ドラゴン、大水流を解決する。
「すごい。すごいよリュカちゃん!」
リュカちゃんの剣の一振りで、大暴れしていた水の流れがピタリと止まっている。エスメラルダさんや魔王さんを背中に乗せた水竜さんは既に向こう岸まで飛び去っているようだ。
数秒後。
フローレンス女学院の生徒たちが集まっている、湖の岸辺の辺りからもくもくと雲のようなものが立ちのぼった。
ボクは遠くまでよく見えるドラゴンアイで、魔王さんたちの様子をうかがった。
***
「――ふむ、やるではないか。魔族の小娘」
「あう~! なんか偉そうなやつに上から目線で言われるの超ムカつくんだけど~!」
エスメラルダさんと魔王さんはなんだかんだ力を合わせて生徒達を守っているようだ。
魔王さんの魔法とエスメラルダさんの宝冠から放たれている赤黒い光が混じり合って生徒たちをすっぽりと覆い隠している。
「魔族の力などで守られるとは――」
「アンナ、気が付いたのですわね。よかったですわ」
「デイジー様」
「今は皆さんの力を信じましょう。オリビアもリュカさんも、 私の友達はとっても強いんですから」
***
よかった、みんな無事みたい。
いったん、ほっとしていいようだ。
あとは、水を止めるだけ。
「リュカちゃん大丈夫?」
「はぁ、はぁ……」
オリビアの心配そうな声に、驚いて背中を振り返る。
大きな剣を持って舞っているリュカちゃんの顔色が真っ青だった。
ボクはびっくりして息を呑んだ。
大変だどこか具合が悪いのかもしれない。
「リュカちゃん!?」
「う……ううぅ……わらわは、リュカ・イオエナミ…… これしきのことで負けるなど、これしきのことで膝を折るなど……父上様や母上様に顔向けができませぬ……わらわは……」
「リュカちゃん、無理しないで!」
リュカちゃんの様子……『魔法を使う子どものいる家庭ための医学アレコレ』という育児書で読んだ。たぶん、魔力が足りないのだろう。
でも、それだけじゃなさそうだ。
リュカちゃんは、普通の子よりもたくさんの魔力を体内に持っているように見えるんだもの。フローレンス女学院に首席で入学したということは、そういうことだ。
去年オリビアが入学したときにはボクももの知らずでよくわかっていなかったのだけれど、フローレンス女学院入学試験は結構難しいらしい。
「リュカはもう二度と……膝を折るわけには……!」
リュカちゃんが手に持っている大きな剣――【七天秘宝】のひとつ【蒼水の剣】が今までよりもいっそう強く光る。
いや、っていうか。光りすぎてない、これ?
「わわ、まぶしっ」
「う、あああ……!」
「パパ、リュカちゃんが!」
リュカちゃんの目が、まるで湖の底みたいに真っ黒く、それでいて真っ青に光を放っている。
次の瞬間、停止していた巨大な水の柱が一気に動き始めた。
リュカちゃんの掲げている【蒼水の剣】に飲み込まれていくのだ。
「う、あああ……!」
湖からどんどん湧き上がってくる水の柱を、ごくごくと飲み込んでいく【蒼水の剣】。
すごい、すごいよリュカちゃん。
「パパ殿、オリビアお姉さま……」
「どうしたんだい、リュカちゃん?」
「この戦いが終わったら、どうかエスメラルダ様に伝えてくださいませ、リュカは勇敢に戦ったと……」
「って、リュカちゃんそれ死亡フラグだってばー!」
ごくごくと水を飲み込んでいく剣。
真っ青な顔で、けれども今まで見たこともないような強い力を宿した光を放ちながらその剣を掲げ持っているリュカちゃんは、ぽつりぽつりと呟いた。
「リュカは、あの日……わらわの国境が亜竜に襲われてたあの日、満足に戦うことが出来なかったのでありまする。【蒼水の剣】を受け継ぐ儀式を終えれば、もうすでにわらわが民を率いる姫巫女だったのに……」
「ちょ、ちょっと? リュカちゃんはだって、まだその時すごく小さかったんだよね」
「けれども! そうであったとしても、もしもあの日、わらわが【蒼水の剣】を使いこなせていれば。リュカの故郷は……父上様や母上様や、国のみんなが今も元気で笑っていたかもしれないのでありまする」
剣を振るって舞いながら、リュカちゃんは泣いていた。
そうか。
ボクは、理解した。
いつも怒っているように見えたリュカちゃん。
いつも肩肘を張っていたように見えたリュカちゃん。
いつもなんだか無理して、自分を大きく見せようとして、けれどもすごく寂しそうだったリュカちゃん。
そうか、キミは悔やんでいたんだ。
大切な人を守れなかったことを。
大事なときに【蒼水の剣】をふるうことができなかったことを。
でも。
「でも、リュカちゃん――それは、キミのせいじゃないよ」
「……パパ殿?」
「そうだよ、リュカちゃん!」
「オリビアお姉さま?」
ボクは力強く羽ばたく。
たぶん、【蒼水の剣】で水を飲み込み続けるのはリュカちゃんにとって負担なんだ。
それならば――。
「あのね、リュカちゃん。ケーキカットって知ってる?」
「……は?」
「えっと。花嫁さんと花婿さんが、力を合わせて大きなケーキを切るんだよ」
オリビアが力説している。
それってたしか、一緒に絵本で読んだニンゲンの風習だ。
花嫁さんが綺麗なドレスを着ていたのを、オリビアはすごく気に入っていたっけなぁ。
「だからね、リュカちゃん。二人の力が合わさるからそれってすごく強いんだ、ケーキカットって!」
「……オリビアお姉さま、それ本当にあっておりまするか?」
「ええっ!? うーんと、とにかくつまりね!」
高い高い空の上。
リュカちゃんの持っている【蒼水の剣】はたくさんの水を吸い込み続けている。
けれど、ボクは知っている。
オリビアが授業で習っているのを、膝の上で聞いていたから。
「つまりね、リュカちゃん。リュカちゃんにはセンパイが……オリビアがついてるよ!」
オリビアの小さな手が、もっと小さいリュカちゃんの手に重なる。
【蒼水の剣】を、二人で持つ。
そう。
一人の力だったら足りなくても。
二人の力を合わせれば。
「オリビアお姉さま、何を……?」
「リュカちゃん、お願い。力を貸して! オリビア、水はあんまり得意じゃないから……でもね、水じゃなくって形を変えれば!」
「オリビアお姉様、まさか……わかりました。リュカにお任せくださいませ」
リュカちゃんの体の震えは、もうすっかりと治っていた。
体から放つ魔力の光はそのままに、顔色もすっかり良くなっている。
「いくよ、リュカちゃん!」
「――はい、オリビアお姉さま!」
オリビアとリュカちゃんが二人で力を合わせて剣を掲げる。
巻き上げられた大量の水が空いっぱいに広がっていく。
巻き上げられた水の粒は、もくもくもくもく……まっ白くてふわふわの雲に変化した。
「これなら、水を吸い込み続けなくても大丈夫……だよね?」
もくもく、もくもく。
わたあめみたいに雲は膨らみ続ける。
ボクは大きく羽ばたいた。
空いっぱいに膨らんだ雲を突き抜けて、空へ。
雲の上に広がる、青空へ!
「……と、止まった?」
リュカちゃんの握った【蒼水の剣】は、もう水を吸い込んではいなかった。
雲に遮られて地上の様子は見えないけれど、きっと、全部がうまくいったんだ。
「真っ白ふわふわ!」
「……これがさっきの奔流でございまするか。あんなに怖かったのに、ふわふわしておりまする……」
リュカちゃんは、ボクの背中にべったりと座り込んで辺りを見回している。
「あとはボクに任せて」
ボクは大きく息を吸い込んだ。
ドラゴン・ブレスはどんなものでも吹き飛ばせる。
それが、大きな大きな積乱雲であっても。
「ふぅうぅ~~っ!」
空一面を覆っていた分厚い雲は吹き飛んで、お日様の光にキラキラ光る【神龍泉トリトニス】の水面が広がっているだけだった。
穏やかで優しい表情をした、美しい湖だ。
「……やった。わらわは、やったのでございまするね?」
「うん、やったんだよリュカちゃん」
「わらわは、みんなを守れたのでございまするね」
リュカちゃんの両目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
【七天秘宝】のひとつを手に入れたときには流れなかった、綺麗な涙。
「リュカちゃん、フローレンス女学院みんなは無事だよ。ボクからはよく見える」
目下に広がる光景。
誰一人欠けることなく無事でいる生徒たちと、その真ん中でドヤ顔をしている魔王さん。
その様子をリュカちゃんに伝えてあげる。
そして、もう一つ。
こちらに飛んでくる人影。
「――リュカ」
「エスメラルダ様!」
「よくやったな。リュカ。私の大切な一番弟子」
「え、エスメラルダ様~っ!」
エスメラルダさんはまっすぐにリュカちゃんのところへ飛んでくると、リュカちゃんを両腕でしっかりと抱きしめた。
今までは何だかお互いに遠慮をしていた二人だったけれど、リュカちゃんもエスメラルダさんのお腹に顔を埋めてわんわん泣いている。
師匠と弟子。
ボクの目から見て二人はそんな感じじゃない。
ううん。
ボクには分からないそういう形のふたりの関係があるのかもしれないんだけれど。
でもボクには――。
「まるで親子みたいだね」
「うん、オリビアもそう思うよ。パパ」
さんさんと降り注ぐ、あったかいお日様の光のもと。
オリビアの初めての任務――【七天秘宝】探しは無事に完了した。
「さぁ、 遠足は明日まであるからね」
あとはたっぷり楽しまないと。
一件落着。
次回、後日談です。
(書籍版やコミカライズもよろしくお願いいたします(・∀・))




