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第十四話 来訪者たちを受け入れよ。




 せっかくなのでテスト期間明けの昼食は伊坂実(いさかみ)家で二人揃って食べる事となった。

 ……の、だが。食事を終えるなり(はじめ)は気を失うかのようにその場で横になり始めたため、「でも、悪いって」と遠慮する彼を結華は無理矢理ベッドに寝かせた。

「頑張りすぎなんだって……まったく」

 昔から、彼には何かを一人でさせると限度を超えて取り組んでしまうきらいがある。……正直、見ている側からすると気が気でないのだが、この穏やかな寝顔を見ていると何も言えなくなるのだから不思議なものだ。

「ふわぁ。わたしも……少し……」

 ベッドにもたれかかり、瞳を閉じる結華。程なくして、その意識は肇と同じくブラックアウトした。



 しばらく軽く目を覚ましたりまた眠ったりを繰り返していると、結華の携帯端末が小さく震えた。

「ん……? 蛍ちゃん……?」

 文面を確認するとそれは本日の修行に関する内容で、端末の画面端の時間は既に十五時を過ぎていた。

「んー、でも……」

 ベッドの方に視線を戻すも、肇は寝息を立てたまま、深い眠りについている。学校で会った時には青かったその顔色も、今は回復しつつあるように見えた。

「んー……」

 結華はしばし思案する。……このタイミングで修行を止めてしまえば、彼女は自分の身を最低限守る事が出来なくなってしまうだろう。

 結華としてもそれは避けなくてはならない。……が、今は眼前のこの少年をすぐ(そば)で見守っていたい気持ちがあるのもまた事実だ。

「……よし、決めた」

 意を決してメッセージを送る結華。少し遅れて蛍から「!」だらけの文章が送られてくるのだが、結論から言うと結華の提案は受け入れられる事となる。

「ごめんね、肇くん。少しうるさくしちゃうかも」

 彼の頭を優しく撫でる。

 蝉の鳴き声が窓の外で木霊する、良い午後だった。



 ピンポンと聞き慣れた伊坂実家のチャイムが木霊する。

 結華がメッセージを返信してからまだ三〇分も経過していないが、すぐに準備を済ませてくれたのか、そのまま階下に降り玄関のドアを開けると、彼女――安瀬山蛍の人懐こい笑顔が結華の目に飛び込んだ。

 いかにも活発そうな雰囲気と褐色の肌に、ショートの黒髪。

 本当に急いで来たのだろう……セーラー服姿の彼女をよく見ると肌の露出している部分には玉の汗が浮かんでいて、その頬はやや上気していた。

「……蛍ちゃん、走って来たの?」

「うん! あんまり待たせると良くないと思って!」

 蛍は元気良く大きく頷く。……と、ここで結華はこの状況がおかしいことに気がつく。

「……アレ? そういえば月ちゃんは?」

 主に師として結界術を結華に教えているのは妹の月の方なのだが……肝心の彼女の姿が見当たらない。このまま蛍語を用いて稽古を行うという事態だけは避けたい結華である。

「あー……それが……あっ、聞こえてきた。おーい! 月ちゃんこっちこっち!」

 はて? と首を傾げつつ、蛍が声を掛けた方へと視線を移すと、結華はおぼつかない足取りでこちらに向かって歩いている一人の少女の姿を捉える。

 その少女は蛍に向かって何やら文句を言っているようで、こちらに一歩進む度にその声が大きくなり、その輪郭をはっきり確認出来るようになる頃には、その内容がこちらにも伝わった。

「だから……なんでお姉ちゃんと一緒……なの……って。……ゼェ……急に走るのも……ハァ……意味が分からな……フゥ……い、し」

 息も絶え絶えに、ようやく伊坂実家に到着した少女。

 蛍と同じく……いや、それ以上にその褐色肌は汗にまみれ、いつもは綺麗に整えられている黒のおさげ髪を乱した童顔の少女。

 安瀬山月。蛍の妹。

 いつもの理性的なキャラはどこへやら、本日は生命力オバケの姉に振り回され何一つ余裕の無い彼女。膝に手をつき、大きく深呼吸を繰り返しつつもその目は蛍の方を睨み、無言の圧をかけていた。

「いやー、だって、あんまりゆっくりしてると結華ちゃんに悪いかなーって」

「走っても……何分も……ハァ……変わらないから…………まったく」

 最後に小さくため息をつくと、月は額の汗を拭い結華の方に視線を合わせる。

「ごめんなさい、結華ちゃん。騒がしくしちゃって……」

「いや、わたしは全然……。とりあえず二人とも早く中に入った方が……」

 褐色姉妹は仲良く汗まみれ。自分が呼んでしまった手前、結華には今の二人と玄関で立ち話を続ける気にはなれなかった。

「ありがとう、結華ちゃん!」「甘えさせてもらいますね」

 二人とも我慢していたのだろう、結華が玄関のドアを大きく開けるとその脇を過ぎ仲良く敷居(しきい)(また)ぐ。

「お邪魔しまーす!」「お邪魔します」

 蝉の鳴き声は止むこと無く、オレンジの光が肌を灼く。その熱気が家の中に入って来てしまいそうで、結華はすぐさまドアを閉めると二人分の部屋履きを準備した。



 流石に汗まみれの友人達を居間に入れるわけにもいかず、結華は二人を自室へ入れることにした。ぐっすりと寝息を立てている肇には悪いが、しばらく我慢してもらう事になるだろう。

「お邪魔しまーす……。わっ、ほんとに依本くん寝てるんだね……静かにしてないと」

 部屋に入るなり、むごご、と自ら両手で口を塞ぐ蛍。妹の月はそのすぐ脇からちょん、と顔を出し、「結構ぐっすりですね。可愛い……」と愛おしそうに肇の寝顔を見つめると口角を上げた。

「実はお昼からずっとなんだよぉ。起こして神社に行く気になれなくて……」

 結華の言葉に、二人は「あー」と声を揃える。

「いや、これは仕方ないよ……」「ですね」

「分かってもらえたみたいで良かったぁ。……ほんとに急に来てもらってごめんね? とりあえず飲み物とタオル取ってくるから、少し待っててよ」

 言うより早く立ち上がり、結華は階下の冷蔵庫へ向かって階段を下りていく。……と、その途中で再び家のチャイム音が鳴り響いた。

「あれ? 他に誰か呼んだかな?」

 誰だろう、と訝しみつつも階段を降りた結華は玄関のドアを開ける。そこに立っていたのは、佇まいの美しいあの人物だった。


「あれ、蒼彩さん!?」

「やぁ結華ちゃんしばらくぶりだね。相変わらずキミは可愛らしくて安心したよ。……少し遅くなってしまったけれど、今時間は大丈夫かな?」

 睡蓮寺蒼彩(すいれんじあおい)

 腰の辺りまで伸びた栗毛に、スラッと伸びた日本人離れの長身と豊満な胸部。それに加えてそのジーンズ姿は結華が初めて見た彼女の姿と同じで、立っているだけでもどこか様になってしまう。

「はい、わたしは特に問題ないんですけど……」

「そうか、それなら話は早い。今日は、定期テストを頑張っていたという彼プラスちょっとした怪奇現象を相手にしたというキミの(ねぎら)いで来たのだけれど」

「怪奇現象って……なーちゃ――雛沢菜子ちゃんのことですか?」

 睡蓮寺蒼彩という人物は、答えが明確であってもすぐにそれを口にしない。自分たちがソレに辿り着くまで、その様子を伺うのみ。

 それが分かっていた結華は、すぐに件の友人の名前を出す。彼女の言葉に導かれるようにここで立ち話を続けるのは、結華としても避けたいのだ。

「そうそう、雛沢菜子。……彼女の魂に触れたのだろう? これは中々出来る体験ではないよ。……真っ先に私に連絡が来なかった事は残念だが、どうやらアレは悪意ある生き霊というわけじゃ無かったらしいね。それなら例の神様に従い行動したのは正解と言えるだろう。彼女は無事に目を覚ましたらしいし、キミも元気そうで何よりだよ」

「…………。それで、今日ここに来たのは……?」

 蒼彩の言葉に、結華はあくまで言葉を返さない。ただ話題を元に戻し、先を促す。

「あー、それなんだけど。ほんとに今日はキミ達を労いに来ただけなんだ。土産もあるんだ、ちょっと彼の顔も見せておくれよ」

「そんな事言って、また何か話があるんじゃないですかぁ?」

 蒼彩を玄関の内へ手招きし、結華は再びドアを閉める。カツカツと靴音を鳴らして中に入った彼女は上がり(かまち)に腰掛け小さく息を吸うと、

「だから、()()があると言ったんだよ、結華ちゃん」

 そう言って不適に微笑んだ。



 とにかく静かにしておいて下さい、という結華の言葉を了承した蒼彩は、結華に続き部屋に入る。

 室内には、既に二人の若者がいた。

「お邪魔します。……っと、なんだ、蛍ちゃんに月ちゃんか」

「あ! 蒼彩さん!」「こんにちは。……なんだ、とはご挨拶ですね」

「いやー、誰か来ているのは分かっていたから意外性を期待したんだけれど、なんの捻りもなく巫女巫女姉妹だったからそう口をついて出てしまっただけだよ。……それにしても、流石に五人も入ると中々の窮屈感だね?」

 腰を低くして安瀬山姉妹の方へ向かい移動する蒼彩。後ろ手に部屋のドアを閉めた結華は、「多分、蒼彩さんが大きいっていうのもあります」と苦笑いを浮かべた。

「…………それで? 今のこの状況について私は大人として説明を求めたいんだけれど、良いかな?」

「「「状況?」」」

 三人揃って首を傾げる。こんな()()においても肇は目を閉じたままである。

「……いや、だから。部屋に入ると年頃の男の子が女の子のベッドに寝てて、そこの姉妹が揃って汗を浮かべて頬を赤くしてるっていうこの状況について……なんだけど。そもそもここ、結華ちゃんの部屋だよね? 最近の子はあんまりそういうの気にしないのかな? キミたち、こういうのは節度を守ってこそ――」

 と、珍しく真面目な表情で次々に言葉をまくし立てる蒼彩。その言葉の意味に気づいたらしい月は顔を真っ赤にして「ち、違います! これは……そういうのじゃなくって!」と声を張り上げてしまう。

 あ、と気づいた時にはもう遅く、横になっていた肇はその体を起こして小さく伸びをするのだった。

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