望月トオルの異世界転生はTV局に仕組まれていましたっ!
魔王城を抜けると、擬物の空があった。
特殊なダンボールに映像を被せただけのもの。
僕を、望月トオルを騙すためだけの装置。
それがこのヱセカイの正体だった。
僕はふと空に扉があることに気がついた。
特設スタジオの非常口。ヱセカイから現実世界へと帰還する境界がそこにあった。
まったく、チープにも程がある。
まるで僕がここにたどり着くことがないと思っているようだ。
やれやれと肩をすくめながらドアノブに手をかけると後ろから拍手が響いた。
「いやはや、正直な話、君は決断をくださないと思っていたのですよ。『エターナる』とばかり。これにはさすがの酒井ちゃんもびっくりですよ」
誰かのニヒルな口ぶりを聞きながらも、即座に異世界転生小説で蓄えた豊富な知識と、ばーちゃんにつき合わされた古典的RPGの経験を組み合わせて、言葉の意味を思い出した。
【エターナる_形容詞eternalを動詞化した造語。もちろん和製英語。物語を途中で放棄すること。またはその状態を指す。
異世界転生小説においてもっとも多いエンディング。類語は『俺達の冒険はここからだっ!』である。個人的には好きなオチ】
振り返る。
いたのは、ローブに身を包んだ中年男性。
くすんだブロンドが特徴的なこの男を俺は知らない。だけど、彼の立ちふるまいを見て僕は最後の幻想を打ち砕かれた。いや、予想通りだったけどさ。
「……やっぱり、あなただったんですね。ジャック・オー・ランタンは。大賢者の酒井さま」
「いかにも。僕が『ヱセカイ転生TV』のプロデューサーこと酒井です」
俺の好み(フェイバリット)であり、此度の冒険を支えた功労者。
『東方の三賢者』が一人、エルフの酒井さまこそ僕を騙した真の黒幕だったのだ。
……ここまで強調する事実ではないけどね。
「にしし、びっくりした? 望月君」
「ええ、中年男性が臆面もなく、そんな恥ずかしいセリフを口走っている現実に」
「おやおや、これは手厳しい。ですが、これで、一応ドッキリ成功と言い張れるのでよいでしょう」
「あっ、汚い……! そうやって、この番組をしめようとしていますよね」
「……クラスの皆にはナイショですよ」
そう言って目をそらす酒井プロデューサー。
しかし、ニヤリと張り付いた笑みは消えない。
気味が悪くて食えない人だ。ある種の恐ろしささえ感じる。さすがはテレビ業界に君臨する若き異才だ。……まあ、斜陽産業だけど。
「さておき、どうでしたか? 望みだった異世界転生を果たした感想は」
「最悪でしたけど。なにか?」
「おやおや、これはまた随分とピリ辛な評価ですねぇ、モニタリングしている側から言わせて貰えば、結構楽しんでいるものだと思っていたのですけど。理由はありますか?」
「そりゃ、もちろん。
ただし、それは基本的に一つに尽きます。
――チープ過ぎたこと。
ヱセカイも。
役者も。
ストーリーも。
いきあたりばったりじゃないですか。
冒険の目的にも一貫性がない。
予算が割けないならば、ストーリーで勝負すべきなのに、それすら満足にこなせない」
「あーあーあー、聞こえなーい、聞きたくなーいっ! 僕は都合の悪い話は大嫌いなんです」
そう言って耳を塞ぐ酒井プロデューサー。
先程まで、彼を「異才」と称して褒めてみたものの、その評価は間違いだったかもしれない。
よくもまあ、こんなぼんくらプロデューサーのもとで番組が作れたものだな。逆に感心してしまう。
しかし、このプロデューサーはただじゃあ起き上がらないガッツがあるので侮れない。
ふと思い出したような顔をして、彼はこう切り出した。
「けれど、悪い点ばかりじゃなかったでしょ? その十全と満ち足りた顔をしているのだから。それに酷評だけじゃ終わらせませんよ。このコーナー」
「……っ! やめてくださいよ。そうやってドッキリ被害者に高評価を強要するのは」
そしておそらくこの発言はカットしてオンエアするのだろうからたちが悪い。
「ふふん、プロデューサーなどたちが悪くてなんぼの商いですので。さあ、早く言わないと夏目のお嬢様にチクりますよ」
そいつは困った。
あれほど番組で好き勝手やったのだから、僕は彼女に恨まれているに違いない。
「おやおや、それは被害妄想が過ぎるのでは?」
「そんなことはないと思いますけど。それに彼女の前じゃこの番組を褒めづらいんですよ」
「ほう……、というと?」
キラキラとした眼と、ニパニパとした勘ぐりの笑みでプロデューサーは僕を見つめる。
ネタになると思えば、意地でも組み込もうとする強欲さ。さすがと言いざるを得ない。
堪忍した僕はゆっくりと口を開いた。
「まずは勇者に成れたこと、ですかね」
「ですよねぇ! 君の勇者に対する並々ならぬ感情を我々は感じましたよ。そうじゃなきゃとっくの昔にMRコンタクトなんて外していたでしょう?」
「ええ、まあ。僕にとって勇者になるという体験は幼少期からの夢でしたので。まさか叶うことはあるとは思ってませんでしたけれどね」
「故に僕は君がこの場所に来ないと思ったんですよ。物語を、このヱセカイを清算し、終わらせてしまう『セカイの果て』に」
確かに。彼の言い分は最もだ。
実際、僕はこの場所へ来るのにわざと遠回りをしてみせた。これまで旅した場所を順番にめぐるという意味のない作業を。
「ゲー厶でいうところのエンディングコンテンツなどという気の利いたシステムは無かったので退屈だったでしょ?」
酒井プロデューサーはそう言うが、この作業は僕にとってかけがえのないものだった。
最初に降り立った平原。
ぶっちゃけほとんど滞在しなかったうえにイベントをまったくこなさなかったミリノの町。
よくわからないうちにブリュンヒルデが仲間になった小屋。
無駄に手の混んでいた魔王城の各階層。
どれもくだらないエピソードの舞台であり、そのすべてが僕にとっては宝物だった。
「おやおや、そこまで感情を移入してもらえるとは。製作者冥利に尽きるものです」
「ですが、やっぱりいちばん心に残ったのは、楽しかったのは、仲間と出逢ったことですかね」
「ありゃ? 君らしくもない感想ですね。陰キャらしく『友情・努力・勝利』はお嫌いでは?」
「そんなこと一言も行ってないんですけど。それと陰キャじゃないですし」
「おや、『破局・覇道・敗北』の3Hがスローガンだった望月君は何処へ消えてしまったのでしょうか?」
そもそも最初から存在しねーよ、そんなの。
最後だからってはっちゃけ過ぎだぜ。プロデューサー。
「陳腐と言われようが結構です。だって、僕にとってパーティは掛け替えのない存在だったので」
転生ルームで出逢った神、ゼウスさま。
思えばこの時点でおかしな事態に巻き込まれた自覚はあった。だって、僕の考えた設定に神様が合わせてくれるのだから。面白くて仕方なかったぜ。実は大物の大神さんが演じていたと知ってびっくりしている。
同じく転生ルームで出逢ったアスクレピオスさまは苦労が耐えなさそうで好感を覚えた。スタジオ色彩の現団長とは恐れいった。
最初の平原で出逢った町娘のメグミと元コックの盗賊ことヒロシ。昼ドラ顔負けの人間模様を持った二人はともに魔王城へと攻め込んでくれる仲間となった。
ブリュンヒルデの小屋にて出逢ったのは東方の三賢者。彼らの援助が功を奏したことは殆どなかったけれど、場を盛り上げてくれたのは確かだ。大量の魔物を打ち倒してくれたおかげで退路が開けた。
「おや、ならもっと感謝してくれてもいいのに」
「うるさいですね。僕らを欺いていたくせに」
「あはは。しかし結構ちゃんと思い入れてくれていたんですね。……だからこそエターナルエンディングを試みたわけですね」
僕は何も言えなかった。
その権利を有していなかったからだ。
「いえ、君を攻めているわけじゃないんですよ。単純に聞いてみたいのです」
「……そう望んだ僕は悪いのでしょうか」
この夢を永遠に見続けたい。
辛いだけの現実には戻りたない。
そう思ってしまうのは間違いなのだろうか?
「いいと思いますよ。異世界ならば。ただ、これはヱセカイですので、不完全なんですよね」
「……はは、だから現実に強制送還されると?」
僕が力なく訊くと酒井プロデューサーは小さくうなずいた。やはり、夢は覚めるのか。
「ええ、なのでぐいっと扉を開けちゃってください。それはパンドラの箱なので」
「パンドラ……?」
誰かのニヒルな口ぶりを聞きながらも、即座に異世界転生小説で蓄えた豊富な知識と、ばーちゃんにつき合わされた古典的RPGの経験を組み合わせて、言葉の意味を思い出した。
【パンドラの箱_ギリシャ神話における最初の女性、『パンドラ』が神に渡された箱で、その中にはありとあらゆる厄災が詰まっているやつ。不幸や厄災の象徴であり、パンデミックの語源である】
「おや、望月君とあろうものがパンドラの箱のもう一つの側面を知らないのですか?」
「……一握りの希望、ですか」
「ザッツ・ライトッ! 確かに現実は厄災だらけで息が詰まりますが、それだけじゃありません。局内でも優しいと有名な僕は、その扉の向こうに希望をおいておきました。気になるでしょ?」
悔しいがめちゃくちゃ気になる。
そうもったいぶられると、意地でも開けたくなってしまうのが、僕の悪い癖だ。
その瞬間、この世界にくすぶる未練は薄れ、扉の向こうにあるという『希望』で頭がいっぱいになった。
意を決することもなく、僕は自然に扉を開けた。――ただいま、と言いながら。
「おかえりなさい。『勇者』、いや、トオル」
「ありがとう、『戦乙女』、いや、メグッ!」
ザ・エンドってね。お疲れ様ってね。
最後までお読みいただきありがとうございました。




