第32話 白翼のアーデルハイド1
微かな機械音が、静かな病室に響いていた。
白い天井。
白い壁。
薬品の匂い。
ゆっくりと、アーデルハイドは目を開ける。
ぼやけた視界。
重い身体。
意識が浮上するまで数秒かかった。
「……っ」
背中に鈍い痛みが走る。
思わず小さく息を呑む。
身体を起こそうとして――そこで、気付いた。
病室の入口。
重武装の警護兵が二名、無言で立っている。
白狼隊ではない。
中央管理局直属の警護兵。
明らかに通常の警護ではなかった。
アーデルハイドは小さく視線を伏せる。
――ああ。
理解してしまう。
もう、自分は普通の訓練生ではない。
演習場で起きたことを、思い出す。
ミシェル。
崩壊した戦線。
迫るレムナント。
そして――背中から溢れた白い光。
六枚の翼。
アーデルハイドの指先が小さく震える。
怖かった。
今でも、思い出すだけで身体が冷える。
もし。
もし、あの時。
ミシェルを傷付けていたら。
仲間達を巻き込んでいたら。
そう考えた瞬間。
胸の奥が強く締め付けられた。
その時だった。
病室前に立っていた警護兵の一人が、耳元の通信端末へ小さく触れる。
短い確認。
数秒後。
重厚な隔壁が、低い駆動音と共にゆっくり開いた。
――ガコン。
冷たい白色灯の光が病室へ差し込む。
入口に立っていたのは――ミシェルだった。
「……アデル」
少し安心したような声。
アーデルハイドは僅かに目を見開く。
「ミシェル……」
ミシェルは病室へ足を踏み入れる。
その後ろで、警護兵の一人が静かに告げた。
「セレス局長及びアークライト情報管理局長夫妻より、面会許可が下りています」
事務的な報告。
だが、それは逆に。
今のアーデルハイドが、どれほど厳重な管理下に置かれているかを示していた。
警護兵は再び無言で隔壁脇へ戻る。
重い空気。
静かな病室。
ミシェルはアーデルハイドを見ると、小さく笑った。
だが、その目には疲労が残っている。
演習終了後から、ずっと動いていたのだろう。
アーデルハイドは小さく視線を落とした。
「……ごめん」
掠れた声。
「怖い思い、させたよね」
病室が静まる。
ミシェルは数秒だけ黙っていた。
それから。
静かに、アーデルハイドのベッド横へ歩み寄る。
「ねえ、アデル」
優しい声だった。
アーデルハイドが顔を上げる。
ミシェルは困ったように少し笑った。
「アデルはさ」
小さな間。
「アデルでしょ」
その瞬間。
アーデルハイドの瞳が揺れた。
ミシェルは続ける。
「翼が生えようが」
「国家機密だろうが」
「世界がどう言おうが」
真っ直ぐ、親友を見る。
「私は、アデルの親友やめる気ないから」
その言葉を聞いた瞬間。
アーデルハイドの喉が小さく震えた。
涙が滲みそうになる。
ミシェルは慌てたように笑う。
「あーもう、また泣きそうになってる!」
「そういう顔されると、私まで泣きそうになるんだけど!?」
いつもの調子だった。
無理に空気を変えようとしてくれている。
その優しさが、痛いほど分かった。
アーデルハイドは小さく笑った。
泣きそうなまま。
けれど。
確かに、笑った。
その時だった。
病室の外で、警護兵達が一斉に姿勢を正す。
重い足音。
規則正しい軍靴の音。
病室の空気が変わる。
直後。
重厚な隔壁が、低い駆動音と共にゆっくり開いた。
――ガコン。
冷たい白色灯の光が差し込む。
そこに立っていたのは――ノアだった。
黒い軍服。
アーデルハイドの瞳が僅かに見開かれる。
「……ノア?」
ノアは病室へ入る。
そして、いつもより少しだけ柔らかい声で口を開いた。
「起きたか、アデル」
その一言だけで。
張り詰めていた心が、少しだけ軽くなる。
アーデルハイドは少し眉を寄せた。
「なんでここにいるの……?」
ノアは小さく肩を竦める。
「カイル隊長達から許可もらった」
「しばらく、お前の保護補助につく」
ミシェルが目を丸くする。
アーデルハイドも数秒固まった。
「え……?」
「いや、ちょっと待って」
「保護補助って何!?」
ノアは少し困ったように笑った。
「簡単に言えば、お前の護衛と監視役だ」
さらりと言う。
「監視って……」
アーデルハイドの表情が少し曇る。
それを見たノアは、小さく息を吐いた。
「安心しろ」
穏やかな声。
「お前を縛るためじゃない」
真っ直ぐアーデルハイドを見る。
「今のお前、一人にすると無茶しそうだからな」
少しだけ冗談っぽく言う。
空気を重くしないための、不器用な気遣いだった。
そして。
ノアは静かに続ける。
「……約束しただろ」
「一人にしないって」
その瞬間。
アーデルハイドの表情が止まる。
ノアは真っ直ぐアーデルハイドを見る。
怖がらせないように。
安心させるように。
静かな声で言った。
「だから、大丈夫だ」
短い言葉。
けれど。
そこには確かな優しさがあった。
アーデルハイドは小さく唇を噛む。
胸の奥が熱くなる。
怖かった。
まだ怖い。
全部投げ出して逃げたくなる。
それでも。
今、自分の前には。
変わらず手を伸ばしてくれる人達がいた。
その頃。
エデン=ノア中央管理区画最上層。
評議会特別議場。
巨大な円形議場には、重い静寂が満ちていた。
白亜の壁面。
幾重にも展開された封印術式。
中央上空には、演習記録映像が投影されている。
白銀の六枚翼。
崩壊した演習都市上空で、一瞬だけ顕現した光。
候補生達の悲鳴。
停止した模擬レムナント。
吹き飛ぶ人型群。
そして。
白銀の六枚翼を展開したまま、ミシェルを庇うように立つ少女。
アーデルハイド=セラフィーネ。
映像が停止する。
静寂。
誰も言葉を発さない。
エデン=ノア最高評議会。
国家中枢。
そこに集められていたのは――。
エデン=ノア最高司祭ヴァイス=アークヴェル。
中央開発局局長セレス=クロイツ。
中央情報管理局局長エドワード=アークライト。
同副局長リリア=アークライト。
不死隊総司令グラン=ヴァルディス。
そして軍部、封印管理局、聖堂管理局上層部。
国家最高機密へ触れる者達だけだった。
最初に口を開いたのは、中央開発局局長セレス=クロイツだった。
「……演習時刻十九時四十二分」
空間へ無数の数値が展開される。
神経波形。
高次元粒子濃度。
封印共鳴数値。
「アーデルハイド=セラフィーネの神経同期率急上昇を確認」
「同時に、第十二翼封印層の再励起反応が発生しました」
議場の空気がさらに重くなる。
セレスは淡々と続けた。
「第十二翼兵装適合率――23.7%」
その瞬間。
ざわめきが広がった。
「……23だと……?」
「ありえん……」
「旧文明記録を超えているぞ……」
誰かが掠れた声を漏らす。
当然だった。
通常兵装ですら、一桁適合で英雄級。
まして第十二翼兵装は、歴史上適合者ゼロ。
それが。
23.7%。
人類史上、誰も到達したことのない数値だった。
だが。
議場に歓喜はなかった。
むしろ逆だった。
沈黙。
緊張。
恐怖。
誰もが理解していた。
“ついに来てしまった”のだと。
封印され続けた人類最終兵装。
その起動条件を満たし得る存在が。
セレスは映像を切り替える。
六枚翼展開時のアーデルハイド。
背中から噴き出す白銀粒子。
空間歪曲。
局地重力異常。
高次元干渉反応。
「現段階では完全覚醒には至っていません」
「ですが、適合率は今なお上昇傾向にあります」
「予測演算では、このまま進行した場合――」
セレスは一瞬だけ沈黙した。
そして。
「三十%突破の可能性があります」
議場が凍りつく。
誰も動かなかった。
三十%。
それが何を意味するのか。
ここにいる全員が知っていた。
「……制御可能なのか?」
軍部評議員の一人が低く問う。
セレスは首を横に振る。
「分かりません」
即答だった。
「そもそも第十二翼に関しては、制御実例そのものが存在しない」
「現在判明しているのは、アーデルハイド=セラフィーネが“耐えている”という事実だけです」
耐えている。
その言葉が重く響く。
適合している、ではない。
辛うじて崩壊していないだけ。
それが今の現実だった。
「危険すぎる」
別の評議員が言う。
「完全隔離すべきだ」
「もし暴走した場合――」
その時だった。
「却下する」
低い声が議場を貫いた。
全員の視線が中央へ向く。
ヴァイス=アークヴェル。
エデン=ノア最高司祭。
国家統治者。
ヴァイスは静かに全員を見渡す。
その眼差しには、有無を言わせぬ重圧があった。
「アーデルハイドは兵器ではない」
「一人の人間だ」
議場が静まり返る。
ヴァイスは続ける。
「確かに第十二翼は危険だ」
「だが、だからといって少女一人を封印物のように扱うことは認めん」
「しかし現実問題として危険性は――」
軍部側が言い返しかける。
その瞬間。
「分かっておる」
ヴァイスの声が低く響く。
圧力すら伴う声音だった。
「だから監視も護衛も付ける」
「白狼隊を中心に第十二翼緊急封鎖任務部隊を編成」
「中央開発局による24時間監視体制を維持」
「封印術式も増設する」
そこまで言い。
ヴァイスは静かに目を閉じる。
そして。
「……だが」
再び開かれた瞳には、強い意志が宿っていた。
「それでも、あの子を人として扱うことだけは変えてはならん」
その言葉に。
議場は再び沈黙した。
その時だった。
重厚な軍装を纏った男が、ゆっくりと口を開く。
不死隊総司令グラン=ヴァルディス。
歴戦の老将として知られる男だった。
「……ならば責任を明確にするべきだ」
低い声が議場へ響く。
「第十二翼は国家存亡案件だ」
「指揮系統を曖昧にはできん」
グランの視線が、一人の男へ向く。
白銀の軍装。
不死隊第1大隊隊長。
カイル=レオンハルト。
「カイル」
名を呼ばれた瞬間。
議場の空気が変わる。
グランは静かに言った。
「お前に任せる」
短い言葉だった。
だが。
その意味を理解できない者は、この場にはいない。
不死隊総司令直属任務。
そして、白狼隊を第十二翼の直下へ置くという決定。
カイルは静かに目を閉じる。
そして。
「……了解しました」
低く答えた。
その声音には迷いがなかった。
「白狼は第十二翼直属警護任務へ入ります」
「暴走時制圧も、護衛も、全て私たちが引き受けます」
評議会の空気が変わる。
誰もが理解していた。
カイルは責任を背負う覚悟で言っている。
グランは小さく頷いた。
「本日付で白狼隊を第十二翼直属警護任務へ編入する」
「暴走時制圧、護衛、封鎖」
「全責任を白狼が負う」
その宣言は。
エデン=ノア軍部最高権限による正式決定だった。
ヴァイスは静かにカイルを見る。
そして。
小さく頷いた。
「……任せる」
短い一言だった。
だが。
それはエデン=ノア統治者からの正式任命だった。
その瞬間。
白翼の少女を巡る運命が、大きく動き始めた。
評議会終了後――。
重厚な封印扉が閉じられる。
巨大議場を包んでいた重苦しい空気は、そのまま中央管理区画全体へ広がっていた。
軍部評議員達は険しい表情のまま立ち去り、
封印管理局員達は慌ただしく監視区画へ戻っていく。
白亜の通路。
静まり返った中央管理区画上層を、三人の足音だけが響いていた。
セレス=クロイツ。
エドワード=アークライト。
リリア=アークライト。
中央情報管理局局長夫妻。
そして。
セレスの実姉でもある女性だった。
しばらく沈黙が続く。
最初に口を開いたのはリリアだった。
「……23.7%」
その声は、どこか現実感を失っていた。
「想定より早すぎるわ、セレス」
セレスは小さく目を伏せる。
「ええ」
「本来なら、あと数年は安定観測できると思ってた」
「でも昨日の演習で一気に跳ね上がった」
脳裏に浮かぶ。
崩壊した演習都市。
白銀の六枚翼。
ミシェルを庇うように立っていた少女。
エドワードが低く言った。
「……ミシェルには全部話したんだな」
確認だった。
セレスは頷く。
「隠し切れなかった」
「演習時点で、あの子はもう気づいてた」
「……だからミシェルの方から研究室へ来たのよ」
セレスは小さく息を吐く。
「全部聞かせてくださいって」
リリアは静かに目を細めた。
「それで全部話したのね」
「ええ」
「もう誤魔化せる段階じゃなかった」
研究室でのミシェルの表情を思い出す。
驚き。
恐怖。
葛藤。
それでも。
最後にあの子は、真っ直ぐ前を向いて言った。
――アデルは親友だから。
――だから支えたい。
リリアは優しく目を細めた。
「……あの子らしいわね」
母親としての声だった。
エドワードも静かに頷く。
「ミシェルは昔からそうだ」
「一度大切だと思った相手は絶対に見捨てない」
その言葉に。
セレスは小さく笑った。
「姉さんに似たのよ」
「え?」
「昔から放っておけない性格だったでしょう」
リリアが苦笑する。
「あなたに言われたくないわ」
ほんの一瞬だけ。
張り詰めていた空気が和らぐ。
だが。
すぐに現実が戻る。
エドワードが静かに言った。
「……これからアーデルハイドへの監視はさらに強化される」
「軍部も黙ってはいないだろう」
「分かってる」
セレスの声も重かった。
「だから面会許可も正式に通した」
「少なくとも、ミシェルだけは今まで通りアーデルハイドの隣にいさせる」
リリアが静かに立ち止まる。
「正解よ」
「今のあの子に必要なのは、“監視者”じゃない」
「友達だわ」
その言葉に。
セレスは何も言わなかった。
ただ小さく頷く。
姉の言葉が、今は誰より正しいと思えた。
しばらくして。
三人は分岐通路の前で立ち止まる。
中央情報管理局。
中央開発局。
別々の道。
別れ際。
エドワードが低く言った。
「セレス」
「第十二翼適合実験……本当にやるつもりか」
空気が変わる。
セレスはしばらく黙っていた。
やがて。
静かに答える。
「……もう避けられない」
「昨日で確定した」
「第十二翼は、アーデルハイドを選んでる」
その声には。
研究者としての確信と。
一人の大人としての恐れが混じっていた。
リリアは妹を見る。
そして小さく言った。
「なら最後まで守りなさい」
「あなたが始めた翼なんでしょう」
セレスはゆっくり目を閉じる。
脳裏に浮かぶのは。
白い病室で眠る銀髪の少女だった。
――同時刻。
中央管理区画下層。
不死隊専用通路。
白銀の軍装を纏った男が、静かな通路を歩いていた。
カイル=レオンハルト。
その背後から。
重い声が響く。
「カイル」
立ち止まる。
振り返った先にいたのは――。
グラン=ヴァルディス。
不死隊総司令。
巨躯。
無数の古傷。
歴戦そのもののような男だった。
カイルは即座に敬礼する。
「総司令」
グランは数秒、無言でカイルを見つめる。
やがて低く言った。
「白狼を第十二翼直属へ回す件、正式承認された」
短い報告。
だが重みは大きい。
カイルは静かに頷く。
「ありがとうございます」
「礼を言うな」
グランは鼻を鳴らす。
「厄介事を押し付けただけだ」
その言葉に。
カイルは少しだけ苦笑した。
だが。
グランの表情は変わらない。
「……23.7%か」
低い声。
「化け物じみてるな」
否定はできなかった。
カイル自身、昨日の演習映像を見て理解している。
あれは既に、人の領域へ片足を踏み込んでいた。
グランは壁にもたれながら続ける。
「軍部は近いうちに強硬派へ傾く」
「隔離しろ、管理しろ、兵器化しろ……必ずそう言い始める」
「はい」
「その時、お前はどうする」
真っ直ぐな問いだった。
カイルは少しだけ沈黙する。
脳裏に浮かぶ。
泣いていた幼い少女。
孤児院で笑う少女。
演習場で翼を広げた少女。
そして。
守りたいと願った背中。
カイルは静かに答えた。
「守ります」
迷いのない声だった。
グランは数秒黙る。
やがて小さく笑った。
「……お前らしいな」
だが次の瞬間。
その目が鋭くなる。
「だが勘違いするな」
「守るってのは甘やかすことじゃない」
「必要なら斬れ」
空気が張り詰める。
「もし第十二翼が暴走し、本当に世界を滅ぼすなら――」
グランの声は低く重かった。
「その時は、お前が止めろ」
静寂。
不死隊総司令としての命令だった。
カイルは目を閉じる。
そして。
ゆっくりと開いた。
「……はい」
短く。
だが確かな覚悟を持って答えた。
グランはそれ以上何も言わなかった。
ただ静かに背を向ける。
去っていく総司令の背中を見ながら。
カイルは一人、長く沈黙していた。
その時だった。
通信端末が小さく振動する。
カイルは端末を開く。
そこに表示されたのは、白狼隊内部通信。
【護衛対象、覚醒確認】
【ノア=エルセリオン、病室内配置完了】
【周辺封鎖問題なし】
【ミレナ隊、外周警護配置済み】
淡々とした報告。
既に白狼は動き始めていた。
カイルは小さく息を吐く。
そこへ。
「……早いですね、白狼」
背後から声がした。
振り返る。
ヴァルツ=クローネ。
白狼隊副隊長。
白銀のコートを羽織った黒髪の青年だった。
ヴァルツは端末を見ながら苦笑する。
「総司令命令出てから十分経ってませんよ」
「もう完全に護衛陣形組み終わってるじゃないですか」
カイルは静かに端末を閉じる。
「ミレナ達ならやる」
短い返答だった。
ヴァルツは小さく笑う。
「違いない」
そして。
少しだけ真面目な顔になる。
「……病室前、中央管理局の警護兵と軽く揉めました」
カイルの眉が僅かに動く。
「何があった」
「向こうは完全封鎖したかったみたいです」
ヴァルツは肩を竦める。
「でもノアが通しました」
脳裏に浮かぶ。
黒髪の青年が、無表情のまま警護兵達を押し切る光景。
カイルは小さく息を吐いた。
「……あいつらしいな」
ヴァルツは苦笑する。
「『俺は家族枠だ』って言ってました」
数秒の沈黙。
そして。
カイルは珍しく吹き出した。
「本当に言いそうだ」
ヴァルツも笑う。
張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ。
だが。
次の瞬間。
ヴァルツの表情が静かに引き締まる。
「隊長」
「軍部側、かなり危険です」
低い声だった。
「もう“兵器”として見始めてる連中がいる」
カイルの表情も静かに消える。
ヴァルツは続ける。
「だから白狼を付けたんですよね」
確認するような問い。
カイルは静かに頷く。
「中央の連中だけじゃ、あいつを守れない」
監視ではない。
拘束でもない。
必要なのは。
“人として扱う側”だった。
カイルは静かに通路奥を見る。
白い管理区画。
冷たい人工灯。
その先の病室で、不安を抱えているであろう銀髪の少女を思い浮かべながら言った。
「少なくとも白狼は、あいつを兵器扱いしない」
その声に迷いはなかった。
ヴァルツは数秒黙る。
やがて、小さく笑った。
「了解です、隊長」
「白狼は通常営業ですね」
「相手が第十二翼でも」
カイルは肩を竦める。
「今さらだろ」
外周崩壊戦。
異形種接触。
白狼は、これまで幾度も常識外れの戦場を越えてきた。
今さら一人の少女相手に態度を変えるつもりなどなかった。
ヴァルツは小さく笑ったまま敬礼する。
「では、引き続き護衛任務へ戻ります」
「ああ」
短い返答。
ヴァルツは踵を返す。
その背中を見送りながら。
カイルは静かに目を閉じた。
――守る。
今度こそ。
あの日みたいに、失わないために。




