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その3 魔王軍のゆく年くる年

 真面目で頑張り屋な魔王様ですが、客観的にはどう見られているのでしょう。魔王軍の仲間内でも、評価はそれぞれ違います。魔王様可愛い、魔王様最高と持ち上げる者もいれば、逆に悪口を言うような者だっております。特に女性陣はね。

 これはどこでも同じでしょうが、女同士の陰口ってけっこうえげつないですよ。アタシは小さいし足音や気配がしないものですから、存在に気付かれずすぐそばで盛り上がられて、出るに出られなくなった、なんてこともありました。

「あれってさー、わたし役に立てなくてごめんなさいってやりながら、そんなことないよ君は頑張ってるよって言われるの期待してるよねー」

「相手の反応チラチラうかがいながら卑屈なふりしてんのね。内心じゃ全然悪いとか思ってないよね」

「実は魔力カンストだし、他のステータスだって伸びる可能性あるわけでしょ? 潜在的なチートなんだよね。そのくせ無力ぶって卑屈とか見ててすごいイラつく。もやっとする」

 更衣室で休憩中の先輩たちは、他の耳がないと思って言いたい放題です。すみっこの居心地のいい隙間でうっかり居眠りしていたアタシは、今さら出て行くこともできず息を殺していました。

「周りに守られてるお姫様なワタクシを楽しみたいんでしょ。よくある逆ハーよ。役に立てないから他のことで頑張りますって女子力アピールして、魔王様可愛い(はあと)とかチヤホヤ狙いしてんの。ただのビッチよ」

「あー、いるいる、そういうの。わたしそんなつもりないのに好かれちゃって困っちゃうどうしようーとかね」

「ほんと胸糞。内心ドヤ顔のくせに」

「言うほどお前もててねーよってね」

「男も馬鹿じゃないからね。チヤホヤしてるようで、見てるとこちゃんと見てるし。クソビッチってばかにされてんの気付いてないの本人だけよ。勘違いしてる痛い女の典型ね」

 ……ちょっと、いくらなんでもひどすぎるんじゃないでしょうか。そりゃあ、魔王様にもいたらない点は多々ありますし、ちょっとくらい悪口言うのもわかります。人それぞれ価値観や好みは違いますし、組織の中にいれば気に入らないことのひとつやふたつは出てきて当然です。それで文句も言えないなんて問題ですから、ちょっとくらいなら許容できますけど。

 でも言いすぎです。そこまで言われるほど、魔王様ひどくないですよ。

 だいたい内心でこう思ってんだろうとか、なんでそんなこと決めつけられるんですか。そんなのあなたの勝手な思い込みじゃないですか。じっさいにそういう女性もいるでしょうけど、魔王様はちがいますよ。あの方は本当にご自分の未熟さを恥じて申しわけないと思ってらっしゃるんです。アタシはいつもすぐそばで見ているからわかります。あれは演技なんかじゃありません、素です!

 どうしたものか、アタシは悩みました。出て行って先輩たちに反論すべきでしょうか。それとも、こんなこと言われてますよと魔王様に教えるべきでしょうか。どっちもデメリットの方が大きい気がします。下手にかばって反論したら、よけいに魔王様への反感を煽りそうです。魔王様にチクっても落ち込ませるだけですし、ますます関係こじらせそうです。うう、どうしたらいいんでしょう。

 ……いちばん情けないのはアタシかもしれません。ちっぽけなケット・シーこそ本物の役立たずです。魔力も戦闘力も大したことなくて、身体は小さな獣、荷物ひとつ運べない。癒しとか言ってますがようは可愛がられるだけの立場です。アタシこそがビッチなんでしょうか。そしてこんな時、魔王様のためにどうすればいいのかもわからない。アタシの存在意義って何なのでしょう……。

 悩みながら落ち込むということをしていると、バタンと大きな音が響きました。先輩たちのおしゃべりがぴたりと止まります。それまでずっと黙っていたお局様が、ロッカーの扉を閉めたのでした。ていうか、いたんですねお局様。黙ってらしたのですみっこに隠れているアタシにはわかりませんでしたよ。

「おしゃべりもいいけど、そろそろ休憩終わりよ」

 いつものクールな声でお局様が告げます。「はーい」「あーあ」とだらけた返事がパラパラ返りました。

「ねー、キムラさんも魔王様には思うところあるでしょー? いちばん腹立ってるのキムラさんだもんね」

 まだ言い足りないのか、先輩のひとりがお局様にも話を振りました。

「実質現場を指揮してるのってタナカ様とキムラさんだもんね。キャリアと実績じゃトップクラスなのにさ、あんなお花畑脳で男に媚び媚びな新人に上に立たれて上司面されんの、ムカつくでしょー」

 だっ、誰がお花畑ですかぁっ! もうこの先輩、どんどん発言内容がエスカレートしてってますよ、許せません!

 意地の悪そうな口調は、魔王様の悪口にかこつけてお局様への揶揄にも聞こえます。それに腹を立てるのか、はたまた一緒に悪口言ってストレス発散させるのか――固唾をのんで見守っていると、お局様は「そうね」とあっさりうなずきました。

 話を振った先輩の目が輝きます。調子に乗って続けようとするより早く、お局様は背を向けました。

「けど言いたいことは本人に言ってるから。あんたたちも、それだけ言い分があるんだったらちゃんと本人に伝えればいいでしょ。ここで言ってたって何の役にも立たないわよ」

「ええー、だってー」

「さすがに直接は、ねえ?」

 そっけなく突き放されて、先輩たちは不満げに言い合います。

「下手に言ってタナカ様とかに泣きつかれたら困るじゃないですかー。いかにもかわいそうな被害者ぶって同情引いて、あたしたちにお咎めがくだされるように仕向けられたらたまりませんもん」

「やりかねないよねー」

「やるやる、絶対やる」

 お局様は顔だけ振り返りました。わあ、ものすごく呆れた、冷たい目つきですね。

「言うだけ言って、反撃は受けたくないってわけね。それはそれで理解できるけど、ならあんたたちも十分クズよ」

 うわ。ズバっと言われて場の空気が凍りつきました。

「きついこと言えば反発があるのは当然でしょ。でも自分の言い分に正当性があると思うなら、堂々と戦えるはずじゃない。それを避けて安全な場所から隠れて石を投げるようなことしかしないなら、自分も立派にクズだって自覚するのね。タナカ様は泣きつかれたって一方的に魔王様の味方ばかりしないわよ。むしろ簡単に泣かされるなって魔王様を叱るでしょうよ。それと、あたしの見解だけど、魔王様は泣きつかないと思うわ」

 不満と反感に満ちた視線を浴びてもびくともせず、クールに言いきったお局様はドアに手をかけ、さっと開きました。

「あ――」

 か細い声があがります。さすがにお局様も驚いて一瞬固まりました。先輩たちも、もちろんアタシも驚いています。

 ドアのすぐ前の廊下には、魔王様が立っていました。

 大きな籠を抱えてらっしゃいます。ああ……どうやら、休憩に入った先輩たちに差し入れしようと、お菓子を持ってきたんですね。そうしたら自分の悪口で盛り上がっていて、入れなかったと……なんて間の悪い。

「…………」

 魔王様は何も気付いていないふりをしようとしたようです。一瞬笑いかけますが、うまくはいきませんでした。すぐに顔がこわばってしまい、言葉も出てきません。うつむいて立ち尽くす彼女の前で、先輩たちが足早に更衣室を出て行きました。気まずそうにそっぽを向いている人もいれば、いい気味と言わんばかりに見ていく人もいます。でも誰も何も言わずさっさと行ってしまい、その場には魔王様とお局様だけが残されました。……アタシも一応、まだ部屋の中にいるんですけどね。

 泣くのを精一杯こらえている魔王様に、お局様は優しい言葉はかけませんでした。

「言っとくけど、あの子たちの言い分にも理はあるわよ。多少の曲解や偏見はあれど、基本そういうふうに見えるってことよ。見せてるあなたに問題があるのよ。部下に理解されない、信用されないのは、トップとして大きな欠点よ。あれだけタナカ様から言われててまだわからない? 気をつかってヘコヘコするばかりじゃ部下からの信頼も尊敬も得られないわよ。魔王として生まれた以上、能力なんて鍛えれば伸びるのは約束されてんだから、もっと堂々としてなさいよね。媚びてるとか言われてんじゃないわよ」

 優しさなんてかけらも感じられない、クールなお声です。タナカ様も厳しいですけど、お局様も厳しいです。魔王様はまだ生まれたばかりなんだから、もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃないでしょうか。

 ぴんと背筋を伸ばしてお局様は堂々と歩いていきます。あなたのように自信を持っていられたら、魔王様だって苦労しませんよ。アタシだって悩みません。そう言いたい気分で見送っていると、魔王様が顔を上げました。なにか思いきったようすで、お局様の後を追われます。

「キ、キムラさんっ」

 呼び止められて、お局様が振り返りました。それへ、魔王様は腕の中の籠を差し出します。

「あの、よかったら、みなさんで食べてください」

 ちょっと強引に籠を押しつけて、魔王様は頭を下げられます。

「教えてくださって、ありがとうございます。いたらない魔王で本当に申しわけありませんけど、頑張りますのでこれからもご指導よろしくお願いいたします!」

 お局様は呆れた顔で受け取った籠を見下ろしました。

「そう言いながら頭下げてんだから。それ、やめろってタナカ様に言われてるでしょ」

「あっ……でも、キムラさんやタナカさんには、本当にお世話になって感謝してるので……」

「ま、今のあなたにふんぞりかえられても、それはそれでムカつくけどね」

 籠を持ったまま、お局様はもう一度背を向けます。そして今度はもう振り返らず歩きながら、言葉だけを残していきました。

「悪口言われてんのはあなただけじゃないわよ。年季入ってる分、あたしの方がよっぽどあれこれ言われてるわ。タナカ様ですら言われることあるし、あの子たちだってお互いの悪口言い合ってるし、そんなもんよ。たいして深く考えずにストレス発散で言ってるだけだから、適当に聞き流しときなさい」

 最後までクールで優しさはありませんでしたけど……でも、優しいですね。お局様、ちょっと見直しました。まあ、怖いのは変わりませんけど。

「にゃーん……」

 ようやく出て行くことができて、アタシは魔王様の足元にすり寄りました。気がついた魔王様が笑いかけてくださいます。でも目元がちょっと濡れていました。

「頑張らないとね……」

 アタシを抱き上げて、魔王様がつぶやきます。落ち込んでも、泣いても、魔王様は頑張ることを投げ出しません。それを応援してあげたくて、でも何もできないアタシは、魔王様の涙を舐めてあげるだけでした。

「ふふ。ありがとう」

 魔王様は笑ってくれましたが、アタシの気持ちは晴れませんでした。その夜アタシはひとりでタナカ様のもとへ向かいました。

 お部屋に行ってみると不在でしたので、さがしてみた結果、タナカ様は台所にいらっしゃいました。コーヒーを淹れに来たようです。部下に命じるより自分でやった方が早いということなんでしょうね。なんでも合理性とスピードを求める方ですから。

「ニケ?」

 すり寄るアタシに気付いて、タナカ様は見下ろしてきました。

「オヤツの催促ですか? こんな時間にはあげられませんよ」

 ちがいます!

「にゃにゃにゃん、にゃにゃにゃん!」

 アタシは今日あったことを、一生懸命伝えました。アタシの言葉は相手によって伝わったり伝わらなかったりですが、魔王様やタナカ様にはちゃんと伝わります。魔王様の場合は大体の意味や気持ちがわかる、という程度ですが、タナカ様はもっと細かく正確に理解してくださいます。なのでアタシは、更衣室でのできごとを、できるだけ客観的にと意識しながら伝えました。

 告げ口をしたいわけじゃありません。魔王様と周りの人たちの関係をタナカ様にちゃんと知っておいてもらいたかったし、あとできれば魔王様にフォローというか、優しくしてほしいという気持ちもありました。誰も彼もが厳しいばかりじゃ辛いですから。たまにはなぐさめだってほしいでしょう。

 そして……これがいちばん聞いてほしかったことかもしれませんが、アタシはどうやって魔王様のお役に立てばいいのかと。誰よりもいちばん役立たずなのはこのアタシです。この情けない状況はどうすれば打破できるのかも、相談しました。相談というか、大分愚痴っぽくなっちゃいましたけど。

 サイフォンがコポコポと音を立てています。香ばしい匂いがただよう中、タナカ様は根気よくアタシの話を聞いてくださいました。ちなみにアタシはタナカ様のお膝に乗っています。テーブルに乗ると叱られるんですよ。でもお膝はオッケーなのです。いつもは手袋に包まれている手が、意外に優しくアタシの被毛をなでています。とても温かいってことを、魔王様はご存じでしょうか?

「キムラが生まれたばかりの頃の話を、聞いたことはありますか?」

 話し終わったあと、タナカ様にそんなことを聞かれてアタシは首をひねりました。お局様の新人時代なんて、百年も前のことじゃないですか。知ってる人も少なそうですけど。

「今でこそあんなですが、はじめは失敗ばかりでしょっちゅう落ち込んでいましたよ。そうですね、魔王様は当時のキムラと少し似ています」

 にゃんと!? あのお二人にそんな共通点が?

「誰だって最初は新人です。突然ベテランになれるわけではない。この私とて、先代様にはずいぶんとお世話になりました」

 タナカ様までですか……アタシには、想像もつきません。

「鉄は熱いうちに打てと言いますが、新人は打たれてなんぼです。甘やかされていては成長などできませんよ」

 ……そうかもしれませんけど、いつもいつも打たれてるとポキッといってしまいそうじゃないですか。

「甘やかすわけにはいきません。彼女は魔王なのですから。私もキムラも、彼女には厳しく当たらねばなりません。それが我々の役目です」

 そこを、ちょっと、なんとかですね。

「だからニケがいるでしょう?」

「にゃ?」

 え、アタシですか? アタシに、どんな役目が?

「同じ立場で同じ悩みを持つ者同士、なぐさめ合いはげまし合えばいい。互いに気持ちを理解しあえるのだから、誰よりも適任です。そうして、ともに努力すればいい」

 ……アタシの存在は、魔王様のお役に立てているのでしょうか。いくらでもなぐさめますし、はげましますけど、それで魔王様を元気にしてあげられるのでしょうか。

 アタシの疑いは顔に出ていたようです。タナカ様はフッと笑いをこぼされました。あ、なんか今のは、ちょっとだけ優しく見えたような?

「毎晩お前と一緒に寝て、いつでもモフり放題の魔王様は皆からうらやましがられていますよ。この柔らかなぬくもりによる癒し効果は、並大抵ではない」

 タナカ様の手は休むことなくアタシの被毛をなで続けています。うーん、アニマルセラピーってやつですか? あの、もしかしてタナカ様もストレス溜まってます? 男性にさわられるのはあまり好きじゃないんですが、タナカ様には特別におなかを提供してもいいですよ。胸のとこの毛もなめらかで手ざわりがいいって、魔王様に大好評です。

 けど、これって単に愛玩動物として可愛がられてるだけですよね。アタシ自身の働きで役に立てる日は来るのでしょうか。

「それはニケ次第ですね。ニケが努力するかしないかです」

 努力すればもっと役に立てるようになるのでしょうか。魔物として、もっと強くなれます? ケルベロス先輩みたいになれるでしょうか。

「……頑張りなさい」

 あ、今目をそらしましたね! 言葉をにごしましたね! うー、絶対レベルアップしてみせるんですから!

「ケルベロスは犬科じゃないですか……まあ、いいですけど」

 明日、ケルベロス先輩に新人時代どんなトレーニングをしたか聞いてみましょう。そうしましょう。




 悩んだり落ち込んだり頑張ったりしながら、日々は流れていきます。田舎でのんびりスローライフとかいいますが、じっさいは田舎だって忙しいものです。

 春から夏にかけては農繁期です。田んぼの稲はもちろんのこと、畑にも手がかかります。ほんの数日で雑草が伸びてしまいますし、できた野菜はさっさと収穫しないとすぐに熟れすぎてどうにもならなくなりますからね。

 手の足りないご近所さんのお手伝いをすることもありますが、うちはうちでちゃんと畑を持っています。夏といえばトマトにキュウリ、ナス。ナス科ばかりですが何か? だって夏だもの。

 オクラも作っていますよ。あれは花もきれいなんですよね。今日はオオニシのおばあちゃんがたくさんトウモロコシをくれたので、茹でてオヤツにいただきました。アタシはそのままじゃ食べられないので、魔王様が芯から実をこそぎ取って、お皿に入れてくださいました。甘くておいしい!

 それからスイカももらったので、井戸で冷やして切り分けました。冷蔵庫で冷やすより井戸の方が適温だと思います。冷蔵庫は冷えすぎちゃうのでね。魔法を使うと冷やすの通り越して凍っちゃいますし。

 夜になるとドンドンと空気を震わす音が遠くから聞こえてきます。どっかで花火大会やってますね。ご近所の人たちが訪ねてきました。うちのみんなも一緒に魔王城の最上階へあがります。ここからなら、山の向こうの花火も見えるんですよ。おじさんたちはビールとおつまみ持参です。タナカ様も一緒に飲んでらっしゃいます。魔王様には許可がおりず、ジュースで乾杯でした。向こうではおばさんが、お局様に縁談もちかけてます。息子さん、もう三十すぎなのに彼女もできないみたいです。ましてお嫁さんとなるとねえ。田舎の農家ってハンデ大きいですからねえ。見た目はモサっとしたお兄さん……でもなくなりつつありますが、中身は働き者の優しい人ですよ。お局様、考えてみてもいいんじゃないですか? 年下とかそんなの気にしなくても。七十歳くらい下でも別にいいじゃないですか。

 そんなことをしながらお盆をすぎる頃にはツクツクボウシが鳴き始め、赤トンボも泳ぎます。稲穂はすっかり大きくなって、重たげに垂れてますね。黄金色の海を見ていると、お米の神様が見えるような気がします。九月に入ればすぐ稲刈りです。今の時代田植えも稲刈りも早いんですよ前倒しです。で、稲刈りの後には蕎麦の種まき。なかなか芽が出ないなと思っていたら、雨が降った翌日にょきっと生え揃い、一雨ごとににょにょき伸びていきます。やがて咲く白い花。近くで見ると地味で雑草っぽいですが、遠目にはきれいなもんです。

 蕎麦を収穫する頃になれば畑仕事もちょっと一段落ですね。なくなるわけじゃありませんが、ひと息つける余裕が出ます。だからお祭なんてのがあるんですね。収穫に対する感謝と喜びを神様に捧げ、気付けば風はすっかり冷たくなり山が色づいています。そしてじきに訪れる冬。氷が張る前にやらなきゃいけないことがたくさんあります。あ、車のタイヤも替えておかないと。このあたりは冬用タイヤ必須ですよ。場合によってはチェーン装着です。って、アタシはまだ本格的な冬景色は見てないんですけどね。生後一年未満ですから。朝は道が凍って怖いとか話してるおじさんたちには悪いですが、一面の雪景色を魔王様と一緒にこっそり楽しみにしています。

 年末が近付けば魔王城も大掃除です。範囲が広いので、みんなで手分けして、力仕事は男性陣が協力して、お掃除や補修をしていきます。しんどいけどテンションは高いです。はじめはめんどくさいとか言ってた先輩たちも、やってるうちに熱が入ってきました。まあ魔王様が率先してお掃除していますので、やらないわけにはいかないというか。ワイワイ騒ぎながら一緒に動いていると楽しくなってきます。いつぞやの先輩たちも今日は機嫌よく魔王様とお話していますね。ちょっとはうちとけてきたでしょうか?

 アタシだって頑張りましたよ! 雑巾も箒も使えませんが、高い場所に登ったり狭いところへ入り込むのはお手の物です。普段手が回らないところを攻略するのに、意外とお役立ちでした、えっへん。

 でもホコリまみれになって、あとでお風呂に入れられちゃいましたけどね。いやーん、お風呂は苦手ですー。

 買い出しをすませ、おせちも作り、おせちに飽きた時のためのカレーも作って。自家製蕎麦で年越し蕎麦を食べたら、あとはもう静かに新年を迎えるだけです。ふと窓の外を見ると、白いものがチラチラ降っていました。わあ! これが雪ですか!? 魔王様、雪ですよ、雪! 初雪です!

 ……魔王様?

 それぞれが自分の部屋に戻ったり、仲のいい者同士で集まる中、魔王様はなにやら包みをかかえて廊下をうろうろしてらっしゃいました。アタシが雪のことを教えても、「うんごめん、あとでね」と気もそぞろです。どうしたんでしょう?

 すると玄関で音がしました。外を確認していたタナカ様が戻ってきたようです。黒衣の肩と紺色の髪に白いものが乗っていました。

「タ、タナカさん」

 あ、魔王様が包みをかかえたまま突進していきます。

「どうかしましたか」

 寒い外に出ていたせいでしょうか。タナカ様の声が、いつも以上に冷えて聞こえます。

「あの……さ、寒い中ご苦労さまです」

「……ええ。あなたももう温かくして寝なさい。こんなところにいると風邪ひきますよ」

 せっかく魔王様がねぎらってくださってるんですから、そんなにそっけない声で答えなくても。

「あの、今年一年、本当にお世話になりました。相変わらずだめな魔王で、来年もたくさんお世話をかけてしまうと思いますが、よろしくお願いいたします」

「想定内ですよ。魔王たる者、そんなことをいちいちお願いするものではありません」

「や、その、一応一年のしめくくりというかですね、本当にたくさんご迷惑をかけてしまいましたので。そ、それであの、たいしたものじゃないんですけど、お礼の気持ちを……よかったら使ってください」

 魔王様は手にした包みをタナカ様へ差し出しました。そうか、お歳暮ってやつなんですね。やっとわかりました。お世話になった人に贈り物をするんだって、ナカジマのおばあちゃんから一緒に聞きましたものね。

 しかしタナカ様はすぐには受け取ってくれませんでした。包みと魔王様をじっと見下ろしています。なにしてるんですか、早く受け取ってくださいよ。だんだん魔王様のお顔が不安げになっていくじゃないですか。

 ハア、と呆れたため息は、もうすっかり聞き慣れたものです。眉間にしわを寄せ、しかたなさそうにタナカ様は包みを受け取りました。

「部下に褒美をくだされる時には、もっとそれらしい態度と言い回しがあるでしょう。なんですかその腰の低さは。一年の最後まで魔王らしくできませんでしたね。来年はもう少しましになることを願いますよ」

 魔王様の心のこもった贈り物を、ありがとうも言わずに受け取ってそのままタナカ様は行ってしまいます。なんでしょうあの言いぐさ、あの態度は! 魔王様がらしくないって言うなら、ご自分だってもっと魔王様を敬ったらどうですか!

「ニケちゃん、いいから」

 しっぽをぶんぶんしながらフーフー言うアタシに、魔王様が声をかけます。もう、たまには怒っていいんですよ。タナカ様だって部下らしくないんですから。あんなにくそ偉そうにしてる部下がどこにいますか、ねえ!?

「いいの……受け取ってくれたから」

 魔王様は優しすぎます。どうしてそれだけで、そんなにうれしそうにできるんですか。言っちゃうと魔王様が可哀相すぎるんで言いませんけど、あれきっと開封もしないでそこらに放り出しますよ。下手すると捨てられちゃうかも。ぜんっぜん感謝してませんでしたからね!

 やっぱり許せません。朴念仁通り越して、ただの無礼者です冷血漢です。ちょっと行って報復してきます。タナカ様の蔵書で爪とぎして、部屋中に抜け毛落としてきてやります。

「ニケちゃん!」

 その場に魔王様を残して、アタシはタナカ様のお部屋へ走りました。先輩たちの年越しカウントダウンが聞こえます。外から聞こえてくるのは、除夜の鐘でしょうか。

 タナカ様はひとりでさっさと部屋に戻っていました。明かりがついています。目の前で爪とぎすると、さすがに叱られますね。どうしようかな。

 ドアの隙間からそっと覗くと、タナカ様はテーブルの上でさきほどの包みを開いていました。あ、一応中身はちゃんと確認するんですね。そのまま捨てられなかったのはよかったです。

 中身は毛糸の膝掛けでした。タナカ様は夜遅くまでデスクワークもしていますから、この時期役に立ちそうです。そしてアタシは知っています。あれ、魔王様が編んだものですよ。すごく見覚えがあります。

 タナカ様が冷えないようにと、魔王様が心をこめて編んだもの。それをあの冷血漢がどうするのかと思って見ていましたが……。

 あれ? アタシ目がおかしくなりましたかね? 猫科なんで夜目は利くはずなんですけど。ていうか室内は普通に明るいですし。

 タナカ様のあんなお顔、見たことありません。いつもムスッとしているか、よくて無表情、笑ったとしても冷え冷えした嘲笑です。魔王よりも魔王らしい氷の副官が、なんでしょう、やけに照れくさそうな、困惑しつつもうれしさを隠しきれない表情浮かべているなんて。

 幻覚ですかね。いつの間にか寝ちゃって、初夢見てるんでしょうか。正夢になるといいですね。

 大事そうに膝掛けを扱うタナカ様を見ていると、なんだかものすごくばからしくなってきました。もう寝ようかな。そうしよっと。

 時計の針が真上にきました。カウントダウン組が歓声をあげています。鐘の音はもう聞こえません。窓の外では雪がしんしんと降り続け、きっと朝には待ちかねた白銀の世界が見られることでしょう。

 はしゃぐ魔王様をまたタナカ様が叱るんでしょうが、きっとおふたりとも幸せなんでしょうね。それでいいんですね。

 おやすみなさい、いい夢を。

 そしてあけましておめでとう。今年もみなさんよろしくね!


ひとまずおしまいです。またネタを思いついたら書くかもです。

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