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幻想怪異録(旧版)  作者: 聖なる写真
4.出口のない迷路
19/43

4:Aftermath

3/26 文章を一部訂正。


 “彼”がそこに足を踏み入れたのは偶然だった。

 いつものゴミ箱からいつものように食糧を得たいつもの帰り道。 その日に限って、 警察による検問が立ちふさがっていた。

 警察……いや、 人間に今の自分の姿を見られるのはまずい。 自分もかつては同じ人間だったから、 人間の思考は充分に理解している。

 今の自分のような化け物じみた姿を見た人間は間違いなく、 排除しようとするだろう。 もしも、 自分達が群れで生活していると知ったのならば、 群れの排除もためらうことはないだろう。

 ……もしかしたら、 共生を唱える者もいるだろうが、 そのようなことが不可能だということは自分自身が一番理解していた。

 地下の下水道を通っていけば、 検問を潜り抜けるのは簡単かもしれない。 しかし、 今夜のような美しい月夜はなかなか見られるものではない。

 仕方がないので、 いつもとは違う回り道をして帰ることにした。 少し先に行けば、 以前使っていた洞窟から下水道へと行けたはず。 たまにはこんな夜があってもいいだろう。

 二十分以上遠回りをして月夜を楽しみながら歩いていると、 寂れたゴミ捨て場が目に入った。

 普段ならば“彼ら”でさえ手に取ろうともしない、 腐りきった生ゴミなどが捨てられているゴミ捨て場だ。 当然ながら、 いつもは人目を引くようなものは捨てられていない。 普段ならば。


 “彼”の目に映ったのは、 若い女性の遺体だった。 二十代半ばくらいだろうか。 事故や自殺ではないことは、 一糸纏わない状態で寂れたゴミ捨て場に放置されていることからたやすく予想できる。

 何者かに襲われて、 殺されてしまったのだろう。 可哀想ではあるが、 自分ではどうすることもできない。 今の自分は死肉を食い漁る怪物なのだから。

 せめてもの慰めになればと、 目をつぶり、 頭を下げ、 片手で黙祷を行う。 少しして、 目を開ければ、 女性の影に隠れて見えなかった赤子が目に入った。 どうやら、 酷く衰弱しているがまだ生きているようだ。

 死した女性の子供であろうか。 そう考えて、 よく観察してみれば、 女性の股から出たへその緒が今なお繋がっていた。 女性も赤子も碌な手当がされていないことは医学に精通していない“彼”でも理解できた。

 へその緒を鋭い爪で切り落とし、 赤子を大事に抱きかかえて、 “彼”が仲間達が待つ下水道へと足を向けた。 この赤子を“彼ら”の神にして納骨堂の神、 『モルディギアン』への捧げものとするために。


 この時、 何故、 母親の方を持って帰らなかったのか。 “彼”は最期まで納得のいく答えを見つけることはできなかった。 しかし、 生きていた赤子の方を持って帰ったのは“運命”であったと“彼”が理解するのはあと少し。

 それから数日後、 “清山県のスラム街”を中心にホームレスが行方不明になる事件が発生することになる。






 †






 木戸山霊園。 赤霧市と桐宮市の境に存在する大きめの霊園。 お盆の時期には赤霧市と桐宮市を中心に大勢の参拝客が訪れる場所である。 しかし、 今の季節は秋。 更にこの時間帯は夕方を過ぎ、 夜の闇が周囲を覆いつくそうとしている。

 普段ならば訪れる人などいない時間帯ではあるが、 今夜に限っては訪問者が三人いた。 一人はフリージャーナリストの蕨 桜子。 一人は三塚大学の文学部学生、 穂村 暁大。 そして最後の一人は、 清山県警の刑事、 間宮 智樹である。


「こんなところに手掛かりがあるのか? お前の言う“獣人”なんかより幽霊の方が出てきそうな雰囲気なんだが……」


 そう呟きながら、 間宮は周囲を見渡す。 霊園の外れにある森林は空が夕闇に染まりつつあることもあって、 暗く、 持参した懐中電灯があっても周囲に何があるのか確認しずらい。


「そういえば、 この近くに死体遺棄事件があったんじゃないでしょうか?」


 同じように懐中電灯で周囲を照らしながら、 穂村が怯えたように呟く。 暗い森で件の“獣人”に襲われようものならば、 非常に危険なので気持ちは分からなくはないのだが。


「ああ、 悪いが担当じゃないから詳しくは分からないが……確かまだ事件は解決してなかったよな?」

「若い女性が殺されて、 全裸でゴミ捨て場に放置だぞ? おまけに暴行された形跡まであったんだろ? 警察の怠慢ってやつじゃないのか?」

「言っちゃあなんだが、 身元につながるようなものはまったく見つからなかったんだ。 被害者が何者かさえ分からない状態で捜査が進むと思うなよ?」


 桜子の軽口めいた嫌味にため息をつきながら言い訳する間宮。 「それに」と言葉を続ける。


「こんな薄暗い……ってもう夜だから暗いって言ってもいい場所に手掛かりなんてあるのか? お前の言う“獣人”が犯人だとしても、 この近くに人が通れるような下水道の入り口があるとは思えないが……」

「下水道はないよ、 “下水道”はな」


 自信たっぷりのジャーナリストの言葉に、 「どういうことだ?」と刑事が聞き返す。 大学生の青年も興味深そうに次の言葉を待つ。


「まだ清山県に下水道ができる前、 “獣人”達はどこに住んでいたと思う?」

「なるほど、 洞窟か」

「そ、 ここの管理人に話を聞いたら、 この森には天然の洞窟があって第二次世界大戦時には防空壕として利用されていたらしい。 そこなら何か情報がありそうだろ?」


 自信満々でそう語る桜子。 間宮はその言葉を信用するべきか考える。 その様子を見て、 いつものニヤニヤ笑いを崩さない桜子。 しかし、 不安そうな表情の大学生がポツリとこぼす。


「それって、 もうすでに防空壕として整理されて、 手掛かりが残っていないんじゃあ……」


 その言葉に示し合わせたように動きを止める大人二人。 返事のない大人達に合わせるように穂村も動きを止める。 その状態のまま十数秒が経過した後、 刑事が真っ先に再起動する。


「まあ、 もしかしたら、 終戦後にその“獣人”が使ったかもしれないだろ? それにここまで来てその洞窟を見に行かないというのもどうかと思うしな」


 そう言い終わると、 「で、 その洞窟ってのはどこだ?」と桜子に尋ねる間宮。 その言葉に桜子は一瞬虚を疲れた表情になるが、 いつものニヤニヤ笑いに戻り、 「こっちだ」と嬉しそうな声で案内した。


 時折、 木の根に躓いたりしながらも暗い森の中を歩くこと数分。 霊園から更に離れたところに、 切り立った崖とその洞窟は合った。

 入り口から見た限り、 人が十数人は入れそうなほど広く、 奥行きもそれなりにありそうだった。 実際に入ってみたところ、 防空壕として利用されていた名残からか、 懐中電灯の光だけでは奥まで照らせないほど、 広くなっていた。

 奥の方からわずかながら流れてくる風は、 本来ならば行き止まりであるはずの洞窟がどこかにつながっていることを示していた。


「何だこの臭い……」

「おぅえっ……」


 しかし、 それ以上に気になったのが風に乗って流れてくる悪臭である。 いくつもの臭いを混ぜ合わせたような臭いは鼻どころか口で呼吸するのもためらわれるような強烈すぎるものだった。


「一体奥に何があるんだよ……言い出したのはワタシだが、 正直もう帰りたい」

「昔、 一度だけ腐敗した遺体の臭いを嗅いだことはあるが……あれ以上の臭いがするな」


 吐き気をこらえるので精いっぱいの穂村と鼻を押さえながらもなんとか喋る桜子と間宮。 正直に言うと三人ともこの洞窟の奥へと入っていくのは遠慮したかった。 このまま「何もありませんでした」と回れ右してこの場を立ち去るのが正解に思えてきた。 他の二人も同じような感想を抱いているという確信が桜子と穂村にはあった。


「……よし、 行くぞ」

「何言ってんだお前!?」

「え、 ちょっと待ってください」


 だからこそ、 間宮がハンカチを口と鼻に当てて、 奥へと行こうとしたのを見て、 二人は反射的に止めようとした。 そんな二人を呆れたような目で見つめる間宮。


「こんな悪臭がするってことはこの洞窟の奥には何かあるってことだろ? それにこの風。 大戦中は防空壕として使われていたのなら他に出入り口なんてないはずだ。 つまり、 何者かがこの洞窟を拡張したんだよ。 拡張した奴がどんな奴でどんな目的だったのかまでは分からないがな」


 そう言うと、 間宮は未だに入り口で躊躇っている二人を置いて、 洞窟の奥へと歩いて行った。

 残された二人は、 迷ったように顔を見合わせる。 やがて、 穂村が決意したように頷くと、 間宮と同じようにハンカチを口と鼻に当てて駆け足で洞窟の奥へと歩を進めていった。

 最後の一人、 蕨 桜子は少しの間、 唖然としていたが、 やがて、 「ああ、 もう!」とやけくそ気味に髪を掻きまわすと、 鞄からカメラを取り出して二人の後を追って走り出した。




「おい、 見てみろ」


 暗闇と悪臭の中を歩くこと数分。 先頭を歩いていた間宮が足を止めると同時に、 持っていた懐中電灯で正面を照らす。

 そこにはゴツゴツとした岩壁ではなく、 さらに深い闇があるわけでもなかった。懐中電灯が照らし出した先にあったのはコンクリートの壁と、 その壁に開いた穴だった。 人が二、 三人は同時に通れそうなその穴の先には下水道と思しき場所につながっていた。


「“下水道の獣人”……だったか。 ここは奴らの出入り口の一つらしい」

「いや、 どっちかと言うと“ゴミ捨て場”だな」


 さくらこがそう呟きながら、 懐中電灯で間宮の足元を照らす。 それにつられて、 間宮も懐中電灯と視線を自身の足元へと向けた。

 ―――そこに積み重なっていたのは“死”の山だった。

 幾多もの白骨死体が無造作に捨てられていたのだ。 そして、 その場にいた三人は何故、 この洞窟が悪臭に満ちているのかを理解した。白骨死体にはいくつか肉がこびりついていた。 長い間放置されていたことで腐ったのだろう。 それが放つ腐臭と下水の臭いが混ざり合い、 強烈な悪臭となって洞窟内を漂っていたのだ。


「……くそっ」


 悪臭がもたらす吐き気も忘れて、 間宮は悪態をついた。 腐敗臭を放つ死体など、 ここ数カ月のものに違いない。 しかし、 これほど大量の行方不明者が出た話など聞いたこともない。

 ならば答えは一つ。 彼らは行方不明になっても問題のなかった者達、 ホームレスだ。 この洞窟より少し離れたところには“スラム街”もある。 獲物には事欠かなかっただろう。


「で、 どうする。 お友達に連絡するか?」


 吐き気を懸命にこらえながら桜子が尋ねる。 その言葉に間宮は「そうしよう」と即答しかけて、 ふと考える。

 この件を他の警察官に伝えたところで、 それを“下水道の獣人”に繋げる刑事はいないだろう。 あの怪事件に遭遇していない頃の自分ならば間違いなく信じない。 洞窟の先にある下水道についても、 移動に利用しただけで、 犯人は基本地上で暮らしていると考えるだろう。

 それに下手に大人数で動けば、 “獣人”達に気付かれる恐れもある。 伊澤も派手に周囲を調べまわったせいでばれたのだろう。 それならばいっそのこと、 事情が分かっているメンバーで奇襲をかけた方がいい。


「いや、 明日、 あの二人と合流した後、 準備を整えて一気に行こう」

「分かった。 詳しいことは外で決めようぜ。 坊ちゃんがそろそろ限界だ」


 間宮の提案に桜子がそう返した。 ここに入ってから一言も喋っていない穂村は完全に顔を青くして、 胃の中のモノをぶちまける直前まで行っていた。 というよす、 すでに逆流しているのだろう。 頬がパンパンに膨れ上がっていた。

 慌てて外へと出ていく三人。 具体的な集合の日付は明日の昼過ぎ、 午後三時ごろに決まり、 その日は解散となった。






 †






「ねえ、 円そっちはなにかあった?」

「ううん、 こっちにはないけど彩香の方は?」

「こっちもないなぁ」


 場所は繁華街。 時刻は夕方頃。 穂村達三人が木戸山霊園へと移動している頃。 円と彩香の二人は実里が月岡達に襲われたという場所の近くにある路地裏にいた。 ここは黒ずくめの男が連れてこられた場所であり、 月岡一行が最後に目撃された場所である。

 もしも、 黒ずくめの男が伊澤刑事を殺した怪物達と関係があるのならば、 この路地裏にも何らかの痕跡が残されているのではないかと考えた二人は、 この路地裏を調べに来た。 路地裏自体薄暗く、 狭いうえに、 周囲の店が荷物やらゴミ箱やらを置いているので円は探すどころか、 動くのにも苦労していた。

 少しずつではあるが、 大通りを歩く人が増えてきていた。 そのうち何名かは路地裏で何かしているこちらをチラチラと見ていたが、 すぐに興味をなくしたのか、 それとも他に急ぐ用事でもあるのか、 足早に去っていく。

 周囲からの注目をあまり集めていないことに感謝しながらも、 振り向いたその時、 近くにあった段ボール箱の塔を崩してしまう。


「うおっ!?」

「あっごめん」


 運悪く、 近くにいた彩香の頭に崩れたダンボール箱が直撃する。 幸いなことに空箱だったため、 以前のようなダメージはないが、 複数の空箱に埋もれてしまう。

 「ごめんごめん」と何度も謝りながら、 空箱を除けていく円。 「まったくもう気を付けてよ」と口では言うものの特に怒っている様子もない彩香。


「……ん?」


 何とかこの雪崩から抜け出した彩香が見たのは、 段ボール箱で隠されていた壁。 その子一部がわずかながら赤くなっていたのを彩香は見逃さなかった。

 よく見れば赤い液体をぶちまけたと思しきそれは、 見落とさないように慎重に跡をたどっていけば、 今度はゴミ箱の下へとたどり着いた。 よく見ればマンホールが下にある。


「円、 これ退けて」

「ん、 了解」


 そう言って、 円が軽々と中身の詰まったゴミ箱を元々あった位置からずらす。 そこにあったのは人が入れるくらいの大きさのマンホールだった。 更に注意深く観察すれば、 紅い液体がマンホールのふちのところで途切れていた。


「この赤い液体……多分、 血だと思うんだけど、 これがぶちまけられた時はマンホールは開いていた」

「間宮さんの友人を殺した犯人達はマンホールを使って下水道を移動していた」


 パズルのピースが当てはまっていく。 繋がるはずのない糸が繋がっていく。


「とりあえず、 マンホールのフタは開けられないし、 間宮さんと連絡を取ろう」

「下手したら、 下水道探索かーいやだなー」


 そんなことを話し合いながら、 路地裏から出ていく二人。 後にマンホールから行った方がまだましなルートを行くことになるのは、 今はまだこの二人には分からなかった。




 この時、 もう少し周囲を観察していたら何か変わっていたかもしれない。

 しかし、 時計の針を戻すことは誰も出来ることではなく、 出来たとしても許されることではない。


 二人は気が付かなかった。

 路地裏の更に向こう、 大通りから更に離れたところから黒ずくめの男が二人を見ていたことに。


 男は小さく舌打ちすると、 侵食していく夜の闇に溶けるように姿を消していった。



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