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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
7.忘却の“桜”
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3.名状し難い憑依者

 二日遅れですが投稿。


「おいおい、 またかよ」


 日は沈んだが、 深夜というにはまだ早い時間帯。

 ニュースサイトで新たに掲載された記事を見て、 桜子は思わず呟いた。

 記事の内容は烏丸 京一郎が新たに犠牲者を生み出したことについてだった。 案の定、 ニュースサイトのコメント欄は警察の無能ぶりを批判するコメント、 意味のない誹謗中傷をするコメントとそれに反応するコメントに溢れていた。


「ハッ、 くっだらねー」


 そう言いながらも、 ニュースサイトのコメント欄を閉じることはやめない桜子。 自身が何かコメントを煽ればなかなか面白いことになるだろう。 その光景を想像しながらニヤニヤしていた桜子だったが、 記事に載っている地図が目に入るとある考えが頭に浮かぶ。


「ひょっとすると……」


 その考えが頭に浮かんだのは、 数か月前に彼女がある事件に関わっていたからかもしれない。 バカバカしいと思いながらも、 目の前にあるパソコンを使い、 ここ最近の烏丸が起こしたと思しき事件について調べだす。

 この現代という時代は手段さえ知っていれば情報収集など簡単だ。 ネットで少し探れば、 マスコミや一般人がs集めた情報が容易く手に入る。

 事実を捻じ曲げられた情報を手にしてしまう時もあるが、 今回彼女が探しているのは事件が発生した場所だ。 さすがにその情報を誤るほどマスメディアが劣化しているとは考えたくない。

 四時間ほど経過した後、 必要な情報を全て得た桜子は、 コメント欄を見ていた時と同じようなニヤニヤ笑いを浮かべながら、 デスクトップ上に表示した地図に一つ一つ事件が起きた場所を(しる)していく。


「ってことは、 こことこことを繋げて……」


 そして、 印した場所を一つ一つ線で繋いでいく。 真っ直ぐに繋げていくだけではなく、 そこに印があるように折れ曲がる線を時折引きながら、 ある図形を描き出した。


「おお……、 これに気付くとは我ながら天才じゃね?」


 まるで迷宮入り寸前の謎を解き明かしたような興奮を味わいながら、 桜子は自分のスマートフォンを取り出す。

 彼女は別に事件記者ではない。 それに事件記者の知り合いはいるが、 ネタのやり取りをするほど、 仲が良いわけではない。

 彼女が連絡を取ろうとしている相手は知り合いの刑事、 間宮だった。


「お〜、 数日ぶりだな。 どーよ進捗は? ん? なんで連絡してきたかって? それはな……」


 いささか不機嫌そうな相手とは裏腹に彼女の機嫌はだんだんと良くなっていく。

 良い機嫌のまま、 自分が見つけた“答え”を現役刑事に嬉々として語っていく。

 その目前にあるノートパソコン。 その画面に映し出されている地図には、 いくつか“星”が欠けてはいるものの、 それは間違いなく“おうし座”が描かれていた。


「え? もう知ってる? むしろ、 その情報を基に今、 捜査中? え、 ちょ」




 †




 間宮は忌々しげに舌打ちすると、 桜子からの電話を切った。 そして、 確かめるように印刷された白黒の地図を広げる。


「さっきの電話は誰から?」


 後部座席から身を乗り出し、 心配そうに円が声をかけた。 運転席にいた所轄の刑事がにらみつけてくるが、 円も間宮も気にはしなかった。


桜子(マスコミ)から」


 間宮は端的に返すと、 白黒の地図に描かれている赤い丸の一つを見つめた。

 今、 彼ら三人は覆面パトカーに乗っており、 今欠けている“星”の一つで烏丸を待ち伏せていた。


 このことに最初に気付いたのは円だった。

 早朝にたまたま見た新聞に載っていた今までの事件現場も印した地図から“おうし座”を連想すると、 すぐに間宮に連絡を入れた。

 連絡を受けた間宮の行動は速かった。 すぐに翠月幇が所有していた資料を調べた結果、 ある記述を見つけた。

 それは彼らの信奉する神を招来するための儀式だった。 なぜかいくつかある儀式のうち、 一つに今の状況と同じような儀式があった。 それは円が指摘した通り、 おうし座と同じ位置で大量の血を流すことが必要だった。

 おうし座の形に血を流した後も招来のために行うことがあるが、 彼はそこまで気にしなかった。

 片付けもせずに部屋を飛び出すと、 捜査会議のために警察署にいた獅子原に円の発見と、 それを補強する資料を見せながら説明する。

 停滞していた捜査に新たな動きができる。 それを説明しながらも確信し始めた間宮は自覚するほどに興奮していた。

 ただ、 話を聞いていた獅子原から、 「重要な情報なのは分かったから、 ゆっくり話せ」と言われるまでは自身が興奮のあまり酷い早口になっていたのには気づかなかったのだが。

 その後、 資料が保管された部屋を散らかしっぱなしにしていたままであることを怒られるという一幕もあったが、 その日の捜査会議は昨日まであった陰鬱な雰囲気を吹き飛ばすような喧騒に包まれた。

 警察に保管されていた資料では最後の場所を除いて、 特に順番は決められてはいなかった。 しかし、 烏丸の目的がこの儀式の完遂ならば、 次の犯行場所は限られている。 各場所に捜査員を配置してのパトロールすることが速攻で決まった。 具体的には捜査会議が始まってから三十分後に。

 その後、 一時間近い時間をかけて、 各人員の配置や交代要員についてといった細かいことを決めると、 その日の捜査会議は終了となった。


 そして、 その日の夕方に交代要員としてやってきた間宮と所轄の刑事だったが、 車に乗って数分もしないうちに窓を軽く叩かれる。 視線をそちらへ向ければ、 そこには差し入れを持ってきた円の姿があった。


「夕食を買ってきたついでだよ」


 そう円は言っていたが、 そもそも、 何の用事があってこの辺りをうろついていたのか。 一応、 この近くに繁華街はあるが、 彼女の家からは離れていた。 さらに言うならば、 繁華街から外れていることもあってかやけに薄暗い。


「私個人でも少し調べてみたくてね」


 そう言う円を所轄の刑事は帰らせようとするが、 間宮は彼女の同行を許可した。

 下手に個人で行動されて何かあったら困るし、 彼女自身、 格闘技を習得している。 邪魔にならないように、 こちらの指示に従うように言い含めておくと、 彼女はあっさりと了承し、 現在に至る。


 所轄の刑事はまだ納得していないようだったが、 円はそれを無視して、 刑事達と一緒に監視を続けた。 しかし、 一向に成果は出ず、 夜の闇はさらに深さを増していく。 気が付けば午後一一時を回ろうとしていた。


「……今日はもう帰るんだ」


 疲れたように伸びをする円に帰るように促す間宮。 不満そうな態度を隠そうとしない円だったが、 「こっちの指示に従うって約束だっただろ?」と諭すように所轄の刑事に言われると渋々とだが、 車から降りる。


「じゃあ、 また明日」

「明日は俺達はいないぞ」

「……」


 そのような会話をした後、 名残惜しそうに車から離れる円。

 そんな彼女に闇夜から凶刃が襲い掛かった。




「―――!」


 突如襲い掛かった白刃の光に反応はしたものの、 完全に回避することはできず、 右腕を浅くだが斬られる。

 暗い路地裏から現れたのは痩身の男。 髪はボサボサで、 その瞳は狂気の色に染まっていた。


「あれ? あの時の人だ」


 彼の名は烏丸 京一郎。 警察が追っている連続殺人鬼だ。


「烏丸ぁ!」


 烏丸の姿が街灯の明かりによって照らし出されると、 その姿を見た刑事二人が慌てたように車から降りる。 その表情から怒りが隠し切れていない。


「あれ? ひょっとして刑事さん? まいったなあ……」


 車から降りてきた二人の姿を見て、 烏丸がどこか余裕のありそうな表情で髪を掻く。 自分が捕まるとは考えてもいないのだろう。 しかし、 その瞳は油断なく、 円と刑事二人を見据えている。


「もう時間もあまりないっていうのに」

「……時間がない?」


 ぼそりと呟くような烏丸の言葉。 その言葉を聞いた円はオウム返しのように反応する。

 「時間がない」とは一体どういうことなのか。 詳しく聞こうとした円の視界を間宮の背が遮る。


「烏丸 京一郎。 連続殺人の容疑者として逮捕する。 あと彼女への障害と殺人未遂の現行犯もな」

「あー、 しまったなあ。 ここって夜になると人があんまり来なくなるからなぁ……」


 まいったなあ!

 その言葉を皮切りに持っていたサバイバルナイフで切りかかってくる烏丸。 その踏み込みは速く鋭い。 三人が反応する前に持っているナイフを勢いのままに振り回す。


「!」


 ナイフは円の前にいた間宮と刑事を同時に傷つける。 その傷は浅く、 痛みはするが活動そのものに大した支障はない。

 しかし、 与えられた痛みに一瞬ひるんだ刑事二人が立て直す前に、 円が正面にいる間宮を避けて烏丸を止めようとするよりも速く、 烏丸は次の行動に移る。

 間宮の肩を空いている手でつかみ、 そのまま自身の方へと引き寄せる。 体勢を崩した間宮を待ち受けるのは烏丸が持つナイフの刃。

 刃渡り十五センチを超えるサバイバルナイフによる刺突は何の障害もなく、 間宮の腹を貫いた。


「間宮さん!?」


 目を大きく見開いた状態で崩れ落ちる間宮。 動揺して烏丸から視線を外す所轄の刑事。 そして、 崩れ落ちる間宮を見て円の頭に血が上る。


「ふざけるな……!」


 烏丸は次の獲物に円を選ぶ。 間宮から引き抜いたナイフを拭うことなく、 円の顔めがけて切りつける。

 しかし、 今回は彼女のほうが速かった。

 

 力強い踏み込みで烏丸の懐に飛び込むと、 烏丸の手首をつかむことで、 ナイフを止める。 そのまま振りほどこうとする烏丸の腹に二発の拳を叩きこむ。 腹部が折れ曲がり、 下がってきた頭に渾身の右ストレートを打ち込む。

 強力な一撃を受けて仰け反る烏丸。 それでも、 円の追撃は止まらない。

 足払いをかけて、 烏丸のバランスを崩す。 両足を一気に払われたため、 立て直すことができずに倒れようとする烏丸の顔に再び強力な拳を叩きこむ。

 防御も受け身をとれずにアスファルトに叩きつけられる烏丸。 その際に烏丸の肩から「ゴキリ」という嫌な音が鳴る。

 ナイフを持っている方の手首をいまだに円はつかんでいるし、 倒れようとしている烏丸へ追撃をかけるときにつかんでいた手は手首をつかんだまま後ろに引いたので当然、 その手も円の後方へと引っ張られる。

 その状態で殴られたのだから、 烏丸の腕にすさまじい負荷がかかるのは当たり前の流れといえるだろう。


「……こっわ」


 間宮の手当てをしていた刑事が呟く。 その声を聞いて上がっていた円の血が急速に冷えていく。


「……間宮さんは大丈夫ですか?」


 片足で烏丸を抑えつつ、 脱臼したほうの手首をつかんだまま、 照れ顔で尋ねる円。 その姿とやらかしたことのギャップに引きながらも刑事は答える。


「一応手当はしたが、 早く病院に連れて行ったほうがいい」

「すまん……」


 手当てを受けたことで気絶から回復したらしく、 半身を起こしながら謝る間宮。 息も絶え絶えだが意識もあるらしく、 今のところは大丈夫そうだ。 その姿を見て、 少しだけ安心する円。 そのままつかんでいた手首を掲げる。


「この人どうする?」

「あーうん、 逮捕するからそのまま捕まえておいてくれ」


 脱臼した手を捻りあげられているのになにかブツブツと呟く間宮。 そんな彼を踏む足に力を入れる円。 そんな二人に近づく所轄の刑事。


 異変はその時起こった。


 その肉体は少しずつ膨れあがり、 四肢の骨がなくなっていく。 姿の変化に驚いた円を脱臼したはずの腕を振り回す烏丸だったもの。 予想外の反撃につかんでいた手首を離してしまい、 投げられる円。

 烏丸の変化は止まらない。

 肉体の膨張は止まらずに最終的には元の烏丸よりも一・五倍の大きさになった。 皮膚の表面は灰緑色の鱗のようになっており、 もはや、 その姿からは人間としての面影はかろうじてしか感じられない。

 変化していく烏丸の肉体を眺めながら、 間宮は獅子原から聞いたとあるチンピラの供述を思い出した。


 ―――“あんな死に方”も“あんな姿”になるのだけはごめんだ。 どうせ死ぬのなら人として死にたいんだ。



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