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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
5.鏡面の“雪”
29/43

7:作戦会議


 昼から夕方にかけて重大な事件が二件も発生したことにより、 事情を知っている大人たちは疲弊し、 夕食もそこそこにあっという間に眠ってしまった。

 しかし、 事情を知らず、 元気の有り余っている子供達にはそんなことはあまり関係なかった。

 冬のリゾートを楽しみにしていたのに、 早々に部屋に閉じ込められ、 あふれんばかりの体力を使うことなく暇を持て余していた。 彼らは親達がいつもより深く眠りについたのを確認すると、 思い思いに自分達の部屋を抜け出していく。

 せっかくだからと、 ホテル内を歩き回る者。 元からの友人やこのリゾートで仲良くなった子と一緒に遊びまわる者。 何か食べるものはないかとレストランやカフェテリアのエリアをうろつく者。 子供達は様々な行動をとっていた。

 入谷 愛理もその一人だった。 普段ならば親の目もあって、 中々できない“夜更かし”ができるチャンスとあって、 何かいけないことをしている気分になってくる。 実際、 あまり褒められた行為ではないのだが。

 暖房が効いているはずの廊下はなぜか寒々しく、 陰鬱とした雰囲気が感じられる。 まるで季節外れの肝試しのようだ。 と内々で考えながら、 わずかな灯りが照らす薄暗い廊下を歩いていく。


「―――」

「ん?」


 ふと、 人の話し声のようなものが聞こえた気がして、 愛理は窓の外、 吹雪が吹き荒れる地に視線を移す。 相変わらず外は黒い空の中を白い雪が自由気儘とは言い難いスピードで行きかっている。 当然、 暴風による轟音が響き渡る。

 常識で考えるならば、 人の声などどれだけ大声を出しても、 愛理に聞こえるはずがない。

 しかし、 彼女は確かに聞いたのだ。 いや、 今もまだ聞こえている。 内容までは分からないが、 何かを呼ぼうとしているのが分かる。

 何故分かるのか、 と聞かれても彼女にも分からないのだが。

 だけれども、 内容が気になる。 吹雪の中にいるであろう謎の人物が一体何を唱えているのか、 何を呼ぼうとしているのか。

 少しでも情報を得ようと声のする方、 窓の方へと体を寄せていく。 そのまま窓に耳をつける。 冷たい感触を顔の半分に感じるが、 それを気にもかけず、 少しでも内容を聞き取れないかと、 更に身を寄せていき―――


「何をしているんだ?」

「ひゃっ!?」


 そんな背中にかけられる男の声。 恐る恐る振り向くと、 そこには警備員がいた。 警棒と懐中電灯を手に愛理の方へと近づいてくる。

 愛理を含む部屋を抜け出した子供達は頭からすっぽりと抜け落ちていたことだが、 現在、 この龍原ホテルは厳戒態勢に近い状態であった。 一階は怪物達の襲撃によって使い物にならなくなり、 外へと脱出する手段も連絡を取る方法も確保できていないのが現状だ。

 そんな状態で、 気を付けるべきことは、 混乱や暴動による内部からの崩壊だろう。 それ故に、 警備員達は少ない人数ながら、 昼夜問わずの巡回を行うことにしたのだ。


「何をしているんだ。 危険だから部屋に戻りなさい」

「いや、 あの、 人の声が……」

「人の声……? そんなもの聞こえないな。 こんな吹雪じゃ人の声なんてここまで届かないだろう」


 愛理が外を指さして、 言い訳にならない言い訳をしても、 警備員には聞こえなかったようで、 首をかしげている。 その後の発言に愛理自身も「それもそうか」と納得し、 大人しく警備員と一緒に自分達が泊まっている部屋へと戻ることにした。

 なんとなく外に出たかっただけで、 別に必死になる必要を感じなかったためだ。


 なおこの後、 愛理は自室に戻るためのカードキーを部屋の中に置き忘れてしまい、 やむを得ず、 室内の両親を起こすことになる。 当然のことだが、 勝手に部屋を抜け出した愛理はしっかりと怒られることになるのだが、 ここでは割愛させてもらうことにする。






 †






 桐島一家が龍原リゾートにやってきてから四日目となる朝を迎えた。

 一家の長である桐島 晃は龍原リゾートの総支配人に呼び出され、 対策会議に参加していた。

 対策会議には晃と総支配人、 大森 信介の他に大門 純平とアナスタシア、 信介の秘書である北野 理沙、 アナスタシアの祖父である“キリシマ”も参加していた。

 自己紹介もそこそこに大門が切り出した。


「なあ、 総支配人さんよ。 他にもっと武器はないのかい?」


 そう言いながら、 大門は視線をある一点に向ける。 そこには晃とアナスタシアが持ってきた散弾銃が壁際に立てかけられていた。

 最大装弾数が二発である猟銃はすでに一発ずつ使われていた。 言わずもがな、 ロビーとバックヤードを“獣人”が襲撃した際に、 晃とアナスタシアが発砲したためである。

 その後、 再装填が行われることはなく、 残段数が一発ずつという状態のまま放置されている猟銃だったが、 現在人間側が持ちうる最強の武器としては心許ない。 当然、 新たな銃や弾薬が欲しいという大門の主張自体は何も間違っていないのだが……


「残念ながら難しいと言わざるを得ない。 一応、 他の銃や弾薬は地下倉庫に厳重に保管されているが、 そこまで取りに行ったスタッフとはすでに連絡が取れなくなった。 恐らく、 一階を襲撃してきた化け物かバスを止めた怪物に殺されたのだろう……

 一応、 昨夜の事件を受けて、 いざというときの為に警備員室に少しだけだが、 弾を保管してはいたものの……」

「この状況じゃ無謀ね」


 アナスタシアの言葉に「ああ、 そうだよ」と力なく答える信介。 よく見ずとも、 その顔から活力が感じられない。 隣に座っている秘書もにじみ出る疲労を化粧で隠しきれていない。

 同じ状況に置かれたら自分もこんな顔になるのだろうな、 とどこか他人事のように考えながら、 晃は少し気になっていたことを尋ねる。


「そういえばあの時、 バックヤードから“三発”の銃声が聞こえてきたんです。 アナスタシアさんは何かご存じないですか?」


 晃の問いにアナスタシアは少し考えると、 思い出したかのように顔を上げた。


「バックヤード側の警備員も銃を持っていたわ。 確か彼らも一発ずつ発砲していたわ」

「それで、 その警備員達はどうなりました?」


 信介の問いにアナスタシアは黙って首を横に振る。 すなわち、 そういうことだ。


「なるほど。 バックヤードの方にも二丁の猟銃ありと。 こいつは貴重な情報だねえ」


 茶化すような大門の言葉に不謹慎だと怒る者はいない。 ただ沈黙のみがそこにあった。


「そういえば、 オーナーさんはどうしたんだ? こんな状況で出てこないのもどうかと思うぜ」


 沈黙を破るように呟いたのは大門。 彼の言葉通り、 龍原リゾートのオーナーである、 大森 勤造はプレオープンセレモニーで一度、 顔を見せたきり、 表に出ることはなかった。

 陣頭指揮を甥に任せていると思っていたが、 このような場にさえ顔を出さない。 というのはさすがにおかしい。


「……オーナーはプレオープンセレモニーの後、 ずっと自室に閉じこもっている」


 少し考えた後、 総支配人は苦虫を数匹纏めて噛み潰したような表情と声色で答えた。

 内容が外に伝われば更なる醜聞を招きそうなものだったが、 こんな状況になっても表へ出てこようとしない叔父を見限ったのか。 それとも、 彼自身がそのような事を考える余裕が失われているのか。


「素敵なオーナーさんだことで」


 嫌味のように聞こえる口調だが、 反論する者はいない。 正直なところ、 責任から逃げようとしているようにしか見えないオーナーの行動を擁護する気には晃にはなかった。


「少し良いだろうか」


 言葉の主は会議が始まってから一言も喋っていなかった“キリシマ”だった。 誰からも反論がないことを確認すると、 “キリシマ”は言葉を続ける。


「少し話を戻させてもらうよ。 外をうろつく怪物に対してだがね、 “火”はどうだろうか」

「“火”ですか? 危険すぎる気もしますが……」

「生き物は本能的に火を恐れる。 特に自身へと近づいてくる火には特に。 だから、 モップや箒の柄を使って長めの松明を作ってみてはどうだろうか。 少なくとも奴らを怯ませることぐらいはできるだろう

 それに、 もし油などがあれば、 それを使って奴らを焼くことも可能なはずだ。 火が弱点でない動物などいないはずだろうしね」

「へえ……家事になりそうな考えだな」

「では君に代案があるのかね? 言っておくが、 今の我々に作戦のえり好みをしている余裕があるとでも?」


 突き刺すような“キリシマ”の視線にそれ以上の反論できずに黙ってしまう大門。

 少し情けないな、 と感じながらも晃は信介の言葉を待つ。 彼は苦々しく、 力なく呟いた。


「……残念だが無理だ。 掃除道具ならば各階に備え付けられている物がある。 それらを使えば、 松明自体は作れるだろう。 しかし、 肝心の燃料がない。 ガソリンや軽油などは地下倉庫にしか保管されていないはずだ……」

「アルコールならどうだ?」


 絶望的な声を上げる総支配人の言葉を遮りかねない速さで晃は口を出す。 その言葉に反応した会議のメンバーが一斉に晃の方へと振り向いた。

 一斉に向けられた視線をものともせずに、 晃は先程の提案を補うように言葉を続ける。


「たしか、 十階にはバーがあったはずです。 そこならアルコール度数が高い酒も幾つか置いているんじゃないでしょうか。

 それによく考えれば、 レストランもあったはずです。 そこなら料理酒や料理用の油もあるはず。 それらを使えば、 あるいは……」

「確認してみます!」


 晃が言い終わるより先に、 秘書の北野が立ち上がり、 内線を使って連絡を取る。

 彼女が連絡を取っている間、 室内は緊張感に包まれていた。 この作戦の前提条件が成立するかしないかの瀬戸際なのだから。

 二、 三分の後、 連絡を終えた秘書は、 希望と喜びに満ちた声で叫んだ。


「アルコール度数が九十度を超えるものが五本あるそうです! 料理酒は業務用の物が十本以上! 料理用の油なら一斗缶(十八リットル缶)のものが八缶は用意できるようです!」


 室内に喜びの声があふれる。 “キリシマ”や晃の語った案は、 この状況を打破する解決策にはなりえないのだが、 それでも新たに使える道具が増えるというのは嬉しいものだ。

 松明は何本ほど必要になるだろうか、 いざという時、 廊下に撒く分の油などは取っておくべきだ。 そもそも松明や銃は誰が持つべきか。 などと途端に議論が活発化していく。

 先程とは打って変わって、 盛り上がってく会議だったが、 突然鳴り響いたコール音によって強制的に中断される。

 全員が感じている嫌な予感。 それを振り払うかのように秘書が内線の電話を取る。

 「ハイ、ハイ……」と相手からの言葉に秘書が相槌を打つ間、 先程と同じような緊張感が室内を襲う。

 そして、 会話が終わったのだろう。 受話器を置くとともにため息一つ。


「調理部からです。 食材の残りが少なく、 今日の昼までしかないとか。 一応、 地下の冷蔵庫に行ければ、 まだ余裕はあるそうなのですが……」


 北野の言葉で緊張感で満ちた空気が緩む。 大門がやれやれといった風に言葉を紡ぐ。


「それなら松明や油を用意して、 十数人で地下冷蔵庫までの道を切り開けばいい。

 ……いや、 それより先に地下倉庫へ行けば銃や弾薬が手に入る。 そっちを先にしてもいいな」


 食糧問題は確かに重要だが、彼らにはまだ解決する手段が残されている。 リゾートからの脱出ならばまだ不可能だが、 ホテル内の移動ならばなんとかなるだろう。

 地下へ行こうと先陣を切る大門に、 ならばそれについていこうと協力を申し出る晃。 地下は冷えるだろうから、 厚手のコートを用意させようと提案する信介。 “キリシマ”と孫娘はその様子を眺めている。

 室内を希望が満たしていく。 まだ、 このリゾートを脱出できるわけでもないが、 人は希望に縋りたがる生き物なのだ。

 なので、 再び内線のコール音が響いても、 楽観的でいられた。


「ハイ……え?」


 先程と同じように内線を撮った北野が受話器を落とすまでは。


「……嘘でしょ」

「おい、 どうした?」


 様子がおかしくなった秘書に声をかける総支配人。

 真っ青な顔をこちらへと向け、 秘書は絶望を口にした。




「バスを横転させた怪物が二階のシャッターを破壊したそうです」






 †






 さあ、 いざ時は来た。

 今こそ神鏡を取り戻し、 天へと掲げよう。

 真の神を知らない愚者達を我らが神の御下へ。

 風の神よ、 歩む死よ、 風に乗りて歩むものよ。

 生贄を皆、 黄衣の王へと捧げん……



 ちなみに飢えた熊など相手は火は逆におびき寄せかねないそうなので、 気を付けてください。

 この知識が役立つか分かりませんが。

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