自由な鳥の旅立ち
「ああ、そうですわ。シャンタルはもう正式に我が国の国民となり、わたくしの側仕えに召しましたので、お返しする事はございません。あと……シャンタルが愛してるなどと仰られましたけど。シャンタル、あの方を愛してらしたの?」
「いいえ、モブリーナ大公殿下。一度として愛した事などございませんし、愛された事もございませんでした」
「ですってよ?」
真っ向から愛を否定されたルトヘルは信じられないという顔をして、シャンタルを見る。
見返すシャンタルの目には嫌悪が滲んでいた。
「シャンタル、貴女は此処に残りたい?それともわたくしと行く?」
「此処には残りたくありません。大公殿下にどこまでもお供いたします」
「ですってよ?」
もう一度意思確認をして、揶揄するようにモブリーナに言われ。
ルトヘルは憎々しげに二人を睨み付けた。
「金か?それともさっきの男か?何に目が眩んだ!」
「お答えなさい、シャンタル」
「何も。強いて言うなれば大公殿下の慈悲に心を奪われました。優しい言葉をかけて頂き、わたくしはここ最近、とても幸せな気持ちで暮らせたのです」
ルトヘルがふと思い返せば、最近、そういえば、笑顔のシャンタルを見かけていた。
もう一か月近く前にもなるが、子供の頃の様な屈託のない笑顔を。
淑女教育で課される仮面のような笑顔ではなく、心からの笑みを。
離れる理由が男じゃなかった事に安堵はしたが、でも。
「俺が今まで優しくしてやって、慈悲だってかけていただろう」
「いいえ、ルトヘル殿下の口から出るのはいつも罵倒の言葉でございました。地味だ、暗い、俺に相応しくない、と繰り返し仰っていらっしゃいましたが、その言葉の何処に優しさが?どこに慈悲が?」
「側妃に据え置いたのは慈悲だろう!」
「いいえ、傍に居たくもない男性に縛り付けられる命令は、恐怖しかございませんでした。慈悲ではなく、無慈悲というのでございますよ、それは。わたくしは貴方を愛した事がない、だけでなく、ずっとずっと大嫌いでございました」
やっとその言葉が耳に届いたのか、はくはくと何かを言いかけてやめるようにルトヘルは口を動かした。
「今も、やっと離れる事が出来ると、喜びに満ちております。もし、大公殿下が救いの手を差し伸べてくれなければ、自死を選ぶつもりでございました。貴方の側にいる事は、死よりも辛かった……」
「……正妃でないからか、ならば正妃に戻してやるから」
精一杯の譲歩なのだろうが、シャンタルの目は冷え切ったままだ。
「いいえ、貴方の側にいる事が耐えがたい苦痛なのだと申し上げているのでございます。正妃、側妃などの問題ではございません。何度も殿下に訴えましたね?わたくしを家に戻すよう、捨て置くおくようにと。一度も聞いてはくださいませんでしたが」
言われていたが、何故自分が求めているのが分からぬと怒りに任せて罵倒しただけだった。
もう何年も、シャンタルは離れたがっていたのだ。
改めて思い至って、ルトヘルは首を振る。
だが、暮らしに困らせたことは無い。
贈り物だってしていた。
自分を愛していない筈がないのだ、と。
「嫌だ。お前は俺の物なのに」
誰かの物になるくらいなら。
そう悪魔に囁かれた気がして、ルトヘルは広間を守る守備騎士から剣を抜いて、シャンタルへと向けた。
「自死しようと思っていたのなら、俺の手で殺してやる」
そう言い、ゆらりと近づこうと歩を進めた瞬間。
手に持った剣はシュバートの手刀で叩き落され、ルトヘルは首を掴んで持ち上げられた。
「バート、殺しては駄目よ。それは、陛下の仕事ですもの。ねぇ?」
モブリーナの問いかけに、今や王は倒れんばかりに土気色の顔を震わせている。
もし、小規模な宴で、モブリーナ大公の一行だけであれば、背に腹は代えられず皇女殺害という考えに至ったかもしれない。
だが、近隣諸国の王を招いての宴で、その全員を殺す事は出来ないのだ。
それに、どんな理由があろうと、モブリーナを弑すればザイード帝国に攻め滅ぼされるのは確定事項である。
「……そ、それは、そう、致します」
息子とはいえ、ここまでの醜態を晒した王子を国王として庇う事はもう出来なかった。
「残念ですけれど、暴言の慰謝料はシャンタルで相殺するとしても、王子が剣を抜いてわたくしへと向けたことに関しては、相応の刑罰が必要かと存じますのよ」
剣はシャンタルに向けたのだとしても、その隣にはモブリーナが居た。
言い訳のしようもない。
傷つけなかったかどうかなど分からないのだから。
シャンタルを引き渡す対価を失い、今は息子の命を失おうとしている。
首を掴まれたルトヘルが、赤黒い顔で息も絶え絶えになったところで、モブリーナの護衛が地面へとルトヘルを転がした。
「ぐっ、が……げほっごほっ」
喉を押さえて苦し気に呼吸をする不肖の息子を見て、王もまた苦渋の決断を下す。
「お望みの通りに……」
シャンタルと馬車に乗ったモブリーナは上機嫌な笑顔を浮かべてシャンタルに問いかけた。
「見て行かなくて、いいの?」
「ええ、憎いけれど視界に入れたくはないのです。復讐するほどの興味もございませんから」
「そう。じゃあ、馬車を出して頂戴。途中の街で美味しいものを食べましょうね、シャル」
「はい、殿下」
そして、遠くなる街並みをシャンタルは何の感慨もなく見送った。
幼い頃に閉じ込められて以来、町の風景さえ見慣れない。
思い出という思い出もなく、ただ、苦い記憶しか残されていないのだ。
それよりも、新たな場所へ向かう旅に心が向いている。
赤毛に雀斑の少女はジモーネというモブリーナの側近だ。
彼女も嬉しそうにそわそわと、窓の外を見ている。
「ジネもシャルと同じで冷遇仲間だから、お外に出るのが嬉しいのよね」
「そうですけど、まるで犬みたいに言わないでください、リーナ様」
赤くなって言い訳するジモーネに、モブリーナはうふふ、と愉しそうな笑い声を立てる。
冷遇仲間という言葉で、はたとジモーネを見つめれば、ジモーネはにこっと控えめに笑う。
「わたくしも、弟も、父の愛人に虐待を受けていたところをリーナ様にお救い頂いたのです。今はとても幸せですし、充実もしておりますから、きっと、貴女も大丈夫ですよ」
二人の笑顔を見ているだけで満たされて、大丈夫と言われた言葉がすんなりと胸に染み入る。
これが、モブリーナ達でなければ、何が解ると思ったかもしれないけれど、今は胸がぽかぽかと温かい。
「はい。もう今……わたくしも幸せみたいです」
シャンタルの頬を伝った涙は温かかった。
●●●
チェストオオオオオオオオオ!
薩摩藩出身ではありません、モブリーナです。
間に合って良かったー!
先に手紙とラルスを送り込んでおいて良かったー!セーフセーフ。
たまたまね、たまたま思い出したの。
短編小説に出て来た、不幸な女の子とモラハラ暴言王子の話。
胸糞注意、ってやつね。
結局、シャンタルは放っておくと死んでしまうところだったの。
滑り込みセーフですわ。
あっぶな。
偶々ラルスがアバレンス国の近くに居て、手紙を同封して届けて貰って、用事を片付けて訪問するまでに一か月。
頑張りました。
人の命がかかってるからね。
戦争だと軽々に人が死ぬけれど、やっぱりネームドは重みが違うじゃない?
ネームドって言ってもエリートでもモンスターでもないけど。
名前がついてるキャラクターって、印象深いもの。
一応、お金は用意してきてました。
一応ね。
やらかしてくれるとは思っていたけど、いざとなって払えませんじゃ信用問題に関わるからね。
でも大金過ぎて、銀行に頼む訳にもいかない。
用意出来るほどの銀行がこの地域にないのよね。
だから、金塊にして運んできたの。
今、金塊と一緒に旅してる。
中々出来ない経験をしてます、これぞバブリーナ!
何かあった時のために、色々戦う準備もして行ったけど、軍自体は途中の保養地で待たせている。
彼らにもバカンスは必要だし。
でも、数日以内に駆け付けられる距離にいてくれれば、こっちも安心だもんね。
最初から物々しい武力を連れて行く訳にもいかないじゃない?
だってそれって、戦争しに来てますよね?って思われちゃう。
あくまでも向こうにやらかしてもらえないと、こちらも手の出しようがない。
そもそも国を滅ぼしたくて来た訳じゃないもの。
シャンタルさえ救えれば別に良かった。
救われるべき人はこの世界に沢山いると思うけれど、全員救うのは無理。
だから、色々な所で見た、知った人々と、乙女ゲーやら創作やらで存在を知った不幸な人達限定なんです。
ちなみに、このあと王子がどうなるかはラルスに見届けて貰う。
毒杯とか生温い事言われそうだったから、国王に言っといた。
『石打ちの刑がいいですわ』
って。
だってね、死ぬまで考えて後悔して、痛みに悶えながら死んでほしいじゃない。
それだけの侮辱と害意を周辺国の賓客の前で受けたから、生半可な刑罰じゃお父様が国ごと処しに来てしまう。
これは諸外国へのアピールでもあるの。
周辺国の王族だって、帝国に対して喧嘩を売って生温くしている国なんかとは危なくて付き合えない。
逆に、こちらもそんな風に侮辱されて放置していたら、舐められてしまう。
だから、お父様が出てくるような事態は避けておくの。
本当はシャンタルへの仕打ちだって反省してほしいけれど、ルトヘルのあの様子では無理だ。
認知の歪みを矯正するには、それなりの医療的な手段も必要。
長年かけて歪んだ結果は、彼なりの愛と行動理論から出来ている。
本人から否定されても、信じないのだ。
せめて、自分の犯した罪の一部は背負って死んでもらわないといけない。
王子としての責任をとってね。
石打ちの刑は、地面に身体半分埋めて、周囲の人が石を投げて礫殺するという残酷めな刑。
この辺りでは一般的に、王族なら毒杯で、貴族なら斬首、平民以下は縛り首が多い。
多いだけで国ごとに色々と違うけどね。
だからきちんとやり方も教えて来た。
結構エグいのは知ってるし、死ぬまで一定の時間はかかる。
しかも王族に向かって石を投げるって、ねえ?
不敬だよね?
でも、きっと庶民は楽しい。
楽しいだけじゃないの、これは。
力のない平民でも、石を拾ってぶつける事は出来る。
刑罰で許されているから、堂々とね。
でもさ、一度やってしまうと、こう思うじゃない?
王族も平民も大差ない、石をぶつけたら死ぬ、ってね。
何が起こるかっていうと、意識の改革。
王家が間違ってたら、殺して良いんだっていう反乱の芽。
どのみち、あの王家は長く続かないと思う。
息子を殴ってでも王や忠臣が止めればまだ、未来はあったかもしれないけれど。
その内放っておいても反乱は起きるんじゃないかな。
経済的に色々締め付ければ、段々国は傾いて行くし、その方法は出来ている。
ラルスやスヴェンに任せておけば、楽に落とす事が出来そう。
反乱を起こさせるにはまず、民の貧困から。
これ以上治める国が増えるのも面倒だから周辺国に併合させてもいいけど、そういう結果も含めて、のんびり考えていく予定。
どうせ国を亡ぼすなら、皇帝陛下に処させれば良いじゃないって思う人もいるかもしれないけど、それはだめ。
物事はね、適度が一番。
やり過ぎたら後ろ指さされるのは、やり過ぎた方なのよ。
憎しみを抱く者が増えれば、彼らは手を取り始める。
ザイード帝国の立ち位置は、今のままで十分なの。
怖がられているけど、何もしない、されない間柄がちょうどいいと思ってる。
ざまぁも同じ。
ルトヘルと同じ位にフローチェも馬鹿だったら連座♪連座♪ってコールするところだったけど、彼女は一応弁えてた。
だから、剃髪の上で修道院送りで勘弁してあげたのです。
まあこれは、シャンタルを虐めた罰、程度。
彼女はルトヘルの死に様を見ながら、自分が助かった事を神に感謝するでしょう。
ああ、そういえば。
元々の創作物は、シャンタルが死ぬ予定でした。
それを回避した結果が今なんだけど、じゃあ助けなかったらどうなってたかといえば。
シャンタルは自ら命を絶ってしまう。
ルトヘル王子は最後までシャンタルの行動が理解出来ず。
自分を愛するが故に、側妃にされた事で追い詰められたと勝手に思うんだよね。
本人の手紙は、実家にも王にも向けて残されるんだけど、残された本当の気持ちですら彼は認めない。
自分を愛さない訳が無いと強く思っているの。
愛しているから閉じ込めて、大事にしていたと、勝手にそう思ってる。
罵倒したのは彼女に傲慢になってほしくないから。
仕事をさせたのは、彼女に優秀でいてほしいし、他に目を向けて欲しくないから。
色々な理由をそれらしくつけているけれど、外野から見れば自分が楽したいだけだろ、って思うよね。
でも本人はいたって本気。
だから始末におえないんだよね。
けれど結局、彼女は死んで彼の許から逃げた。
そんな世界に彼も別れを告げる。
自分本位の思いは愛では無くて欲だと私は思ってる。
支配にしろ、何にしろ。
最初から相手を不幸にしか出来ない人なんだよね、結局。
そういう人間を上手く扱える人もいると思うけど、幸せかと言われたらどうなんだろう?
でもその運命の輪から、シャンタルは抜け出せた。
だから、後はシャンタルも幸せになれるといいなと思ってる。
これから楽しい事沢山おしえてあげないとね!
はあー取り敢えず保養地で私達もバカンスを楽しもっと!




