9 十歳で魔空間を開くとは…
二人はルノアの頭を優しく撫でた。
「よくできたね」
そう褒められ、ルノアは嬉しそうに微笑んだ。
父がルノアの様子を確かめるように尋ねる。
「ルノア、頑張ったね。今はまったく魔力を感じないよ。身体に何か気持ち悪い感じはしないかい?」
ルノアはゆっくり首を横に振った。
「はい。大丈夫です」
「それなら成功だよ。もし、また魔力が溢れ出しそうになったら、すぐに教えてくれるかい?」
「分かりました」
「そこから魔石を作ることもできるからね」
父はそう言って、少しだけ表情を改めた。
「それと……実は、魔空間を作れるのは、魔力量の多い者だけなんだ。これも、外では話してはいけないことだよ」
ルノアは驚いて父を見る。
「学園で習っても、魔空間を作れるようになる人は多くない。魔空間を作れることが、最終学年で秘匿された授業を受けるための基準にもなっているんだ」
父はルノアの頭をもう一度撫でた。
「だから、ルノアが私たちの言葉を聞いて、それを想像するだけで魔空間を作れたことは、本当にすごいことなんだよ」
そこで父は、ふっと表情を和らげた。
「でもね……私たちは、それだけじゃなくて、懐かしいことも思い出したんだ」
「懐かしいことですか?」
「十一歳のエミリアがね、私たちに魔空間を見せてくれたんだよ」
父は優しく微笑んだ。
「私とヴァリアード様が幼なじみだったことは、ルノアも知っているだろう?」
「はい」
「今日は、エミリアとのたくさんの思い出に会えたような一日だった。そして、ヴァリアード様も自由を取り戻せた」
父はルノアを見つめる。
「本当に素晴らしい一日になったよ。ありがとう、ルノア」
やがて帰る時間になり、従者たちが玄関先に並んだ。
その前で、ヴァリアード様が公爵家を見渡す。
「では、最後に少しだけ」
ヴァリアード様は公爵家を包む結界に手をかざした。
淡い光が広がり、結界が強化されていく。
続いて、何かを小声で呟きながら、右手を胸の前から横へ払った。
「……呪い返し。操り返し……」
その瞬間だった。
侍女のアンナと、執事補佐のアレクが、その場に崩れ落ちた。
「アンナ?」
父が声をかける。
すると、天井裏からガラスが打ちつけられるような音が響いた。
続いて、重い何かが弾き飛ばされる音が、いくつも聞こえてくる。
「……何の音?」
ルノアが天井を見上げる。
ヴァリアード様は、にっこりと笑った。
「証拠採取、現状回復、魔塔転送」
短い言葉とともに、魔法が次々と発動していく。
天井裏や壁の内部に隠されていたものが取り出され、呪具と思われる物品が次々と魔塔へ転送されていった。
「今度は、少しゴタゴタを片付けてから会いに来るからね」
ヴァリアード様は、何事もなかったかのように笑った。
「公爵家の中は、きれいに片付けておいたから。
これでラルフ殿も、少しは安心して眠れるはずだよ」
父は複雑そうな顔をしながら、倒れている二人を見る。
「そこで倒れている二人は、魔塔で預かるからね。王への報告も私が一緒にしておくよ。任せておいて」
そして、ヴァリアード様はルノアに向き直った。
「それから……できれば、ラルフは私のことを『ヴァリー』とまた呼んでほしい」
少し照れたように笑い、ルノアにウィンクする。
「ルノアは……『ヴァリー伯父様』かな?」
そしてラルフを見る。
「ラルフ殿も、昔はそう呼んでくれただろう?」
父は一瞬、驚いたように目を見開いた。
それから、懐かしそうに笑った。
「……そうだったな」
ヴァリアード様は満足そうに頷いた。
「では、またね。ルノア」
こうして、ヴァリー伯父様は終始ご機嫌な様子で、公爵家を後にした。




