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クロノブレイク・WORLD END  作者: えんぴつ堂
女神と魔王と賢者と終焉
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女神と魔王と賢者と終焉②

 むぎゅう。


 その哀れな鶏を無慈悲に踏みつける銀色のグリーブの覗く黒いスカート。


 それを彩る白いシンプルなエプロンの胸元にそっと抱きしめるのは、耳をたたみ尾を丸めて涙を溜めているスカイブルーの瞳のふあふあのグレーの毛玉。



 「ガリィお嬢様、お気を確かに!」


 

 凛とした声は、もはや怯える小さな主を気遣いながらも明るいグリーンの瞳でキッっと私を睨む。


 メイド服に身を包んだ恐らく十代と思われる少女は、ガリィちゃんとおなじくらいふあふあの金色の髪を三つ編みにし、普段はそのやらかい髪の中に畳んでいるであろう耳を警戒したようにぴんと立てる。

 

 

 「我が主が怯えておりますので、このままでご挨拶を」


 少女は、ガリィちゃんを抱いたまますっと頭を下げる。

 


 「わたくしは、魔王軍四天王:狂戦士ギャロウェイが傘下リマジハ兵団団長カルア・カランカの娘にして魔王軍宰相ガラリア・K・オヤマダ様がご息女ガリィお嬢様をお守りする武装メイドを務めさせていただいておりますメリッサ・カランカと申します」


 カルア・カランカと聞いて、浮かぶのは気風うのよいあの笑顔と。


 レンブランさん……。



 レンブランさんの記憶を消す前に読み取った最愛の人。


 あれはカルア・カランカだったのか……あの時は慌てていたから姿を読み取っても気が付かなかったけれど。



 「この度こちらにお伺いしましたのは______」



 「お父様はお元気?」



 言葉を遮る私の問いに、メイド___メリッサちゃんはピクリと耳を震わせる。



 「は? 父は傭兵を引退し、リマジハで母の宿を……特に変わりはありませんが、なぜ勇者様が父の事を?」


 「え?! あ、いや、ほら、私は勇者だから前にお会いした事があるのっそれで、元気かなって!」



 嘘はついていない。


 忘れていたけれど、『勇者キリカ』は前回の旅の途中で何度か傭兵をしていたレンブランさんに会ってはいたのだ。


 だたその時は、まさかあれがギャロの兄であるレンブランさんだとは知らなかったし、レンブランさん自身も記憶を消されていたのだから仕方ない。


 しどろもどろな私の苦し紛れの言葉に、メリッサちゃんはジド目でその猫科特有の耳を訝し気に畳む。


 じぃぃいいいい~~。


 う"、睨むメリッサちゃんの視線が痛い。


 疑ってる。


 獣人の感かな……流石だね。



 「ええぇっと~♪ 武装メイドだなんて物騒なガーディアンが、守るべきお嬢様を連れまわして敵陣に乗り込むだなんてどぉー言う事なのかしらん♪」

 

 「大司教様……」


 「護衛として自覚が足りないんじゃなぁい? カランカの名が泣くわよ?」


 「っ……!」



 フルフットさんの言葉に、メリッサちゃんが言葉を詰まらせる。



 「ち、ちがうもん! めーりーねぇねぇは悪くないの! ガリィが、ガリィが、お城を抜け出したから!」


 ガリィちゃんは、メリッサちゃんの腕からぴょんと飛び降りるとうるうるした目をキッとさせながらフルフットさんを睨んでぽわぽわの尾をぶわっとさせ耳を真横にふせて……か、可愛い! 


 とっ捕まえて、心行くまで撫で繰り回したい……はぁはぁ……ぐふふふ……。


 「み"ゃっつ!?」


 ガリィちゃんが、ビクンと跳ねてメイドの後ろに隠れる。


 「勇者ちゃん、勇者ちゃん、欲望が独り歩きしてるわよ?」


 フルフットさんが私の肩をガシッと掴む。


 「じゅる……ふぇ? あ、ご、ごめんね! ……で、お城から抜け出すってまたどうして?」


 そう聞いた私に、怯えていたガリィちゃんの目がギッと鋭くなる。


 「かえして」

 

 絞りだす声は震えて鳴く。


 「ガリィのいもーと……返してよ!」


 ふー! っと、牙を剥く子猫。



 「お下がりください。 ガリィお嬢様」


 震える小さな主を守るように気絶した鶏から飛び降りた武装メイドは、銀の踵で白亜の地面を鳴らし地面に魔法陣を出現させる。



 「本日こちらにお伺いしたのは、魔王軍宰相ガラリア様が仔、宵の明星の暁の日、明けの明星の蒼の次に生まれし二つのうちの片割れ・R・K・オヤマダ様の奪還保護。 返して頂きます……この命に代えてでも!」


 メリッサちゃん足元の魔法陣が輝き、その中央から出現した武器を手に取る!


 「まって! メリッサちゃん、私、戦うつもりなんて!」


 「いいえ、勇者様。 我々は魔王様に忠誠を誓った魔族……魔王様の敵を目の当たりにして引くなど、ましてや、わたくしめの守るべき主を捕らえるならばこの手で殲滅します!」 


 ジャリッツ!


 メリッサちゃんの手に、黒光りする長い鎖とその先にぶら下がる鉄球がまるで新体操のボールの様になめらかに腕の上をすべって不意にその足元に落ちる。



 トーン。


   トーン。


 鉄球が足に落ちるなんて、普通に考えたら怪我をしそうなもんだけどメリッサちゃんはサッカーのリフティングよろしく自在に足で扱う。



 ふぅん……流石オリハルコンのグリーブはすごい……ソレに多分あれ私の装備にリーフベルの加護があるのと同じで雷撃属性のオートクチュールだね。



 「お覚悟を!」



 ガキィイイイイン!



 私に照準を合わせた鉄球が、まるで大砲の様に蹴り出される! 


 素晴らしい。


 流石、狂戦士と剣士カランカの末裔の血を引くだけあって、威力・速度・蹴り出されると同時に込められた雷撃の次元が違う。


 獣人の体の成熟は早めだけれど、すでにここまで……ううん、まだまだ伸びしろがあるなんて!


 封印したレンブランさんの狂戦士の力と亜種とは言え巨人族の形質を見事に受け継いで……それをを考えると、こんなのまとも喰らえば体がバラバラになっちゃうね______普通なら。



 パシン。


 本来なら、地を砕きこんな大聖堂くらい灰塵に化してもおかしくない威力を持つ鉄球の一撃を私は手の平で受け止める。


 「相殺っ……! 流石でございます勇者様……」


 「物騒だね? こんなの人に向けるなんて」


 ま、これくらいしても私がどうにかすることくらい分かっていたのだろうけれど。


 けれど、こんなの安直す_____。



 「__勇者ちゃん! 今すぐそれを放しなさい!!」



 フルフットさんが叫んだ時には、手のひらで受け止めていた鉄球がバクっと音を立てて割れて中から勢いよく黒いドロドロしたものが手にかかる!


 「え? なに?!」


 ジュゥ!


 左手にかかったまるでスライムのような黒いドロドロは、手の甲にピリピリとした痛みをもたらす!


 これ_____!

 

 「ねぇねぇ!!」


 手の甲についたソレに小さな手が重ねられる。



 「コード:1665448!」


 赤い目が揺れて、手のひらの黒ドロドロが弾けて消え失せた。


 「R……」


 「ねぇねぇは、自分より弱い相手に油断し過ぎなんだな」


 白いローブから覗く鱗の尾がふりっと不機嫌に揺れる。



 「ねぇねぇは下がってるんだな。 ここはおでが_____」


 「う"に"ゃ"あ"あ"あ"あ"あ"ん"! あ"ーーーる"ぅ"う"う"う"!!!」



 白い綿毛に飛びつくグレーの綿毛。 



 その衝撃で二つの綿毛は、地面に倒れ込む。



 「みゃ!? ガリィちゃ??」


 「み"に"ゃあああああん! ばか! あーるの馬鹿ぁああああ!!」


 Rにしがみ付くガリィちゃんは、怒りながら泣いてもう離さない勢いでぎゅうぎゅうとありったけの力で締め上げる。



 「……ぐすっ。 ごめんなんだな……ガリィちゃぁ……」



 鼻をすすり涙を浮かべるR。


 久しぶりにやっとあえた双子の姉にもらい泣きしたのか、普段のちょっと生意気な気の強い感じがすっかり引っ込んで年相応に見える。



 ぽたっ。



 白いシンプルなエプロンに赤い滴がてんてん。



 「ぐふっ」


 武装メイドが手で鼻と口を覆う。


 「め、メリッサちゃん!?」


 突然メリッサちゃんが、手で顔を覆ったまま震え蹲ってしまう!


 もしかして、さっきの攻撃で何か無理して?!


 どうしよう!


 この子になにかあったら、私、レンブランさんに合わせる顔が_____!


 

 「め、メリッサちゃん! 大丈夫___?」



 肩を震わせ蹲っていたメリッサちゃんが、ふらっと立ち上がる。



 「うふっ」


 上気した顔に潤む瞳。


 大量の鼻血に、じゅるりとなめずってもあふれる涎。



 「はぁああん! 涙を溜めながら抱きしめ会うお嬢様達!! 特にRお嬢様は卵よりお出ましのお姿がなんと愛らしい!! まさに白き妖精!! もっと! そです! ガリィお嬢様は、Rお嬢様にお手を這わせて! あああん! なんと麗しいぃいい!」


 

 鼻から血しぶきをマグマのように噴きながら悶えるメイドきもい!



 「相変わらずキモイんだな」


 「め! またそんな事いって! めーりーねぇねぇはガリィ達のこと大好きなんだよ? 『ほんのうのおもむくままにむしゃぶりたいほどだいすき』って、言ってたよ!」


 「……ガリィちゃん、それかなりアウトなんだな」



 小さな二人の会話に上気していた顔は更に赤みを増し、絶頂とばかりに身を震わせる。


 「ひゃぁああん! Rお嬢様のその絶対零度の蔑んだ瞳っつ! 卵の頃は感じ得なかったこの絶望感! そして、ピュアなガリィお嬢様っつ!!」



 もう辛抱溜まらんとばかりになりながらも、武装メイドの使命で踏みとどまってるっぽい二人の幼児に欲情するメイド。



 なにこれ?


 さっきまでのメリッサちゃんのクールだとか、凛とした感じとか、そんなものが崩れ去り幼児好きの変態へと成り下がる!



 き、危険だ!


 れ、レンブランさん!


 一体どんな教育を???


 娘さんど変態じゃないですかぁああ!!


 一瞬とはいえ尊敬する上司だった人の子供に対する教育について、かなりの疑念を抱いたけど今はそれどころじゃない!


 この変態メイドの毒牙から、この二人の天使を守らなきゃ!


 私が思わず身構えると、ガリィちゃんに押し倒されていたRが尾をふりっと不機嫌に振りながら立ち上がる。


 

 「めーりーねぇねぇ……さっきからおでの事なんて呼んでるんだな?」


 

 あ。



 こちらに背を向けるRの小さな背中から何やら殺気だったものを感じる……あー……そう言えばそうだった。



 「Rお嬢様?」



 ぷちっ!



 「おでは女の子なんかじゃないんだなぁあああああ!!」


 興奮してぴんと立つ尾に怒髪天と逆立つ髪。



 おっと、メリッサちゃんRの地雷にダイビング。



 「何をおっしゃいます! その麗しいお姿で勿体無い! 本日もお迎え用にメリッサお手製のフリルとレースをふんだんに使ったこのガリィお嬢様とおそろのドレスに是非に袖を通して頂きたく!」



 「ふんす!」



 何処からか取り出した可愛いドレスをあてがおうと俊足で間合いを詰めたメリッサちゃんの手をRの尻尾がはたき落とす!



 「おでは、絶っつっつ対にぱぁぱぁやおいたん達みたいな立派な男になるんだなぁあああ!!」


 「はうっ! 怒るRお嬢様! どうかわたくしめを罵ってくらはぃいい!」


 「キモイ! キモイんだな!」


 「はぅうう!」



 顔を上気させにじり寄る変態メイドに、Rは双子の姉の手を取り逃げ回る。

 

 Rって、メリッサちゃんの事よっぽど嫌いなのかな?


 「メリッサ・カランカ」


 私の背後からフルフットさんのテノールの声が、びしっとその名を呼ぶ。

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