怒りと策略
「なん……だ、これは……」
黒葛原晴信は、眼前に表示しているホログラム画面に映っている光景がとても信じられなかった。
その映像は、下層最下層のボスリンドヴルム。龍種と間違われやすいがこれは竜種。だがその強さは下層最下層のボスを務めるだけあって、かなりのものだ。
特級に区分される怪物で、深層へ続く道を守護する番人。ほとんどの探索者はこの竜に行く手を阻まれ、その先に進むことができないでいる。
自分のクラン黒夜のメンバーであれば、百人の精鋭を連れていき三割ほどの犠牲を覚悟すれば倒すことはできる。毎回それだけの損害を出すのは経営的にも痛手が過ぎるので、滅多に下層の最深部まで進むことはないが。
しかしそれでも、そこまで進める探索者はそれだけでも一流と呼ばれるほどだし、そんな探索者を多数抱えている黒夜も強さだけで言えば一流クランだ。
そんな自信があったのだが、姫乃の配信を見たことでそれも崩れ去ってしまいそうなほどの衝撃を受けた。
何しろ、ほぼ深層と変わりない強さを持つリンドヴルムを、無傷どころかワンパンで消滅させてしまったのだ。
眩い金色の光を放ち、それを高密度のエネルギーの斬撃として放出し、何もさせることなくワンパンした。こんなことができる人間など、それこそ特級以上の強さを持つ化け物探索者たちくらいだろう。
夢想の雷霆のトップ層たち、今代の雷神や機神であれば同じことはできるだろう。言い換えれば、それくらいの化け物でなければできないということ。
姫乃の今回の配信で、彼女はその国内どころか世界トップの化け物と肩を並べられるだけの強さがあると証明していた。
「なんなのだ、このバカげた魔導兵装は……!? 七式真装とか言っていたか……。あのふざけた魔剣を強化するのが主だと話していたが、それにしたって限度というものがあるだろう……!?」
七式魔剣を強化する。文字で書く分には可愛らしいが、実際にその強化度合いを見ると一切可愛くなどない。
そもそも七式真装単体でもふざけた切れ味や破壊力を有しているというのに、それはあくまでおまけ程度のもの。真価は七式魔剣の強化。
ただでさえぶっ飛んだ機動力や速さを得られるブロンテに、とてつもない火力と範囲攻撃が可能なフレゲトン。あまり使わないが、ボスすらも凍り付かせてしまうクリュオス。
強化される前の段階で既に頭のおかしい火力をしているというのに、それをさらに強化。どうせ大したことはないだろうと高をくくっていたら、とんでもないものをお見せされた。
「作った武器に神話や伝説の武器の名前などを付けている、厨二病こじらせた小娘のくせに……!」
ぎりぃ……! と強く歯ぎしりする。
息子の晴章は、今回の一件は流石にギルドの方も看過できないからと身柄を拘束され、ライセンスを完全に剥奪されてしまっている。
それに伴ってライセンスの再取得も完全に不可能となってしまい、今後彼は二度とダンジョンに潜ることが叶わなくなってしまった。
なんなら、今まで息子の被害に遭ってきた他の探索者たちが次々と告訴しており、連日それに関する連絡が届いている。
上場した自分のクランの株も大暴落に大暴落を続けており、ついていたスポンサーも一斉に提携を解除。
一体どこで何を間違えたのだと頭を抱え、がしがしと乱雑に頭をかきむしる。
ここまで酷くはなかった。まだ十分に修正範囲内だったはずだ。このクランをここまで大きくすることに協力してくれた協力者も、そういってくれていた。
なのにこうなってしまった。全ては、姫乃という規格外が盤外から急に割り込んできたからだ。
「おやおや、随分と荒れておりますね」
机の上に並べてあるものを力任せに薙ぎ払って床にぶちまけ、後ろの壁を思い切り殴りつけて穴をあけ、机も蹴り飛ばして破壊したところで何者かが部屋の中に入ってくる。
頭から真っ黒な布で覆い、顔も姿の形も何もかもが分からない、黒夜の協力者。声も男とも女とも取れる不気味なもので、最初は心底気味悪がったものだ。
「おい、あの小娘を排除するにはどうすればいい」
「例の、魔導兵装を作っているあのお嬢さんですか? そうですねぇ……まず、まともな手段であなたたちが戦った場合、勝率は彼女のほうが十割でしょうね。魔導兵装がおかしいのはもちろん、大量の兵器を自在に使いこなす彼女の技量も中々に狂っている。それでいて普通に本体も強いと来たものです」
「御託は言い。どうすれば、あの邪魔者を消すことができる」
晴信はとにかく、姫乃の排除を優先したい。晴信は、この日本の中だけでなく世界の探索者の中で、トップに立たなければいけないのだ。
強い使命感に突き動かされ、どんな悪い手を使ってでも這い上がってきた。どれだけ嫌われようが、ここまでのし上がってきた。
その結果が三大クランには劣るものの、大規模なクランまで成長することができた。資金もコネも潤沢で、一部の利権と金に目がくらんだアホな政治家とも繋がっている。
負けるはずがない状況から一転して、姫乃という盤外化け物に土台からひっくり返されてしまった。元に戻すには、暴れるたびに自分たちの株を下げてくるあの怪物を、どうにかしないといけないのだ。
「ふむ……考えはないでもないですが、確実とは言えない代物ですね。ですが、やらないで諦めるよりやって失敗して次に活かしたほうがいいかもしれませんね」
「要はあの小娘を仕留めることはできないというわけか」
「確実ではない、と言ったでしょう。こちらが用意できる、彼女に対する特攻は一つだけ。百パーセントという絶対はあり得ませんが、この一回で彼女の弱点を探ることはできるかもしれない」
「その言葉は信用していいのか」
「えぇ。それに、彼女はヒントを一つ少し前の配信で出しているのですよ。あれそのものが彼女に対する特攻。あとは、何が彼女の動きを完全に止め、確実に仕留められるのかを探るだけ」
くつくつと楽しそうに笑いながら言う黒ずくめなナニカ。何がおかしいのだと晴信はナニカを睨みつけるが、彼はあまりにも穴だらけなこの話のおかしさに気付けない。
いや、正確には何か変だとほんの一瞬だけ感じないこともないが、そういう時に限って強い頭痛がして、直前に何を考えていたのかをさっぱり忘れてしまう。
頭痛がする程度で忘れてしまうことは、きっと大したことはないのだろうと気にも留めていないが。
「あとは我々にお任せください。あぁ、そうそう。彼女に探りを入れる段階で町に何かしらの被害が出るかもしれませんけど、それはいいですか?」
「……可能な限り、被害を抑えてくれ。お前たちと協力関係が万が一、いや、億が一でもバレたりでもしたら、その瞬間からこのクランは終わりだからな」
「えぇ、わかりました。では可能な限り、被害が出ないようにさせていただきます」
ナニカは恭しく頭を下げると、音も立てずにすっと晴信の執務室から退室する。
「……ふん、相変わらず気味の悪いやつだ」
豪奢な椅子にどかりと座り込み、天井を仰ぐ。
姫乃がいくら狂った火力の魔導兵装を大量に抱えていようが、しょせんは人間。人間である以上、必ず弱点は存在する。
家族や友人、あとは場所なども、人間には弱点となりうる。あのナニカはその弱点を見つけてくるのが非常に上手い。だからここまで強引な手法で大きくなっても、自分を含めたクランの幹部連中は捕まらずに済んでいる。
「あぁ、そういえば、晴章を釈放させる方法も聞いておくべきだったな」
ズキズキと痛む頭に手を当てながら、掠れたような声でつぶやく。
どうせ金さえ大量に詰めば、ギルドの方もライセンス再取得の禁止を撤回してくれるだろうし、何なら剥奪もなかったことにしてくれるだろう。
とりあえず今は、色々と疲れたし頭も痛いので少し休もうと、めちゃくちゃに荒れている部屋の中残っている豪奢な椅子に深く腰を掛けたまま、瞼を閉じて仮眠をとることにした。




