女神と魔王と賢者と終焉①
--------------------------------------
黒い瞳が見開く。
もう、永遠に開かないのではないかと危惧していた月の瞳は駆け寄り抱き寄せようと手を伸ばすがそれよりも先にその首にヒタリと手が伸びる。
「……ぐっ、カハッツ……!」
食い込む指。
それは容赦なく気道を圧迫し、頸動脈までを押しつぶす。
「……どういうつもりだ?」
それは、声変わりを迎えた少年のかすれ気味のハスキーな声。
だた、問うたその言葉には明らかな憎悪が込められている。
「ひ……がっ……おれはっ!」
燃えるようなオレンジの髪からのぞく耳が震えると、首を圧迫してたその手はまるでゴミでも払うように乱暴に解放し一瞥もくれずに自分を拘束する戒めを破壊し体を起こす。
ふわり。
少しふらつきながらも立ち上がったその肩に、体を覆うように黒いマントがかけられる。
「お前も同罪だリリィ……」
ビクッと震えた褐色の指は、ようやく目を覚ました愛しい主に触れることを諦め虚空を彷徨う。
「もう間に合わねぇ……オレが接触した時点でもう手遅れだった!」
息苦しそうにしぼりだした声が『諦めろ』っと、その背に浴びせられるが少年は振り向きもせず虚空を見上げすっと息を吐く。
「僕は姉さんとあの馬鹿を取り戻す……例えこの世界が滅んでも」
歩みをすすめるその背に、オレンジと漆黒の影はそっと付き従った。
--------------------------------------
あたたかい。
冷え切った私の体を息苦しい程に抱きしめる腕。
早い心臓の音が、密着した肉から私の体に伝って熱を帯びる。
触れる唇。
息継ぎをする以外は重ねられる温もりに、私は喰らい付いた。
「ぅうう!?」
一瞬、飛びのこうとした妻の体を逃がさない様にがっちり拘束する!
「み"!? ねぇねぇ! 起きたんだな?!」
「んまぁ~勇者ちゃんったら起き抜けに熱烈ねぇ~♪ 若いっていいわぁん♪」
ベッドの上で、貪る私をRとフルフットさんが凝視してるけど構うもんか!
お腹がすいて空いて堪らないの!
「あらぁ~ギャロちゃんがあんな事に……大丈夫なのかしら?」
「ん! おいたんとねぇねぇの婚姻呪は今お互いの事が筒抜けるくらいと~っても強いんだな! だから、前みたいに食べ過ぎるってないはずなんだな!」
うじゅぅううう~!
うじゅじゅうううう~~~!
「ぇ、っと……賢者様? 本当に大丈夫なのかしらん?」
うじゅぅううう~!
うじゅじゅうううう~~~!
「ぁ"、だめなんだな」
「きゃああああ! ダメ! やめなさい! 勇者ちゃん! 奥さん食いつぶしちゃだめよぉおお!!」
「ぶじゅ!?」
筋骨隆々としたフルフットさんの腕が、私をギャロから引っぺがす!
「みぎゃぁああ!! おいたん! おいたん! しっかりするんだなぁあああ!!」
すっかり白くなったギャロにRが飛びついて、なにやら回復魔法のようなものを施す。
騒がしい。
戻ってきた。
変わらない場所。
「キ……リカ」
ギャロが、息も絶え絶えに私に伸ばして私の手に触れる。
「おかえり……」
いつもと変わらない優しい笑顔。
なのに。
私はもう、私は、私だけが。
「ごめんなさい……私っ」
「キリカ?」
ギャロの手を振り払って、ベッドから逃げ出し部屋のドアをぶち破って白亜の廊下を駆けだす!
合わせる顔がない。
私は、レンブランさんに歴史を変えないために……只それだけの為に彼からすべてを奪った。
それだけじゃない。
ギャロやガイル君……家族から奪ってしまった!
私は、ふっと目につた階段を当てもなく駆け上がる!
上へ、上へ。
どうして良いのかわからない。
全ての記憶が入り混じって、何も思い出せ無かった頃よりも混乱している!
思い出した全部。
『比嘉霧香』の記憶。
女神クロノスの記憶。
そして____。
「こっじ……きりちゃ……」
ちいさな『ぼく』と、『こっじ』と、『きりちゃん』。
これは何?
『私』は、一体何を見せつけられているのだろう?
けれど、その全ての記憶は鮮明につながる。
全てを思い出せたのに、その記憶はやっぱり『私』にとってはどこか他人の記憶のようで実感が湧かない。
ダン!
駆け上がった突き当りの重厚な扉に触れただけ……のつもりだったんだけど、それは呆気なく吹っ飛ぶ!
「屋上……?」
派手に扉を破壊した先に広がっていたのは、だだっ広いだけで何にもない白亜。
だた、暖かな風と広がる真っ青な空がこれ以上先へはいけない事を知らせる。
ここは、恐らくこの大聖堂の最上階。
『前』は、忙しくてこんな所まで上がっる暇がなかったな……。
蒼天の空。
ふらふらと白亜の石畳の中央に歩み出た私は、その恐ろしい程の澄んだ蒼さに問う。
「『私』はダレ?」
全てを思い出したのに、分からない事が増えただけ。
怖い。
堪らなく怖い。
今まで確信のあった自分の形があっけなく失われた気がして、自分の肩を抱いて蹲る。
「女神クロノス。 少なくとも今の貴女はそう呼ばれる役目にあるわ」
背後から声。
「フルフットさん……」
白いローブに身を包んだ大司教フルフット・フィン・リーフベルは、身を縮め震える女神クロノスの側ににふわりと傅く。
「違う……私はクロノスなんかじゃない……私は、私は……!」
大きな手が白銀に染まった私の髪を撫でて、震える六枚の翼をなだめる。
「お帰りなさいませ、女神クロノス。 貴女の世界へ」
お父さんと同じくらい優しいテノールが、まるで憐れむように涙をぬぐう。
「どうして……どうして、『私』なの?」
ヤダよ。
怖いよ。
ねぇ、どうして?
こっじ。
「立ちなさい、女神クロノス。 今の貴女しかこの世界を救えない……それが、霊樹ユグドラシルたる我らリーフベルの崇める賢者オヤマダ・コージの意志」
「え……こっじ……? ユグドラシルの意志……?」
大きな手は、私の手を取りぐんと引き上げるように立たせる。
「霊樹ユグドラシル。 この数多世界を司る統合世界集合体の概念は、かつて異世界からこの世界に迷い込んだ『小山田浩二』と言う一人の少年だった」
小山田浩二。
私の中にあるその名の少年の記憶は、黒ぶち眼鏡の優し気な笑顔で全てを私に与えた愛おしい存在であり、氷の様に見下す笑みで『私』から全てを奪った悪魔のような恐ろし存在でもある。
それは、胸が締め付けられるほどに焦がれる熱と、憎悪と共に焼けつく慟哭で魂に刻まれた傷。
「かの少年がこの世界に至ったのは、この世界へ強制的に渡る友人に巻き込まれる形であったと古文書から聞き及ぶ」
フルフットさんの言葉は、勇者キリカでも女神クロノスでもないもう一つの記憶を揺さぶる。
それは、千年前の記憶。
小さい『ぼく』のきおく。
なんかいも、なんかいも、同じことをしていたある日。
つめたい場所で寒かったぼくの体をつくる血が、とても熱くなっ日。
お腹のすいたぼくにごっじがちゅうしてごはんになってくれた日。
あの子がぼくの弟になった日。
名前をねだるぼく達に、こっじはこっじの探してるトモダチと同じ名前をくれた日。
ぼく達が、さよならした日。
ああ、そうか。
だから切斗は怒ったんだ。
私が、こっじの事忘れてたから。
私の形がもう『私』ではなくなっていたから。
「女神様?」
自分の胸元をぐっと掴んで呼吸を早くした私を、フルフットさんが心配そうに覗き込む。
「フルフットさん」
「はい」
「私はこの先どうしたらいいのかな?」
「ユグドラシルの統制より存在を否定された時点で、此処は貴女の世界。 その生き死には貴女のお心次第です」
そっか。
「女神様、もうすでに思い出されているとは思いますが____」
「うん。 分かってる」
あの子が起きた。
感じる。
今まで、ずっと姉さんを探してくれていたんだね。
その間、ユグドラシルの加護が薄れ不安定になった世界を自分の魔力で補って維持してくれていた。
けれど、それももうお終い。
ここから先、あの子は全力で『比嘉霧香』と『小山田浩二』を取り返しに来る。
三人で元の世界に帰るために。
奪われた平穏な日常に帰るために。
それが例えこの世界を滅ぼす事だとしても、あの子は、私の弟は諦めはしない。
切斗はそういう子だから。
『ねぇねぇはホントに出来るんだな? たとえそれが、ねぇねぇにとって大事なのと引き換えでも』
R。
あの赤い瞳は、賢者オヤマダ……ユグドラシルに通じていた。
「始めから全部知っていてついて来たんだね……悪い子」
けれど、それは大事な家族を守りたいという決意。
小さな賢者よ。
流石、子孫と言うべきかそんな全てを一人で抱え込むところなんて、ホントこっじによく似ている。
「女神様?」
「ううん……何でもない」
私は、感情のままに垂れ流してした魔力を押え込む。
せめてこうしておけば、黒髪に黒の目の『比嘉霧香』の容姿に戻れるから。
「フルフットさん」
「はい」
「今の私は、勇者キリカと古の記憶にくわえ更には女神クロノスの権限を全を同時に持つ者としてやっぱりこの世界を守りたい」
背後のフルフットさんは無言のまますっと頭を垂れる。
「けれど、私はそれ以前に切斗の姉さんだもん______だから_____」
ピキャアアアアア!!!
ばさりと羽ばたく羽音が白亜の石畳に影を作って、蒼天の空に聞き覚えのある鳴き声がこだまする。
「あらん♪」
あれは見覚えのあり過ぎる大きな鶏……ああ、魔力が小さすぎて検知できなかったなぁ……。
くるりと大きく旋回した鶏は、刺々しい足の爪をむき出し一気にこちらに向けて突っ込んでくる。
「女神様」
「いい、私がやる」
少しだけ……このくらいかな?
差し伸べた手の指先からつむじ風が広がり宙に魔法陣を描く。
『女神の名のもとに命ず。 風よ戒め捉えよ:ウインド・シーカー』
噴き出す突風は、迫る対象を飲み込み空中で錐もみ状態で固定する。
「ピキャアアアアアアアアアア!!」
「う"に"ぁあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」
まるで、乾燥機で激しく回される洗濯ものみたいになった羽毛の舞う中から空中にこだまする聞き覚えのある子猫の悲鳴。
「あ」
「力の加減が苦手のはかわらないのねぇ♪ 勇者ちゃん♪」
「え?」
私を勇者と呼んでフルフットさんは微笑む。
「せめて、その姿の間はそう呼んでもよろしいでしょうか?」
優しいテノールに、私はこみ上げる涙をこらえて頷く。
「う"に"ぁあ"あ"あ"!! う"に"ぁあ"あ"あ"!!」
「コケッツ! ピキャアアアアア!!」
あ、しまった。
うっかり忘れていた乾燥機のごとく空中で錐揉まれる羽毛に向かって手を_____ん?
「もう一人……いる?」
パリッツ!
渦巻く風に黄色の稲妻が走る!
バリリリリリリリリリリリリッツ!
凄まじい稲妻が風の魔法陣を吹き飛ばすと、散々風の中でもみくちゃにされて目を回した鶏がしべしゃっと惨めに地面に落下した。




