方違え
九尾之狐は囁いた。
『デートなら、女は男に甘えるものだ。お前の不満を素直に吐き出せ』
〜〜〜
クリスマスイブ。
どこぞの偉人の誕生日の前日という、冷静に考えると何のありがたみもない日だが、日本では親しい男女がこぞってデートする一大イベントである。
これまでの俺だったら、リア充爆発しろ、と念じていたことだろう。
だがしかし、今日は違う。
「おはようございます、安倍さん」
「おはようございます、峡部さん」
前世を通して初めて、クリスマスイブにデートをする。
今年は俺の方がリア充爆発しろと念じられる側になるのだ。
この日のために、春の時点で明里ちゃんのスケジュールを確保しておいた。
前世では成し得なかった、悲願の一つである。
当然、エスコートできるように準備はしっかりしておいた。
移動手段も、ランチのお店も、おやつの和スイーツ店も、イベントの特別観覧席も、全て予約してある。万全だ。
「それじゃあ、公園に行きましょうか」
今日のデートは、百合華ちゃんオススメのクリスマスイベントへ向かう。
目的地は大阪にある海沿いの公園。屋台が出店し、特設ステージに有名な楽団が招かれ、夜にはライトアップされるらしい。
去年開催された時はSNSで映える写真が撮れるからと、若い女性に人気だったとか。
百合華ちゃんも『オシャレして、イケメンの彼氏とクリスマスデートしたいなぁ』と言っていた。
いつも通り阿部家の送迎車で移動を始めようと、車のドアを開けたのだが、明里ちゃんは動かなかった。
「あの……」
「どうかしましたか?」
俺の問いに、明里ちゃんは躊躇いながら口を開いた。
「峡部さんと遊びに行くにあたって、色々と占ったのです。方位についても。……太白神が南西にいらっしゃいます。本日向かう予定の公園も、南西にあるのです。なので──」
「姫様! それは!」
途中で秘書の女性が遮ろうとする。
しかし、明里ちゃんは言い切った。
「なので、行き先を変えませんか?」
明里ちゃんが気にしているのは、方違えだな。
方角の吉凶を占い、凶神のいる方向に直接向かうのを避ける陰陽道の風習だ。
昔の人は別の方角にある寺院に一度宿泊し、一夜明かしてから再出発することで災いを回避していたらしい。
とはいえ、23日にも授業があった俺たちには使えない方法である。
現代では神社の御守りを買うという代替手段もあるが、今からじゃ間に合わない。
それならいっそのこと、目的地を変えてしまおうと、明里ちゃんはそう言いたいらしい。
「もっと早くにお伝えすればよかったのですが、言うか否か悩んでいたのです」
「峡部様、姫様が我儘を言い申し訳ありません。今の言葉は忘れて、予定通り進めましょう」
秘書さんがここまで介入してくるのは珍しい。
いつもなら挨拶以外に言葉を発さないのに。
それほど、明里ちゃんの提案が受け入れられないということだろう。
実際のところ、方位の占いは現代においてそれほど重視されていない。
風水など、現代でも活躍する場面はあるが、移動においては完全に忘れ去られている。
そもそも、平安時代の頃から日本人全員が方位神を意識していたはずがない。凶方位を避けていたのは一部の特権階級のみである。
交通機関が発達した現代で、方角により移動を制限されてしまえば、まともに生活もできない。
経済的にも生活的にも、一個人が気にする必要はないものと考えられている。
秘書さんが明里ちゃんに向けて言う。
「姫様、この件は口にすべきではないとお伝えしたはずです。突然どうされたのですか」
「峡部さんは来週、九尾之狐の欠片と戦うと聞きました。でしたら、少しでも運を味方につけた方が良いと思いまして」
な、なるほど。明里ちゃんはそこまで考えてくれたのか。
なら、婚約者の思いやりを無碍にするべきではないのでは?
デートプランは完全に崩れてしまうが、代案がないわけではない。
俺は2人に向けて申し出る。
「わかりました。行き先を変えましょう。秘書さんには悪いですが、このコースで問題ないか確認してもらえますか?」
「……こちらの都合で申し訳ありません。確認いたします」
「絶対にその方が良いです。神より賜りし占いの結果を無碍にするものではありません」
生き生きと語る明里ちゃんを見て、秘書さんは終始申し訳なさそうにしていた。
デートコースについては特に問題なく、秘書さん公認で代案に決まった。
さっそく車に乗り込み、近場の水族館へ向かう。
たくさんの魚を観察し、イルカのショーを楽しんだ。明里ちゃんも時折笑顔を見せていたし、代案にしては悪くなかったと思う。
そろそろランチタイムだ。
もともと予約していた店は行けなくなったから、近くでいい店を見つけないと。
あっ、当日キャンセルだから100%支払いか……。もったいない。
「少し歩いたところに料亭がありました。そこはいかがですか?」
良い感じに格式高そうな和食処を見つけた。
安倍家のお姫様をそこらのチェーン店に連れて行くことはできない。
予約もなしに飛び入りできるか怪しいが、まずは電話してみなければ。
さっそく番号を打ち込んだところで、再び明里ちゃんが躊躇いがちに言う。
「和食も良いのですが、今日は洋食の気分です」
「えっ……あぁ……そういう日もありますよね。ちょっと待ってください。今探してみますね」
「姫様、ちょっと!」
秘書さんが明里ちゃんを連れて行った。
俺はその隙にお店を検索する。
車で行く距離になるけれど、有名なシェフのいる洋食店が見つかった。
秘書さんと一緒に戻ってきた明里ちゃんは、開口一番に謝ってきた。
「峡部さん、わがままを言って申し訳ありません」
「いえ、安倍さんが行きたいお店に連れて行くのが一番ですから。このお店はいかがですか。席も空いているみたいです」
「はい、よろしくお願いします」
無事に食事を終え、帰路に就く。
我々は中学一年生なので、性なる夜に突入することはない。
さすがに中学一年生相手に欲情することはないし、なんならまだ精通すら来ていない。
健全なお付き合いである。
帰りの車中、俺は会話を途切れさせないように最近あった出来事を語る。
「この前教わった札を改良してみたら、見事に失敗しまして。庭の芝が燃えてしまいました」
「まぁ……それは大変ですね」
なんだろう、明里ちゃんの反応が冷たい気がする。
普段はもう少し興味を持ってもらえるのに。
いや、疲れてるんだろうな。
クリスマスイブという特別な日だからか、いつもより本音を曝け出しているようだった。
婚約者として、この程度の我儘くらい受け止めてやらねばなるまい。
今年行くはずだったイベントは来年行けば良いのだし。
『秘書さんへ
お疲れ様です。今日はフォローしてくださりありがとうございました。私は気にしていないので、安倍さんをあんまり怒らないであげてください』
大人として、秘書さんにメールを入れておくのだった。
〜〜〜
一人自室へと戻った明里は、はしたないことに着替えもせず布団に転がった。
「はぁ……」
彼女は今日のデートを振り返り、ため息をつく。
準備を任せておきながら、ずいぶんと沢山の口出しをしてしまった。
しかし、ずっと口にするのを我慢していたことでもある。
「スッキリした……」
出かける前に占わないことを、明里はずっと気にしていた。
同じ陰陽師なのに、なぜ占いの結果を気にしないのか謎だった。
これまで我慢していたことを吐き出せて、明里は心が晴れやかになった。
「でも、気を遣わせてしまいました」
そして、自己嫌悪に陥る。
秘書に言われていた通り、彼女はこれまで我慢してきた。
安倍家ほど占いを重視する家は、一般的に存在しないと知っているから。
相手が考えてくれたデートコースを急に変えるような提案が失礼であると知っているから。
それでも、不満に思っていたこと自体は嘘ではない。
ゆえに、心の隙間から生じた甘言に乗せられてしまった。
「食事も──」
昼食のお店変更のお願いも、本音を告げた。
秘書にはしこたま怒られたが、それでも和食より洋食の方が好きなのは事実である。
これまでデートでは和食ばかり誘われて、うんざりしていた。
「会話も──」
帰りの車の中でも、興味のない話題にはあまり反応しなかった。
これまでは婚約者として会話を合わせようとしていたけれど、無理はよくない。
そんな気がしたから。
「好き勝手してしまいました」
よくないとわかっていても、やって良かったと思う自分がいる。
そして、聖はその我儘を全て受け入れてくれた。怒るでもなく、しょうがないなと言いたげな笑顔で対応して見せた。
その優しさが、彼女の罪悪感をより一層深めるとも知らずに。
深い眠りについた夜、自己嫌悪によってさらに心の抵抗が弱まった明里に、九尾之狐が囁く。
『申し訳なく思うなら、男が喜ぶことをしてやればよい。ぼでぃーたっちでもすれば喜ぶだろう。己の不満を隠す必要はない。これからも己に正直になれ』
「正直に……」
次のデートで突然手を握られた聖は、喜ぶよりも明里の突飛な行動に驚くのだった。





現代陰陽師は転生リードで無双する 肆