第6節 9
結局2人は同じ宿に泊まることになり、彼女の希望通り、気が済むまで夜の相手をしてやる。
普段から複数人の魔女と同時に相手をしていることも多いので、体力には自信があったが、まさか相手が先にへばるとは思わなかった。
「―も、もうむりぃ……」
「そうか」
息を切らした状態で突っ伏している彼女に対し、必要最低限の衣類と兜だけを外したヴァンは、改めて服を着ながら淡々と答える。
「…なんで、そっちはそんな余裕なのよ。普通、男のほうが体力使うものじゃないの!?」
八つ当たり気味に聞いてくるが、彼としては答えに困る。
「…その辺の行きずりの男とばっかりやってるからじゃないか?
魔女協会は、男余りになることもそれなりにあるから、大体のやつがそれを見越して訓練されてるし」
意識したことはないし、むしろ他の魔女の騎士団連中から見ても、回数は平均程度だと思っていただけに、このクレームに対して困ってしまう。
「…なんか、羨ましいわね」
「なんだ? 魔女協会への移籍なら歓迎するぞ」
「それはお断りするわ」
「そうか、残念だ」
一瞬の油断を突いて、隠すことなく勧誘するが、一蹴される。ヴァンも特に気にした様子なく備え付けの水道を捻ってコップに水を入れて飲む。
ついでに使い切った水筒も適当に洗ってから水を注ぎ、その内の1本を蓋を締め、クリムに投げ渡した、
「水分もとっておけ」
「ありがと。
…何度も聞いてるかもしれないけど、ヴァンはいつもこんな事をしてるの?」
「魔女と一緒にいる時はな。それが仕事だ」
淡々と答え、彼女は少し渋い顔をする。
「なんか、萎えるわね。そういうの聞くと」
「悪いが、魔女協会での決まりだからな。それもあるから、俺も、相手も基本的には魔力補充以上の関係は禁止されてる。
そうでもしないと、俺の命がいくつあっても足りないんだよ。現に、何回か刺されかけてるし」
「…まぁ、分からなくはないよ」
噂にだけは聞いていたので半信半疑だったが、実際に相手してもらうと、彼にハマる相手が多いのも理解できる。自分だけではなく、多くの相手にこの対応をされているのと聞くと、僅かに嫉妬心を覚えるほどに。
「でも、魔女協会では確か協会内での恋愛は許可してるんじゃないの? 結構聞くよね、あそこの中での結婚って」
傭兵稼業が長いだけあり、そういう話も知っているようだ。その質問に、彼は水筒の準備を進めながら答える。
「簡単だ。俺が責任取れないからな」
「浮気性過ぎて?」
茶化した質問に対し、彼は嫌そうに答える。
「いつ死ぬか分からないからだよ」
「それだって、外に出てる人たちなら皆そうじゃないの?」
死ぬ可能性なんて、どんな所でもあり得る。魔女協会にも、妻子を持ちながら外回りを続ける騎士もいると聞いている。知っているからこそ出てくる質問に、彼は少し考えてから続ける。
「俺は、それ以上に面倒なんだよ。
お前も噂には聞いたことがあるだろうが、俺の呪い―"感情の暴走"は、どうやって現れるか分からない。今までは怒りとか憎しみみたいな単純な物で起こっていたが、今は単純な高揚感で起動したりもする。
それで、1度起動したら簡単にその暴走は停められない。何かの勢いで相手を殺した上に、家までぶっ壊すような化け物になるスイッチがあるのに、まともな家庭なんて築く気にならないだろ」
自分で言いながら、とんでもないなと思う。だが、それが彼の呪いであり、一刻も早く解こうとする理由でもある。
「…実際に目の当たりにしたわけじゃないけどさ、戦える魔女なら、なんとか出来るんじゃない? 勝手な感想だけど」
「そう言われればそうだな。だが、その呪いを含めた力が竜を狩るに至っている。それこそ、単独で竜を狩れるほどの相手じゃなきゃ務まらないだろ」
彼の言う通り、色付きの竜狩りレベルの相手でなければ、呪いを起動したヴァンを止めるのは難しい。彼女の前提を聞き流そうとすると、彼女は再度聞いてきた。
「あたしなら、止められるかもよ?」
「…冗談はよしてくれ」
どんな意図で伝えているかは分からないが、ヴァンは珍しく嫌そうに切り捨てた。
「こう見えて、それなりに腕には自信あるんだけど、どうかな?」
「断る。それに、仮に止められなかったら、お前は死ぬぞ。その覚悟は出来てるのか?」
ヴァンは即答で拒絶するも、彼女は引かない。
「その時はその時よ。それだけの実力がなかったってだけ」
「――俺が、嫌なんだよ。これ以上、罪を背負いたくない」
死ぬことすら厭わない彼女に、ヴァンが珍しく弱音を吐いた。
「…1人になりたがるのは、それが理由?」
「……悪いかよ」
制御できない呪い。1度起動してしまえば、力で押し込める以外には止める手段のない力。それは理性の足枷すらも破り、どれだけ大切な相手だろうと手に掛けようとする。―事実、彼の過去にはこの呪いのせいで、多くの仲間や同僚を巻き込んでいる。
それ故に、必要でない限り、単独行動を選んでいるのだ。
「…いや、意外だったからさ。きみは、もっと強い人だと思ってた」
「強く在ろうと振る舞っているだけだ。金の竜狩りとして、黒竜を追う、黒の竜狩りの一番弟子として。俺は当たり障りのいい仮面を被っていたほうが何事も円滑に進む」
ここまで話すつもりはなかったが、勢いで本心を漏らす。話すだけ話したところで、彼は嫌そうに聞いた。
「これで満足か?」
「いや、もっと、君のことを知りたくなったよ」
茶化すように彼女が笑い、ヴァンも苦笑した。
「だから、話さないようにしてたんだよ」
「でも、もう話しちゃったね?」
揚げ足をとる言葉に、彼は呆れ気味にベッドへと歩いていき、彼女の隣に寝転がる。
「そうだな、これは誰にも話さないで欲しいが」
「勿論だよ。逆に、あたしだけが知ってる秘密だなんて、テンション上がっちゃわない?」
楽しそうに語る彼女の笑顔を見て、彼は淡々と呟く。
「…本当に、楽しそうに言う奴があるか」
「羨ましい?」
「――心の底から、な」
この際、彼は何も隠さずに話す。流石にこんなに素直な答えが返ってくるとは思っておらず、彼女も少し申し訳なくなる。
「えっと、その…ごめんね」
「わざわざ謝るな」
「……、」
「おい、本気にして黙るな。俺が悪いみたいだろ」
夜も更けてきて眠いのもあるのか、静かになったクリムに苦言を呈すると、彼女も眠そうに答える。
「…その呪いが、いつか解けるといいね」
「そう、だな」
この呪いが解くために、唯一の手がかりでもある竜を追っている。改めて、思い出したくない現実を直視したところで、ヴァンも目を閉じた。
「…もう寝るぞ」
「あたしも寝るよ。おやすみなさい」
「そうだな、また明日」
―そのまま2人は朝まで起きることなく眠り、日の出と共に窓から差し込んできた光で目を覚ました。
「……朝、か」
昨夜のお楽しみの後だが、特にだるさもなく、体は普段通りに動く。彼も、魔女の護衛をしている時は毎晩のように魔力補充に付き合っていたこともあり、慣れたものである。その一方、
「ぅぉぉぉおお…!」
昨日の段階で結構体力を使っていたが、腰を痛めたように呻いていた。
「…大丈夫か?」
「むりぃ…! 痛み止め取ってぇ…!」
迫真のお願いに、彼は仕方なく彼女のポーチを漁って見覚えのある緑色の小瓶を取り出して近寄って渡す。
「これだろ?」
「ありがと…。―多分しばらく動けないから、先に行ってていいよ。
昨日話していたラセルタの主人だったり、他の個体探しに行くんでしょ…?」
「その予定だ」
彼女の言う通り、今日の予定は決まっている。ヴァンはさっさと出かける支度を済ませて、部屋を出ようとする。
「確認だが、予定としては今日の夕方、この部屋で落ち合う形でいいか?」
「大丈夫だよー、行ってらっしゃい」
ベッドに寝転がりながら、彼女はひらひらと手を振りながらヴァンを見送っていった。
「あぁ、行ってくる」
昨日に引き続き、クゥリンたち親子の所に向かっても良かったが、本来の仕事を優先することにする。
クリムにも話した通り、あの親子に付き従っていたラセルタは最近見かけるようになった個体とは別である可能性も否定はできない。その理由として、あの個体は黒竜の活動による影響を受けているようには見えなかった。
報告にあったラセルタが、黒竜の影響を受けた個体であるならば、別個体である可能性が高い。改めて聞き取りを行なって、ここらで確認されているラセルタの様子を見れば、その判断も出来る。
「―最近姿を見せてた大トカゲについて、だぁ?」
「そうだ。狩る相手の事を知っておきたい」
その為、今回は素直に柵の内側、つまりは村を移動して果樹園で働く者たちに聞き取りをしていた。
狩りとは少し違うも、肉体労働であることには変わりないため、がっしりとした体つきの男は、ヴァンの問いかけに唸る。
「そうだな、柵の外からこっちを見てる奴は見たことがあるが、柵をぶっ壊そうとしてくるのは居なかったな。大体、こっちが睨み利かせると逃げて行ってたし」
「なるほど。逆に、逃げない個体は居なかったか?」
「いや、そういう奴は居なかったと思うが…おい、お前は知ってるか?」
ヴァンの質問に、更に仕事をしていた子どもに声をかけると、それに反応してこちらに近付いてくる。
「えー、おっきいトカゲの話?
何回か見たことあるけど、怖いのは居なかったよ?」
「そうか。そのトカゲの背中には、誰か乗ってたりしたか?」
ここまでの話を聞く限り、話にあったラセルタは恐らくあの親子と一緒にいる、アウロラである可能性が非常に高い。念のため、更に聞いてみると、男とその子どもは互いに顔を見合わせた。
「トカゲの背中にか? そこまでは見た覚えはねぇが…」
「え、父さん気付いてなかったの? たまに、背中に誰か乗せてたことあったよ」
野生のラセルタであれば、余程のことがない限り人を乗せることはあり得ない。それであれば、話に出ていたラセルタは、アウロラでほぼ確定だ。
「…! 情報、感謝する」
ヴァンは有益な情報を手に入れたこともあり、そのまま感謝を述べて離れようとしたところで、子どもが聞いてくる。
「それでお兄さんは、その子のこと知ってるの?」
「…どうして聞く?」
やましい事はないが、一応質問の意図を聞くと、その子もうーん、と答えに困っているようだったが、素直に答えてくれた。
「あのね、ぼくもその子と何回か会ったことあるんだけど、いつも逃げられちゃってたから。なんで、逃げちゃうのか教えてほしかったの」
ヴァンも、クゥリンと出会ったのはこの村の中だった。それに、尾行されていたのを捕まえたのが馴れ初めである。恐らく、彼女は前回に限らず、隠れてこの村に忍び込んでいたということだろう。
「…それなら、今度会ったときに聞いていてやる」
子どもとしても気になることだったのだろう。そう言われるとヴァンとしても気になったので約束してやると、無邪気な笑顔を見せてくれた。
「じゃあ、約束だね!」
「あぁ、約束だ」
そう言って、仕事に戻っていく子どもを見て、男は困ったように呟いた。
「余計な仕事を増やしちまったか?」
「気にしなくていい。俺がやりたくてやるだけだ。
ところで、アンタはその子の事を知ってたのか?」
子どもが話していたのは、彼も初耳だっただろう。ヴァンが聞いてみると、予想通りの答えが返ってきた。
「いや、知らねぇ。ただ、余所者って言えば、たまに村に薬売りが来てるくらいだったからな。…まさか、そいつの子どもか?」
「まぁ、そんなところだ」
「……マジかよ」




