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larme ~短編集~  作者: いつき
ルームシェアシリーズ
27/50

ルームシェア、嘘つきがいます

 『ルームシェア、始めました』の続きです。エイプリルフールネタ。

 そわそわとした従妹を目の前に、何があるのかと首を傾げる。きょろきょろと、本当に落ち着きのない彼女は、見ていて可哀想になるくらい嘘やら隠し事やらが下手だ。

 いや、多分、無意識でつく嘘はとても上手なんだろうけど。意識をしてしまえば、途端に素直な反応が嘘だと示す。

「都、何隠してんの?」

「へ? え、隠してないよっ、いつもどおりだよっ」

 手をバタバタと大袈裟に振り回してのその台詞。それがどれだけ怪しいか、こいつは分かってないんだろうかと考えて、じっと漆黒の瞳を見つめた。

 小さい頃はよく似ていると言われた、黒い黒い目。小動物を思わせるその大きな瞳は、自分のものよりずっと澄んでいると思うけど。

 目の前の従妹殿はそんなこと考えたこともないのだろう。

 こいつはそういう奴だ。人を羨むわりに、自分の持っているものに目を向けず、悪いことがあれば自分のせいにする。

 自分の中に溜め込んで溜め込んで、じっと辛いことを耐える。

 身動きもせず、泣き喚きもせず、ただ馬鹿みたいに身を硬くして、自分の中に閉じこもる。それは己を守る方法としてみれば、少々危うさを伴うほど無防備で、得策だとは思わないけど。

 それを分かったのは中学を出る頃で、もうその頃には何もかもが手遅れだった。

 気付けば彼女の笑顔は自分の傍になく、都はただ少し翳りのある笑顔で自分から離れていった。


 今ならば、痛いほど分かる。


 彼女は自身の心を守るために自分から離れていったのだと。しかしその頃は、そんなこと思いもしなかった。

 ただ、相手がその気なら、自分が機嫌を取るのもバカらしいと子供じみた意地を張っていた。相手が離れたがっているなら、それで別にいい、なんて。気にしない、なんて。

 後にその意地を何度も後悔することになるが。

「隆介?」

「いや、何でも……」

 何でもない。

 そう言いかけた瞬間、彼女の手元から軽やかな音楽が溢れる。なかなかに大きな音が唐突に流れ、二人してびくりと肩を揺らした。

 彼女の手には携帯が握られており、さっきから手持ち無沙汰に弄くりまわしていた。音の正体は確かめるべくもなく、その携帯から流れている着信音。

「あ」

 都が小さく声をあげ、弾かれたように携帯を覗き込む。それから、画面を見てふわりと笑ったあと、携帯を耳元に当てた。

 ルームシェアを始めて結構たつが、こんな笑顔はなかなか見られない。

 満面の笑みというものを、自分はもう何年も見ていないことになる。自分に向かっていた、あの笑顔を。

「はいっ」

 少しだけ高めの声、嬉しげな顔、弾む口調。

 気まずそうに自分から逸らされていたはずの視線は、今や電話の相手を思い描くがごとく宙をさまよっていた。

 くるりとこちらへと背を向け、一度二度いい返事を繰り返した。その様子をぼんやりと眺めていると、彼女はもう大学生で、自分もそうなのだと今更ながら自覚した。

 おれも、彼女も、あの頃みたいに仲がいいわけでも、避けているわけでもない。なのに何故か、今無性に彼女が遠かった。

 去年までの方が、よほど遠かったというのに。

「話の途中に電話出てごめん」

 都が携帯から耳を離し、それから少しだけ気まずそうにこちらを見て謝ってきた。

「いや、気にしてないけど。珍しく嬉しそうだな」

 言わなくていい台詞が口から漏れて、頭を抱えたくなる。

 電話の相手が気になっていると白状したも同然ではないか。しかし、こちらの心情に対して彼女はいくらも疑問を抱かず、ただ少し俯いて、小さな声で答えた。

「……好きな人からの、電話だから」

 都が今、どんな顔をしているのかは分からなかった。

 分からなかったが、その声はわずかにくぐもり、掠れているようだった。小さく震えるその声が、いやに真剣に聞こえる。

 一瞬どころか、数秒思考回路が停止してしまったようで、こちらも何も言えなかった。


 まさか、考えなかったわけでもないのに。


 自分も彼女も、もう大学生だ。好きな人がいないなどと、決めつける方がおかしい。

 そんなこと、頭では分かっていたはずなのに。彼女の発言は、こちらの全てを停止させるには十分な威力を持っていた。

 気まずい沈黙がしばらく流れた。

 そんなこと、気にもならなかったけど。

「なっ、何か言ってよ!! 私が、馬鹿みたいでしょっ」

 無意識に下げていた顔を上げれば、目の前には真っ赤な顔をした都がいて、思わず目を見開く。

「嘘だって分かったなら、言ってよ! 隆介驚かせると思ってた私が、馬鹿みたい」

 恥ずかしかったぁ、と小さく呟きつつ、目の前の彼女はパタパタと手で顔を扇いだ。その赤い顔には不機嫌な色が写っており、こちらを見つめてまた眉を寄せた。

「やっぱり、こんなのじゃ隆介、驚かないよね」

 無反応だもんなぁ、傷つく、と彼女は苦笑いしながら携帯を膝元においた。

 思考回路がゆっくりと再開し始めると同時に、情報処理を一気に済ませた。

「エイプリルフール、だろ?」

「当たりですー。あー、恥かいた。やんなきゃよかった」

 まだ羞恥心が収まらない彼女は、恥ずかしいと繰り返し呟きつつも、こちらをなおも責め立てた。

 こっちのことなど、欠片も気づかないで。こういうとき、表情の出にくい己をありがたく思う。

「全然動じないんだもん。やってる方が馬鹿だったよ」

 隆介冷静だもん。どうせ私にそんな人いないって知ってるだろうし。

 ルームシェアを始めて、遠かった距離は近くなった。話すことも多くなったし、遠慮も互いにしなくなった。

 それだけで自分は満足していたはずなのに、今自分の中にあるのは鈍い痛みと、ふつふつと奥で音をたてる怒りだけだ。

 彼女の嘘が、自分で思っていた以上に堪えた。

 心臓も息も思考も、止まっていたんじゃないかとさえ、思った。たった一言、彼女から『好きな人』という言葉が零れただけで。たった、それだけだと言われてしまえばそれまでの言葉で。

「ねぇ、やっぱり俯いて言ったから? 演技向いてないもんね、私」

 苦笑いを混ぜ、彼女が小首を傾げながらこちらに問う。

 何か言わなくてはと焦れば焦るほど、自分の中の感情に振り回されそうで嫌になる。彼女の言葉一つで、こんなに動揺する自分が許せない。

 自分は、大人になろうと決めたのに。

 彼女が泣くとき、辛いとき、今度こそ気づけるように、と。それなのにこんなにも簡単に、心が乱れる。

「しょうもないことしてないで、昼飯作るぞ」

「はーい」

 逃げるように時計を見つめる。

 十二時まであと数分で、いつもならばもうできているはずの時間だった。予想以上にぼんやりと時間を過ごしていたらしい。

 思考回路が止まるなんて自体、こいつに着替え途中でドア開けられて以来だ。あのときはあのときで焦ったけど、都の方がパニックに陥ってたからすぐ冷静になれたのだ。

 不思議なことに、姉に扉を開けられたくらいでは動揺しないのに、都だと別らしい。

「来年はどうしようかなぁ。来年は驚かせられるかなぁ」

「それ、おれの前で話すか?」

 自分の思考とは裏腹に、口は勝手に言葉を紡ぎ、いつもどおりの会話をする。

 動揺も憤りも反映されない声は、ひどく冷ややかだと自分でも思う。それでも都は気づかないのか、『そっか』と無邪気に納得して見せた。

 ルームシェアを始めたときより、彼女は幼くなった。

 慣れたからか、いつも会う度に強張っていた肩から力は抜け、引きつる笑顔が消え、大人びた聞き分けのよい言葉を発しなくなった。

 それは、自分にとっていいことだった。


 だって自分は、『元に』戻りたかったんだから。


 それ以上は、求めていなかったのに。そう、ルームシェアの前はそれだけでよかった。

 二人の関係が、離れる前に戻れさえすれば。

 離れたのが仕方ないなどと、正解だったんだと、彼女にはしたり顔で言ってみても、やはり自分は傷ついていたのだ。

 もし比べられ、傷ついた彼女に気づいていれば、何か変わっただろうかなどと考えたのも一度や二度ではないのだから。

 確かに自分は、もう取り返しがつかないのだと悟った高校入学時に、後悔したんだ。


 優しくしてれば、何か変わったのかと。


「なぁ、都」

「んー?」

 相変わらず、警戒心など皆無に等しくて、押し倒したところで『からかうの止めてよ』なんて笑われて。

 それを笑って甘んじなくちゃならない関係で。

「おれ、お前が好きなんだけどさ」

 しばらく沈黙が流れて、でもそれは気まずくなく、どこか楽しくもあった。彼女の反応など、知っているのだから。

「なっなっ、嘘つき!! 隆介の馬鹿っ。エイプリルフールにだって、ついていい嘘と悪い嘘があるんだからぁっ!!」

 赤い顔をした従妹が怒ったようにこちらを向いた。

 時計見てから文句言えよ、と言いたくなる。

「おれのは、英国式だからなぁ」

 あちらで嘘をついていいのは正午まで。今は十二時五分だから、その限りではないのだが。さて、鈍感な従妹殿はいつ気づくのか。

「え? イギリス?」

「お前にゃ、分かんねぇよ」

 はたはたと手を振り、あからさまに馬鹿にするように笑った。するとそれは分かったらしく、洗っていた手についた水滴を、こちらに飛ばしてくる。

 何とも幼稚な、可愛らしい反撃だった。

「わっ、私も!!」

 ん? と首を傾げると、都は顔を赤くしたまま仕返しをするように叫んだ。

「私も、隆介のこと好きよっ!」

 それだけを言い残して、都は自分の部屋へと走った。

 昼飯は、とか、手伝え、とかそんなこと口からは出てこず、ただずるずるとその場にしゃがみこんだ。

 とんだ反撃だった。

 顔が赤く火照るのが分かり、さすがのポーカーフェイスも役に立たないのだと知る。今、自分の顔はどれだけ情けないことになっているか。

 きっと彼女に勝るとも劣らず赤いのだろう。

「本気にすんだろ……あの馬鹿っ」

 こっちは嘘で言ってるわけじゃないんだから。

「割りにあわなさすぎ」

 こんなにも、時間というのは自分達の間をすり抜けて、色んなものを変えていく。

 自分と彼女の間にある時間は、つい半年ほど前にゆっくりと動き始めたばかりだ。止まった時間が、一気に流れている気分になる。

 まるで、今まで立ち止まっていたのを取り戻すように。早く、早く、流れている。

 その速度に、どうすれば追い付けるだろう。

「真面目に本気にしそうだな」

 元に戻りたいなんて思っていた過去の自分はもうおらず、ただ時間に流されるまま急激な成長を遂げた気持ちだけが先走る。

 彼女との間で負った傷は、時間が癒してくれた。彼女の傷も、そうであればいいと自分勝手にそう思う。

「誰が」

 誰が避けさせるか。

 あのときと同じ轍など誰が踏むものか。

 ただ黙って、彼女の手を離すわけがあるか。

 自分はもう、小学生でも中学生でもないのだから。

「誰が逃がすか」

 水滴のついた顔を腕で拭い、誰もいない方向に宣言する。彼女の意思に拘わらず、『避ける』なんて状態、二度と作らせるか。



 嘘まみれの午前中。

 ホンモノを見分けるのは至難の技。


 落とした言葉は、さてどちらであったか。

 今の時点で、都さんのは『嘘』です、一応。

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