452 桃のおやつに広がる構想
ルノアは、ラルフと再び商品について話し合っていた。
これまでの販売記録や桃の収穫量、製造に必要な材料を整理し、新しい桃クリームゼリーを安定して販売する方法を考えていた。
「お父様、桃が不足する可能性も考えて、ほかの方法を用意しておく必要がありますね」
「そうだね。実は竜皇国からも、桃の収穫量や使用量、廃棄された量について、リアムが毎月報告を送ってくれているんだ」
「廃棄されている桃もあるのですか?」
「前にルノアがクローのために桃のデザートを作りたいと言ったことを、リアムも楽しみに覚えていたみたいだよ。
竜皇国では桃が豊富に実るからね。特に空中都市では一年を通して収穫できる。すべてを使い切ることができず、加工しきれない桃が廃棄されることもあるようだ」
その話を聞き、ルノアは以前商品化した桃のテンサイトウ漬けを思い出した。
桃をテンサイトウで煮て保存性を高めたお菓子で、包装にも可愛らしい工夫を凝らしている。タスワンズ湖限定の商品として販売を始めてから、お土産として購入する人も増えていた。
「ああ……時間がかかってしまいましたね……そうでした。それなら、竜皇国でも桃のテンサイトウ漬けを作れば、廃棄される桃を減らせますね」
「なるほど。竜皇国で収穫した桃を加工して、新しい商品として販売するわけだね」
「はい。竜皇国の桃とタスワンズ湖の桃では、育つ環境が違いますから、味や食感にも違いがあると思います。
それぞれの桃を使った商品を販売してもよいですし、両方を少しずつ詰め合わせた箱を作れば、食べ比べも楽しんでいただけると思います」
「面白い考えだね。竜皇国で余っている桃を有効活用できるうえに、新しい商品にもなる」
「ただ、桃の品質や加工方法、運搬にかかる費用は調べる必要があります。
竜皇国で製造したものをこちらに運ぶ場合は、輸送費も含めて販売価格を考えなければいけません」
「そのとおりだな。材料を無駄にしないことは大切だけれど、事業として利益を出し、長く続けられることも考えなければならないからね」
ラルフの言葉に、ルノアは嬉しそうに頷いた。
しばらく考え込んだあと、ルノアは改めて父を見上げた。
「お父様、お願いがあるのです」
「何かな?」
「竜皇国で、桃のテンサイトウ漬けを製造する工場を立ち上げていただけませんか?」
「工場を?」
「はい。竜皇国で収穫された桃を使って、現地で加工するのです。
収穫した桃をそのまま運ぶより、加工してから運ぶほうが効率もよいと思います。
それに、竜皇国で作った商品は、竜皇国でも販売できます」
「確かに、現地で製造すれば輸送する材料の量も減らせるね。加工することで、収穫された桃を無駄にせずに済む」
「それに、竜皇国の桃のテンサイトウ漬けを、タスワンズ湖でも販売したいのです」
「こちらでも販売するのかい?」
「はい。ただ、私が一番大切にしたいのは、タスワンズ湖の工場で作る桃クリームゼリーです」
ルノアは、窓の向こうに広がる湖へと視線を向けた。
「タスワンズ湖は、妖精様と精霊様がいらっしゃる特別な場所です。
桃も、妖精様と精霊様とのお約束を守って収穫させていただいています。
この土地の恵みと、妖精様や精霊様の祝福を感じられるお菓子として、桃クリームゼリーを届けたいのです。
桃が不足したときには竜皇国の桃を使わせていただき、その場合は、竜皇国の桃を使用していることをきちんと明記して販売したいと思っています」
「だから、タスワンズ湖の工場で作ることにこだわりたいんだね」
「はい。竜皇国の桃も大切に使いたいです。
でも、桃クリームゼリーはタスワンズ湖の工場で作りたいのです。
竜皇国で加工した桃のテンサイトウ漬けをこちらに仕入れれば、安定して商品を作れます。」
「なるほど。二つの土地の桃を、それぞれに合った形で生かすということだね」
「はい。桃の収穫量に合わせて生産数を調整しながら、どちらの桃も大切に使っていきたいです」
ラルフは、娘の考えを聞きながら満足そうに頷いた。
単に材料を確保する方法を考えるだけではなく、地域ごとの特色を生かし、商品の価値を高めようとしている。
「分かった。竜皇国での工場設立については、リアムにも確認して計画を立てよう。必要な設備や人員、製造費用も調べてみるよ」
「ありがとうございます、お父様!」
「ただし、工場を作るなら、製造量や品質管理についても考えなければならないね。
竜皇国で作ったものと、タスワンズ湖で作ったもの。それぞれの品質を安定させる仕組みも必要になる」
「はい。それについても考えてあります」
ルノアは、そばに置いていた書類の中から一枚の設計図を取り出した。
「実は、桃クリームゼリーの生産工程を効率化するための魔道具を考えていたのです」
「これは?」
「材料の計量から加熱、混合、型への充填までを連動させる仕組みです。
温度や作業時間を自動で管理できるようにして、材料の投入量も調整できるようにしました。
生産数を変更するときにも対応できます」
ルノアは設計図を広げ、工程ごとに説明を始めた。
ラルフは娘の隣に座り、図面に目を落とした。
そこには製造工程だけでなく、魔力の消費量や設備への負荷、部品の交換方法まで細かく記されていた。
単に生産数を増やすことだけを目的とせず、品質を安定させ、長く使い続けられるように考えられた設計だった。
さらに、材料の投入量を変更しても、加熱時間や混合の速度を適切に調整できる構造になっている。
ラルフは一つひとつの工程を確認し、しばらく設計図から目を離さなかった。
「ルノア……これは、いつ考えたんだい?」
「桃クリームゼリーを試作しているときです。
何度も同じ作業を繰り返していたので……
魔道具で管理できれば、作業する人の負担も減らせると思ったのです」
「材料の品質にばらつきがあった場合の調整まで考えてあるね」
「はい。魔牛の乳や桃の状態によって、仕上がりが変わる可能性がありますから。
材料の状態を確認して、必要な調整ができるように数値化したいと思っています」
ラルフは再び設計図に目を落とした。
生産効率だけではない。品質の安定、人手の負担、設備の維持管理、数値化まで考えられている。
まだ幼い娘が、商品を作る現場だけでなく、その先にある工場の運営まで見据えていたことに、ラルフは驚きを隠せなかった。
「ルノア……この設計は、私が想像していたものをはるかに超えているよ」
その声には、娘への称賛と、設計そのものに対する純粋な驚きが込められていた。
ルノアは少し照れたように微笑んだ。
「桃のテンサイトウ漬けは、すでに工場用の生産魔道具がありますから、そのまま竜皇国でも使えます。
桃クリームゼリーのほうは、まだ設計を考えただけです。
実際に作ってみなければ、分からないこともたくさんあると思います」
「そうだね。だからこそ、試作と検証が必要になる。工場の計画と合わせて、こちらも専門家に確認してもらおう」
「はい。もっと良いものにできるように考えます」
桃クリームゼリーの販売をきっかけに始まった話し合いは、いつしか二つの土地の桃を生かした商品づくりと、新たな製造工場の計画へと広がっていた。
ルノアの小さな発想は、少しずつ商会の新しい事業へと形を変え始めていた。




