ⅩⅨ
それから、雪が降り続いた。
真っ白な雪はディディエと同じ。俺はその新雪を踏むことをためらうような気持ちでディディエに触れた。肌を重ねて冬の寒さを忘れるくらい一緒に過ごした。
そうして、雪解けの時が来て、花は見事に咲き誇る。
「ディディエ」
白い燕尾服の胸に赤い薔薇を挿し、俺は中庭でディディエを呼んだ。
雪と見紛うばかりに白い純白のウエディングドレスを身にまとったディディエ。被ったベールの下、薄化粧を施された顔が薄っすらと色づいている。ほんのりと照れた様子はいつまでも清らかで初々しかった。大小取り混ぜた白花のブーケは、愛娘の晴れの舞台にウスターシュが病身をおして用意した。
結婚が決まってから、ウスターシュが温室で想いを込めて栽培した花々だ。
俺たちの結婚式は自宅の中庭で慎ましく行った。招待客も控えめにしたけど、スティードは小さな娘を抱いた細君と一緒に参列してくれた。どちらにも似て見える娘は、俺にも人懐っこく笑っていている。
花嫁のディディエは皆に囲まれて賛辞を受けていて、その隙にスティードは俺に挨拶しに来てくれた。
「おめでとう、レナルド」
スティードは、本当に心からその言葉をくれた。俺はその地味な顔に苦笑する。
「なあ、スティード。あの時、どうして俺のためにそこまでしてくれたんだ?」
正直に言って、俺だったらやらない。他人のために頭なんか下げなかった。馬鹿なヤツだって笑って済ませたはずだ。そんな俺のために、スティードはどうして――。
そうしたら、スティードは春風を受けながら落ち着いた笑顔を見せた。
「まあ、ディディエがどういう想いでお前に仕えていたのかも見ていればすぐにわかったからな。あれは健気な彼女のためでもある」
……スティードはそういうことには疎いと思っていたのに、鈍かったのは俺の方だった。
それから、とつぶやいてスティードはまっすぐに俺と目を合わせた。付き合いは長いのに、こんな風に向き合ったことが今までにあっただろうか?
「お前は同性にはまったく心を開かない。付き合いの長い僕にだって相談なんてして来たことは一度もなかった。いつも体を求め合える女性で孤独を埋めている風に見えて、それが危うくて仕方なかった。――でも、お前が僕に打ち解けようとしないのは、僕自身の接し方が中途半端だったからとも言える。だから、お前の友人であろうと思ったら、迷惑がられるのを覚悟で心からぶつからないとと思ってな」
……地味で面白みに欠けるけど、こいつってなんだかんだでいい男なんだ。細君が惚れ込むのも今ならわかる。俺も生まれ変わったらスティードの細君になろうかとか思えるくらいに。
可笑しくて、くすぐったくて、俺はスティードの肩にもたれかかったままいつまでも笑っていた。
誓いの言葉も口付けも、全部が幻かと思いたくなるくらいに幸せだった。俺と同じ気持ちでいてくれるだろうディディエの笑顔が、それに現実味を与えてくれる。
そうして、ディディエはすぐに俺の子を身ごもった。産まれたのは男の子。跡取りだと喜ばれた。それから立て続けに女の子を二人。
スティードは逆で女の子の次に男の子二人。お前のところになら嫁にやるとお互いに言い合ったけれど、そこは本人たち次第だな。
たくさんの困難はあったけれど、思い起こせばそれを苦労とは思わない。
俺はディディエと結婚してからウスターシュと一緒に青い薔薇の育種を手がけ始めた。最初は嫌がったウスターシュだったけれど、夢を後世に繋げることになると納得してくれた。それくらい、青い薔薇を咲かせることは悲願なんだ。
それは、俺たちの見果てぬ夢。
町屋敷も田舎屋敷も薔薇だらけ。
伯爵位を継いでからも薔薇にかまけている俺を、人々は『青薔薇伯爵』と渾名した。愛妻家の青薔薇伯爵は、愛しい妻と可愛い子供たち、大切な薔薇の数々に囲まれて、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
――FIN