465 確かな回復と次の一歩
週末の休みを利用して、ルノアとクロリナラドは帝国王太子の次男、マイルズの私室を訪れていた。
前回の治療から、ある程度の日数が経過している。二人はマイルズの体調を確認しながら、次の治療を行うために時間を設けていた。
部屋に案内されると、マイルズが自ら椅子から立ち上がった。
以前は寝台から起き上がることさえ難しく、訪問者を迎えるために身体を起こすだけでも大きな負担になっていた。それを思えば、目の前の姿は驚くほどの変化だった。
「ルノア様、クロー様。お待ちしておりました」
顔色は前回より明らかによくなり、頬には血色が戻っている。目にも力が感じられた。
「マイルズ様、お元気そうですね」
「はい。お二人にお会いする前に、どうしてもお伝えしたいことがあったんです」
マイルズの父である王太子も、安堵した様子で息子を見つめていた。
「前回の治療後から、少しずつですが、できることが増えました。今日は本人から話してもらおうと思っていたところです」
「そうだったんですね。ぜひ聞かせてください」
ルノアが椅子に座ると、マイルズも机のそばに腰を下ろした。
机の上には、確認途中の書類が何枚か並んでいる。
「以前は起き上がっているだけでも疲れてしまいましたが、今は机に向かって仕事ができるようになりました。最初は二時間ほどで限界でしたが、最近では休憩を挟めば半日ほど仕事を続けられます」
「半日もですか?」
「はい。書類の整理や内容の確認、父上への報告などもできるようになりました」
「それは素晴らしいですね」
ルノアが嬉しそうに微笑むと、マイルズも表情を緩めた。
「夜も眠れるようになりました。以前は身体の痛みや不快感で何度も目が覚めていたのですが、今は朝まで眠れる日が増えています。魔力湖も自動調整をしてくれるようになりました」
「眠れるようになったのは大きな変化ですね。食事はいかがですか?」
「食べられる量も増えました。以前は身体が痛くて食事をすることさえ辛かったのですが、今は食事の時間が楽しみです」
王太子は息子の言葉を聞きながら、深く息を吐いた。
食事を楽しみ、夜に眠り、自分の机で仕事をする。ほかの者にとっては当たり前の日常でも、マイルズにとっては長い間望んでも叶わなかったことだった。
「本当によかったですね、マイルズ様」
「ありがとうございます。お二人のおかげです」
クロリナラドは、さらに痛みや魔力を使用した際の疲労について確認した。
「以前のような強い痛みはありません。魔力を使うと少し疲れますが、身体の奥から押し返されるような苦しさはなくなりました」
「分かった。今日はその状態を確認してから治療を始めよう」
ルノアも魔力の状態を確認する。
前回の治療によって、首や心臓の付近にあった大きな魔力の塊は少しずつ動き始めていた。全身の魔力の通り道にも変化があり、以前ほど強く流れを妨げてはいない。
「前回よりも魔力の流れがよくなっていますね。今日は前回と同じように、三人で魔力を循環させながら進めましょう」
「よろしくお願いします」
マイルズが両手を差し出し、ルノアとクロリナラドがそれぞれ片手を取った。
三人の魔力が繋がると、ルノアは慎重に魔力の流れを確認した。
マイルズの魔力源から全身へ伸びる通り道を調べ、滞っていた部分を中心に細い魔力を送り込んでいく。
ルノアの魔力は針のように細く調整されていた。
太い魔力を一度に流すのではなく、細くした魔力を少しずつ通すことで、詰まった部分を刺激し、固まった魔力を動かしていく。
クロリナラドは反対側から魔力を受け止め、循環が乱れないように支えていた。
「今から首の付近を通します。少し違和感があるかもしれません」
「はい」
ルノアは魔力の細さを調整しながら、慎重に通していった。
「……前よりも、流れているのが分かります」
「痛みはありませんか?」
「ありません。少し温かい感じがします」
首の付近を終えると、次は胸部、心臓の周辺へと移る。
そこにはまだ大きな魔力の塊が残っていたが、前回より抵抗は弱くなっていた。
二人は状態を確かめながら、時間をかけて治療を進めていく。
やがて全身の魔力の通り道を一通り確認し終えると、ルノアはゆっくりと魔力を引いた。
「終わりました。気分はいかがですか?」
「大丈夫です。前回よりも身体が軽く感じます」
マイルズは胸元に手を当て、ゆっくりと息を吸った。
「今回も魔力の流れがよくなりましたね。滞っていた部分がかなり動いています」
ルノアはもう一度状態を確かめてから続けた。
「この調子で進めば、あと三回ほど魔力通しを行うことで、全身の大きな詰まりは解消できると思います。ただし、最後まで慎重に確認する必要があります」
「あと三回……。本当に、そこまで回復できるのですね」
マイルズの表情に希望が広がった。
「はい。無理をせず、一緒に進めていきましょう」
王太子も安堵した様子で頷いた。
「これほど短い期間で、ここまで変わるとは思わなかった。寝台から起き上がることも難しかった息子が、今では私の仕事を手伝ってくれている。本当に感謝している」
「私たちも、マイルズ様の回復を嬉しく思っています」
クロリナラドは、今後のために体調の記録を残すよう提案した。
「食事の量、睡眠、痛みの程度、仕事を続けられた時間などを記録しておくといい。次回の治療で比較できる」
「分かった。私も確認して記録をまとめよう」
王太子が答えると、ルノアも頷いた。
「こうした記録は、今後ほかの『神眼』を持つ方を治療するときにも役立つと思います」
治療の経過を残すことは、一人の回復だけでなく、今後の治療方法を確立するためにも重要だった。




