*番外編*相方
東京に引っ越し作業をしに来ていた時の蓮視点のお話
大学に合格して、家を決めて、引っ越し……って、思っていたよりもずっと慌ただしい。
遥との時間は大切で、最優先にしてきたとは思うけど……本当に出来ていたかどうかは分からない。
何だかんだ言って、部活が最優先になっていたのは事実だし、遥は滅多に弱音を吐かないから…………ある程度、察することは出来ても、すぐに気づいてるかは不明だ。
「蓮、これは?」
「あーー、キッチンで」
満が段ボールを開けて、細々したキッチン用品を狭い流し台に並べた。
「……満、ありがとう」
「これくらいはな。お隣さんだろ?」
「うん」
変わらずに笑う満に安堵した。
直接会うのは、一年振りくらいだ。
一年先に進んでいく幼馴染でライバルの満は、俺よりも早く大人になる。
今みたいに……スムーズに引っ越し作業を手伝ってくれたりすると、尚更だ。
ガスとか電気とか、ある程度は母さんが手続きしてくれていたけど、知らないことばかりだ。
じいちゃんのツテで借りた部屋は、バストイレ別のロフト付きで、一人暮らしには十分な広さだ。
「今日、ハルは?」
「部活があるって。満も連絡取ってるだろ?」
「まぁーな……俺は嬉しいけど、淋しくなるな……」
「……うん」
クローゼットに洋服をかけていた手が思わず止まる。
淋しくなる……そうだ…………俺でさえ、満が東京に行った時にはくるモノがあった。
遥はもっと……感じているんだろうな。
そう、表情を見れば分かるけど……本人は隠したいみたいだから追求はしてない。
今にも泣き出しそうな遥に、告げられる言葉を持ち合わせてないし……淋しいのは、俺も同じだ…………
「遠恋かーー……」
「うん……満だって、そうだろ?」
「あぁー」
満の彼女は地元の大学に進学した。
東京と地元じゃ、すぐに駆けつけられない。
相手の顔を見ながら電話は出来るけど、それだけじゃ物足りない。
顔を見れば、手を伸ばして抱きしめて……キスだってしたいし……
「……佐々木先輩とは、会ってるの?」
「んーー、夏に会ったっきりだな。お互い、忙しいしな」
「そっか……」
数日会えないだけで、これなのに……何ヶ月も会えないなんて、想像すらつかない。
毎日のように通った道場に桜が咲く頃、俺はいない。
遥だけが…………きっと……涙を拭って、前を見据えて、引き続けていくんだと思うと、締めつけられそうだ。
いつも二人でいた場所に、一人になるのか……思えば中等部に入った時も、そうだった。
同い年だったら、違った今があったのかな……なんて、ありもしない現実を願ってたっけ…………
朝から荷解きしたかいがあって、夕方には全てが終わった。
段ボールをまとめながら、スペースの広くなった空間に実感した。此処での生活が始まっていくのだと。
「それっぽくなったなー」
「うん、ありがとう」
「ちゃんとゲーム機、持ってきてるじゃん」
「うん、満の部屋でするって言ってただろ?」
「あぁー、その前に買い出しだな」
「コンビニと、ドラッグストアが近くにあるんだっけ?」
「あぁー」
話しながらも靴に履き替える。真新しい鍵を握って部屋を出た。
街灯が道場前とは違って明るい。それなりに人もいるし、改めて東京に来たって感じだ。
「とりあえず、トイレットペーパーとティッシュだろ?」
「うん、あとシャンプーとかも買っといていい?」
「あぁー、俺もいるし。調味料とかも買っとくか?」
「あーー、自炊……自信ない」
「俺もいるし。蓮なら大丈夫だろ?」
そう言って背中を押され、懐かしく感じる。
あぁー……満がいるんだな…………
「うん……」
俺は、これから此処で四年間過ごす。
最初の一年は遥がいないけど……残りの三年は一緒だ。
中等部とは違って、三年間は同じ場所で過ごせるんだ。
今日のお菓子に夕飯の食材も買い込んで、マンションまで戻る。
満の背中が、やけに頼もしく思えた。
今に始まったことじゃないけど……
「蓮、行くぞー?」
「うん……」
頷いて駆け寄って、ようやく隣に並べたことに安堵した。
これから始まる弓道は、きっと……ライバルが増えるんだろうな。
全国優勝の常連校で、レギュラーの座を勝ち取るのは簡単なことじゃない。
風颯でライバルと呼べるのは満くらいだったけど、これからはきっと……それだけじゃないんだろうな。
また、一から始まるんだ……
「オンラインもいいけど、やっぱり醍醐味だよな?」
「そうだな……」
満の部屋で鍋をしながら、此処に遥がいればな……って、思った。
一緒にっていうか、ほとんど野菜を切るだけで出来た鍋は、想像してたより美味しい。
スープの種類がありすぎて迷ったくらいだ。
冬になったら、二人で鍋が鉄板になるかもしれない。
これからを期待しながら市販のスープで美味しく出来たキムチ鍋を完食した。しめに卵雑炊までして、狭い流し台に揃って立ち食器を洗う。
「洗剤つけすぎじゃない?」
「そう?」
洗い物くらいはした事があるけど、まともにやったのは久しぶりすぎて、いつ手伝ったのかは忘れた。
面倒見のいい満の力を借りて、少しは家事力も身につけたい。
遥が来た時に、それなりに出来るくらいには……
「蓮、それ、こっちな」
「うん……」
木製のボール皿を受け取って、買ってきたポテチとポッキーを盛った。テレビの前にはゲーム機がセットされていて、持参したコントローラーで繋がる。
試合前にもスマホで対戦したり、協力プレイでボーナス狙ったりしてたっけ……去年まで当たり前のようにあった出来事が、遠い昔のことみたいだ。
「ーーーー勝負だな?」
「うん」
嬉しそうな横顔に、こっちまで釣られる。
満との決着は、なかなか着きそうにない。
弓道だってそうだ……結果、総合的に見れば引き分け……一年の時に負けてる時点で、満に勝ててる気がしないし。
「受験で、してなかったんじゃ、ないのかよ?」
「あーー、終わってからは、割と」
コントローラーを器用に連打して、視線はテレビ画面に釘付けのまま声を出す。
こんなやり取りも久しぶりだ……中等部に上がる前までは、よくあった。
ありすぎて、親に時間制限させられた事もあったっけ……
「そろそろ、電話するか?」
「うん……」
時計を見れば時刻は八時半。
結局、二時間近くゲームに熱中していたみたいだ。
「ーーーー遥、今いい?」
『うん、お引っ越し、無事に終わった?』
スマホの画面に映る遥に頬が緩む。隣でコントローラーを持ったままの満は明らかににやけ顔だ。
『みっちゃん、久しぶりー、二人ともお疲れさま!』
「お疲れー、元気そうだな」
「お疲れさま」
『うん、元気だよー』
ーーーー変わらない声に鳴る。
昨日も会ったはずなのに、もう会いたくなって……
「遥…………満、容赦ない」
『みっちゃん、ゲーマーだもんね』
「蓮も似たようなものだろ?」
「そうだけどさ」
満とのやり取りを画面越しの遥が嬉しそうに微笑む。
懐かしいやり取りに想い返していたのは、俺だけじゃないのかもしれない。
『ーーーー今日は、みっちゃんの所にお泊まり?』
「うん、そうなりそうだな」
「羨ましいか?」
『うん……私も、みっちゃんとゲームしたかった……』
「そっちかよ!」
思わず入れた突っ込むに、神山兄妹は楽しそうだ。
スマホ画面が元に戻って、何だか現実に引き戻された気がした。
此処で暮らしていくのは、楽しみではあるけど……
「やっぱり……三人揃って、引きたいよな?」
「ーーーーうん」
見透かされたような言葉に素直に頷く。
誤魔化しようがない事実だ。
「夏には帰るだろ?」
「うん」
「即答か……」
「だって、会いたいだろ?」
「まぁーな」
今更、満に隠すようなことはない。
親友の大切な妹と付き合ってるんだから。
「で、遥に渡したのか?」
「うん……渡した」
「指輪を選ぶのが、蓮らしいよな」
「……どの辺が?」
「独占欲の塊じゃん」
「ーーーー満にだけは言われたくないな」
「何でよ?」
あと一時間と決めて、もう一度コントローラーを握る。
「ーーーー佐々木先輩に、送ったんだろ?」
「何で、知ってんの?」
「やっぱり、な」
「カマかけたのかよ?! って、あーーーー!!」
「やったな」
久々の勝利に思わずガッツポーズだ。
「ーーーー分かるに決まってるだろ? 何年一緒にいると思ってんの?」
「ーーーーそっか……次は、マリオカートな!」
「えーー、満が得意なやつじゃん!」
十八年間……家族の次に、一緒に過ごした時間が長いのは満だ。
特に中等部、高等部と風颯で過ごした六年間は、部活で一緒に過ごす時間が誰よりも多かった。
親友のことは分かってるつもりだ。
俺と同じで独占欲があるのも、想っているからこそ踏み込むのを躊躇してしまうことがあるのも……
「蓮、ハルをよろしくな」
「うん、言われなくたって…………誰かに取られそうだし」
「まだ、そんなこと言ってるのか?」
「遥、泣きつかれたら弱いだろ?」
コントローラーごと動く遥を想い出して、頬が緩む。話しながらもテレビ画面に釘付けのまま対戦中だ。
「まぁーな……でも、頑固だからなー」
「それ、満も、じゃん!」
「って、それは、蓮も、だろ?!」
頑固っていうか…………一途、なんだよな。
素直すぎて心配にはなる。
遥が自分に向けられる好意に鈍感なことが救いだ。
他は割とすぐ気づくのに、自分に向けられてるとは思いもしないんだろうな……
「あーーーー、また負けた」
「これは負けられないだろ?」
「満、やり込みすぎ」
結局、何でもない話をしながらゲームをして、地元にいた頃と変わらない。
満といると、一つ歳上だってことを忘れがちだ。
「風呂、沸いたな。蓮、先に入って来いよ? タオルとかは出しといた。お湯の出し方は分かるだろ?」
「うん……」
リーダーらしさを発揮してテキパキと指示する姿が、部長と重なる。
こういう時、やっぱり先輩なんだなって思う。
風呂上がりもテレビ画面の前に並んで、スマホで攻略をググりながら進んでいく。
夜中の二時くらいで、ようやく勝利を掴んだ。
顔を見合わせて、思わずハイタッチをして、重なる音に風颯で過ごした日々を想い出す。
親友でもあり、ライバルでもある満は、彼女の兄でもある。
ようやく追いついて、同じ場所で引けるんだ。
「蓮、またゲームが一緒にできるな」
「そっち?」
「どっちも。連覇、目指すぞ?」
「うん……」
満は一年生でレギュラーの座を獲得した。
優勝常連校とはいえ、ここ数年二位止まりを優勝へ導いた。
見せて貰った動画は、かなりの熱量で……楽しそうな満に、俺まで嬉しくなったっけ……
「電気、消すぞー」
「うん」
瞼を閉じて浮かぶのは、彼女の横顔だ。
駆けつけられない距離になっても、これからも繋がっていたい。
独占欲の塊って言われたって、こればっかりは変えられないんだ。
久しぶりに隣にいる満と、枕元に並べた腕時計を眺めながら眠りにつく。
あと数日で始まる此処での生活に、期待を寄せながら。