シーン:連邦コロニー宇宙港、夜
警報は、最初から鳴っていたわけではない。
最初に聞こえたのは、整備員の靴音だった。
次に、管制塔の通信。
その次に、重いハッチが開く音。
そして、遅れて銃声が来た。
第8水陸両用機動大隊は、宇宙港の補給区画から侵入していた。
水陸両用MSを主力とする部隊には似つかわしくない、乾いた金属の通路。
だが、彼らは迷わない。
マティアス
「第1班、管制室を押さえろ。第2班、機関区へ。第3班は格納庫の隔壁を閉じろ」
通信兵
「了解」
リゼットは後方で、宇宙港の内部図を見つめている。
表示されている艦は、連邦の大型宇宙艦。
大気圏内飛行、強襲揚陸、長距離航行。
本来ならば、空と宇宙を行き来するための艦。
リゼット
「これが海に潜る日が来るなんて、設計者も思わなかったでしょうね」
マティアス
「海へ連れて行くのは、我々の仕事だ」
リゼット
「改造できると思う?」
マティアス
「ジオンの技術屋は、できない理由より先に、できる方法を探す」
リゼット
「つまり、魔改造ね」
マティアス
「言い方は悪いが、否定はしない」
警報が本格的に鳴り始める。
赤いランプが通路を染める。
連邦警備兵
「ジオンだ! 艦を守れ!」
銃声。
火花。
狭い通路での短い戦闘。
マティアスは敵を倒すことよりも、艦の損傷を最小限に抑えることを優先していた。
マティアス
「機関部を撃つな。配線を切るな。奪う船を壊してどうする」
若い兵
「しかし大佐、抵抗が」
マティアス
「なら、抵抗だけを止めろ」
別区画。
リゼットは管制室の制圧完了を確認する。
通信兵
「管制塔、制圧。発進シーケンス、手動へ移行可能」
リゼット
「艦名は?」
通信兵
「連邦登録名は、まだ照合中です」
リゼット
「不要よ」
通信兵
「え?」
リゼット
「今からこの艦は、連邦のものではなくなる」
画面が切り替わる。
宇宙港の巨大な艦体固定アームが外れていく。
軋む音。
白い艦体が、わずかに浮く。
マティアス
「リゼット、発進できるか」
リゼット
「できる。飛ばせるかは別問題だけど」
マティアス
「海へ沈める前に、まず空へ出さなければならん」
リゼット
「皮肉ね。深海母艦にする船が、最初に逃げる場所は空だなんて」
マティアス
「だからこそ、価値がある」
艦は宇宙港から離れる。
推進炎が人工の夜を白く照らす。
リゼット
「艦名をつけましょう」
マティアス
「もう決めている顔だな」
リゼット
「UR-651 Sargasso」
マティアス
「サルガッソか」
リゼット
「漂流し、呑み込み、逃がさない海」
マティアス
「そして現場の整備兵は、ランチボックスと呼ぶ」
リゼット
「もう?」
通信回線の向こうで、誰かが叫ぶ。
整備兵の声
「見ろよあの箱! でかい弁当箱みたいだ!」
一瞬、艦橋に沈黙が落ちる。
リゼットは目を閉じ、少しだけ肩を落とした。
リゼット
「……撤回はしないわ」
マティアス
「いい名だ。正式名と愛称、両方ある船は長生きする」
リゼット
「長生きしてもらわないと困るわ」
マティアス
「ああ。これから深いところへ行く」
艦はコロニーの人工空を離れ、暗い宙へ滑り出す。
その艦が後に水圧に耐える外殻を与えられ、ハイドロジェットを増設され、HLVブースターの再利用ユニットを背負い、深海へ潜ることになる。
だが、この時点ではまだ誰も知らない。
この箱が、やがて命と真実を載せて沈むことを。




