「なごり雪」
まだ雪の降る場所も多い中で、イルカの「なごり雪」からイメージした小説です。
付き合っていない二人なのもあり、駅のホームまでは行かないのでした。
「あのさ、ほんとごめんだけど、今日一日だけ泊めてくれない?」
その日の午前中に来た凛からの突然の電話と唐突なお願い。
こんなお願いを彼女からされるのも初めてだった。
「今日、引っ越し業者が来て荷物を運んでいく立ち合いをしたんだけど、布団も何もなくて。その前に今日でマンションの契約は終了なんだけど。一人暮らしの友達は全員引っ越すか、実家に帰っていて、家族のいる友達の家に泊まるのもなんだか気が引けて。ビジネスホテルは最近高いじゃん。それで、最後の砦ってわけ」
同じサークルの男友達とは言え、泊まることに抵抗はないのだろうか。
その前に僕は一年半前にあんなことをしている。
しかし凛の気持ちが分からないでもなかった。
大学も卒業し、僕たちは東京に残る者と東京を離れる者に分かれた。
先週一人、「部屋の荷物を業者が持って行ったから」と僕の部屋に友人が泊まりに来た。
しかし、女友達だ。しかも凛だ。
僕は一年半前の大学三年の秋に、凛に告白していた。
二人で飲んだ後の勢いでの告白だったが、本心だ。
よく女の人は、「酔った時に言わないで」と言うが、気弱な男としては、酔った時にしか言えないことがある。
僕が「あのさ、俺ら付き合わない?」と軽めに言うと彼女は、「ごめん」と言った。「今付き合っている人がいるの」と言い、「カズのことは、本当は…好きだった」と言った。
最後の一言だけで、僕の心はなんとか救われた。
そんなタイミングもあり、僕はフラれたが、すぐに就活やインターンが始まり、僕らはサークルに参加することもなくなり、疎遠になった。
先日、サークルの「先輩追い出し送別会」で久し振りにあったが、それほど会話も交わさなかった。
そんな中での電話。かえって「何もないだろう」と彼女は考えたのかもしれない。
僕は、「今日泊めて」のお願いに「仕方ないな」と自然に答えたふりをした。
電話から約五時間後に彼女が来た。
住所を教えておいたからスマホを使って来てくれた。既に夕方だ。
「入って」と普通に言ったが、それまで大急ぎで片付けていた。
凜はあの時付き合っていた先輩とは別れたのだろう。まだ付き合っていたら彼と泊まるはずだ。
「カズの部屋ってこんなだったんだね」
「あんまり物色するなよ」
「前カレの部屋しか知らないからさ」
「そうなんだ」
どう話を繫いでいいか分からず無言でベッドに座る。
「今日って夕ご飯、何するの?」と凜。
「何も考えてなかった」
「鍋にしない?」
「楽だしね」
すると凜は冷蔵庫を勝手に開けた。
「何もないね」
「ほとんど外食だよ」
「じゃあさ、近くにスーパーあったじゃん。買い出しに行こうよ」
スーパーでは僕がカートを引き、彼女が鍋の具材を入れた。
「これ、夫婦みたいだな」と内心思った。
お酒も買った。つまみまで。
レジで払おうとすると凜が「ここは私が」と「宿泊代だから」と払ってくれた。
野菜や肉を適当にぶった切り、煮込んでいる間にビールで乾杯する。
凜は「これからのお互いの人生に」と言ってグラスを合わせた。
「人手不足だったのはラッキーだったね」と凜が就活を振り返った。
凜は地元青森の大手銀行に勤め、僕は東京に残り大手商社のグループ会社に勤める。凜は当面は実家から通うと話していた。
「手取りだと20万だしね」と凜は言うが、「地方にしてはいい方じゃないの?」と聞くと、「そうなの。地元の友達の手取りが16万とかで実家じゃないとやっていけないよね」と言った。
都会と地方の格差は大きい。
食べ終えると酒とつまみでネトフリを観た。夜中の二時まで話しながら。
今度は酔った凜が僕に言った。
「カズがもう少し早く告白してこないからだよ」
なんて言っていいから分からない。それなら凜こそ、早く告白すれば良かったんじゃないのか?
凜にフラれた後、僕はサークルの後輩に告白された。
可愛い子だったし、話も合ったから付き合った。
サークルでは噂になっていて凜の耳にも届いていただろう。
でも僕と後輩の彼女は、気持ちや行動のすれ違いもあり、半年で別れた。
凜については、交際中なのか別れたのか知ることはなかった。
僕らは酔っていたからか、会うのがおそらく最後だからか、これまでしなかった話をした。
よく同じカレー屋のキッチンカーで一緒になり、お昼ご飯を食べたこと。
二年になればよく下北沢の焼き鳥屋で、二人だけで飲んだこと。
サークルのスキー旅行で僕にスノボを教えたが、僕の覚えが悪すぎたこと。
凜と僕の誕生日が近くてプレゼント交換をしたこと。僕のプレゼントが各産地のご飯のお供詰め合わせだったことをまだ笑っていた。
そして結局、「大学二年の春休みには付き合って良かったんじゃない?」と凜は言った。
「ふった側だからそう言えるんだよ。フラれた側がどれほどショックか…」
「カズが遅いからだよ。善は急げって言うじゃん」
「そういうとこで使う言葉だっけ?凜が善ってこと??」
僕らはお酒を飲みながら深夜二時まで会話した。
凜の新幹線が明日の12時台ということで、僕の家を10時に出ることにし、寝ることに。
ベッドの下に客用の布団を敷いていると、「明日早いから、もう寝まーす」と僕のベッドで勝手に寝てしまった。
「相変わらず勝手な子だな(笑)」
電気を消して思った。もし彼女のベッドに潜り込んだら…。
でもこのタイミングはおかしい。僕は少し笑った。お酒を飲み過ぎた彼女は少し大きめの寝息を立てている。
僕も寝よう。
翌朝、支度を済ませると家を出る準備をした。
僕も駅まで送ることにした。
玄関のドアを開けると、わずかな雪。「なごり雪だ」僕が言うと、彼女は「何それ?」
「イルカの名曲だよ。母がよくカラオケで歌っていたから知ってた」
「イルカ?童謡?」
「今度調べてみ」
僕らは駅までほぼ無言で雪を中を歩いた。
駅の改札に着くと彼女は「またいつか会えたら」と笑顔もなく言った。
「青森か。今度遊びに行こうか」
「来て。案内する。自動車免許取ったし」
「事故らないでね。ねえ、東京駅まで送ろうか?」
「それはいいよ。東京駅のホームでお別れってヤバいシーンじゃん」
「ヤバい??」
「ここまででいい。カズと会えて大学生活、楽しかったよ」
僕は口元を緩めて照れた。
「また会おうね」
「うん。じゃあ」
彼女はホームへと向かった。
僕は少しだけその後ろ姿を見守って折り返した。
ゴールデンウィークに銀行員姿の彼女の写真が送られてきた。
大学生の頃より綺麗になっていた。
きっとお互い別々の人と別々の道を歩むのかななんて考えて、彼女の幸せを願った。
次回は、3月19日12時頃を予定しています。




