てて、夜魔の姫と土蜘蛛の王と道を同じくした自分はすでに、人類の規矩の外に出たものだと思い上がっていた。


 かつての古巣である法王庁が自分たちの留守の間に、こともあろうにこの空中庭園を攻めるとは、思いもつかなかったのだ。 


 どこかで信じていた。

 いいや信じたかった。

 自分たちが属した人類圏の平和の守護者である法王庁には、まだ守るべき正義があるのだと。


 ショックを受けた様子のアシュレに、うつむきがちになりながらマーヤは続けた。


「我ら蛇の巫女たちがその所領を失っていった直接的な原因の多くは、騙し討ちによるものだ。姫たち蛇の巫女は種族として極めて情け深い。一度相手を認めるとどこまでも愛を注いでしまう傾向が強い。そういう部分を利用された。人間の赤子を、あるいは年端も行かぬ子供たちを、ときには若き……アシュレのような騎士を餌に……」


 愛や思慕・恋慕を使って釣り出され、あるいはその釣り餌そのものに伏毒の罠が盛られていた。


「すまぬ。姫は……姫はアシュレを責めたいのではないのだ」


 まるで罪を犯したかのようにうなだれるマーヤに、アシュレは跪いて誓うしかなかった。


「もしボクがキミを裏切るようなことがあれば、どうかキミの手で呪い殺して欲しい」

「そんなことできるはずがない。姫にとってアシュレはぜんぶなのだから」


 けれどもだからこそ、と蛇の姫は続けた。

 ほとんど健気といっていいほどの真摯さで。


「知って欲しいのだ。法王庁を甘く見ないで欲しいのだ。きゃつらは、姫たち蛇の巫女を、いいやあらゆる魔の十一氏族を簡単に許すような組織ではない。一千年の長きに渡りくびり殺し合った相手同士が共存できるだなどと、本心では毛ほども信じてはいないに違いないのだ」

「つまり留守の間にここが強襲されない理由はない、ってことだね。レダマリア本人はともかく……法王庁という組織についてはマーヤの指摘の正しさ、認めるしかない」

「実際、あの女──ジゼルと言ったか──は転移してきたであろう? 姫の結界を蹴破って」

「結界を蹴破って?」


 そんなものをマーヤが張ってくれていたことを、アシュレはこのとき初めて知った。


「気がついていなかったか、我が君。自由にしてもらったあの日から、姫は汲み上げる泉の水に護りのまじないを施してきた。病魔を退ける清き護り、悪意あるものを阻み接近を知らせる加護の護り、そして占術や転移といった水を媒介とする外部からの超常捜査や進入を阻害する護り……」

「そんなことを……してくれていたんだね」

「当然のことである。愛する騎士とそのお仲間を守護するのは姫の努め。しかしそうであるにも関わらず、あの女:ジゼルテレジアはこの場所を嗅ぎつけた。のみならず結界を蹴破り押し入ってきた。居場所を突き止めたのは……姫の加護以前の水の流れかもだが……」

「じゃあ、あの爆発というか水柱は」

「いかにも。いかにもそのとおりである。あれこそ結界が破られた証拠。いくら姫が病み上がりで、自由を与えてもらって間もないとはいえども、ああも容易く抜かれるとは。いかに聖瓶:ハールートの《ちから》が強大でも、あれほどたやすく侵入を許すとは。恥ずかしい。悔しい。恨めしい」


 愛する騎士の眼前で己の力不足を暴露された羞恥が自然と屈辱に、屈辱が当たり前のように怨恨へと転がり堕ちていくところは、なるほどこれが蛇の巫女の血筋、気質なのか。

 しかしだとすれば、場を辞するジゼルが、ああも静かに消え入るように転移できたことにも腑が落ちる。


 あれは蛇の姫の結界がすでに破られていたから。

 逆説的にあの激しい水柱は、マーヤの結界が抵抗を示していたから。


 あのような水柱を毎回上げていては、衆目を集めることは間違いない。

 それでは隠密潜入など土台無理だということになってしまう。


 ジゼルのあのド派手な登場は決して彼女の意図ではなく、マーヤの結界が外部からの転移を弾いてくれていた証拠なのだ。


「もっとも水面を界面として使うあの転移法では、一時に大軍を送り込むことはできまいが、」

「ジゼルの──聖瓶:ハールートを携えた聖騎士パラディンの存在は十分に脅威だ、と」

「うむ」


 水に関わる異能に関して、スペシャリストである蛇の姫の評価は正確だった。


「聖瓶:ハールートの恐ろしさはボクも身を持って知っている。たしかにあれはたったひとつ、たったひとりで万軍に匹敵する」

「護衛の白騎士のこともある。空中庭園の守りが手薄になったところで強襲を受けたら、ひとたまりもないぞ」


 蛇の姫の分析に、アシュレは唇に拳を押し当てて考え込んだ。




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