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【書籍化】現代陰陽師は転生リードで無双する  作者: 爪隠し
第8章

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安倍家の明里



 安倍 明里は、生まれた時から命懸けの試練を強制されていた。


『食べなさい』


 誕生之儀で与えられる米粒には、聖が不思議生物と呼んでいるものが湧く。

 これを摂取することによって、霊力の増強につながるのだ。

 しかし、もしも不思議生物との戦いに敗れると、その赤子は命を失ってしまう。

 古くから続く陰陽師の家系に伝承されし、危険な儀式である。


『食べたな。次は1ヶ月後に行う』


 そして、安倍家ではこの儀式を二度行う。

 この儀式は本来、一度しか許されない。それを天照大御神の加護でもう一度強行しているのだ。

 全ては、日本の平和を守るために。


『お腹すいた……』


『今日は食事を出せません。さぁ、本日の修行へ参りますよ』


 物心つく前から、明里は飢えていた。

 これもまた、安倍家に伝わる霊力増強法の一つである。

 死に瀕しているほど、霊力の総量が増えやすい。

 その状態で修行を行うことによって、さらに霊力を増やすのである。


『霊脈を感じてください。日本列島を守るように通る霊脈は、我々陰陽師の強さの源と考えられています』


『はい』


 瞑想し、山を登り、滝に打たれ、時間が惜しいとばかりに教育係による授業が並行して行われる。

 幼い子供に酷な指導でも、安倍家の人間として必要なことであれば強行される。

 とはいえ、子供が空腹状態でそんな厳しい修行を受けていれば、限界は訪れる。


『あっ……』


『姫様! 救護班を呼んで!』


 両親も指導役も内心では心配しながら、安倍本家の義務として見守ることしかできない。

 遠い未来を占うには膨大な霊力が必要だ。

 安倍家の人間に期待されている仕事を全うする為、こうして霊力を上げている。

 例え途中で何人の子供が亡くなっても、安倍家の義務は公共の為に優先される。


『目が覚めましたね。明日からまた修行ですよ』


『……はい』


 ただ、幼い明里からすれば、誰も助けてくれないのと同じである。

 いつもお腹を空かせて、訳もわからずやらされている修行に耐えなければならない。

 自分がなぜ生きているのか、何をしたいのか、子供でありながら己の欲求すらわからなくなっていた。


『このまま朝が来なければいいのに』


 死という単語を知らない子供が零した、精一杯の気持ちだった。

 眠っている時だけが穏やかでいられる。そんな拷問のような日々において、明里はただただ与えられる義務をこなしていった。

 彼女にとっての不幸は、そんな荒行を耐えられるだけの肉体をもったことである。


 そして、彼と出会ったのも、厳しい修行で倒れた後だった。


『君、大丈夫?』


『……だぁれ?』


『僕は神楽。そんなことよりも! 君、辛そうだけど、どうしたの?』


 晴空の友として安倍家本邸へ連れて来られた神楽は、広大な建物で迷子になっていた。

 晴空の部屋を探し回るうちに、明里の部屋の前を通りがかったのだ。


『お腹、空いた……』


『晴空が言ってた修行ってやつか。……少しくらいいいよな。えーと、今日のおやつがあった。分けてあげる』


 差し出されたのは、個包装された一切れのカステラ。

 飢えで倒れた少女は、少しずつ、少しずつ、大切に食べた。

 明里は今でもその味を忘れられない。


『また持って来る』


『ありがとう』


 後に神楽の行動が安倍家の教育係にバレ、こっぴどく叱られるのだが、懲りることなく明里の下へ馳せ参じた。

 約束したお菓子を持って。


『おいしい』


『それ、お気に入りなんだ。また持ってくるよ』


『楽しみにしてるね』


『ラッシー、どこだー。また迷子かー?』


『晴空が呼んでる。そろそろ行かなきゃ。また』


『あっ……』


 子供の悪事など当然バレていたが、見逃されていた。

 この頃には明里への期待が下火になっていたから。


『わたし、霊力が少ないんだって』


『そんなこと言う奴がいるのか。酷いな』


『修行、意味なかったって』


『明里はよく頑張ってるよ。無意味だったはずがない。僕が保証する!』


『ありがとう』


 過酷な修行をしてまで得た霊力は、兄と比べてずっと低かった。

 これでは占術を覚えてもすぐに霊力が尽きてしまう。

 妖怪発生の情報は、素早く、正確に、何度も占術を行って確認する必要がある。遠い未来を占うにしても莫大な霊力が必須だ。

 期待外れだった明里の修行は、近いうちに打ち切りとなる。


 その点、晴空の霊力量は優れていた。日本を守る占術使いとしても、戦闘時における総大将としても、期待が寄せられている。

 とはいえ比較対象が悪いだけで、明里も一般陰陽師の中では優れている方なのだ。彼女は安倍家の歴史において、平凡なお姫様の一人だった。


『お兄様はすごいのに、わたしは……』


『大丈夫。占術の勉強をすれば、きっとみんなを見返せる。僕だって神楽舞の練習を頑張ってるんだ。一緒に陰陽術を頑張ろう』


『うん』


 歴代有数の才能を持つ兄と比べて、彼女の才能は並。

 しかし、安倍家という肩書は確実に彼女を縛り付ける。

 彼女にとって、この時代の安倍家に生まれたことは最大の不幸であった。


 自由恋愛が当たり前な現代において、結婚相手も家が決めるのだから。


『峡部家は我が家にとって大恩のある家だ。本人もこの年齢にして既に日本有数の実力者となっている。お前の婚約相手として申し分ない』


『貴女も知っての通り、彼はとても優しい男の子です。私も良いお話だと思います』


 父親も母親も乗り気とあっては、断ることもできない。

 明里は教育係から自分の役割を教えられていた。安倍家、ひいては日本の為になる相手と結婚して、家と家を繋ぐ。それは占術で未来を見ることと同じくらい大切な役割である、と。

 真面目な少女は己の立場をよく理解しており、首を縦に振った。


『わかりました』


 明里も知らない相手ではない。

 立派な両親が勧めるのなら、きっと良い縁なのだろう。明里はそう信じることにした。

 なぜかモヤモヤする自分の心を不思議に思いながら。


『ここが陰陽師学園ですか。さっそく家に入りましょう』


『姫様、あちらに神楽様がいらっしゃいます』


『しー君が?』


 しかし、陰陽師学園に引っ越して来たことで、彼女は自分の気持ちに気がついてしまう。

 神楽が、たくさんの女の子に囲まれていたのだ。


『ねーぇー神楽君、この後時間ある? 私とカフェに行きましょ!』

『ダメダメ、私と街に出るの!』

『一緒に映画見ない?』

『私お弁当作って来たの! 食べてくれませんか!』


『すみませんが、この後予定があるので。失礼します』


『『『ああ、待ってよ〜』』』


 それまで明里は、神楽のことを大切な友達だと思っていた。

 苦しい時に助けてくれた優しい人。

 兄の友達としてよく家に来ていた年上の男の子。

 そんな彼女は、目の前の光景によって認識を覆された。


『しー君、カッコいいもんね。当然、女の子にモテるよね……』


 彼からもらった御守りを握る手に力が入る。

 彼が他の女子と話す場面はこれまでいくらでもあった。しかし、異性として狙われるなんて考えたこともない。

 自分以外の女性に優しくする神楽の姿を想像して、胸が苦しくなる。

 明里はこの時ようやく自覚した。

 自分が神楽に惹かれていたことに。


『私は、安倍家の人間。役目を全うしないと』


 しかし、彼女は己の心に蓋をした。

 安倍家の娘は私情だけで動いてはならない。

 家の為、国の為、役に立つことが使命である。

 両親がベストと考えたのは峡部家との繋がり。

 ならば、自分は峡部家に嫁ぐべき。明里はそう考えた。

 だから、神楽のことは忘れて、聖と上手く付き合えるように努力した。


 だがしかし、そんな理性的な判断を、12歳の少女は全うできるだろうか。

 理性と本能の間で致命的な齟齬が生じ、思春期の繊細な心は悲鳴を上げる。

 その悲鳴さえも、修行を堪えるほど強靭な肉体は抑え込んでしまった。誰に相談することもなく、たった一人で思い悩む。

 たとえ大人であろうとも耐え難い苦しみに、少女は一人で立ち向かった。


 その結果、子供は己の心を殺し、大妖怪に付け入る隙を与えてしまった。




〜〜〜




 心の奥底に眠る思い出を、九尾之狐は覗いていた。

 そこで明里に、一つのアドバイスをする。

 心の隙間から差し込まれた甘美な思考は、凝り固まった明里の心にスッと溶け込むのだった。


 そして、中学一年のクリスマスイブを迎える。

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