一件落着。
「パパー!」
オリビアが大きく手を振っている。
大きな浮き輪に掴まって、湖の澄み渡った水の中をゆらゆら。
ちなみに、ボクも浮き輪で湖をただよっている。
浮き輪、あんまりニンゲンの大人は使わないっぽいのでちょっと恥ずかしいけれど、湖水浴を楽しめるのならいいかな?
「パパ、見ててね~」
オリビアが湖のほとりに出現した、きらっきらの氷の滑り台を滑り落ちる。
すっかり仲良くなった水竜さんと亀のパオパオさんが、湖の水を操って「うぉーたーすらいだー」というのを作ってくれたのだ。
子どもたちが次々に滑り台をすべっていく。
魔王さんもああいうの好きかなと思ったのだけれど、
「我、絶叫系無理……」
ということで、魔王さんはお散歩に行ってしまった。
【七天秘宝】の探索も大成功。遠足も平和。それに、水竜さんとパオパオさんという新しいお友達もできた。
水竜さんたちは、この【神竜泉トリトニス】をこれからも守ってくれるそうだ。いままで押さえ込んでいた地下水流が吹き出たことで、なんだか元気になったみたい。
悩みを抱えてるのってよくないよね。
***
「リュカ、よくやったな」
湖の畔。
最後の湖水浴を楽しんでいる子どもたちから少し離れたところ。
大小のふたりの人影が佇んでいた。
ぎこちなく微笑んでいるのは、エスメラルダ・サーペンティアだ。
その隣で、目をまんまるにしているリュカは「ほぇ」と間抜けな声を出した。
「え、エスメラルダ様の一番弟子でございますれば当然でございまする、とーぜん!」
「……リュカ、私はな。お前が危ない目にあっているのを見たときに本当に肝が冷えたんだ」
エスメラルダは小さく呟いた。
いままで、リュカをしっかりと育てないと行けないとおもっていた。
誰にも負けないように、「国を失った憐れなお姫様」ではなく、ひとりの強い存在として育て上げねばならないと思っていた。
龍の血を引く、というだけで世界はリュカに期待する。
エスメラルダのように血が濃い竜人族は、例えば魔王が現れれば王国の守護者のように扱われるし、平和な世の中になればなったで「他国への抑止力」などという名目で王国からの監視下に置かれる。
強い魔力を秘めた血筋、というのはそれだけでも人々から憎まれるのだ。
遠い東国にひっそりと生きながらえていた水竜の血を引く、しかも失われていた【七天秘宝】のうちのひとつを身に宿す姫様など、あらゆる権力者が欲しがるだろう。
だからこそ、「あのエスメラルダ・サーペンティアの弟子」として強く育てようと思っていたのだ。
家族のような甘えは許されない。
リュカが失った家族のかわりになど、なれはしない。
……そう思いすぎて、ずっと優しくできなかった。
本当はリュカのことが大切で。
かわいい弟子で、それ以上だと思っていて。
……だから、フローレンス女学院に入学してからも、ずっとリュカのことを見ていたのだ。
遠隔とか、公務の間にこっそり忍び込んだりとか。
長年の友人で、いまやママ友っぽい間柄であるフィリスにはちょっと引かれたけど、やっぱり心配だったのだ。
「だから、すまなかった。リュカ……私は、君のことが大事なんだよ」
師匠と弟子という関係だけど。
けれど、それはきっと――家族とは違う、温かい関係を築けるはずだから。
いや、築きたいから。
「ずっと物陰から見守っていたんだが……リュカ、お前は変わったな。あの子猫……というか自称魔王と友達になったり!」
「……し、師匠……リュカのことずっと見ていてくださったのですね……」
きらきらとした視線で自分を見上げてくるリュカに、エスメラルダは思わず胸を詰まらせた。か、か、かわいい!
「引いてないか?」
「滅相もないことでございまする!」
「ふふ……そうだ、任務達成のご褒美とか欲しくはないか? そういうの、あったほうがいいって聞いたことがあるぞ!」
「そう、ですね……あの、リュカはエスメラルダ様の差し入れてくださったというジャムパンを食べてみとうございます! あとあと、その、えっと」
もっともっと、リュカのことを見ていてくださいませ!
リュカの言葉に、エスメラルダは微笑んで――弟子の小さな体をぎゅうっと抱きしめた。
エスメラルダの旧友、フィリスが近くにいたら。
おそらくは彼女の学院の新入生である彼女にこう言い放ったであろう。
「いや、どう考えても引いたほうがいいやつですよ。イオエナミさん!?」
――と。
***
「……その、魔族のむす……ではありませんでした。マレーディア様」
パレストリア家別荘のハウスマスター、アンナはおずおずとマレーディアの名前を呼んだ。
「むっ、ななななんであるかっ!」
「いや、そんなに驚かなくても……いえ、読書中にお声かけしたのは申し訳のないことでございましたが」
「びっくりするし! こちとら浜辺でトロピカルジュース片手に薄い本とか読んじゃったりしていたのじゃが!」
「うす……?」
「あう、いや、なんでもない」
手にしていた本をこっそりとお尻の下に隠したマレーディアは、アンナに向き直る。
魔族というだけで随分とマレーディアを敵視していた彼女は、随分としおらしい態度になっている。
それはそうだ。
湖に住まう水竜なんてものを目前にして、近くで「我に任せて!」などとふんぞり返りつつも、本家の大事なお嬢様――デイジーを守ってくれたマレーディアに対して大きな態度をとれるはずもない。
アンナは深々と頭をさげた。
「……今までの無礼、お詫びいたします。あなたの振る舞いをずっと観察して
おりましたが、子どもたちと同じ目線で遊び、対等な立場で接し、フローレンス女学院のお嬢様たちの安全に気を配っておいででしたね。一歩引いた場所から、子どもたちに目を配って……」
「え、あ、いや、トロピカルジュース飲んでただけなのじゃが」
「おそらくは、幼い頃から帝王学を学ばれた立派な御方なのでは」
「あう……」
まあ、いや、我ってば魔王だし。
マレーディアはきょろきょろとクラウリアを探したけれど、あいにく周囲に姿はなかった。
「……まあ、あれじゃな。我以外の魔族も、悪い奴らばかりじゃないのじゃよ」
しぶしぶ、マレーディアは口を開く。
「その、やつらに負け戦をさせた魔王が悪いんじゃ。各地に散って慎ましやかに暮らしておる」
だから、その。
「あまり、魔族をいじめてくれるなよ? そういうの、我ちょっとイラッとしちゃうし」
ぼそぼそ喋るマレーディアの言葉を、アンナは最後までじっと聞いていて。
「そう、ですね。私からも旦那様にあなたのような善き魔族がいるのだと、進言しておきましょう」
と呟いた。
100部になりました。
皆様のおかげで自分の中で1番長く書けた作品になりました……!!
また、12月25日に書籍版2巻の発売も決まっております。こちらは、WEB版とはかなり違うルートかつほのぼの可愛い作品になる予定ですので、よろしくお願い申し上げます。
昨年から療養で仕事をお休みしたり、自宅作業のできる仕事に切り替えたりしている関係でなかなかweb版を触れず申し訳ございません。
今後は、書籍版を中心に折を見て更新できればと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。