表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
larme ~短編集~  作者: いつき
単品(1~2話)
24/50

贖罪

 捻くれ、というか性格が悪いかもしれない女の子の独白。恋愛はほぼないです。

『ごめんなさい』

 という言葉を、まるで他人事のように聞いていた。というか、事実他人だった。

「いや、謝ってもらうことじゃないから。……俺も、困るし」

 と焦ったように声を出す、【当事者その1】さん。

 そうだよねぇ、謝られたら許すしかないよねぇ。だって、そもそも『ごめんなさい』って言葉は、許しを請うものだもん。

 本当に悪いのかどうかなんて関係ない。自分が悪い、と思って口に出す言葉だ。他人から、『許してあげる』という言葉を待つ音だ。

 隣の教室、というか教室のベランダ。どうしてベランダなのかと突っ込みたいけど、とりあえずベランダ。

 男の子と女の子の声。焦った声は、男の子の声だった。

 世に言う修羅場(大いに語弊があるかもしれない)だった。

「本当に、ごめっ」

 あぁー。泣き出しちゃった。

 女の子【当事者その2】さんの声が歪んで聞こえる。

 冷めた気持ちで、パックのジュースへさしたストローに口をつけた。泣いてる泣いてる。これじゃぁ、男の子が泣かしたみたいに見えるな。

「いやっ、本当に、謝られることじゃないよ」

 オロオロと聞こえる男の子の声。そしてやがて、『ごめんな、応えられなくて』と男の子の声が静かに落ちる。

「そこ、謝るとこじゃないでしょうに」

 思わず出た言葉。

 教室の隅で立ち聞きとか、随分悪趣味だとお思いでしょう? えぇ、悪趣味ですとも。ただ聞こえてきたんだから仕方ない。

 こうなってしまえば人間のさがで、立ち去ることはできなかった。

 丁度手には紙パックのジュース。鑑賞にはうってつけ。別に他人には言わないんだから、声を大にして責められるようなことでもないだろう。

 それならこの事態を知って、黙って帰りつつ勝手な憶測を飛ばしていたクラスメイトのほうがよほど悪趣味だと思う。気になるなら、黄色い声を出さずにここで聞いていけばいいのに。

 こんなことで好き勝手言われる彼らも可哀想だろうに。

 まぁ、女の子の方には同情寄せないけど。

「気持ちに応えられなくて、ごめん」

 それって、謝ることなんでしょーか。

 彼もきっと、心の中で自分が何について謝ってるのか分かんないと思う。だって、人を好きか嫌いか、なんて彼の意思ではどうすることもできないし。

 それについて謝ったって、本当の意味での謝罪にはならないだろう。『ごめん』ってそれさえ言えば、その『悪いこと』は消えたりするの?

 それは、懺悔なの?

「あのっ、本当に、申し訳なくって。それで、もぅ」

 ――消えちゃいたい。

 うん、それ口に出して宣言することじゃないよ。思ってるなら心の中で思おうね。口に出されても、相手の男は『あぁ、そうですか』としか言えないし。

 そんなこと、声に出してそもそも言うことか?

「そんなこと」

 男の子が焦ってる。確かに。

 これで次の日何かあったら、目覚め悪いわ。自分のせいかもしれない、と思っちゃうかも。いやいや、ただ単にこの男の子は本当にいい人で心配してるのかもしれない。

「そんなことない。嬉しかった。そう言ってもらえて」

 本当? それ。君、本当に思ってるの?

 好きって、言って『もらえた』って?

「だけど、ごめん」

 気持ちに応えられなくて? 好きになれなくて? 付き合えなくて?

 どれに対する気持ちなんだろう、とストローの端を噛む。なくなってしまった紙パックに空気を入れて、ストローで持ち上げた。

 んー、そろそろ帰ろうかな。飽きてきた。

 他人の謝罪に興味はない。

 それはどこから出てきた言葉か、計り知れないから。そもそも悪いと本当に思っているのか、それとも形式で謝っているのか。

 ただ友人関係を壊したくなくて謝っているのだとしたら、それは少し空しい。

 懺悔するのは自己満足だ、なんて決め付けは良くない。

 うん、よくない。もしかしたら、本当にそう思って、心の底から溢れる気持ちがつい言葉になることだってあるのかもしれない。

 まぁ、滅多にないだろうけど。

 大体、口に出すってことは『反省してます。だから怒らないでね』という意思表示にしか思えなかった。許しを請うってことは、許してほしいということだ。

 声にして、『ごめんなさい』と単に言うということは、自分は『悪かった』と大々的に認めると同時に、大々的に許しを請うているのだ。

 それが大きければ大きいほど、ばっさり切り捨てることなんてできはしない。そんなことしようものなら、他人から非難が続出する。

 謝るって自分の非を、なかったことにするとまではいかなくても、ある程度情状酌量してほしいということ。

 この場合、迷惑をかけてしまった相手に謝っているのかどうか、怪しい。

 彼女は謝ってる自分に酔ってるんじゃない? 泣くのを我慢してまで謝ってるわたしって偉い。落ち込んでるのを隠して、元気に笑う自分は健気だ。

 ……残念ながら、傍から見て全然ですよ。むしろ、あぁそうやって『演じて』るんだと思っちゃう。あぁ、これは失礼。わたしの性格が悪いからですね。

 捻くれてるんです。えぇ。

「あー、性格悪ー」

 ストローから口を離した。我ながら、同学年の人間に一体どんなことを思ってるんだ。

「良心が痛んで、顔が明日から見れないかも」

 それでも明日、もし彼女が笑いかけてきたら、わたしも笑うんだろう。彼女が落ち込んでたら、わたしは何食わぬ顔で『どうしたの?』と聞くんだろう。

 それで『なんでもない』と痛々しげに笑う彼女へ、『何かあったら言うんだよ』と本当に思っているのかどうか怪しい言葉を吐くんだ。

「本当に、ごめんなさい。もう……、帰ります」

 走る、彼女の足音が聞こえる。

 泣いているのかな。それともまだ、『頑張る自分』を演じているのかな。

 それは何に対する、贖罪なんだろう。震える声も、吐き出す吐息も、全部が『辛い』と言っているのに。

「面倒、だね」

 慰める、ことがじゃない。そうやって、頑張っていい子でいようとする彼女を見るのが、だ。

 自分はいい子じゃないし、まして振舞うのも面倒だ。だから普通の人間を演じる。少々冷たくても、そこは性格ということで、大抵の人は見て見ぬふりだ。

 たまに、冷たいねと言われるけれども。

「で、お前はいつまでそこにいるんだ?」

「あれー? 見つかってた?」

 窓からこちらを覗き込まれ、おどけたように声を出す。立ち聞きしていたことがばれるとは、少々決まりが悪い。こちらが全面的に悪いので、言い訳もしないで彼に向き直った。

「帰るきっかけ失っちゃった」

「きっかけがなくちゃ、帰れないのか。お前は」

 呆れたように男の子……【当事者その1】が笑う。あー、まだ怒ってないな。これは。

「で?」

「んー?」

 ぐぐっと背伸びして、机の上にあったカバンに手を伸ばした。

「帰る」

「は? お前、立ち聞きしてそれかよ」

「何か言ってほしいの? 結構、今容赦ないと思うよ。多分、気を緩めた瞬間『ウッザ』とか出ちゃうし」

「出すな。心に留めとけ」

 彼はひょいっとベランダから窓を超えて、こちらへ入ってくる。それから、わたしのカバンに手を伸ばし、わたしからカバンを取り上げた。

「ちょっと」

「何だよ。容赦のない、友達甲斐の欠片も友人様」

「何よ、その言い方」

 むっとして言い返した。他人から言われると腹が立つ。じゃぁ、何か? 『大丈夫? つらくない? 大変だね?』っておんぶに抱っこでどうにかしろと?

 そこまで言ってないにしても、ようはそれに近いことだ。

 彼女は子供じゃない。同級生だ。そういう対応の仕方は適切じゃない。それは自分より弱者に対する対応でしかない。

 それって巡り巡って、彼女を馬鹿にしたことにならない?

「いいやー。何かすっごい苦々しい顔をしてたから、また容赦もない、聞くだけでお前の人格を疑いたくなるようなこと考えてんのかなぁ、とか思って」

「余計なお世話よ」

 ただ人格を疑われても仕方ないのかなぁとも思うよ。

 事実、ひどいことを言ってるんだろう。まぁ、直せないから余計悪いんだろうけど。

「ただ、謝るってどういうことなのかなぁ、とね。考えていたのだよ、ワトソン君」

 真面目に言えないのは、言ったが最後本当に自分の性格を疑わざるを得なくなるからだ。

「はぁ?」

「たとえば、謝っても無駄だと思うじゃない? それでも謝るって、随分と勝手というか、自己満足というか」

 泣かれながら謝ってもらったら、許さざるを得なくなる。それってずっと怒っていちゃダメってことだ。

 勝手に怒らせておいて、放っておいて、とか思わない? だって、怒ることしかできないじゃない。

 結局それって、もう手遅れなんだから。謝ってもらって、解決することじゃないことの方が多いんだから。

「悪いなぁって思うから謝るんだ。そこに自己満足とか、自分勝手は含まれてない。自分が、心の底から悪いと思うから、謝る。ただそれだけ。お前みたいに面倒なこと、考えてねぇよ」

 そうだ、彼の言葉は正論。

「そう、だね」

「納得してないだろ」

「いや、理解はしてる」

 結局、怒るって弱いんだ。人を許すことができない、心が狭い人間なんだ。うん、そうなんだろうな、多分。

「謝って、それで自分に……」

 もう止めた。これ以上言ったて、自分が正しいということには絶対にならない。いくら言葉を重ねても、自分の考えは所詮、間違っているのだ。

 彼が正しい。人は悪いと思い、申し訳ないと思い、そして謝る。

 そこに余計な感情を差し挟むことはない。――それは彼女にも言えることなんだろう。

「おーい、勝手に思考に潜るな。エセ哲学者」

「謝罪と贖罪、なんて題で本出したら売れるかもね」

 彼女の謝罪は、何なのか。何のためなのか。考えたくなったが止めた。とりあえず。

「君さ、彼女に謝っておいてわたしのとこ来るってどうなの。彼女に悪いとか思わないの。一応、わたしこんなんだけど、彼女の『友人』やってるんですけどー」

「いや、それとコレとは別。お前が好きなのと、彼女が告白して来たのは別」

 あ、そう。

「へー」

「連れないな。まさかお前が彼女に義理立てするはずもないだろう」

「失礼だね。君。わたしに失礼だよね」

 あぁ、多分、彼の『謝罪』は気持ちに応えられないとか、付き合えないとかそういうものに対してじゃないのかもしれない。

「そう? ごめんな」

 彼の謝罪は、優しくはない。

「ごめん。お前は、謝ってほしくないよな」

 謝って、それで何かが変わるなら、好きなだけ謝ればいい。ただそうじゃないのなら、勝手に怒らせろ。結局、許さなきゃいけないんだから。

 ずっと、許さずいれるほど、わたしは強くないから。

 いや、許せないんだから弱いんだけど。……うん、そこまで意思が強くもてないんだ。

「なら、謝るな」

「おう。悪く思ってないしな。お前が好きなこと」

 冷たい視線をくれてやると、『怖い』と呟かれた。余計なお世話だ。ほっとけ。

「多分ね」

 素直に、謝るのを見ると。

「素直に謝れない自分が、嫌になるんだろうなぁ」

 ただそれだけだよ、ただの嫉妬だよ。面倒な考えを、全部そんな思い出まとめてしまえば簡単になって、納得するんだろうか。

 無理かな。

 無理だろうな。

「アホらし。帰る」

「一緒に帰る」

 彼からカバンを奪い返し、スタスタと歩き出す。自分の中にある考えとか、思いだとかを飲み込んで、また明日何食わぬ顔で笑う。

 まるで、それが真実であるかのように、普通に。

 それもまた、ある意味『謝罪』なのかもしれないな、と思いながら。声に出さない懺悔もあるのかもしれない。それは、あくまで自分のためのものだけれど。


 ご め ん ね


 言えず、思えないわたしは、未だ弱いままなのだ。

 だから違うことを言う。

「また、笑うわ」

 笑うことが贖罪というわけでもないけれど、懺悔でもないけれど。謝ることも、後悔することも、直すことさえできないのならばせめて。

「何食わぬ顔で、ね」

 また明日。

 そう言って分かれた。明日も、あさっても、また笑う。それが、唯一の道だとでもいうように。

「性格悪いね」

 その言葉を、懺悔の言葉にしたくないから。

「お前言いそうだよな。謝る暇あったら、二度とするなって」

「そこまで正論は吐けないよ」

 口に出すのは、それが実行できる人間だけだ。だから自分のできないことは口にするべきじゃない。だから卑怯にも、ただ笑うだけ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ