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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
5.鏡面の“雪”
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8:愚王が築きしバベルの塔


 昨日、 アナスタシアが円に渡した古書。 それは、 かつて野吹を一瞬で鎮めたという高僧が記した“魔術書”というべきものであった。

 より詳しい内容については、 そこまで読み込んではいないものの、 かつて村にあったという銅鏡についての覚書と言えるような部分があった。 それだけではなく、 野吹(のふけ)飢淀孤(うえでんこ)と名づけられた怪物について。

 そして、 怪物共が崇める神、 伊田駆唖(いたくあ)について等々、 様々な内容が多岐にわたって記されていた。

 野吹(のふけ)、 ノフ=ケー。 飢淀孤(うえでんこ)、 ウェンディゴ。 伊田駆唖(いたくあ)、 イタクァ。 アナスタシアが語っていたことが少しずつ真実味を帯びて円に襲い掛かってくる。 しかし、 それ以上に彼女の目を引いたのは、 伊田駆唖の召喚方法であった。


『天に近い場所で神鏡を掲げ、 次に示す真言を唱えよ。 その際、 足元に血が流れている方がより伊田駆唖を呼びやすくなるだろう。

 もし、 召喚に成功したのならば、 天より伊田駆唖が降臨し、 その場にいる生贄をみな連れて行くだろう』


 この事件のきっかけとなったプレオープンセレモニーの事件。 その際に放り込まれた男が残した言葉とよく似ている文言だった。 違うのは流血によって儀式の成功率が高くなるといった部分くらいか。

 そしてこの二つがほとんど一致することが指し示すもの。 それはプレオープンセレモニーで亡くなった二人がイタクァ、 いや、 伊田駆唖の召喚に巻き込まれた物の末路だということだ。

 ならば、 彼らの最期の言葉。 「生贄は皆、 この星を離れ、 黄衣の王の身元へと至らん」生贄とはいったい誰の事を指し示しているのか。 それも一人ではなく、 複数名である。

 この段階で円は嫌な考えが頭をよぎる。 それは他人に話しても妄想の類であると断じられるような内容だった。 しかし、 様々な冒涜的事件に関わったことのある人物ならば間違いなく信用してくれるであろう内容だった。


 だが、 彼らの目的が分かったとしても、 彼女にはそれを食い止める方法が思いつかなかった。 今、 自分達が置かれている現状を打破する方法も。

 無理もない。 ロビーを襲ってきた飢淀孤はともかく、 走り出したバスを受け止め、 横転させた野吹に対して、 どう戦えばいいというのか。 誰か自衛隊を連れてきて、 と円は考える。 エリート部隊である特殊作戦群ならばなお良し、 とも。

 まあ、 仮に特殊作戦群が来たとしても、 今なお続いている猛吹雪の前に立ち往生してしまうだろうが。


 閑話休題。

 

 どうあがいても、 外の戦力に頼ることができない以上、 自分達で何とかするしかない。 しかし、 龍原リゾートにどれだけ武器として使えるものがあるのか分からない、 今の円では対抗策など思いつきようがない。

 ぐっと一度大きく背伸びをして、 更に詳しく読み込めば何か対抗策でも書いていたりしないかと、 改めてページをめくったその時、


「ん? 何の騒ぎ?」


 廊下で誰かが騒ぐ音が何者かがどたどたと廊下や階段を駆けていく音が彼女の耳に届いてきた。 それも一人二人ではなく、 十数人によるものであると分かるほどに大きかった。

 なんだなんだと、 本のページを開いたまま外へ顔を出してみれば、 我先にと逃げ出す人々がそこにいた。 どうやら先程の音は彼らが走っていく音だったようだ。

 必死になって走って来たのだろう。 円の部屋の前で息を切らしてへたり込む小太りの中年男性を捕まえて話を聞く。

 男性は円から声をかけられるやいなや大きな悲鳴を上げてこちらを振り向く。 円が自分と同じただの宿泊客だとすぐに気が付いたのだろう。 大きな安堵のため息をつくと、 何が起こったのかという円の問いに答えてくれた。


「いやあ、 実は僕にもよく分かっていないんだ。 ハハハ」

「ええ……」

「いや、 実はレストランで食事をとっていたら、 下で物凄い音がしてね。 なんだなんだと周りと騒いでいたら、 従業員から急いで避難するように言われてね」

「それは何時の事ですか?」

「ついさっきさ。 それで、 エレベーターを使おうと思ったら、 みんな同じこと考えていたみたいでさ……仕方がないから、 久々に階段を使ってゆっくり行こうとしたんだけど……下からやってきた人たちが凄い慌てていて……それにつられて思わず全力で走っちゃったよ……あぁ、 疲れた……」


 そこまで話してへたり込んだまま一息つく中年男性。 話を聞いた円は嫌な予感がしてたまらなかった。

 従業員からの避難命令? 下から逃げてきた? それも慌てて? そのような事をする理由は、 円には一つしか思い至らなかった。

 すなわち、 二階のシャッターが何者か、 恐らくはバスを横転させた怪物、 野吹によって破壊されたのだろう。 そして、 堂々と二階へと上がってそのまま上へ。

 警備員がいたのかもしれないが、 銃を持っていない人間がどれだけ頑張ろうとも、 あの巨躯が相手ではどうしようもない。

 考えすぎなのかもしれないが、 一応確認をしてみるべきか? そう考えた円はようやく立ち上がった男性と別れ、 自分の部屋へと戻る。

 部屋に戻ると内線が鳴っていた。 相手は円が連絡を取ろうと考えていた相手、 父親の晃だった。

 彼が話した内容は円が先程まで考えていた“最悪の考え”を肯定するような内容であった。






 †






 父から詳しい話を聞いた円は大急ぎで非常階段を駆け挙げっていく。 エレベーターを待っている時間が惜しかった。

 防災シャッターが破壊されたと聞いたとき、 円の頭の中は後悔で一杯だった。


(なんで、 野吹が現れた時、 バリケードで補強しようって考えなかったの!?)


 たとえ、 防災シャッターの後ろにバリケードを築いたとしても、 野吹が相手では破られてしまったかもしれない。 それえでも築かないよりかは時間は稼げたはずだ。 周囲にいたであろう人が避難する時間が。

 だが、 それでもまだ何とかなるはずだ。 彼女はそうも考えていた。




 父達が考えていた作戦、 “火”を使うという作戦は悪くないように思えた。

 以前に出会った枯枝のような存在と違い、 野吹や飢淀孤はまだ“生物”という範疇に収まっているようにも見えた。

 “生物”であるならば、 火は効くはずだ。 この龍原グランドホテルを焼く覚悟があれば、 彼らを焼き殺すことも不可能ではないだろう。


 彼らが目的を達成する前でなければという言葉が付くが。


 彼らが目的、 伊田駆唖の召喚に成功してしまえば、 円達を含め、 龍原リゾートにいる者達は皆生贄として、 黄衣の王のところへと連れ攫われてしまう可能性がある。 そうなってしまえば対策もくそもないだろう。

 ならばこそ、 父達が大急ぎで武器を集め対抗する準備を行っている間に、 円がやるべきことは一つだった。 すなわち、 野吹達よりも先に“鏡”を確保することだ。

 しかし、 肝心の“鏡”の場所が分からない。 怪物達がいまだに手にしていない以上はこのホテル内にあると考えていた円は父を通して対策会議の面々へ思い切って聞いてみたのだ。


 かつて、 村にあったという御神体の鏡の行方を知らないか? と


 言っている意味が分からなかったのだろう。 一分ほどの沈黙があった。 円も言ってから、 自分の発言が事件との関連性がほとんどないことに気が付いた。 というより、 関連性がありそうだと気が付いているのが円だけともいうが。

 どう伝えればいいのだろうか、 と頭を悩ませていると、 内線から小さなつぶやきが聞こえた。


「確かオーナーである大森 勤造が神社もなくなるという事で御神体を買い取ったはずですけど……それが何か?」

「! それは今どこにあるか分かりますか!?」

「叔父ならば最上階にあるオーナーの自室にいるはずだ。 恐らく君のいう御神体もそこにあるはずだが……」

「分かりました! 野吹達の狙いは恐らくそれです! 私が先に向かいますから、 皆さんは会議で決まった対策の準備をしてからきてください!」

「え。 おい待て、 野吹ってなんだ」


 円は言いたいことだけ言い終えると、 内線を切って部屋を飛び出した。 詳しい説明は恐らく一緒にいるであろうアナスタシアがしてくれるだろうと勝手な信頼をしつつ。

 幸いと言っていいのか分からないが、 怪物の群れは目的のもの以外に対する興味はないらしい。 駆けあがっていく途中で腰を抜かして震え上がっている人や運悪く彼らの突撃してしまったのか、 壁際に血塗れで倒れている人がいた。

 血塗れの人物は意識の方はともかく、 肩や胸が動いていることから、 まだ生きてはいるようだった。 詳しくは見ようともせずに通り過ぎたので怪我の程度までは分からなかったが。


 最上階のオーナーの部屋へは通常のエレベーターで行くことはできない。 VIP専用エレベーターで、 専用のカードキーを使うか、 非常階段から同じように専用のカードキーを使うかのどちらからしか入る方法はない。

 当然のことだが、 本来ならば円も最上階に上がることはできない。 しかし、 彼女は今、 最上階であるオーナーの私室へと足を踏み入れることができた。

 なぜか? 簡単である。 本来であるならばカードキーがなければ開けることができないであろう金属製の扉。 それが扉自身の耐久力を上回る力でこじ開けられているからだ。 まるで小型の車が最高速でぶつかった時のようにひしゃげた扉を見て、 円は先走って一人でここに来たことを後悔し始める。

 スン、 と臭いを嗅いでみれば漂う血の臭いがオーナーが助からなかったことを円に伝えてくる。 後ろを振り返ってみれば紅い水滴が同じ色の獣の足跡と共に屋上のヘリポートへと続いていた。

 今すぐ屋上に向かうべきなのかもしれないが、 金属製の扉を軽々とこじ開ける力を持った怪物、 恐らく野吹であろう存在と複数の飢淀孤を相手にするのはただの無謀だと考えた円は最上階の探索を始めた。


 もしかしたら、 オーナーがまだ生きているかもしれないという淡い希望の下に




 晃達、 対策会議のメンバーは警備員数名と共に調理部に残っていた油や酒、 そしてそれを基に造った松明を手に、 最上階へと向かうエレベーターの中にいた。

 円からの内線電話が切れた後、 大慌てで上へと向かおうとする晃を抑えて、 出来る限り早々に準備を終え、 人でも増やした一行は、 大森 信介が持っていたカードキーで最上階へと向かったのだ。


「あんの馬鹿野郎が……」

「さっきからそれしか喋ってねえな、 アンタ。 少し落ち着くなよ」


 苛立つように短槍の様な松明、 元モップで床を鳴らしながら、 同じ言葉を繰り返している晃に、 ショットガンを担いだ大門がいつもと同じ口調でなだめる。

 準備やここまでの道中でアナスタシアが話した“野吹”……“ノフ=ケー”の内容を聞いてから、 晃は娘が一人で飛び出した危険性を一瞬で理解したのだろう。

 大門の言葉に晃は何も言い返さずに押し黙る。 しかし、 松明で床を鳴らすのは止めなかった。

 「だめだこりゃ」と肩をすくめる。 彼と同じようにショットガンを携えたアナスタシアはいつものような自然体で二人の様子を見ていた。

 祖父である“キリシマ”はいない。 さすがに戦場になるかもしれない場所に老人を連れていくのは気が引けたからだ。

 一方で、 総支配人である大森 信介はエレベーターの中心に晃と同じような松明を両手でしっかりと握りしめ、 秘書である北野 理沙も料理用の油が入った一斗缶を床に起きながらもエレベーターの中にいた。

 信介としては理沙には“キリシマ”と同じように下の階にいてほしかったのだが、 理沙自身がどうしてもついていく! と言ってきかず、 急いで先に行きたい晃と大門の二人に説得される形で連れてきてしまったのだ。

 そうこうしているうちにエレベーターが最上階へ到着する。 扉が開くと、 一行は部屋の奥へと向かっていく。



 無理矢理こじ開けられた奥へと続く扉。 その先で立っている女性、 桐島 円と彼女の足元で転がる赤黒いナニカ。

 近づいていけば、 そのナニカが人体の一部であることが分かる。 分かってしまう。 他の肉塊よりも丸く、 小さいものに目を向ければ、 それはオーナーであるはずの大森 勤造の頭部であった。

 どのようなものを見たのだろう。 恐怖と絶望が張り付いた表情は普段顔を合わせているはずの信介でさえ、 一瞬誰か分からなかった。

 一体どのような力だったのだろう。 バラバラにされた人体は鋭利な刃物などではなく、 無理矢理引きちぎられたような断面をしていた。

 あまりにおぞましい光景に吐く者がいる中、 青い顔をした円が呟いた。


「間に合わなかったよ、 もうすでに持っていかれていた」


 何を、 と聞き返す前に一同の耳にある声が届く。

 その声は館内のスピーカーを使っているわけでもなく、 とてつもない大声でもないのに、 ホテル中のすべての人に聞こえていた。

 動揺する人々。 そんな中、 アナスタシアはポツリと呟いた。




「儀式が始まったわ」



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