2:烏丸 京一郎
今日は木曜だけれども更新。
昨日更新できなかったからなのですが。
「お? 間宮じゃん、 何してんだ?」
烏丸 京一郎による殺人事件が発生した現場周辺で聞き込みをしていた間宮に声をかけたのは、 偶然街をうろついていた蕨 桜子であった。
獅子原班に欠員が出たという理由で半ば型破りな形で、 捜査に参加していた間宮は所轄の刑事を相方に聞き込みを行っていた。
「彼女は誰ですか?」と尋ねてくる相方の刑事に「マスコミ」と短く端的に伝えておく。 相方の刑事はそれを聞くと露骨に嫌な顔をした。
「あー、 なんか事件の捜査? どう? 何か新情報あった?」
「ねえよ。 あったとしてもお前には話さねえ」
二人の様子を見て、 捜査中だということに気づいた桜子が尋ねてくるが、 間宮はそれを一蹴する。 聞いてきた本人も冗談のつもりだったのだろう。 「だよなぁ」と笑うと、 別に用事があるらしく、 右手を振りながらどこかへ行ってしまった。
「まったく……」
「あれ? 間宮さんじゃないですか」
「あ、 本当だ」
やれやれと言わんばかりに溜息をついた間宮の耳に若い男女の声が聞こえてくる。 桜子のものより若く、 どこかで聞いたことのある声だ。
誰だ、 と振り向いてみれば声の主はすぐに分かった。 女性の声は桐島 円、 男性の声は穂村 暁大だった。 二人ともそれぞれかばんは持ってはいるものの、 それ以外の荷物は持ってはいない。
「おや、 お二人さん。 デートかい?」
「いえ、 そんなんじゃ……」
「たまたまそこで出会っただけですよ。 間宮さんは仕事ですか?」
若い二人をからかうように尋ねてみれば、 反応は二つに分かれた。 慌てながらも、 どこか嬉しそうに否定する穂村に、 淡々とした表情と口調で否定する円。 円の言葉を聞いた穂村は誰が見てもへこんでいるように見える。 がんばれ青年。 想い人は君の行為に気付いていないぞ!
「まぁな。 そういえば二人はこの周辺で怪しい人間を見ていないか? ちょうど三日程前の話になるんだが」
「うーん、 僕はとくには見ていないですね円先輩は何か知っていますか?」
念のために聞いてみたら、 やはり穂村は知らなかったようだ。 まあ、 こういう聞き取り調査で簡単に分かれば、 とっくの昔に烏丸 京一郎は逮捕されている。
「いや、 私も……というより私はここ最近この付近に近づいて……」
同じようなことを言おうとした円だったが、 途中で言葉と動きを止める。 その視線の先は間宮の背後に向けられていた。
後ろで何かあったのか? そう考えた間宮が振り向こうとした時、 円は叫ぶ。
「しゃがんで!」
「!?」
間宮がその言葉通りにその場にしゃがめば、 その頭上を風が通り過ぎていく。 何事かと背後に振り向けば、 そこにはナイフを振りぬいた男の姿があった。
栄養失調を思わせるような痩身、 陰気な顔、 ぼさぼさの髪。 間宮と相方の刑事はつい最近、 彼を写真という形だが見たことがある。
「烏丸……!」
「あれ? 外しちゃった。 まあいいか、場所が(・)違う(・)し」
そう言いながら、 軽やかな動きで後ろに飛び退く烏丸。 烏丸が飛び退いた後、 彼がいた空間を円の拳が打ち抜く。
「場所が(・)違う(・)……? どういうことだ!?」
「うーん、 言えないなあ」
相方の刑事の問いにそう言い残すと、 烏丸は四人に背を向かて、 脱兎のごとき速さで逃げ出した。
「!? ま、 待て!」
「穂村君はそこにいて!」
「え!? ちょっと待ってくだ……!」
慌てて追いかける間宮と円。 所轄の刑事と穂村は呆然とそれを見送った。
駆ける。 駆ける。 駆ける。
それなりに人のいる街並みを二人の男女が一人の男を追いかけていた。
幸いなことと言っていいのかは分からないが、 この追いかけっこに関わろうとする者は誰一人としていなかった。 それは間宮達を妨害しようとする人や烏丸から危害を加えられる人がいないという一方で、 烏丸を止める人がいないということであった。
「くそっ……! 速い……!」
息を切らしながら、 円が悪態をつく。 円自身もその身体能力の高さから、 人並み以上に足は速い。 しかし、 それ以上に烏丸の足は速く、 追いつくどころか、 その距離は少しずつ離されつつあった。
なお、 人並み程度の足の速さしかない間宮は二人に置いて行かれつつある。 今の彼は烏丸を追いかけている円の背がかろうじて見える状態で、 間接的に烏丸を追えているという状態だった。
烏丸は走る。 少しずつ人通りの少ないところへ。 明かりが入りづらい薄暗い場所へ。
誘いこまれていると分かっていながらも、 円は彼の後を追うことをやめなかった。 背後から人に切りかかるような危険人物を放置しては置けないという正義感と、 ただ単に逃げ出した人物を条件反射で追っているだけという二つの理由から。
やがて、 烏丸は裏路地への角を曲がる。 円も見失いまいと、 角を曲がる。
裏路地には円以外誰もいなかった。
「……え?」
一瞬呆けていた円だが、 裏路地に出るための扉の一つが中途半端に開いているのを見つけると、 そこへと駆け込む。
裏口から室内を見るが、 誰かがいた気配があっただけで、 そこには人影一つなかった。
†
「馬鹿野郎! なんでそんな危ないことをした!?」
獅子原の怒鳴り声が響く。 円と間宮の二人は黙って彼の怒りを受け入れていた。
烏丸に逃げられた後、 置いて行かれた所轄の刑事が応援を呼んだらしく、 獅子原から間宮に連絡が来た。 追いかけてからのいきさつを詳しく伝えると、 その場で待機していろと命令が来たので、 大人しく……捜査妨害にならない範囲で情報を集めてみることにした。
室内はあまり使われていなかったらしく、 薄くだが埃が積もっていた。 それ故にわずかだが埃を散らすような形で足跡がいくつか残っていた。
詳しく調べてみないことには何とも言えないが、 おそらくは一番新しそうな足跡は烏丸のものと考えていいだろう。
長い間使われていない部屋だが、 中に何も置かれていないというわけではなく、 一人用のテーブルとイスや食器棚などといった古びた家具が床と同じように埃をかぶっていた。
一番真新しい足跡はそのうちの一つ、 クローゼットへと続いていた。 円としてはクローゼットを細かく調べてみたかったが、 あいにく、 クローゼットは部屋の奥にあり、 調べようとすれば当然部屋に足を入れなければならない。
何が証拠になるのか分からない円は間宮と共に外で獅子原たちが来るのを待っていた。
そして、 大勢の鑑識や刑事達を引き連れてやってきた獅子原に開口一番に叱られた二人。
曰く、 烏丸 京一郎はカルト集団と手を組んだ可能性が高く、 罠である可能性もあったということ。 今回の場合は追いかけながらも応援を頼むべきだったのだと。
主に獅子原の説教は刑事である間宮に対して行われており、 一般人である円に対しては最初の怒鳴り声を除けば、 「危険なことは我々刑事に任せてほしい」と一言注意されたくらいである。
円としても条件反射でつい追ってしまったことを反省しつつも、 また同じようなことが起きたら同じように追いかけるのだろうな。 とつい考えてしまい、 つい笑みが漏れてしまう。 隣にいた穂村が怪訝な顔をしていたが気にしないことにした。
「うわっ!?」
部屋の中を調べていた鑑識の一人が驚きの声を上げる。 何事かと声がした方向を見れば、 その先は烏丸のものと思しき足跡が向かっていたクローゼットであった。 最初に円達が入ってきた時と同じように扉は開けられている。 だが、 周辺に人はいなかった。
しばらく、 クローゼットの方を見ていると、 クローゼットの内部が光を放つ。 光が治まると、 そこには先程はいなかった見識がクローゼットの前に立っていた。 なぜかひどく疲れたような表情をしていた。
「……何があった?」
獅子原がそう尋ねると、 突然現れた鑑識の方も訳が分からないと言わんばかりに頭を振りながら答えた。
「クローゼットの奥を調べていたはずなのに、 気がついたら別の場所にいて、 どうしたらいいか分からず、 辺りを調べていたら、 またこっちに戻ってきていて……」
「……クローゼットの奥を調べていたってこういう感じか?」
間宮がクローゼットの奥を触りながら尋ねるや否や、 間宮の姿が消える。 周りの人間が呆然としていると、 再びクローゼットの内部から光が放たれる。 光が治まると、 間宮が戻ってくる。 なぜか先程よりも疲れたような表情をしている。
「……烏丸がなぜ消えたか分かったな」
獅子原が呟く。
問題はこのクローゼットがどこに繋がっているのかという点と、 この“魔法のクローゼット”をどう報告書に乗せるべき毛という点の二点が残っているのだが。
†
警察から逃れた殺人鬼、 烏丸 京一郎は自身の行いを反省していた。
そもそも彼があの場にいたのは偶然ではない。 自分がちゃんと“指定された場所”で仕事をすることができたのか、 確認するつもりだったのだ。あの場所での殺人はうまくいかなかったので不安だったのだ。
そこに刑事が自分のことを調べていることに気付いたので、 攻撃を仕掛けてしまったのだ。
結局、 奇襲は失敗し、 “先生”が用意してくれた逃げ道の一つを使うことになってしまった。 大損害だ。
昔から、 自分はこうだったと、 顔を伏せながら歩く。 周囲は多くの人々が行きかっているが、 誰も烏丸のことを気にしない。 何人かは不安そうに烏丸を見るが、 すぐに足早に立ち去っていく。
昔からそうだ。 常人よりも痩せすぎといわれるほど体が細く、 顔つきも暗い自分のことを周囲の人々は怪しんだりするが、 誰も気にしない。 現代人の、 いや、 現代の街に住む人々の他者に対する無関心さがかつての烏丸を苦しめ、 今の烏丸を助けている。
ハア、 と溜息をつくと、 少しだけ顔を上げる。
大丈夫、 今日のことが失敗だったのは間違いないが、 まだリカバリーはできる。
そう考えた彼は一度立ち止まり、 持っていたカバンからクシャクシャになった地図を取り出す。
「えーと、 今までやったのはココとココとココと……」
一点一点、 確かめるように地図に書き加えられた点を指さしていく。 その表情は真剣そのものだ。
今の彼は立ち止まっているので、 道行く人々が迷惑そうな表情で彼の脇を通り過ぎていくが、 今の彼には気にならない。
「うん、 よし、 なら今夜は……」
今夜の行動が決まると、 先程よりは明るい表情で地図をカバンの中へ戻し、 再び歩き始めた。
烏丸 京一郎は儀式というものが分からぬ。
しかし、 命の恩人である“先生”の手伝いはしたいと考えているし、 そのための準備もしてきた。
そして今、 “先生”の願いは叶えられる目前まで来ている。
ならば、 今の彼がなすべきことは、 それが“絶対”になるようにすることだ。
失敗するわけにはいかない。 何としてでも。
仮に警察に追い詰められても、 彼には“先生”から与えられた策があった。
―――大丈夫。 きっと上手くいく。
無意識のうちに、 彼はカバンの中にある自身のナイフと“先生”からもらったボロボロのノートに触れていた。




