第1章:捨てられた子供
星村はそびえ立つ山々の麓にひっそりと佇み、一年中霧に包まれている。村人たちは古くからの慣習と揺るぎない信仰に守られて暮らしている。そして、彼らの目には、荒木獅鳥は不吉な前兆の象徴として映っていた。
少年は混沌の象徴である紫色の瞳を持って生まれた。生まれた夜、村中のろうそくが一斉に消えたという噂がある。助産婦は赤ん坊を見た瞬間、悲鳴を上げた。奇形があったからではなく、長年の重労働でできた手のひらのタコが、生まれた直後に不思議なことに消えてしまったからだ。
母親の詩織は若くして未亡人となった。夫は荒木が生まれる前に村を襲った疫病で亡くなった。胎内の赤ん坊が夫の生命力を吸い取ったと言われている。しかし、詩織はそんな噂を信じなかった。彼女にとって、荒木は人生が与えてくれた唯一の贈り物だった。
「おい、見てみろ、悪魔の息子だ!」石が空を切り裂き、荒木のこめかみに直撃した。鮮やかな赤い血が頬を伝って流れ落ちた。10歳の少年は村道の真ん中に黙って立ち尽くし、小さな手で擦り切れたシャツの裾を握りしめていた。周りには5、6人の子供たちが、鋭い石を握りしめたまま笑っていた。
「死ねばいいのに!お母さんが、お前は悪魔に取り憑かれているって言ってたぞ!」と、そのうちの一人が叫んだ。
「お前が近づくと、みんな病気になる!」
また石が飛んできた。そしてまた。荒木は頭を抱えて倒れ込んだ。彼は泣かなかった。涙を流せば、子供たちがさらに攻撃的になることを、ずっと前に知っていたからだ。彼は唇を噛み締め、血が出るまで噛みしめ、石が降り注ぐのを待った。
「荒木!」
その声は救いの鐘のように響き渡った。か弱い女性が駆け寄ってくるのを見て、子供たちは一斉に散り散りになった。栞は息子の傍らにひざまずき、震える手で血に染まった息子の顔を包み込んだ。
「ママはここにいるわ。ママはここにいる。」
彼女は息子を強く抱きしめ、着古した浴衣で傷を拭った。そしていつものように、息子の耳元で優しく囁いた。
「あなたは悪魔なんかじゃない。私の天使よ。あの子たちは、理解できないものを怖がるだけ。でも私は違う。あなたを怖がったことなんて一度もないわ、荒木。」
息子は母親の胸に顔をうずめ、静かに涙を流した。
その夜、栞は縁側に座り、疲れた目で星空を見上げていた。部屋の中では、荒木は傷の手当てを終え、ぐっすりと眠っていた。額の傷は、今ではかすかな傷跡になっていた。何週間もかかるはずだった傷が、すっかり消えていた。
「栞。」
彼女は驚いて振り返った。門前に立っていたのは、村で唯一の学校の校長、田中校長だった。分厚い眼鏡をかけた中年の男で、その笑顔にはどこか違和感があった。
「息子さんの学校についてお話があります」田中校長はゆっくりと庭に足を踏み入れた。視線は彼女の顔ではなく、痩せた体躯をじろじろと見つめていた。「もう10歳ですから、学校に行かせなければなりません」
栞は黙っていた。それは分かっていた。だが、学校が荒木にとって地獄のような場所になることも分かっていた。
「通学の手配はできます」田中校長はさらに近づき、声を低くした。「でも、ご存知の通り、タダで手に入るものはありません」
彼の手が彼女の肩に置かれた。
「特にあなたのお子さんのような子は。誰も学校に行かせたくないでしょう。でも、もしあなたが協力してくれるなら…」
栞は目を閉じた。彼女は理解した。田中校長が門をくぐった瞬間から、すべてを悟っていた。そして、彼女は決意を固めていた。
「明日よ」と、静かな湖面のように穏やかな声で彼女は言った。「明日、荒木は学校に行くのよ」
田中は微笑んだ。月明かりに照らされた黄ばんだ歯が光っていた。
荒木は眠っていなかった。しばらく前から起きていて、木の扉の隙間から一部始終を見ていた。田中の手が母親の肩に触れるのを見た。母親の諦めたような表情を見た。すべてを見ていたのに、彼はじっと横たわり、目を閉じ、まるで起きていないかのように振る舞うことを選んだ。
翌朝、栞は息子に学校に行っていいと告げながら微笑んだ。その笑顔はあまりにも輝いていて、もし荒木が昨夜の出来事を目撃していなかったら、奇跡だと信じたかもしれない。
しかし、彼は真実を知っていた。
そして、彼は黙っていることを選んだ。
「ママ、すごく嬉しいでしょ?」栞は彼の髪を撫でながら言った。 「やっと、他の子たちと同じように学校に行けるんだね。」
「うん」荒木は落ち着いた声で答えた。「僕も嬉しいよ。」
母親に嘘をついたのはこれが初めてだった。
そして、それは彼が一生後悔することになる嘘だった。
学校は村の道と何ら変わりなかった。唯一の違いは、子供たちが先生の前で石を投げつけないことだけだった。しかし、視線、ささやき声、残酷な冗談は毎日続いた。
荒木は教室の隅っこに座っていた。そこは日の光が届かない場所だった。友達はいなかった。友達も必要なかった。毎日、彼が唯一楽しみにしていたのは、学校のチャイムが鳴ることだった。チャイムが鳴れば、家へ駆け戻り、笑顔で温かいお粥を用意して待っていてくれる母の元へ帰ることができた。
「学校はどうだった?」栞は毎日午後に尋ねた。
「楽しかったよ」荒木はいつもそう答えた。
栞は息子が嘘をついていると分かっていながらも、微笑んだ。息子の手に残る新しい痣が見えた。隠そうとしている瞳の悲しみも見えた。それでも、息子と同じように、彼女は何も言わなかった。
なぜなら、それが彼らの愛し方だったから――沈黙と優しい嘘を通して。
その後も、田中は彼らの家を訪れ続けた。栞が来るたびに、荒木は外で遊んでくるように言った。そして毎回、荒木は家の前の古い桜の木の下に座り、両手で耳を塞ぎ、家の中から聞こえてくる音を聞かないようにしていた。
彼は田中を憎んでいた。自分自身を憎んでいた。しかし何よりも、自分の無力さを憎んでいた。
「もっと強かったら…」「怪物として生まれてこなければ…」彼はよくそう思った。
しかし、そんな思いは毎晩、栞が彼の傍らに座り、かつて夢見た広大な花畑の話をしてくれると消え去った。
「お花屋さんを開きたいの」と、栞は夢見るような目で言った。「小さなお花屋さんで、色とりどりの花をいっぱいに。バラ、菊、チューリップ…それからひまわりも。ひまわりはどんな嵐の日でも、いつも太陽の方を向いているのよ」
「僕が必ずそのお花屋さんを開くよ」と、荒木は力強い声で言った。「約束する。いつか、君のためにお花屋さんを開くんだ」
栞は微笑み、息子の頭を撫でた。
「じゃあ、その日を待つわ」
運命の夜、空には月も星もなかった。荒木は油灯のそばで読書をしていた時、外から奇妙な音が聞こえてきた。風の音でもなく、野生動物の鳴き声でもない。それは、まるで地底深くから響いてくるような、低く引き伸ばされた唸り声で、荒木は背筋が凍りついた。
「荒木!」
栞が真っ青な顔で部屋に飛び込んできた。彼女は何も言わず、息子の手を掴んで裏口へと引っ張った。
「走って!森へ走って!後ろを振り返るな!」
荒木が反応する間もなく、家の正面の壁が爆発した。瓦礫と塵の中から、巨大な怪物が姿を現した。それは身長が3メートル近くあり、全身は漆黒の闇に包まれていた。二つの燃える炭のように赤く光る目、そして体からは死臭が立ち込めていた。
「逃げなさい、坊や!」
栞は叫び、荒木を突き飛ばした。しかし、怪物はより速かった。黒い腕が伸び、女を襲った。栞はまるでぼろぼろの人形のように部屋中を吹き飛ばされ、木の壁に激突して地面に倒れ、動かなくなった。
「母さん!」
荒木は母に向かって飛びかかったが、栞は最後の力を振り絞って顔を上げ、荒木を見上げた。充血した目だったが、その視線は以前と変わらず揺るぎなかった。
「行け…行け、息子よ…生きろ…私のために生きろ…」
そして怪物は咆哮を上げ、荒木に襲いかかった。
荒木は走った。かつてないほどの速さで走った。真っ暗な森の中を駆け抜け、枝が顔に打ち付け、岩が足に食い込んだ。背後では怪物が追撃を続け、咆哮は次第に近づいてきた。
そして、足元の地面が消えた。
荒木は崖から転落していった。彼の体は鋭い岩に叩きつけられ、宙を舞い、奈落の底へと墜落した。折れた肋骨が肺を突き刺し、背骨は粉々に砕け散った。無数の傷口から血が川のように噴き出し、冷たい地面を濡らした。
彼は死ぬ。間違いなく死ぬ。
しかし、彼は死ななかった。
荒木が目を開けると、最初に目にしたのは木々の葉の間から見える灰色の空だった。彼はそこに横たわり、息を荒げながら、少しずつ、自分の体に起こっている奇跡――いや、むしろ恐怖――を理解し始めた。
折れた骨は自然に癒え、開いた傷口は塞がり、出血は止まった。そしてほんの数分で、かつては粉々に砕け散っていた彼の体は、まるで何も起こらなかったかのように完全に回復した。
荒木は生まれて初めて、自分が持つ力の真の性質を悟った。
彼は死ぬことができない。
荒木が崖の頂上にたどり着き、家へと駆け戻った頃には、太陽は空高く昇っていた。小さな家は瓦礫と化していた。そして、その廃墟の中で、彼は母の姿を見つけた。
いや、正確には、母の残骸を見たのだ。
栞の体は原型をとどめないほどに引き裂かれていた。血は砕けた木材の上に黒い筋となって乾いていた。荒木は母の傍らにひざまずき、震える手で母の体にまだしがみついている布切れを握りしめた。
「母さん…」
彼の声はガラスのように砕け散った。
「お母さん、ごめん…ごめん…」
彼は母親を置き去りにしてしまった。逃げ出したのだ。自分は生き延びたが、世界で唯一自分を愛してくれた母親は、あんなにも悲劇的な死を遂げてしまった。
「ごめん…お母さん…ごめん…」
荒木はどれくらいそこに座り込んでいたのか分からなかった。何時間も、あるいは丸一日だったかもしれない。ただ、母親の遺体を抱きしめ、涙を流し、乾いた血と混じり合うことしかできなかった。
「怪物め!お前は母親を殺したのか!」
門の方から叫び声が響いた。荒木は顔を上げ、生気のない目でそこに立つ男を見つめた。山本氏だった。時折、彼らの家を訪れる隣人だ。山本氏は斧を手にしていた。
「やっぱり!この日が来ると思っていた!お前は悪魔だ、殺人者だ!自分の母親を殺したのか!」
「いや…いや…」荒木はどもりながら言った。「怪物が…いたんです…」
しかし山本は聞く耳を持たなかった。斧を高く振り上げ、荒木に襲いかかった。荒木は身をかわし、他に選択肢もなく再び逃げ出した。
背後から、山本の叫び声が村中に響き渡った。
「捕まえろ!あの悪魔がお前の母親を殺したんだ!殺せ!」
そして村人全員が荒木を追いかけた。15年間も彼を忌み嫌ってきた人々。石を投げつけ、呪い、死を願ってきた人々。今、彼らには荒木を始末する正当な理由ができた――少なくとも彼らの目にはそう映った。
荒木は田んぼを横切り、小川を渡り、深い森の中へと逃げ込んだ。背後では、数十本の松明が燃え上がり、森の一角を照らしていた。罵声と悲鳴が、怒りと恐怖のシンフォニーとなって響き渡った。
彼は足が痺れるまで走り続けた。肺が破裂しそうになるまで走り続けた。背後の懐中電灯の光が小さな点になり、やがて完全に消えるまで走り続けた。
そしてついに、夜明けとともに、荒木は森の中の小川のほとりに倒れ込んだ。彼は星村を後にした。地獄を後にしたのだ。
しかし、本当の地獄――罪悪感と後悔の地獄――は、彼の残りの人生ずっと彼につきまとうことになるだろう。
第1章 終わり
最後に、少し新しいものが登場しました。




