後編
雨のように降り注ぐ呪いの塊。
これはいくらなんでも多すぎる。けれど、エドが剣を振るって呪いを振り払ってくれた。
「この程度ですか、ウェイド」
「くっ、エド……貴様、そのゴミと化した聖女に肩入れする気が! もうその女に魔力は残っていないぞ。なんの価値もない落ちこぼれ」
「だからと言って、我が妹すらも騙そうとするのは許せない!」
「ハッ、今更気づいたのか……エド」
不敵に笑うウェイド。ちょっと待って……エドの妹さん? そういえば、ウェイドはわたしを捨てる寸前に別の婚約者がいるって言っていた。
そうだったんだ。
エドの妹さんなんだ。
なら、ウェイドはわたしとエドの共通の敵ということだ。
「エド様、わたしも戦います。この魔の雨を振り払っていただけませんか」
「分かりました。アイリーン、君を信じます」
「ありがとうございます」
剣を強く振るうエドは、ウェイドの放った魔法を次々に両断した。
「……っ! な、なんて力だ。エド、貴様……辺境伯の爵位は伊達ではなかったか」
「もちろん。我が力は火、水、風、地の四大属性を統べる特級剣技。そこらの騎士と同じと思わないでいただきたい」
その通り、火、水、風、地の属性を刃に纏わせたエド。凄い……あれほどの魔力を扱える人物はそうはいない。
「エンデュミオン辺境伯……か。先代は、魔力を自在に操れる大聖女セレネを守護し、現在のハイペリオン教会を盤石なものにしたと聞く。そうか、貴様も聖女の恩恵を受けたのだな」
「その力は僕に受け継がれています。ウェイド、君に勝ち目はないですよ」
「それはどうかな。今の聖女アイリーンは力を失っている。その女に何が出来るというのだ」
「僕はアイリーンを信じています。先代が信じたようにね!」
地面を駆けるエドは、ウェイドに接近する。けれど、ウェイドも魔力を使い、魔法を乱れ打ち。
これはさすがのエドでも避けられないのでは……と、わたしは身構えた。
「エド様!」
「大丈夫です。この絶対守護の力ならば――」
剣を防御の構えにするエドは、大きな魔力を展開。庭一帯に広まった。これなに……? 不思議な力。
その守護の力によって、ウェイドの魔法は全て弾かれた。
「そんな馬鹿な!!」
驚愕するウェイド。
その間にもエドは叫んだ。
「アイリーン様、あなたの力で彼を止めてください!」
「分かりました……!」
これで最後。ウェイドに鉄槌を下す!
わたしを騙したことも、エドの妹さんを騙そうとしていることも全て許せない。彼は断罪されるべき存在。悪魔よ。
「魔力のないお前に何ができる、アイリーン!」
「わたしは絶望の中で希望を手に入れた。誰が与えてくれたのか分からないけれど、この力を使ってウェイド……あなたを倒します」
「倒すぅ!? そんなのは幻想だ。お前ごときゴミ聖女にはゴミ溜めがお似合いだ!」
「そう、なら逆にゴミにしてあげる」
全ての魔力を右手に込めながら走る。
「……な、なに!?」
「ウェイド、これで最後にします!!」
「なんだ、なんなんだその魔力……!!」
驚いて逃げようとするウェイド。
「逃がすか!!」
けれど、エドが剣を投げて彼の足に突き刺した。
「がぁ!!」
今しかない。
必死で逃げようとするウェイドに近づき、わたしは握り拳を作った。暴力は好きではないけれど、一発は殴らないと気が済まない。
幸い、教会で護身術も習っていた。
聖女だからこそ狙われやすいと、子供の頃から鍛えられていた。そこに魔法も重ねれば、信じられないような力を発揮できた。
「ウェイド、あなたを許しません……!!」
「や、やめ……やめろおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ……!!」
容赦はしない。
慈悲も与えない。
裏切り、奪ったこの男を許してはならない。
わたしのような被害者をもう出さない為にも……エドの妹さんの為にも、わたしはこの下劣で最低な男を断罪する。
魔力を最大限に高めた拳をウェイドの顔面に思い切り打ち込む。
ぐにゃぐにゃと歪曲するウェイドの顔。拳が見事にめり込み、えぐるように命中。彼は痛みで絶叫し、体を地面に何度も打ちつけて飛んでいく。
「ぐああああああああ!? ああ、あああああああああああ……!!!!!」
ウェイドは屋敷の壁に激突。
破壊しても尚、体は飛翔していった。同時に、屋敷が轟音を立ててガラガラと崩れ始めていく。わたしの魔力が屋敷内で炸裂し、飛散したようだ。
「アイリーン様、ここを離れましょう」
「……はい」
馬に乗り、遠ざかっていくと屋敷は完全に崩壊。あれではウェイドも無事では済まない。これでわたしの断罪は済んだ。
「あとは騎士団に全てを委ねましょう」
「分かりました」
すでに何事かと駆けつけてきた騎士団が馬を走らせていた。ウェイドが生きてさえいれば、逮捕されて更なる裁きを受けるに違いない。生きていれば――だけど。
わたしは馬に乗っている最中、エドに抱きついた。
「……アイリーン様、行く当てがなければ僕の屋敷に来ませんか」
「わたしなんかでいいのですか」
「僕はアイリーン様の鮮烈で美しい姿に……胸を打たれてしまったのです。今、僕の中では熱いものが滾っている……。これは、妹から聞いた“恋”ではないかと」
「……わたしもエド様の剣技に惚れました。あなたはお優しくて……普通の貴族とは違うのですね」
「そう言ってくれて嬉しいです。では、参りましょう」
馬は静かに駆けていく。
帝国の南方にあるというラファロ家へ。
――気づけば、屋敷の前だった。
わたしは疲れて眠ってしまっていたらしい。エドの温かい背中で。
「……エ、エド様、申し訳ありません」
「いや、構いませんよ。アイリーン様の寝顔は猫のように可愛かったので」
「…………」
優しい瞳を向けられ、恥ずかしさのあまり顔が熱くなった。こんな風な気持ちに陥ったのはいつ振りだろう。確かに、ウェイドとは婚約していたし、恋する気持ちも多少あった。でもあれは、ハイペリオン教会の半ば強制的なお見合いでの出逢い。
今は違う。
運命的な出逢いを果たし、わたしは恋をした。
エドならきっと守ってくれる。
わたしも彼を支えたい。
「ようこそ、ラファロ家へ」
手を引っ張ってくれるエド。
ここが彼のお屋敷。
白いシクラメンの花壇が広がり、とても幻想的で綺麗だった。
* * *
――三日後、瓦礫の中からウェイド・アースキンが無惨な姿で発見された。彼は全身の骨が砕けた状態でボロボロだったらしい。
騎士団に捕らえられ、国家反逆の罪で死刑が確定。
一週間後には公開処刑となった。
わたしはその場を見に行かなかった。その必要もない。
今のわたしには“幸せ”しかないから。
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