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第47発明 平和と暴力に花束を

白い光に満たされた研究所の一室。

無機質な機材の並ぶその空間の中で、

彼女だけが少しだけ時間の流れから外れているように見えた。


白衣の袖口からのぞく細い指で、小さな写真立てをそっと支えている。

大きな眼鏡の奥、静かに細められた瞳は、その一枚に深く沈み込んでいた。


腰まで届く長い金髪は高く結われ、ポニーテールとなって背に流れている。

整えられたその髪も、今はわずかに揺れるだけで、彼女自身はほとんど動かない。

写真の中に触れようとするかのように、親指がガラスの上をゆっくりとなぞる。

無意識の仕草だった。

ほんのわずかに、口元が緩む。


それは喜びだけではなく、

どこか遠くへ置いてきたものを思い出したときの、

柔らかな痛みを含んだ微笑みだった。

周囲では機械が規則正しく音を刻み続けている。

けれど彼女の耳には届いていない。


今この瞬間、彼女の世界は、手の中の一枚の中にだけ存在していた。

みんなで撮った写真を見てほほ笑む。

 

 

挿絵(By みてみん) 

 

 

写真たてを元の位置に戻そうと、彼女が軽く腕を伸ばした、そのときだった。

 

「た、大変だーー!博士ーー!!博士ーー!!」


研究所の扉がばたんと乱暴に開き、近所の親方が少し早口で入ってくる。

いつもトラブルを持って来る、見慣れた顔だ。


机に伝わった振動か、それとも開け放たれた扉の風か――理由はわからない。


「……あっ」


声にならない声が漏れる。

  

その拍子に、写真たての底が机の端にきちんと乗り切らず、グラっと傾いた。

――ことん。

大きな音も立てず、写真たては横倒しになり、机の上で静止した。

中の写真が少し斜めになっただけで、ガラスは無事だ。

彼女は一瞬動きを止め、それからふっと息を抜く。

 

「なんだ、そんなところにいたのか......カルテ博士」

 

軽い調子でそう呼ばれて、カルテは一瞬ぴたりと動きを止めた。

思わず苦笑がこぼれる。


(……博士、ね。)

 

呼ばれるたびに、胸の奥がくすぐったくなる。

慣れていなくて照れくさい。

ふと、視線が横に流れる。


机の上――倒れた写真立て。


そこに写っているのは、もっと堂々とした笑顔の人物。

ほんの少しだけ、口元が緩む。

懐かしさが混じった、柔らかい笑い。


けれど次の瞬間には、ぱっと顔を上げる。

さっきまでの戸惑いを、軽く振り払うように。

 

「で? 何が大変なんですか?」


「――そうだった。今度はチョコ派とクッキー派で喧嘩が!」


親方の言葉は、息継ぎも忘れたみたいに喋りたてる。


カルテは一瞬きょとんとして、それからすぐに、はぁ……と小さくため息をつく。


「……またですか」


呆れたように肩を落とす。

さっきまでの懐かしさも、少しだけ残っていた余韻も、

現実に引き戻されるみたいにすっと引いていく。


「ほんと、懲りないなぁ……あの人たち」


ぼやきながら、机の上へと手を伸ばす。


倒れたままの写真立てを、今度はしっかりと支えて起こした。

さっきよりも少しだけ手際がいい。迷いもない。


ガラスの向こうで、あの頃の“博士”が変わらず笑っている。


くすっと、小さく笑う。


そして、今度こそ丁寧に元の位置へと戻した。

机の上に、静かに、まっすぐに。


ぱん、と軽く両手を叩くと、カルテはくるりと振り返る。


「行きましょ。放っておくと、また面倒なことになりますから」

 

親方が「お、おう!」と慌てて後を追うころには、カルテはもう扉の方へ歩き出していた。


次の瞬間――


ばたんっ!


今度はカルテが勢いよく扉を開ける番だった。


研究室の静けさが一気に遠ざかり、外のざわめきが流れ込んでくる。


扉を押し開け、町へと続く道を軽やかに走る。

少し乱れた金髪も気にせず、表情はもう切り替わっている。


呆れつつも、どこか慣れた足取りで。

町のいつもの騒ぎを止めに、“博士”はまた今日も駆け出していった。


 

研究所を飛び出し、白衣のまま町へと続く道を駆ける。

靴音が石畳を軽く叩き、息が少しだけ弾む。

金髪が後ろへなびき、白衣の裾がばさばさと音を立てた。

 

広場が近づくにつれて、ざわざわした空気が肌に伝わってくる。 


「うへぇ……もう始まってるな、これ」

 

遠くからでも、声が聞こえた。

重なり合う怒鳴り声、乱暴な言葉遣い。

周囲でそれを止めようとしているのか、ただ見物しているのか分からない人だかり。

噴水の水音さえ、どこか押し流されている。


広場の端に差し掛かると、視界の先にその光景がはっきり見えてきた。

互いに身を乗り出し、指を突きつけ合う二人。

その周りで「やめなよ」「いけいけ」と声をかける町の人たち。

完全に、いつもの構図だ。

 

カルテは走る速度をわずかに落とし、人混みの隙間を縫うように進む。

息を整えながら口元をゆるめる。

 

「ハァ、ハァ......発明は世界を救う」

 

喧噪の中心にたどり着く。

 

そして、くいっと白衣の袖に指をかける。

ためらいのない動きで、ぐっと腕をまくり上げた。

 

細い腕。

けれど、無駄のないしなやかな筋肉がわずかに覗く。

 

「だけど筋肉は......」

 

周囲のざわめきが、ほんの少しだけ静まる。


その中で、彼女は顔を上げた。


そして――


にこっと、さわやかに笑った。


「――もっと手っ取り早く救うってね」

 


挿絵(By みてみん)



 これにて私の初めて書く小説の最終回となります。

 ここまで拙作を読んでいただきありがとうございました。

 思い起こせば、最初書き始めた時は第1話と第41話の国民総ムキムキ計画のみの計画でよくここまでこれたなとww

 全く回収されていない伏線も多々あったり、出し切れなかったシーンもあったり、途中から『小説の書き方』という本を読んだりして文章力が上がったりもしたのでどこかで全て書き直してみたいという思いもあります。

 最後に、重ねてになりますがここまでお付き合いいただいてありがとございました。




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