ドラゴン、大水流に遭遇する。
「うむ、思ったよりも早く水脈が暴走してしまったな。押さえ込み、結構頑張ってたんじゃん?」
「水竜さん、どうにかならないの?」
「そんなこと言ってもなぁ」
「……魔力が足りないのでございまするな?」
リュカちゃんが思いつめた顔で水竜さんに尋ねた。
「おや、 我が血族の娘よ。何か方策があるのか」
「それは……」
「リュカちゃん?」
そのとき。
大きな声がした。
「おおぉ~い、オリビア~古代竜~!」
「魔王さん!」
「お姉ちゃん達!」
「――なっ、エスメラルダ様!?」
湖の上を飛んでくるのは、エスメラルダさん、魔王さんとクラウリアさんにデイジーちゃんとアンナさん。すごい、みんな飛べるようになったのかな?
「あれはエスメラルダ様の【七天秘宝】、【夕闇の宝冠】のお力でありまする」
「へえ、すごいね!?」
「闇を操るエスメラルダ様のお力でございまする……ほれ、足もとをご覧」
「本当だ」
みんなの足もとにはモヤモヤと暗いモヤが絡みついている。
どうやらエスメラルダさんがみんなを持ち上げて運んでくれているみたいだ。
「リュカ」
「エスメラルダ様~!」
「その手にあるのは、【七天秘宝】がひとつ――【灼炎の聖槍】か」
「は、はい! リュカはやりました!」
「すばらしいぞ、リュカ!」
「エスメラルダ様っ」
「さすがは我が愛しい弟子だ。やってくれると思っていた!」
ピューと飛んできたエスメラルダさんは、水の上に立っていたリュカちゃんを抱き上げる。リュカちゃんは見たことのないような笑顔を浮かべた。
「はっ、しかし、そのエスメラルダ様」
「どうした?」
「この湖が溢れかえってしまうのです。ここな水竜が言うには……」
「ども、水竜でーす」
「地下水脈が暴走しているとかで」
さすがと言うか何と言うか、エスメラルダさんはドラゴンの姿の僕と水竜さんをいっぺんに目にしても 全然動じていないようだった。
一方。
「はわわわわわわわあわわわあわわわわ」
「しっかりして、アンナ」
「ししししかし、デイジー様! 竜! 竜! しかも、ににににに二匹!」
「こっちはパパだよ?」
「ひぃ~~!」
アンナさんはすっかりとびっくりしてしまったようだ。
やっぱりびっくりするよね、ボク結構大きいし。 バタンキューとしてしまったアンナさんをデイジーちゃんが助け起こす。
「あう。あのバタンキュー、クラウリアに似ているな」
「そ、そうでしょうか」
「そうじゃろそうじゃろ。クラウリアもよく『きゅうっ』ってなってるし」
「なってますでしょうか」
「なってるなってる」
ごう、ごうぅ。
だんだん地鳴りの感覚が狭まってくる。
もうまるで心臓の鼓動みたいだ。
あ、もうもしかしてやばいかも。
「……うわー、きたわー」
水竜さんが低く唸ったと同時に。
どどどぅ、と湖が大きく波打った。
「ひぇ……?」
「あう、間欠泉的な!?」
どどどーぅ、と巨大な水の柱が吹き上がる。
「あううううう!?」
「へ!? わわわ、マレーディア様伏せてください! わたくしにお任せを! マレーディア様もオリビアさんもこのクラウディアがお守りします、で、でもこれはコレは一体……こんな奔流どうしたら…………きゅうっ」
「あううう~! ほら、きゅうってなった! きゅうってなったぁ~!」
大騒ぎだ。
ボクは、大急ぎでオリビアとリュカちゃんを背中に乗せてあげる。
湖が波打って危険だ。
吹き上がった大きな水の柱を見上げて、水竜さんは溜息をつく。
「――なるほど、これは大ごとだ」
「わわわ、はやくみんなを助けなきゃ!」
オリビアが目を白黒させる。
向こう岸まで行ってフローレンス女学院みんなを助けてあげなくちゃ。
「――リュカ。お前の持ち物を使わせてもらおうか」
「……エスメラルダ様」
「さあお前の体内に眠っている【蒼水の剣】を私に――」
「……いえ!」
「リュカ?」
「リュカは……わらわは知っておりまする。エスメラルダ様が【蒼水の剣】をお使いになる時に、わらわが使うべき膨大な魔力を肩代わりしていらっしゃって――」
「気にしなくても良い。リュカ。お前も知っての通り、 私はエスメラルダ・サーペンティア。リアリスの六賢人がうちの一人だ。その程度の魔力は造作もない」
「いえ! 並大抵のご負担ではなかったはず! それはそもそもイオエナミ一族が使うための宝剣でございまする。ですからエスメラルダ様といえども、本当はそうやすやすとは使うことはできないはずでございまする」
「……リュカ、お前。本当に知っていたのか」
「ですから……エスメラルダ様は、みんなを助けに行ってくださいませ」
リュカちゃんはきっぱりと言った。
「なんだと」
「向こう岸に200人いる、わらわの学友や先生方を助けてほしいのでございまする。今ならまだ間に合います、そうでしょうエスメラルダ様」
「……だが、この大水は」
「わらわが!」
リュカちゃんは、ボクの背中の上で声を張り上げた。
その隣にはオリビアがいる。
「……わらわが、きっとこの水を止めまする」
「リュカ」
「それに、オリビアお姉さまも一緒にございますれば」
「うん、オリビアも……それに、パパも一緒だったら絶対に大丈夫だよ」
オリビアが力強く頷いた。
エスメラルダさんは大きくため息をつく。
けれど、リュカちゃんを見るまなざしには信頼が滲んでいた。
「――リュカ。お前が自ら事を為そうとする日がくるとはな。私は嬉しいよ」
エスメラルダさんは微笑む。
「そうと決まればここはリュカたちに任せよう。私と――リュカとキャラが被っている魔族の娘よ、お前が私についてこい」
「あうっ!? 我に指図するでない。なんで我が……」
「……リュカの友達の”マレちゃん”、だろう。いつも手紙に名前がある。リュカが務めを果たせるよう、私を手伝ってはくれないか」
「あう……と、ともだち……」
やり取りを見守っていた水竜さんが、のそりと身じろぎをする。
「うー、そしたら背中に乗った乗った。もうほとんど力はないけれど、向こう岸へくらいはあっという間に運んであげよう」
「それは助かるな、さあ行くぞ」
「だ、だから我に指図するなってばぁ~あう~」
「……はっ! 気を失っていました。よく分かりませんが、デイジーさん達もどうぞこちらへ」
「ええ、クラウリアさん」
水竜さんは、あっというまにみんなを向こう岸に運んでしまった。
エスメラルダさんと魔王さんがいれば、フローレンス女学院の生徒たちは安心だろう。エスメラルダさんが強いのはボクも知っているし、魔王さんは何て言ったって魔王さんだもんね。
「――……リュカちゃん、本当に大丈夫?」
ボクの言葉に、リュカちゃんは静かに答えた。
「わらわを誰だと思っておりまするか。わらわはイオエナミ一族の姫巫女――【蒼水の剣】をこの身に宿す竜の末裔」
リュカちゃんの体が青く輝く。
その小さな体から、大きな剣が現れる。
学院の屋上で亜竜さん達を追い返すときにエスメラルダさんが引き抜いていた、青く輝く宝剣――【七天秘宝】のひとつ、【蒼水の剣】だ。
「リュカちゃん!」
リュカちゃんが、その大剣の柄を今度は自分で握りしめる。
「水を操る魔法であればお手の物。この巨大な奔流、このリュカが見事調伏してご覧に入れようぞ!」
リュカちゃんが剣を持ったまま舞い始める。
途端に、巨大な水の柱がぴったりと停止した。
リュカちゃん、がんばれ~!
―――
書籍版1巻発売中。
来月末からコミカライズも開始します。
漫画で!! 可愛いオリビアに会えるのをお楽しみに(・∀・)