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前編

 わたしは滝つぼの底へ落ちていく。

 落ちていくわたしを見下すあの男、ウェイド・アースキンは、悪魔のように笑っていた。


「アイリーン! お前は帝国の名高い聖女だったが……この私が欲しいのはお前ではない。お前の魔力だったのだ」


 そう、彼はわたしの魔力を欲していた。

 聖女としての魔力を。


 世界に三人しかいない聖女は、膨大な魔力を持つ。だから、わたしを狙ったんだ。甘い言葉に騙された……悔しい。


 でも、もう間もなく、わたしは滝の底。きっと……死ぬ。


「……っ!」

「いいか、アイリーン……お前とは婚約破棄だ。いや、そもそも私には婚約者がいたのだ。お前なんかよりも美しく、可憐な女性さ」


 またわたしは騙された。

 そうだったんだ……本当に魔力だけが目当てだったんだ。許せない。


 けれど。


 この身は滝に叩きつけらた。


 大きな水飛沫を上げ、わたしは暗闇の中へ落ちていく。ゴボゴボと水泡がシャボン玉みたいに飛んでいく。


 死の音が聞こえる。


 ――あぁ、わたしは死ぬんだ。


 このまま冷たくなって……命を落とすんだ。……さようなら。



 闇に身を委ねていく。

 ……もういい、婚約者に裏切られ、魔力もお金も名誉も幸せも失った。今のわたしには何も残されていない。



 けれど、神様は残酷だった。



「――う」



 意識が戻ってきた。

 じわじわと、ずるずると。……なんだ、わたし、生きていたんだ。あんな高い崖から突き落とされて、滝の底に落ちたのに。


 流されていたみたい。


 ゆっくりと瞼を開け、状況を確認する。


 谷のようなゴミに囲まれた場所だった。汚らしく、とても清潔とは言えない場所。……聞いたことがある。帝国の外には“ゴミ溜め”があると。


 家を失った平民がゴミを漁って生き永らえているとも耳にした。ここがその場所だ。


 そんな……。

 わたしにまだ苦痛を与えるというの。


 ウェイド……ウェイド・アースキン、どこまでわたしを苦しめれば気が済むの!



 わたしは自棄になって、最後の力を振り絞った。もう何もかもがどうでも良かった。この場所はとうに滅びている。いっそ、炎を吐き出し……燃えてやろうと思った。



 だから――。



 ウェイドに粗方の魔力を奪われたけど、まだ残りかすの魔力が残っている。ほんの微々たるものだけど、火を起こすくらいなら……何とかなるはず。



 手を翳し、わたしはゴミに火をつけるつもりだった。



 ……だけど、それは不思議な現象を起こした。


 燃えるはずだったゴミが『魔力』に換わって、わたしの中に流れ込んできた。……えっ、これはどういうこと?


 目の前にあった壊れた椅子が消えたと思えば、魔力になった。


 どういうことなの?


 わたしにこんな能力は無かったはず。でも、今間違いなくあの椅子を魔力に変換した。それが身に降り注いで魔力を回復したんだ。


 まさか――と、思った。


 気になって次から次へとゴミを変換していく。



 ……やっぱり。



 ゴミが魔力となって、どんどん回復していく。

 なんてエコな力なの。

 これさえあれば、ゴミを清掃できるし魔力に換えられる。膨大な魔力さえあれば、治癒や転移魔法も使える。


 この奇跡の力を使ってウェイド・アースキンに復讐できる。


 どうしてこんな力が発現したのか――分からない。でも、これはきっと神様が下さったチャンスに違いない。


 日々の敬虔な祈りが届いたと信じたい。



 魔力を十分に回復させたわたしは、転移魔法を使って帝国へ戻った。



「――――」



 瞼を開ければ、そこは帝国。

 一時は死さえ覚悟したけれど、わたしはゴミ山から舞い戻ってきた。


 ここは帝国の噴水公園。

 この場所からウェイド・アースキンの屋敷は少し距離がある。歩いて向かおうとすると、馬に乗った男性がわたしの存在に気づいて声を掛けてきた。


「そこの美しいシスター服の御仁。もしかして、聖女アイリーン様では」

「はい、わたしはアイリーンですが……」

「僕はエド、と言えば分かるかな」


「エド……って、あのラファロ家の長男で……エンデュミオン辺境伯と名高い方ですよね。なぜこの場所に」


「あなたの訃報を耳にしました。ですが、肝心のご遺体が出てこないという。慌てて帝国中を探し回りましたが――やはり、ご無事でしたか」


「どういうことですか?」


「あなたの婚約者ウェイド・アースキンが聖女の魔力を自在に扱っていたのです。聖なる力を手にしたあの男は、貴族の抹殺を始め……皇帝陛下のお命さえ狙っているようです。このままでは、我が国は……ともかく、聖女様がご無事でよかった」


 そんなことになっていたなんて……もしかして、ウェイドは最初から国家の転覆が目的だったというの。わたしは、悪魔を愛してしまっていたのね……最悪だ。


 けれど、絶望している暇はない。


 一刻も早く彼を止めねば、帝国に未来はない。


「エド様、わたしをウェイド・アースキンの元へ連れて行ってください。彼は、わたしを滝に、絶望の淵に突き落とし……全てを奪った。だから許せないのです」


「復讐ですか」


「それでもあります。でも、それ以上に国を守りたい……聖女として」

「分かりました。では、お手を」


 手を差し伸べてくれるエド。彼の瞳は優しくて綺麗で……宝石のようだった。なんだか、胸が高鳴る。


 馬に乗せてもらい、わたしは彼にしがみついた。


「……馬は初めてです」

「僕にしっかり掴まってください、聖女様」


 そうして疾風となって駆けていく馬。こんなに早いんだ。

 あまりの風に目を瞑っていると――もう到着した。


 アースキン家の屋敷だ。


 立派で広いお屋敷。前はわたしと彼で住んでいた。今は彼しかいないだろう。


 馬を降り、屋敷の中へ向かっていく。

 なんだか重苦しい空気。

 なんなのこれ。



「……ウェイドはいるのでしょうか」

「十七人の貴族を殺害して満足して帰って行ったという情報を得ました。今は屋敷にいるかと」


「じゅ、十七人も……?」

「ヤツはもう人間ではありません。悪魔だ」



 庭を歩き、玄関まで向かおうとすると空から紫水晶のような魔法が落ちてきた。大きな爆発を起こし、地面には穴があいた。


「な、なんでしょうか」

「闇の力です。ウェイド・アースキン!」


 剣を抜くエドは、周囲を警戒。

 すると屋敷の二階の窓から影が落ちてきた。



「……ほう、これはこれは。まさか生きていたとはな、アイリーン」

「ウェイド・アースキン! よくもわたしから全てを奪いましたね」

「ああ、アイリーン、お前は全てを持っていたからな……。だが、恋愛経験はゼロに等しかった。接近は容易だった」


「わたしを愛していなかったですか……最初から」


「そうとも。お前はただの高級料理に過ぎない。お前という極上の料理を味わい、骨の髄までしゃぶりつくした今……私は無敵だ。この禍々しい魔力を見ろ」


 右手を示すウェイドは、紫色の力を纏わせた。

 なんなのあれは……あれがわたしの力だったっていうの?


「惑わされないでください、アイリーン様」

「エド様……」

「あなたに会う前にウェイドのことを調べたんです。彼は、ダークエルフが使うとされる禁忌の黒魔術に長けた一族だったんです。だから、あなたの魔力を変換して……ああして、利用しているんでしょう」


「そんなことが可能なのですか」

「可能でしょうね。アースキン家なら」


 なら、彼をウェイド・アースキンを止めるしかない。わたしの力で。


「ウェイド、終わりにしましょう」


 わたしは手をウェイドに対して翳す。


「なにを言う、アイリーン。これから始まるんだ。……あぁ、そうだ、お前も一緒に帝国を手に入れないか!?」

「お断りよ。ウェイド、あなたには失望しました。ここで消え失せなさいッ!!」


「魔力ゼロのお前に何ができる!!」

「そう思うのなら、そう思えばいいです」


 ウェイドは空っぽと勘違いしているようだけど、今のわたしにはゴミから変換した魔力があった。彼を叩き潰すには十分すぎるほどの。


「もういい、アイリーン! そのエド共々死ぬがいい!」


 あの紫の魔法を放つウェイド……わたしは、聖女の力を振り絞り反撃を開始する。

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