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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
6.翠玉の“月”
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2:鎧袖一触


「本当は抜けたかったんだ」


 武器密輸の現場で捕まった男は中国語でそう話し始めたという。


「どうしようもねえチンピラだったオレを組織に入れてくれたのは感謝していた。 だけど、 やらされた仕事はヤベェヤマばっかりだった……え? 馬鹿野郎。 武器だの麻薬だのなんてのは大した事ねえよ。 こっちは本国でなら殺人だってやったことがあるんだ。 いまさらそんな程度でビビるかよ」


 そこまで言い切ったところで男の顔が次第に青くなっていく。 「タバコくれよ」と隣に立っていた刑事に言うが、 「すまないが、 駄目だ」と断られると、 青い顔のまま「使えねえな」と悪態をついた。


「……翠月幇に入るまではテロ以外なら何でもできると思ってた。 碌な生き方をしてこなかったんだ。 碌な死に方はしないのも多少は覚悟していたさ」


 男の顔は次第に青くなっていく。 次第に声も震えるような声になり、 手も痙攣しているのか、 と錯覚しそうなほど細かく震えだした。


「でもな、 “あんな死に方”も“あんな姿”になるのだけはごめんだ。 どうせ死ぬのなら人として死にたいんだ。 あんな……あんな化け物になんてなりたくないんだよ」

「どういうことだ?」


 ここで正面で座っている壮年の刑事が口をはさむ。 男の顔からは血の気が失せており、 表情は怯えの色しかない。 全身は激しく震えており、 まるで極寒の吹雪の中に突如放り込まれたかのようだった。


「お前ら、 公僕は翠月幇がただの黒社会(マフィア)だと考えているんだろ? ……違うんだよ、 アイツらは黒社会(マフィア)じゃねえ。 黒社会(マフィア)の方がまだまともだったんだよ」

「だから、 何が言いたいんだ!」

「落ち着け……すまないが、 簡潔に話してくれんないか。 翠月幇がマフィアではないとするならば、 一体何なんだ?」


 激昂する後輩刑事をなだめながら、 壮年の刑事が男に問う。 その表情は馬鹿にしているわけでも憐れんでいるわけでもなく、 真剣そのものだった。

 彼もまた知っているのだ。 この世ならざる存在がこの世界にはいるのだと。 そして、 その組織を崇め奉る組織があるのだと。

 ゆえに馬鹿にしない。 憐れまない。 少しでも情報を得ようと、 男に続きを話すよう促す。


「ああ、 あいつらは……翠月幇は邪教集団さ。 カルトってやつなんだよ……」


 そう言うと、 男はうつむく。 刑事達は男の表情をうかがうことはしなかったが、 もし、 その表情を見たのならば、 さぞ驚いたことだろう。


「オレは……オレみたいなやつらは、 使い捨ての駒ですらなかった……“生贄”や化け物の“材料”……そのために、 翠月幇にオレ達は囲われたんだ……」


 その顔には怯えだけではなく、 恐怖と絶望がこれでもかと張り付いていたのだから。




「……で、 その時の情報を元に昨夜の作戦は実行されたそうだ」

「想像以上に危険なヤマだっんですね。 昨夜のは」


 大捕物とは言えない漁港での出来事から一夜明けて、 間宮は署内の休憩室で缶コーヒーを飲みながら、 獅子原と話していた。

 仮眠をとったとはいえ、 未だに重いまぶたが閉じないように気を付けながら、 眠気覚ましのブラックコーヒーを一気飲みする。 カフェインの苦みで頭が少しだけ冴え、 冴えた頭が一つの考えに至る。


「ということは昨夜保護されたあの子も生贄目的で連れてこられたんでしょうか」

「“上”はそう考えているみたいだ。 俺も同意見だがな」


 間宮とは違い、 タバコを一服しながら獅子原が答える。


「手っ取り早く金儲けがしたいならば、 数を揃えるのが一番だ。 翠月幇がどれほどの規模かはまだ分からないが、 一人よりも複数人を“密輸”した方が利益がいいのは理解できるだろうし、 する力もあるはずだ。 それをしなかったという事は……」

「目的は金ではなく、 あの少女。 恐らく、 生贄には何らかの条件があるという事ですか」

「そういうことだ。 カルトの連中の考えることなんて俺にはさっぱり分からんが、 一つだけ言えることがある。

 あの子が翠月幇にとって重要な存在なんだ。 翠月幇の奴らは本気でそれを信じている」

「……彼女がこれからも狙われる可能性があると?」

「ああ、 もしかしたら狙われたのは今回だけじゃないのかもしれん。 あの子が何者か分かれば、 その足取りから翠月幇の拠点とかが分かるのかもしれん……。 まあ、 そうなったら海外の捜査機関と協力する必要があるだろうがな」


 二人でそんな会話をしていると扉の外、 廊下から走る音が聞こえてくる。 足跡の主は休憩室の扉の前で一度止まると、 扉を勢いよく開け放つ。


「獅子原さん!」

「おい、 芝。 廊下は走るな。 で、 どうした?」


 入って来たのは獅子原の部下でもある芝だった。 息を切らしながらも張り上げたその声に休憩室にいた刑事達が何事かと芝に視線を集める。


「いい知らせと悪い知らせの二つがあるんですがどちらから聞きたいですか!? 良い知らせの方から話しますね!」

「おい、 聞いた意味は何なんだよ」


 獅子原の突っ込みを気にもせず、 芝は話を進める。


「良い知らせはあの捕まっていた子が目を覚ましていたようです! ただ日本語が話せないみたいなので、 通訳ができる人が来るまで詳しい話はできないみたいで……」

「そうか。 話ができないのが悪い知らせか?」

「いえ、 警護をしていた警官が少し目を離したすきにその子に逃げられたみたいで」

『……え?』


 まるで何でもないような芝の発言に休憩室にいた全員が同じような反応を返した。






 †






「うっわあ、 流石に暗くなるのが早いなあ」


 夜空を見上げながら彩香が呟く。

 結局、 円が目覚め、 三人が大学を出たのは日がほとんど沈みかけたような時間帯だった。 繰り返し言わせてもらうが、 定期試験まで十日を切っているというのに、 本当に大丈夫なのだろうか。


「そういえば、 二人とも。 もうすぐ試験だけど大丈夫なの?」


 と、 ここで思い出したように実里が二人に尋ねる。 二人は余裕そうに振り返る。


「私のところはほとんどレポート提出のみで試験は二つくらいなんだよねえ。 肝心のレポートも大体終わっちゃったし」

「毎日、 復讐を心がけていれば試験前に必死にならなくても大丈夫なんだよねぇ。 そもそも、 あたしは前期の怪我のせいで落ちるのが確定した単位がいくつかあるから、 そこの勉強をしなくてもいいってのもあるけどね……」


 おかげで留年確定でーす。 とふざけた口調で話す彩香。 投げやりになっているようにも見える。


「マジかー」


 二人の返答を聞いてうなだれる実里。 「しっかり勉強しないからだよ」と追い打ちを加える彩香。


「ちょっと待って」


 二人を止めたのは円だった。 何事かと尋ねようとする二人に円はある一角を指さす。

 そこは公園だった。 街灯はあるものの数が少なく、 木立のせいもあって暗がりも多い。 すごくどうでもいいことであるが、 この公園は“夜のデート”といった人目を気にするような事柄を好む人たちにとって評判のスポットだったりする。 露出狂が出たこともある。

 閑話休題。


 円が指さした先、 公演の街灯が照らす灯りの先では、 三人の男が対峙していた。 どうやら二人が一人を囲んでいるようだった。

 一人の方は三十代半ばの男だった。 ライトグレーのスーツを着てはいるものの、 はちきれんばかりの筋肉のせいで、 似合っているとは到底言い難い。 よく見れば、 男の背後にあるベンチには一人の少女が寝転がっていた。

 もう一方、 男と少女を囲んでいる二人の男は二人とも二十代後半といったところか。 二人ともダークスーツを着崩しており、 どこぞのチンピラにしか見えなかった。

 ただの喧嘩だろうか? 円達三人のそんな考えはダークスーツの二人組によって否定された。 ライトグレーの筋肉男もそうだが、 ダークスーツの二人も殺気立っていた。

 片方の男は銃刀法違反が間違いない大振りのナイフを構えている。 もう片方の男は右手をスーツの内側へと入れている。 その手が握っているのはバナナや花束などではない事は確かだろう。


「二人とも警察呼んで」


 真剣な円の口調と少し先での光景に危険を感じたのだろう。 実里が自分の鞄からスマホを取り出して警察へと電話をかける。


「円はどうするの?」


 心配そうな彩香の声に、 視線を公園内に固定しながら円は答える。


「ちょっと様子を見に、 死人が出る前に止められたらいいんだけれども」




 円が公園の中に入った時、 男達は激しく言い争っていた。 大分近づいたであろう円に気が付かないほどに。

 ダークスーツの男達は先程よりもさらに殺気立っていた。 いつ持っているナイフで襲い掛かってもおかしくはなかった。

 血が流れる前に止めたかったが、 一つだけ問題があった。 男達が何を話しているのか全く分からなかったのだ。 少なくとも日本語や英語ではないことは確かだった。

 それでも一応は声をかけてみるべきか。 円がそう考えたとき、 ナイフを持っている男が何か叫んだ。 そして胸の前でナイフを構えて、 真っすぐに筋肉男に突っ込んでいく。


(まずい!)


 そう考えると同時に円は走り出し、 男達との距離を詰める。 彼女が慌てたのはナイフの男が突撃したからだけではない。 もう一人、 右手をスーツの内側に入れていた男があるものを取り出したからだ。

 そのあるものとは拳銃だった。 なんという名前なのかは知らないが、 銃口は躊躇いもなく筋肉男に向けられていた。

 一方の筋肉男は何の武器、 防具も身に着けているようには見えなかった。 男の構えは何らかの武術の嗜みがあるのは間違いないが、 拳銃とナイフが相手では勝つのは難しいだろう。


「待った! 待ったー!」


 そう叫ぶと同時に円は拳銃を持つ男との距離をさらに詰めていく。 男が彼女に気が付いて振り向いたときには円の左手が男の拳銃を持つ手を掴んでいた。 そのまま、 銃口を地面に下ろさせる。


「―――!」


 男が何か叫んだが、 円には何を言っているのかさっぱり分からなかった。

 なので、 返答として、 右の拳を男の顎に叩き込んでおく。

 勢いと腰の入った一撃は男の脳を揺さぶる。 銃器が人を殺傷せしめるのにどれだけ優れた武器と言えども、 使われなければその真価を発揮することはない。

 結局、 男は一発の弾丸を発射することはなく、 その意識を闇に落とした。




 一方、 ライトグレーの筋肉男はナイフを持った男の一撃を受けていた。

 ナイフを持った男の突撃は覚悟を決めたもの特有の気迫があった。 スピードもあって避けるのは困難だろうし、 仮に避けたとしても、 筋肉男の背後にはベンチで眠っている少女がいる。 彼女を守るためにもここで避けるわけにはいかなかった。

 故に、 その一撃を受けた。 左肘を高く上げ、 身体を鋭く右にひねる。 致命傷を少しでも避けるための動きだ。

 男が身体ごと突き出したナイフは筋肉男の左上腕部に突き刺さる。 小さな苦痛の声が筋肉男の口から洩れる。

 その声を聞いた男が口元に笑みを浮かべた瞬間、 顎に強い衝撃を受けて、 男は吹き飛ぶ。 筋肉男がひねった体を戻しながら、 右の掌底を救い上げるように男に叩き込んだのだ。

 まるで金属バットのフルスイングを受けたような衝撃に男の口から白い固体と赤い液体が噴き出る。 二度と固いものを食べることができない身体にされてしまった男だったが、 その事に気が付くことになるのは二日後になる。


「ちょ、 ちょっと待って! ストップ!」


 男が次の相手として円に対して構えをとる。 自分が敵として認識されていることに気が付いた円は大慌てで両手を上げて敵意がないことを証明する。

 必死な円の様子が伝わったのか、 男は溜息を吐くと構えを解く。


「スイマセン、 助かりました」


 男の口から出たのは日本語だった。 日本語が通じそうなことに安堵しながら、 円は男の左上腕部を指さす。


「気にしないでください。 でも、 大丈夫ですか? ……その左腕」


 ナイフが刺さったままの左上腕からは今も少しずつだが血が流れている。


「大丈夫です……すいませんが、 このこと警察に言わないで。 ワタシ、 この娘守らないといけない」


 男が少女を抱えながら、 懇願するように言った。 実際に少女の事を大切に思っているのだろう。


「あー、 ごめんなさい。 それは無理です」


 困ったような円の返答。 その様子に男が困惑していると、 遠くから明かりが近づいてくる。


「もうすでに警察に連絡済みなんです……その、 介入する前にはすでに」


 円のその言葉に逃げようともせずに、 困ったように男は肩をすくめた。

 額に緑色のあざを持つ少女は、 自身の周辺で起こった騒動に気が付かないまま、 男の腕の中で静かな寝息を立てていた。



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