446 新たな出会い
リオンブラン王国への留学中、留学生デニールに不思議な出会いが訪れた。
その日は、午前中の実技訓練を終えた生徒たちが、食堂で昼食を取っていた。
料理を受け取り、空いている席を探していたデニールに、窓際に座っていた豹族の女子生徒が声をかけた。
「この席、空いているよ。一緒に食べない?」
「私がご一緒してもよろしいのですか?」
「もちろん! せっかく同じ学園で過ごすんだもの。仲良くなれたら嬉しいな。カタリナって呼んでね!」
カタリナの明るい笑顔に誘われ、デニールは彼女の向かいに腰を下ろした。
カタリナは料理のことや学園での過ごし方を気さくに教えてくれた。休日に訪れると楽しい場所まで紹介してくれる。
その屈託のない様子に、デニールは不思議な気持ちになった。
彼の母国では、高位貴族同士の付き合いにおいて、家柄や立場、周囲への影響を考えることが当然だった。初対面の相手に、これほど気軽に話しかける者は珍しい。
「どうかしたの?」
思わず見つめていたことに気づかれ、デニールは慌てて首を横に振った。
「いえ……。私のこともデニールと呼んでください。カタリナは、初めて会った私にも気兼ねなく接してくださるのですね」
「だって、お話ししてみたかったんだもの。デニールと仲良くなれたら、きっと楽しいでしょう?」
カタリナは不思議そうに首を傾げた。
その笑顔を見た瞬間、デニールの胸に、今まで感じたことのない温かな感情が広がった。
もっと話したい。
もっと、彼女のことを知りたい。
理由はわからない。それでも、カタリナと離れたくないと思った。
「ねえ、私たち、前にどこかで会ったことがあるのかな?」
「いいえ。私も、今日が初めてだと思います」
「そうよね。でも、不思議なの。デニールと一緒にいると、すごく安心するのよ」
デニールも静かに頷いた。
「私もです。初めてお会いしたのに、ずっと前から知っていたような気がします」
二人は顔を見合わせ、笑い合った。
初対面のはずなのに、どこか懐かしい。言葉では説明できない温かな感覚が、胸の奥に広がっていく。
やがて、カタリナの尻尾が嬉しそうに揺れ始めた。
「また一緒にお昼を食べてもいい?」
「もちろんです。私からも、ぜひお願いします」
その日を境に、二人は自然と一緒に過ごす時間を増やしていった。
食堂で昼食を共にし、授業の合間にも話をする。休日には連れ立って街へ出かけるようになった。
そんなある休日、カタリナはデニールを街の本屋へ案内した。
「ここの本屋さん、私のお気に入りなの。専門書もたくさんあるし、古い本も大切に保管されているのよ」
「それは楽しみです。私も本を読むのが好きなので、ぜひ見てみたいと思っていました」
二人は店内を見て回り、気になる本を手に取っては感想を話し合った。
しばらくして、カタリナが一冊の本を棚に戻した。いつも明るい彼女が、珍しくためらうような表情を浮かべている。
「ねえ、デニール。少し、話しておきたいことがあるの」
「どうかしましたか?」
「実はね……私、リオンブラン王国の侯爵家の一人娘なの」
カタリナは視線を落とし、言葉を続けた。
「今まで、家のことを話さなくてごめんなさい。学園では、身分の話はだめでしょ? でも、デニールとはこれからも一緒にいたいと思ったから、きちんと伝えておきたかったの」
その声には、相手にどう受け取られるのかという不安がにじんでいた。
カタリナにとって、自分の家柄を明かすことは簡単ではなかった。
学園では、身分や家柄を離れ、一人の生徒として過ごすことができる。だからこそ、デニールとの関係も、余計なことを考えずに育んできたのだ。
それでも、彼と親しくなるにつれ、いつまでも隠したままではいられないと思うようになった。
デニールは驚いたものの、すぐに穏やかな表情で答えた。
「話してくださってありがとうございます。私も、カタリナに伝えておきたいことがあります」
彼は少し考えてから、静かに口を開いた。
「私はヨーリアン帝国の公爵家の三男です」
「えっ……!」
今度はカタリナが目を丸くした。
「デニールも貴族だったの?」
「はい。学園では身分の話ができないので、いつか伝えなければと思っていました。私に婚約者はいません。派閥の事情で兄の婚約がまだ決まっていないため、私のことはその後になると聞いていました」
「そうだったのね……。私の家は、みな運命の番と結ばれているの。だから、私にも婚約者はいないわ」
カタリナは驚きながらも、どこかほっとしたように微笑んだ。
「よかった。私だけが話したかったわけじゃなかったのね」
「ええ。私も同じです」
二人は顔を見合わせ、自然と笑みを交わした。
しかし、カタリナはすぐに表情を改めた。
「私、いつか家を継ぐことになると思うの。侯爵家は私が一人娘だから、両親の後を継いで家を守っていきたいと思っているわ」
そう話すカタリナの表情には、家族への愛情と責任感があった。
「もちろん、家を継ぐことと、自分の人生をどう生きるかは別の話だと思っているの。
でも、将来を考えると、結婚する相手にも家のことを理解してもらわなければならないでしょう?」
「そうですね」
デニールは静かに頷いた。
彼の母国でも、貴族の結婚は本人たちの気持ちだけで決められるものではない。家の存続や領地の管理、親族との関係など、さまざまな事情が関わってくる。
カタリナが抱える責任も、理解できるつもりだった。
「あなたと一緒にいる時間が楽しくて、これからも仲良くしていきたいと思っているから」
その言葉に、デニールの胸が温かくなった。
彼女も、自分と同じように、この関係を大切に思ってくれている。それが何より嬉しかった。
「私も、カタリナと過ごす時間を大切に思っています」
そう答えたあと、デニールはふと考え込んだ。
自分はヨーリアン帝国の公爵家の三男であり、家を継ぐ立場ではない。
家同士のつながりを考えた話はあったものの、婚約者は決まっていなかった。
将来の進路についても、大きな制約はない。
もし、カタリナと生涯を共にしたいと願うなら、自分がリオンブラン王国に残り、彼女の家に婿入りするという道も考えられるのではないだろうか。
もちろん、他国の貴族家に婿入りするには、両家の意向や国を越えた手続きなど、乗り越えなければならない問題もある。
今すぐ簡単に決められることではない。
それでも、自分の立場なら、その可能性を検討できる。
そう気づいた瞬間、デニールの胸に新たな希望が芽生えた。
「カタリナ。私はこれから先、どこで暮らし、どのような人生を歩んでいくのか、今まで深く考えたことがありませんでした。
留学が終われば母国へ戻るものだと思っていたのです。でも、これからは、カタリナと一緒にいられる未来についても考えたいと思っています」
デニールは、カタリナをまっすぐに見つめた。
「カタリナと一緒にいられる未来があるのなら、私はその可能性を大切にしたいです」
カタリナは一瞬、言葉を失った。
やがて、頬を赤らめながら、嬉しそうに微笑んだ。
「……ありがとう、デニール。私も、あなたと一緒にいられたら嬉しいわ」
その言葉を聞いたデニールの胸に、今まで感じたことのない喜びが広がった。
まだ約束を交わしたわけではない。将来が決まったわけでもない。
それでも、二人は初めて、お互いの未来について考えることができたのだった。
後日、二人は連れ立って竜神教会へ祈りを捧げに行った。
二人が並んで祈りを捧げると、身体が淡い光に包まれた。
その光景を目にした神官は、二人に穏やかな笑みを向けた。
「おめでとうございます。お二人の間には、竜神様がお定めになった特別な結びつきがあるようです。
これは『運命の番』によるものでしょう」
「『運命の番』……?」
デニールとカタリナは顔を見合わせた。
初めて出会ったときから感じていた、不思議な親しみ。そばにいるだけで心が安らぎ、自然と一緒にいたいと思う気持ち。
その理由が、ようやく明らかになったのだ。
「もし、お二人が婚姻を望まれるのでしたら、ぜひ竜神教会にもお知らせください。
他国同士であっても、竜神様は『運命の番』同士の婚姻を推奨しておられます」
神官は、安心させるように二人を見つめた。
「もし、ご両親が反対なさるようでしたら、いつでも教会へいらしてくださいね。
私たちも力になれることがあるかもしれません」
その言葉に、カタリナの表情が明るくなった。
デニールも驚きながら、深く納得していた。
自分たちが出会ったことには、確かな理由があったのだ。
そして、デニールのように、留学中に『運命の番』と出会った者は、ほかにもいた。
ある者は学園での授業や交流を通じて、またある者は王城で開かれた昼食会で、思いがけず運命の相手と巡り合った。
出会い方は違っていても、相手と一緒にいると心が安らぎ、自然とそばにいたいと願う気持ちは同じだった。
やがて、自分たちの縁が『運命の番』によるものだとわかると、彼らはそれぞれの未来を考え始めた。
大切な人と出会ったことで、当初の予定を見直す者も現れた。
デニールもまた、カタリナとの出会いをきっかけに、母国へ戻るのではなく、リオンブラン王国に残る道を選んだ。
そのような決断をした者の多くは、この国で『運命の番』と出会った留学生たちだった。
それぞれの胸に芽生えた新たな願いが、彼らの人生を少しずつ変えていく。
こうしてリオンブラン王国は、彼らにとって、新たな人生を築く大切な故郷となり始めていた。




